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枝分かれ恋愛編
後半・ラズト編
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授業が終わると、王子はいつものようにさっそく庭に飛び出していった。
オレも休憩するか、と立ち上がって本を片付けようとして――コーメが書斎に入ってきたのに気づいた。
今日、コーメは王子の授業に同席していなかった。仕事が忙しいのだろうと思いつつも気になっていたが、王子と入れ替わりに今来たのだろうか。
コーメは王子が出ていったドアを閉めると、視線をよそへ向けたままそこに立ち尽くして言った。
「七緒が、ラズトさんによろしくって」
げほ、と思わずむせた。
あの手紙の返事、もう来たのか!
「あ……うん……勝手に手紙を書いて、すまない」
とっさに謝りながらコーメの様子をうかがう。まだ目を合わせてくれない。
「どんなこと書いたんですか?」
聞かれて、オレは答えた。
「その……オレがコーメをこの国に連れて来た、と。この国にどうしても必要な人だと。それからオレのプロフィールと……」
思い切って、続ける。
「ようやくコーメの生活が落ち着いたところで申し訳ないが、本気でコーメに添いたい。行動を起こす前に、コーメの大事な娘であるあなたにお許しをもらいたい、と書いた」
コーメがこちらの世界に来てから、居場所を得て落ち着くまで、ずいぶん待った。
でも、毎日手の届くところに彼女がいるのだ……もっとそばに、と思ったら止められなかった。
「……それで……ナナオは、何て……」
ここが第二の正念場だ。第一は王子の気持ちだったが、王子が快く手紙を運んでくれたことで突破している。
書斎の中の空気が、密度を増したような気がする。重たくはないが、とろりとまとわりつくような…。
コーメは口を開いた。
「長い長い手紙だったって」
う。書きすぎたか。
「お医者さんなんてすごい、でもちょっとヘタレだねって」
ヘタ……? それ何?
「たまに皮肉を言うけど、誠実で……」
え?
「ちょっと可愛い所もある……っていうのは、私だけが知ってるのかも」
やっと、コーメが顔を上げて目を合わせてくれた。
少し緊張した微笑み。その瞳が語る感情に、オレは思わず息を飲んだ。
続いて、頭の中がじわりと熱くなる。
気がついたら、性急な足取りで距離を詰めていた。コーメがはっと息を吸い込んで、オレを見上げる。
「あのっ」
口を開こうとしたら、珍しく遮られた。コーメの両手のひらが、俺の胸に当たる。
「手紙……すごく嬉しかった」
そして、コーメはそっと、オレの胸に頭をもたせかけて言った。
「お礼に、休暇の間……別荘に、資料整理のお手伝いに行こうかな」
開いたままの窓から、街の教会の鐘の音が、かすかに祝福の響きを伝える。
オレは思い切り、コーメを抱きしめた。
◇ ◇ ◇
ゆっくりと意識が浮上して、まぶたに明るい日差しを感じながら寝返りをうつ。
目を開くと、ベッドのオレの隣は空っぽだった。
「……不覚……」
寝起きが悪いのは自覚しているが、よりによって初めて二人の朝を迎えたその日に、コーメが起き出したのに気づかないとは。
勝手なことは重々承知しつつ、オレはちょっと不機嫌になって起き上がった。
ベッドの足もとにたたんであった夜着――コーメがたたんでる時にも起きなかったとは、クソッ――を乱暴に着込んで、寝室を出る。
別荘の廊下はシンとしていたが、階段を降りていくと炊事場からコトコトと物音がしていた。
オレは静かに炊事場に近づき、戸口で立ち止まって壁にもたれた。
コーメが、朝食を作っていた。
後ろ姿を黙って見つめる。……またここに彼女が立っていることが、夢のように思える。
可愛い鼻歌が、鍋の湯気とともに流れてくる。余裕だな……昨夜手加減したのは失敗だった。それもこれも、朝の楽しみのためだったんだが。
コーメは食器を取ろうと棚の方に顔を向けて、やっとオレに気づいた。
「わ! いつからそこにいたんですか」
「コーメこそ、いつから起きてたんだ」
オレはむすっと聞き返す。うわ、このわざとらしい不機嫌さ……甘えん坊のガキか。
「ついさっき。ラズトさんよく眠ってたから……」
照れているのか視線を落とし、濡れてもいない手をエプロンで拭く。
オレはコーメの横に立って火を消すと、コーメの手をとって炊事場から連れ出した。ぐいぐいと階段を上る。
「……何か、怒ってます?」
「起きたら隣にコーメがいなかった」
「え? ごめん?」
疑問形か。
「ベッドに戻ってやり直し」
「ええ? ……もう、七緒の小さい時みたい……マミちゃんがいなかった、一緒に起きなきゃダメーとか……」
また可愛いとか思ってるだろう。子ども扱いしてると泣きを見るぞ、ていうか啼かせるぞ。
寝室に戻ると、オレはコーメをベッドに座らせた。コーメは大人しく、コロンと横になる。
「はい……じゃあやり直し。ラズトさん、おはよう」
コーメが微笑んだ。
この笑顔を手に入れるのに、ずいぶん待った……。
「おはよう、コーメ」
オレはつぶやきながら、コーメに覆いかぶさった。昨夜つけた痕をなぞり始める。
「んっ、あれ? 起きるんじゃ?」
「何のために、昨夜余力を残して終わったと思ってるんだ?」
「だって、もう朝ごはん……や、んんっ、明るいし!」
そこがいいんじゃないか。何か問題でも?
結局、コーメの作った朝食は、ブランチに回されることになったのだった。
【ラズト編 おしまい】
オレも休憩するか、と立ち上がって本を片付けようとして――コーメが書斎に入ってきたのに気づいた。
今日、コーメは王子の授業に同席していなかった。仕事が忙しいのだろうと思いつつも気になっていたが、王子と入れ替わりに今来たのだろうか。
コーメは王子が出ていったドアを閉めると、視線をよそへ向けたままそこに立ち尽くして言った。
「七緒が、ラズトさんによろしくって」
げほ、と思わずむせた。
あの手紙の返事、もう来たのか!
「あ……うん……勝手に手紙を書いて、すまない」
とっさに謝りながらコーメの様子をうかがう。まだ目を合わせてくれない。
「どんなこと書いたんですか?」
聞かれて、オレは答えた。
「その……オレがコーメをこの国に連れて来た、と。この国にどうしても必要な人だと。それからオレのプロフィールと……」
思い切って、続ける。
「ようやくコーメの生活が落ち着いたところで申し訳ないが、本気でコーメに添いたい。行動を起こす前に、コーメの大事な娘であるあなたにお許しをもらいたい、と書いた」
コーメがこちらの世界に来てから、居場所を得て落ち着くまで、ずいぶん待った。
でも、毎日手の届くところに彼女がいるのだ……もっとそばに、と思ったら止められなかった。
「……それで……ナナオは、何て……」
ここが第二の正念場だ。第一は王子の気持ちだったが、王子が快く手紙を運んでくれたことで突破している。
書斎の中の空気が、密度を増したような気がする。重たくはないが、とろりとまとわりつくような…。
コーメは口を開いた。
「長い長い手紙だったって」
う。書きすぎたか。
「お医者さんなんてすごい、でもちょっとヘタレだねって」
ヘタ……? それ何?
「たまに皮肉を言うけど、誠実で……」
え?
「ちょっと可愛い所もある……っていうのは、私だけが知ってるのかも」
やっと、コーメが顔を上げて目を合わせてくれた。
少し緊張した微笑み。その瞳が語る感情に、オレは思わず息を飲んだ。
続いて、頭の中がじわりと熱くなる。
気がついたら、性急な足取りで距離を詰めていた。コーメがはっと息を吸い込んで、オレを見上げる。
「あのっ」
口を開こうとしたら、珍しく遮られた。コーメの両手のひらが、俺の胸に当たる。
「手紙……すごく嬉しかった」
そして、コーメはそっと、オレの胸に頭をもたせかけて言った。
「お礼に、休暇の間……別荘に、資料整理のお手伝いに行こうかな」
開いたままの窓から、街の教会の鐘の音が、かすかに祝福の響きを伝える。
オレは思い切り、コーメを抱きしめた。
◇ ◇ ◇
ゆっくりと意識が浮上して、まぶたに明るい日差しを感じながら寝返りをうつ。
目を開くと、ベッドのオレの隣は空っぽだった。
「……不覚……」
寝起きが悪いのは自覚しているが、よりによって初めて二人の朝を迎えたその日に、コーメが起き出したのに気づかないとは。
勝手なことは重々承知しつつ、オレはちょっと不機嫌になって起き上がった。
ベッドの足もとにたたんであった夜着――コーメがたたんでる時にも起きなかったとは、クソッ――を乱暴に着込んで、寝室を出る。
別荘の廊下はシンとしていたが、階段を降りていくと炊事場からコトコトと物音がしていた。
オレは静かに炊事場に近づき、戸口で立ち止まって壁にもたれた。
コーメが、朝食を作っていた。
後ろ姿を黙って見つめる。……またここに彼女が立っていることが、夢のように思える。
可愛い鼻歌が、鍋の湯気とともに流れてくる。余裕だな……昨夜手加減したのは失敗だった。それもこれも、朝の楽しみのためだったんだが。
コーメは食器を取ろうと棚の方に顔を向けて、やっとオレに気づいた。
「わ! いつからそこにいたんですか」
「コーメこそ、いつから起きてたんだ」
オレはむすっと聞き返す。うわ、このわざとらしい不機嫌さ……甘えん坊のガキか。
「ついさっき。ラズトさんよく眠ってたから……」
照れているのか視線を落とし、濡れてもいない手をエプロンで拭く。
オレはコーメの横に立って火を消すと、コーメの手をとって炊事場から連れ出した。ぐいぐいと階段を上る。
「……何か、怒ってます?」
「起きたら隣にコーメがいなかった」
「え? ごめん?」
疑問形か。
「ベッドに戻ってやり直し」
「ええ? ……もう、七緒の小さい時みたい……マミちゃんがいなかった、一緒に起きなきゃダメーとか……」
また可愛いとか思ってるだろう。子ども扱いしてると泣きを見るぞ、ていうか啼かせるぞ。
寝室に戻ると、オレはコーメをベッドに座らせた。コーメは大人しく、コロンと横になる。
「はい……じゃあやり直し。ラズトさん、おはよう」
コーメが微笑んだ。
この笑顔を手に入れるのに、ずいぶん待った……。
「おはよう、コーメ」
オレはつぶやきながら、コーメに覆いかぶさった。昨夜つけた痕をなぞり始める。
「んっ、あれ? 起きるんじゃ?」
「何のために、昨夜余力を残して終わったと思ってるんだ?」
「だって、もう朝ごはん……や、んんっ、明るいし!」
そこがいいんじゃないか。何か問題でも?
結局、コーメの作った朝食は、ブランチに回されることになったのだった。
【ラズト編 おしまい】
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