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桜100% ②

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 県外から入学したのは、受験当日に高熱を出して、地元の公立を受験できなかったから。滑り止めはここしか受けてなかったのもあったし、両親が気を遣ってくれたのもある。地元からでも遠距離通学が不可能ではなかったし、あたし自身そんなに気にしてはいなかったんだけど、父が自転車で通える距離にマンションを借りてくれた。
 一人でいるのは平気だけど、そんなに好きじゃない。でも、一人暮らしなら、それが当たり前になっていいかもしれない、と思った気がする。実家だと両親は殆ど家にいないし、年の離れた兄姉もとうに独立して家を出ている。広い家に一人でいるのは、変な話窮屈な感じがした。
 翌朝、自転車で学校の近くまで来ると、光先輩の後ろ姿が見えた。
 昨日の今日で、後ろ姿で判別できるなんて、あたしがかなりやばいのか、光先輩が目立ち過ぎるのか。
 でも、嬉しくなって、勇気はいるけど挨拶はしよう、と決意した時、やっと光先輩の隣を一人の女子生徒が並んで歩いていることに気づいた。
(あの子……)
 同じクラスの子だと気づいた。校舎の手前、生徒が多くなってきたので自転車を降りる。
(ええっと……何か、似たような名前だったような……)
 思い出せないけど、あたしとどこか共通点がある気がした。
(…あ、春香ちゃん、だ。えっと、確か…天野さん)
 共通点は、春っぽい名前。それだけなんだけど。
 出席番号で並んだ席が偶然隣だったから何気に見ていた。何というか、光先輩みたいな華やかさはないんだけど、ちょっと憂いのある美人さんで、ふと顔を直視した瞬間可愛い、と釘付けになってしまったんだ。
(えーと、光先輩の彼女? なの?)
 入学式早々? と思ったけど、中学から付き合ってる可能性もなくはない。
 あれだけかっこよければ、彼女がいない方が不思議でもあるし。
(え、っていうことはあたし、一日で失恋かよ!)
 なんて思わず一人ツッコミしてしまうほど、二人の後ろ姿が綺麗だった。
 ああ、お似合いだなぁと、思えたんだ。
 ところが、校門を潜ると天野さんはさりげなく光先輩から離れていった。あ、あれ? と思ってると他の女子生徒がわらわらと光先輩を取り囲む。
「佐倉くん、おはよう!」
「おはよ、光くん」
「光先輩! おはようございます!!」
「佐倉先輩、おはようございます!」
 同級生下級生入り混じって入れ替わり立ち代わり、あっという間に光先輩の姿は見えなくなってしまった。
「……漫画かよ」
 自転車を引いたまま、立ち止まって思わず呟いてしまったあたしの声に反応したのか、くすっと笑い声が聞こえて隣を見ると、天野さんがにっこりと笑ってくれた。
(うわぁ……やっぱり可愛いわ……)
「おはよう、長谷川さんだったよね?」
「あ、うん。おはよう天野さん」
「春香でいいよ」
「じゃあ、あたしも桜で……」
 と言いかけて、桜と佐倉は音が同じだから、どんなもんかなと躊躇った。
 でもそれは気にも留めない素振りで、春香ちゃんは頷いた。
「桜ちゃんって、可愛い名前だよね。あの男とは大違い」
(え?)
「あ、ああ……ありがとう」
 後の台詞には気づかなかった振りでお礼を言ってはみたけど。あの男って、やっぱり光先輩のことなんだろうなぁ。
「あ、あの、あたし、自転車、置いてくるね」
 春香ちゃんに断って駐輪場に向かう角を曲がる時、かなり前方に行ってしまった集団から頭一つ飛び出した光先輩が、こっちを振り返って見ていた気がした。



 戻ってくると、春香ちゃんがさっきと同じ場所に立ったまま待っていてくれたようだった。
「ごめん、待っててくれたの? 先に教室行っててよかったのに」
 いくらクラスメイトとはいえ初対面同然なわけだから、さすがに恐縮していると春香ちゃんは苦い顔で首を振った。
「あたしが、目障りな集団から離れたかったから」
「……」
 何とはなしに二人並んで教室に向かいながら、思い切って聞いてみることにした。
「あのさ、春香ちゃん、さっき生徒会長の佐倉先輩と一緒に来てたよね?」
 その後に知り合い? それとも彼氏? どう聞けばいいかわからない。初対面同然の人間があまり踏み込んだことを聞くのもなぁ。もともとあまり友達づきあいがないから、こういう会話は苦手だ。ましてや恋バナなんて殆どしたことがないし。
「……幼馴染みみたいな感じなの。母親同士が昔からの大親友で」
 あたしの意図するところがわかったのか、或いは何度も聞かれてきたことなのか、春香ちゃんは感慨のない口調でそう言うと、それ以上聞かないでオーラを発してしまった気がした。
 でも、春香ちゃんの不機嫌はあたしのせいではないだろう。
 それは確信だった。



 
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