王子さまの守り人 後日談・番外編

遊森謡子

文字の大きさ
14 / 29
後日談・番外編

離宮の長い2日間 1

しおりを挟む
 王子がせっせと課題をこなしている横で、私が仕事の書類に目を通していると、ラズトさんの声がした。

「『“開かれた王室”キャンペーン』?」

 顔を上げると、机に置いておいた読み終わった分の書類を、ラズトさんがパラパラとめくっている。
 ここは、王子がラズトさんに勉強を教わるのに使用されている書斎。普段からラズトさんはここにいることが多いので、半ばラズトさんの私室と化している。自分の部屋はまた別にあるんだけどね。

「ええ、来月から始まるんですよ。王家について、もっと国民に知ってもらおうっていうキャンペーン」
 私は説明した。
「王宮で、普段公開しない場所の見学ツアーを組んだり、護衛士の訓練に一般の人が参加したり、ガーデンパーティで王家秘伝のレシピの料理を振る舞ったり。この離宮でも、いくつかイベントを考えてるの」

 王子が来て以来、このシズ・カグナ離宮の中心は王子。
 お膝元の街――離宮のある丘の下に広がる街、そこの人々の中には、誇りを込めて『王子宮』と呼んでくれる人もいるくらい。
 そんな人たちを、ぜひ離宮に招待したいな。

 離宮で働き始めて、最初のうちはいっぱいいっぱいで仕事をしていたけど、私の方にもだいぶ余裕が出て来ていた。
 だって、あれからそろそろ一年になる。朝起きて、すっかり伸びた髪をゆるく編み込んで、乳母のお仕着せであるつばなしボンネットを着けるのも、すっかり慣れた。
 このイベントも積極的に参加して、楽しいものにしたいな。

 責任者のタヴァルさんは、離宮内の博物館で公開講座をやろうとしているし、料理長のガエンさんも、何か美味しいイベントを考えているみたい。
 私はソラミーレさまと相談して、一般の人々と王子の交流ができたらいいなと思ってるんだけど。

「ああ、師匠が参加するって言ってたのはこれか」
「え、レモニーナさんが?」
「博物館の公開講座の一つを受け持つらしい。ファシード殿も見に来るだろ、絶対」
「うわ、賑やかになりそう」

 話しているうちに、王子が「でーきたっ」と書き取りの課題をラズトさんに差し出してきた。
 おおっ、王子、だいぶ“人繋印レン”(表音文字)が上手くなった! もうね、初めて私の名前を書いてくれた時なんて、感動ものだったよ。
 私はといえば、“人繋印”は覚えたものの、書く方が苦手。
 言葉はこちらの世界に来た時に、睡眠学習ですでに覚えているけど、それを頭の中で印に置き換えて書くのに時間がかかっちゃって。
 王子と一緒に鋭意特訓中です。

「上手に書けましたね。それじゃ、ここまでにしよう」
 ふふ、ラズトさんは王子と話す時、未だに敬語を使い慣れないみたい。私もだけど。

「ラズト先生、ありがとーございましたっ。コウメ、ぼくおにわであそぶ!」
 全員で書斎を出ると、王子はさっそく庭に飛び出していった。身体を動かしたくてしかたないみたい。
「オージ様、お飲み物はいいんですかー?」
 侍女のローレンが、急いで追いかけていく。
 テラスにティーセットを用意してくれてるから、今日は私がお茶を淹れようかな、とエプロンの紐を結び直した。

 そこへ、護衛士のカザムさんが顔を見せた。
 いつもと同じ、黒の詰襟の制服姿。手に、私と同じような書類を持っている。
「コーメ、それにラズト先生もちょうど良かった。ちょっとお話が」
 何だか困った表情……?
「どうしたんですか?」
「今、来月のイベントの招待客リストを見ていたんですが……」
 警備はカザムさんたちの仕事だもんね。招待客のチェックを真っ先にしたみたい。
 そう思いながらリストをのぞき込み、カザムさんが指さすところを見た。

 うおう、イディンさんの名前。来るんだ、あの人。
 目的は博物館の公開講座。

「イディンさん、勉強熱心ですね」
 言うと、カザムさんとラズトさんが二人して、じろっと私を見た。
「のんきなことを言ってる場合か」
「そうです。前みたいなことになったらどうするんですか」

「ええ? そんな、何もないですよ。こちらから近づかなければいいじゃないですか」
 私は当日、基本的に王子と一緒に行動してるだろうから、イディンさんとは下手したらすれ違うこともないかも。
 だいたい、星心殿では私がウッカリしてて、あんなことになっただけだし。

 でも、カザムさんとラズトさんは警戒心をあらわにしてる。
「そういうところが甘いんだコーメは。向こうから来るぞ。隙なんかいつでも突ける」
「あの人はここは初めてじゃないはずだし、星心術が使えます。何をしかけてくることか」
こ 、怖いこと言わないでよ二人とも……。

 もやもやしていると、カザムさんがなだめるように私の肩に触れた。
「もちろん、俺も当日は気をつけます。本当はずっとコーメについていたいですが、仕事があるのでそういうわけにもいかない。コーメ自身も気をつけて下さい。……ラズト先生、何か予防策はないんですか」
「……ないこともないが……」

 ラズトさんはしばらく考え込んでから、顔を上げて私に言った。
「コーメ。いざという時のために、腕に星心印を刻んでおくか? 変身して逃げられるように」

 えっ!? ついに私も、もふもふ化!?

◇  ◇  ◇

 そして、『“開かれた王室”キャンペーン』の一環、シズ・カグナ離宮一般公開の日がやってきた。
 朝から近隣の住民が大勢訪れて、離宮の中はお祭りのように賑やかになる。

 公開期間は二日間。初日の今日は、博物館見物ツアー(タヴァル館長の解説付き)と離宮内見学ツアー(タヴァル館長の奥さん・侍女頭ミレットさんの解説付き)が、午前と午後に一回ずつ。
 護衛士さんの公開訓練と体術講座、それに、離宮お抱えの楽団のミニコンサートもある。
 食堂も開放されていて、軽食とお茶をご用意しております。

 王子は乳母の私と護衛士さん(交代制)を従えて、あちらこちらのイベントにちょっとずつ顔出し。
 参加者の皆さんにご挨拶したら、若い女の子たちがキャーとか声をあげてくれた。うわぁ、アイドルみたい。

 王子の自室でお昼ご飯にしようと思って、渡り廊下を歩いていると、庭の方でわぁーっと歓声がした。
「あ、ニーナせんせーとモリオが、ケンカしてる」
「ええっ、ケンカ!?」

 ビックリして王子が指さすのを見ると、レモニーナさんとカザムさんがガチで戦っていた。
 周りをお客さんや他の護衛士さんたちまでが囲んで、歓声を上げたり煽ったりしてる。
 こちらに気づいて、
「あ、王子さまと乳母さまだ!」
って声をかけてくれるお客さんもいるけど…。

 な、なんなのこの出し物、聞いてない!!
 二人とも変テコな武器を持っている。ブルース・リーみたいな、えーっとそうそうヌンチャク。それの、普通は二本ある棒の部分が三本あるみたいなやつ。
 あっ、もしかして武器オタクのレモニーナ先生が持ち込んだの?
 ちょっとちょっとお義母さま……許可取ってくれたのかなぁ。

 いったん飛び離れた二人。レモニーナさんが息を弾ませながら挑発する。
「この獲物は苦手みたいねぇ、カザム先・生?」
「レモニーナ先生……どこから手に入れたんですかこんなものっ」
 カザムさん、構えながらもちょっと呆れてる。
「昔の文献で見つけたんで、知り合いに復元してもらったの。ほら、コーメが見てるわよー負けられないわね?」
「くっ……行きます!」

 再びぶつかり合う二人。
 レモニーナさんはその武器を、一本の棒のようにクルクル回したかと思ったら、今度はわざと地面にぶつけて可動部分を跳ねさせたりして、カザムさんを追いつめていく。
 カザムさんも身体の周りを回すようにして、思わぬところから武器を飛び出させる。
 ……結局楽しそう。
 はぁ……全くもう、二人とも好きなんだから。
「ばんがれー! ばんがれー!」
 王子っ。応援しなくていいからっ。
「コウメ、ぼくもケンカする! モリオとおなじみたいに!」
 しなくていいから!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。 父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。 無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。 純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

王命って何ですか? 虐げられ才女は理不尽な我慢をやめることにした

まるまる⭐️
恋愛
【第18回恋愛小説大賞において優秀賞を頂戴致しました。応援頂いた読者の皆様に心よりの感謝を申し上げます。本当にありがとうございました】 その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。 貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。 現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。 人々の関心を集めないはずがない。 裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。 「私には婚約者がいました…。 彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。 そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。 ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」 裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。 だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。   彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。 次々に積み重ねられていく証言に次第に追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実を傍聴席の貴族達は息を飲んで見守る。 裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。 「王命って何ですか?」と。 ✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...