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夢の続き
しおりを挟むハルカちゃんが子供を産んだというので、高校を卒業してから初めて、実に四年ぶりに実家に帰ることにした。
「あれ? ヒビキちゃん?」
家に帰る前に直接病院に向かったら、地元の小さな産婦人科の前でヒロトに逢った。
「……久しぶり」
「ヒビキちゃん、綺麗になったね」
生意気な少年が少し大人びた顔になって、そんなことを言うもんだから、あたしも意地悪く笑って見せた。
「ありがと。あんたもいい男になったんじゃない? ヒナコと付き合ってんだって?」
途端、ヒロトは真っ赤になって、踵を返す。
「俺は、今ねーちゃんとこ行ってきたから! じゃあな!」
捨て台詞を吐いて走って行ってしまった。
いや、どうせ君んち寄るんだけど?
まぁいいや、とあたしはとりあえず義姉と、初めての姪っ子の顔を見るために病院の玄関をくぐった。
ハルカちゃんは、うちの兄貴の奥さんで、ヒロトはハルカちゃんの弟だ。そんでヒナコというのは兄貴とあたしの妹。
あたしたちは母親同士が大親友という家庭で、幼なじみのように育った。その結果、長男長女が結婚し、末っ子同士も付き合ってるなんて漫画みたい。
でも残念なことに、うちは三人兄妹だったけど、ハルカちゃんちはヒロトと二人姉弟なので、あたしがあぶれてしまったのは仕方ない。
どっちにしても、あたしの高校卒業直後の、兄貴とハルカちゃんの結婚式以来、東京でずっと夢を追い続けるあたしにとって、地元も家族も、思い出で、郷愁だ。
「あら、ヒビキ? やっと帰って来たわね、うちの放蕩娘は」
「ミューちゃん……」
ヒロトを見送ってたのか、ロビーに立っていた母親にばったり逢う。
その言い方はどうなんだ、と心の中で突っ込んだけど、賢明なあたしは絶対口には出さない。ミューちゃんこと、うちの母親は絶対最強なのだ。
「……ヒビキ、ちゃん?」
ミューちゃんに先に新生児室に連れて行ってもらい、可愛い姪っ子の顔を堪能して病室に入ると、ハルカちゃんよりも先に、ベッドの横に置いた椅子に座ってる人が目に入った。
「チョコちゃん……!」
ハルカちゃんとヒロトの母親である千代子さんは、二年ぐらい前にくも膜下出血で倒れ、今もリハビリしつつ自宅療養中だ。
「チョコちゃん、ずっとお見舞いにも行かなくて、ごめん」
本当はずっと胸につっかえてたことを、やっと言えた。
「いいのよ」
チョコちゃんは、やさしく微笑んでくれて、泣きそうになった。以前の饒舌で明るいチョコちゃんと同じようには戻れないかもしれないけど、家族にしてみれば生きていてくれたらいいんだ、と思う。あたしにとってもチョコちゃんは第二の母みたいなものだから。
「久しぶりね、ヒビキちゃん。元気だったの?」
ベッドに半身を起こして、明るく声をかけてくれたのは、この部屋の主役であるハルカちゃんだ。
「ハルカちゃん、おめでとう!」
「ありがとう、ヒビキちゃん」
あたしは今見てきた姪っ子の感想をまくし立て、
「あら意外。ヒビキが一番叔母バカになりそうね」
とミューちゃんに呆れられた。
「だって可愛いよ。そりゃハルカちゃんとヒカルちゃんの子供だから可愛くないわけないけどさ」
「まあ、それはそうよね、私とチョコの孫だしね」
「ミューちゃん……」
それはただの自慢では? と思ったけど(以下略)。
うちの兄貴のヒカルちゃんは、高校時代ヒカル源氏先輩と呼ばれ、隠れファンクラブもあったというほどのイケメンで、そんな人が大学卒業と同時に結婚したのには驚いた人も多かったようだけど、あたしはヒカルちゃんが見た目とは違って誠実でハルカちゃん一筋だったのを知ってる。
だから、しあわせになってくれて、嬉しい。
「ヒビキちゃん、お仕事頑張ってるの? 漫画家さん」
不意打ちで聞かれて、一瞬の動揺を必死の笑顔で取り繕う。
「う、うん。お陰さまで何とか、ぼちぼち」
それは嘘じゃないけど、真実でもない。
「そう、素敵ね」
頑張って、と笑うハルカちゃんが、女神様みたいに神々しく見えた。
母になるってこういうことなのかな。
一足先にチョコちゃんを連れてミューちゃんが病院を出て、しばらくハルカちゃんと話してから、あたしもお暇する。幼馴染みとはいっても家はそれほど近いわけではなくて、とりあえず最寄のチョコちゃんち、つまりハルカちゃんの実家に先に挨拶がてら寄るために歩き始めた。
高校を出て、美術の学校に行って、子供の頃から好きだった漫画を描いて、何とか在学中にデビューできて。
でも、そこはゴールなんかじゃなかった。
ネームを出してはボツになり、たまに雑誌に載せてもらえればいい状態。年に数回の掲載では当然生活できるわけもなく、短期のバイトとアシスタントで何とか、やっと食いつないでいるのが現状だ。
でも、まだまだ若いから、あきらめちゃいけない。そう思って必死に走ってきたけれど、自分のための時間が取れなくなって、少し息切れしてしまっているのかもしれない。
そんな時だったから、ハルカちゃんの出産はいい機会だった。少し、違う風を、心に吹かせて、また明日を歩くために。
角を曲がるとチョコちゃんちの玄関前に、久しぶりでもすぐわかる長身が見えた。相変わらず無駄に男前だな、ヒカルちゃん。その隣にはヒロトがいて、ヒナコも遊びに来てるみたいだった。専門学校生になった二人は、あたしの記憶よりずっと大人っぽくなってる。
もしかしたら、あたしが帰るから、チョコちゃんちに全員集合?
そうなのかも。
子供の頃からこうやって、何かあるとうちの家族とハルカちゃんの家族といつも集まって。
本当は、子供の頃からずっとコンプレックスだった。あたしも客観的に見て、フツーに美人とか可愛いとか十分言える範疇に入ってると思うんだけど、それ以上にカッコよすぎるお兄ちゃんと超美少女の妹に囲まれて、何だか酷くくすんで見えて。
だから、何か人とは違うこと、自分にしかできないことを探していたのかもしれない。
「ヒビキ! お帰り!」
ヒカルちゃんが手を振る。お父さんになったとは思えない、何だかちょっと幼い笑顔。
「ヒビキちゃん!」
おっとりした天然系の妹、ヒナコが嬉しそうに笑ってる。
その隣で、照れたようなヒロトがいて。
(きっと俺さっき逢ったし、とかぶつぶつ言ってる)
先に帰ったミューちゃんが顔出して、早く入んなさいよと急かしてる。
(自分ちじゃないのに)
通りの向こうから、仕事帰りのハルカちゃんちのおじさんと、買い物に行かされてたっぽい、うちのお父さんが並んで歩いてくる。
大好きなあたしの家族。
その光景が、嬉しかった。
何にも変わらないことなんて、絶対にないけれど、変わっていく中で、変わらないものもきっとある。
頑張らなくちゃ。
燻ってる場合じゃない。
新しい風を、そして懐かしい風を心に吹かせて、また歩き出そう。
いつも、帰る場所があたしにはある。
だから、安心して、夢の続きを描こう。
あたしは、大きく手を振って走り出した。
「ただいま!」
夢の続き・完
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