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王国ヴィダルの軽薄王子
王国ヴィダルの軽薄王子3
しおりを挟む常時木々の影が落ちる深い森の中にあって、広場の辺りだけは明るい陽射しが差し込む。
風除けと獣避けに厚い生地で作られた天幕の中までは陽射しも届かないが、空気が伝えてくれるのか雰囲気は伝わる気がする。
だから。
まだ早い時間に、ラシルはぱっちりと目を開け、清々しい気分で起き上がった。
「ふあああ…おはよーございまーす…」
毎朝起きたら、一番に自分に挨拶するのが習慣だ。
「……ええっと、ここは、どこでしたっけ…?」
ぐっすりと眠れたのは確かだが、その分寝る前の記憶が怪しい。
「おはよう」
不意に隣から声が聞こえ、ラシルははっとベッドを見下ろす。そこには人影。でも、残念ながら顔がよく見えない。
「……」
ここはどこ? わたしはだれ? と記憶喪失のように乏しい記憶力を奮い立たせて、ようやく思い出した。
「ああっ! お、王子様ですか!?」
どうして、と言いかけて寝る前のやり取りも一緒に思い出した。今更ながらかあっと顔が熱くなる。
「す、すいません。すいません。王子様と一緒に寝ちゃうなんて…お師匠様にばれたら大変…!」
気にする理由が妙だが、ラシルは真剣に呟きながら慌ててベッドを降りようとする。眼鏡がないから見えていないせいか、それとももともとのドジっ子のせいか、おそらく後者であろうがアシュランの予想通り器用にベッドから転げ落ちた。
「きゃあっ!」
絨毯と毛皮の上、しかもその下は柔らかい土にも関わらず結構派手な音が響いたので、どんな転び方をしたのやら。
「……大丈夫?」
面白そうに見ていたアシュランでさえ、さすがに心配になって下を覗き込んだ。
「だ、大丈夫ですっ! それより、眼鏡、眼鏡はどこですかっ!」
探るように手を振り回して眼鏡を探しているようだが、その動きはてんで見当違いの宙を彷徨っている。額の辺りが赤くなっているのは、しこたま頭をぶつけたようだ。不器用を通り越してそれはもう器用の域だよね、とアシュランは思う。
眼鏡を探して右往左往する姿は可愛いが、あまり意地悪が過ぎても胸が痛む。
でも。ああ、もうちょっと見ていたかったんだけどなぁ、と肩を竦めてアシュランは眼鏡を手渡してやった。全然明後日の方向に向かっている手を掴んで握らせる。
「はい」
「あ、ありがとうございます!」
アシュランから受け取った分厚くて不恰好な眼鏡をかけ直して、ラシルはようやく落ち着いた。
「…そんなに、見えないの?」
「はい。もともと視力は良くなかったんですけど、二、三年前から急に見えなくなっちゃったんですよぅ」
その原因には心当たりがあるが、後ろめたさもあるので黙っておく。
師匠であるリコが大好きなロマンスノベルを、彼女の留守にこっそり読んでいるからだ。
だから実を言うとラシルも王子様という響きにはめっぽう弱い。ただ、それが現実の王子様になると、自分に置き換えてシミュレーションするほどの妄想力はないようだった。
そしてラシル以上にロマンスノベルを読み耽っている師匠が、ちっとも目が悪くなっていないのは魔法の力であろうと踏んでいる。
「顔洗う? 朝ごはんももうできてると思うよ」
アシュランの言葉に天幕の隅を見ると、ご丁寧に洗面用の器が用意してあった。やわらかそうなタオルもセット済みだ。
「ありがとうございます…」
王子様ってやっぱり不思議、と慣れてきたラシルは遠慮せず顔を洗い、天幕の外に出てテーブルに並べられた朝食を見て溜息をついた。
「……とっても、美味しそうです、よね……」
師匠がいくら魔法で作っても、しがない魔女の暮らしではお目にかかれないような高級そうな食事が朝から並び、紅茶が入っているらしいカップからは湯気が出ている。
「うん、美味しいよ。うちの料理長は料理上手だから」
「…あんまり料理が下手な料理長さんなんて、聞いたことないですけど」
思わず厭味の一つも出てしまう。
だから! 家出中の王子が王宮の料理長自慢の朝食を食べるってどんななの!
と、喉まで出かかった声は飲み込んで。尤も、アシュランにはそのくらい想像できるだろうし、だからといって態度を変えるつもりも毛頭なさそうだが。
「そう言われればそうだなぁ、料理長が料理下手だったら城中が困るよね」
笑いながら同意して、ラシルに訊いた。
「ラシルは、朝ごはん食べたら城に向かうの?」
「そのつもりですけど…」
ちゃっかり食べるつもりでいる台詞だが、アシュランは気にせず他に何か言いたそうな顔になった。
「まぁ、食べてからにしようか」
「……?」
そして頂いた朝食は、やはりラシルが食べたことのないほど美味だった。
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