君の矛先

月野さと

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第16話

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「王妃様が毒を盛られたのです!」
 
 お城の中は、騒然とした。
 女官たちはバタバタと動き回り、兵士たちもザワついて警備体制を強化しようと動く。

 エドワードと皇太子は、王妃様の部屋に向かった。レオノーラは、自室に急いで戻る。走って戻って、自室の扉を開け、部屋を見渡す。左右を見渡して、アルを探す。ウォークインクローゼットの中まで探して、どこにも居ないことを確認する。
「・・・アル・・?」
 
 すぐさま、王妃様の私室に向かって走り出す。


 まさか・・・まさか、まさか!!


 
 城中が騒然となり、止められることもなく、王妃の部屋まで入る事が出来た。息を切らせながら走りこむ。
「母上!」
 フィリックスが王妃の部屋で叫ぶ声がした。
 ベッドに横になる王妃は、青い顔のまま呻き声を上げていた。苦しそうに顔を上げて、フィリックスの方を見る。
「フィリックス・・・ぐっ!大丈夫です。解毒薬を飲みました。」
「しかし・・・!早く、早く!医者を連れてこい!!」
 フィリックスが叫ぶと、フードを被った医者がスゥと入ってきた。
 長身の医師は、レオノーラの横を素通りする。

 その時、花の匂いがした。
 それは、ユリの花の匂いだと、数秒後に気が付く。
 
 ベッドの傍につくなり、医者は鞄の中から剣を取り出して、王妃の腹部を突き刺した。

 誰も動けなかった。

「!!貴様・・・・!!」
 王妃が目を見開いて医者のフードをとる。

 フードから、銀髪が零れ出る。

「王妃様、この日を待っていましたよ。」
 そう言うと、銀髪の男は、剣を深くめりこませた。

 その銀髪、その声で、レオノーラは、誰なのか分かった。
 全身の力が抜けそうだった。

 その知った顔が、無表情のままで言う。
「私の母と同じように毒で、もっともがき苦しんでくれればよかったのですがね。」

 そう言って、男が剣を引き抜くと、王妃様の体から血が噴き出した。

 女官たちの悲鳴が響き渡る。


 廊下に居た騎士が剣を引き抜き、入って来る。

 その瞬間に、レオノーラは飛び出した。

 血塗られた剣を持つ医師を庇うように、騎士たちの前に両手を広げて立つ。
「!!」
 騎士たちは驚いて、ピタリと止まる。
「ラッセル伯爵令嬢!どうゆうことです?!」
 騎士が怒鳴る。

 後ろからも声がする。
「レオノーラ。どうして・・・。」
 医師のふりをしていたのは、アルだった。
 エドワードとフィリックスも、動けなかった。


「うわああああああああ!!」

 レオノーラは振り返り、叫びながら、ベッド脇にあった大きな花瓶を持ち上げて、兵士達に向かって投げつける。そのままの勢いで、兵士の剣を奪って、振り回す。ひるんだところで、アルを引っ張って走りだす。
 王妃の部屋を飛び出た所で、叫んだ。
「アル!!早く!走って!」
「レオノーラ・・・。もう、いいんだ。」
 そう声がして振り返った瞬間、兵士が飛び掛かって来る。すぐさま応戦して、なぎ倒す。アルの手を引いて、必死で廊下を走り出す。
 
 王妃の部屋は、お城の中の中心部だ。考えなくても解る。解っている。逃げ切れるわけがない。だとしてもだ。それでも、諦めるわけにはいない。この手を。
 この手を離すわけには行かない!もう2度と離さない!

 令嬢だと知ってか、騎士達に迷いがある。なんとか応戦し、廊下に飾られているモノをなぎ倒して、それでも来る兵士の太ももに剣を突き刺し、腕を傷つけ、走り抜ける。後ろの方で、聞きなれた声がする。
「レオノーラ!!やめろ!」
 エドワード・・・ごめんなさい。そう思った瞬間に、目の前に10数人が出てきた。近衛隊だ。あっという間に取り囲まれる。

 絶体絶命だった。
 周囲を1周見渡す。全員がレオノーラと、アルフォンスに向かって剣を向けていた。

 見覚えのある、近衛隊長を見る。隊長がレオノーラを見つめて言った。
「レオノーラ嬢。これは・・・どうゆうことです?」

 脇を絞めて、切先を彼に向って構える。
「私は本気です!隊長殿!」
 殺気立つレオノーラとは真逆に、近衛隊長の目は、穏やかだった。
「困りましたね。ラッセル伯爵は官僚でありながら、面倒見がよく慈悲深く、城の中の多くは世話になった者達ばかりだ。その令嬢に剣を向けるなど、皆、したくはない。」
 レオノーラは、揺さぶられることも無く、殺気立ったままで、すぐに切りかかれるように低く体制を整える。
 1番若い兵士の方を向いて、低い位置で剣を横に振る。ビュン!!と風を切る音と共に、そこに居た3名が驚いて、輪を乱したので、一気に切りかかり、アルを引っ張って、走りだすけれども、すぐに壁に追い込まれて囲まれた。

 そこへ、エドワードが輪を乱しながら前に進んで来る。
「・・・レオノーラ。解っているはずだ。諦めろ。これ以上は。」  
 剣を抜かずに、レオノーラの前に進み出る。レオノーラは剣を構えたままで、エドワードを睨んで言い返す。
「言ったはずよ?何があろうと・・・誰が来ようと!全てを捨てても構わない。私は!!彼の味方よ!!」 

 エドワードはレオノーラを見る。レオノーラも、エドワードから目を離さなかった。

 その瞬間、
 後ろからアルの手が伸びてきて、剣を取り上げると、レオノーラの首元に剣を突き付ける。そして言った。
「動くな!」

 兵士たちも、フィリックスもエドワードも、ビクリとして止まる。

「誰か1人でも動いたら、この娘を殺す!」
 アルの低い声が響く。

 騎士が動こうとしたのを見て、フィリックスが叫んだ。
「全員動くな!!伯爵令嬢をキズつけさせてはならん!」

 そう言われて、全員が動けなくなった。
 
 アルに後ろから抱きかかえられて、剣を突き付けられたままで、一緒に後ずさり歩く。そのまま、フィリックスを見る。それから、エドワードを見る。2人とも、私の方を見ている。
 
 そのまま、アルとレオノーラは、出口まで警戒しながら歩いて行く。
 アルに剣を突き付けられたまま、レオノーラは小声で言う。
「アル。建物の外に出たら、馬を奪った方がいいわ。」
 アルは何も言わなかった。

 もう少しで出口。という時だった。

 柱の陰に隠れていた兵士が飛び出してくる。
 バサリ!!と、アルフォンスは背後から切りつけられて、アルの左肩から血がほとばしる。

「!!アル!!!」
 瞬間に、エドワードが駆け寄り、レオノーラを引き寄せる。
 兵士たちに、アルフォンスは取り押さえられる。

「待って!やめて!手荒なことをしないで!」
 レオノーラは、アルの所に行こうと暴れた。「アル!アル!!」
 そのまま、アルは連行されていく。
「手当を!お願い!彼に手当をしてあげて。おねがい!お願いよ!」
 レオノーラの叫ぶ声だけが、響き渡った。

 エドワードは、レオノーラを抱きしめた。

「お願い・・・アルを助けて・・・誰か・・・!!」


 少し離れた場所で、フィリックスは、うつむいていた。



 


 


 
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