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後日談・番外編

離宮の長い2日間 3

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 カザプカみたいに、あの子の所へ飛べたらいいのに。
 白く光る姿が消えてからも、私はカザプカの空間を超える飛翔を思い描く。

 変化の練習をしていた時、ラズトさんが言ったのだ。
『いつかコーメも気づくと思うから、その前に言っておきたいことがある。カザプカに変化して、コーメの世界へ帰るという方法を考えたんだが……無理だった』
 あっ! そんな方法、今まで思いつかなかった!
 そうだよね、カザプカは七緒のところに行けるんだから……でもどうしてダメだったの?
 ラズトさんは、私から目をそらして言った。
『カザプカに変化しても、その能力までは自在に使えないんだ。なんとかできたらと思って試してはみたんだが……悪いな、コーメ』

 私はその時、微笑んで答えた。
『そっか、そりゃそうですよね。術士がみんな神様の遣いの力を自在に使えちゃったら、術士最強だわ』
 ラズトさん……変化して能力を試すって、何か危険なことはなかったの?
 私のために、帰る方法を探し続けてくれてるんだね。

 ……今度、肩でも揉んであげよう。きっとそれくらいが、一番いい。

「さて!」
 私は手の中の封筒を見た。
 七緒の手紙! 嬉しい!
 七緒を抱きしめるように、そのピンク色の封筒をぎゅっと胸に押し当てる。
 ああ、今すぐ読みたい! でもでも、王子が探してるかもしれないし、ゆっくり読みたいから後でのほうがいいよね。くぅー生殺し!
 高鳴る鼓動を深呼吸で抑えこみ、私はその手紙をポケットにしまいこんだ。
 そして、裏口からホールに戻ろうとして、

「ふぎゅ」
 変な声が出てしまった。顔が、良い香りのするものにぶつかって。
「おっと」
 頭の上から声がした。腕をつかまれ、支えられる。

 イディンさんだった。

「コーメ、久しぶりだね」
 ダークグレーの髪を透かして、同じ色の瞳が少し細められる。今日はジャケット姿だ。
「あっ……イディンさん。ごめんなさい!」
 あわてて身体を離したけど、イディンさんの両手は私の腕にかかったまま。
「また謝ってる」
 彼はかすかに笑った。
 また……って、わー、蒸し返すかあの時のことを!

「えっと……レモニーナ先生の公開講座に?」
 話をそらそうと聞くと、イディンさんはうなずく。
「前の方の席で聴講させていただいてたよ。さっきコーメ、こっちを見てたね」
 え、全然? 王子の方に集中してて、イディンさんが来てること忘れてました。
「それから外に出ていくから、今度は僕が、君についてきたよ」
 待て。それだけのことで、今度は私がイディンさんを誘ったと思ってるの!? 思考がポジティブすぎます。ていうか前提条件がそもそも勘違いです!
 今度こそきっぱり『違う』と言おうとしたら、イディンさんに聞かれた。
「今、誰かここにいた?」

 あっ。
 まさか、カザプカとやり取りしてる所、目撃されてないよね?
 何をしてたのかって聞かれたら、何て言えばいいのか……。

 私は急いで言った。
「ここは裏方の人が大勢通りますから……(そのうちの誰かがいたと思って!)。ホールに戻りましょう(そしてここでのことはもう忘れて!)」

 イディンさんと身体を入れ替えるようにして腕を外し、裏口からホールに戻る。
 舞台裾のカーテンから出ると、ホールの扉から最後のお客さんが出ていくところだった。喧騒が遠くなり、ホールはシーンとしている。

 そのせいで、さっきの私のセリフをイディンさんは再びポジティブに解釈したらしい。
 つまり、『ここは裏方の人が大勢通りますから……(見られると恥ずかしいわ)。ホールに戻りましょう(もう人がいなくて二人きりになれるわよ)』ってな具合に。

「あれ……? も、もう誰もいませんね、それじゃあ私たちも」
「そうだね、僕たちも」
 イディンさんが距離を縮めてくる。
 なんで近寄るのよ!
 後ずさると、すぐに身体が壁にぶつかった。
「イディンさん、あの、私もう行きま」
「コーメ。離宮に来たら君に会えるって、楽しみにしてたんだ。好きだよ」
「!?」

 ただ関係を迫られるだけなら、すぐに逃げ出しただろう。実際、逃げる準備万端だった。
 でも、こういうのは想定してなくて、私は一瞬で混乱してしまった。
 今のは、愛の告白!? ……いや、単に「僕はカレーが好きだよ」っていうのと同じニュアンスにも聞こえる。

 イディンさんは、私の顔のすぐそばに両手をついた。
「オージ殿下の乳母になったって聞いて、しかも相変わらずラズトがそばにいるし、ファシード殿も足しげく通ってるっていうし、なんだか護衛士のうわさも聞いた。コーメは今、誰と付き合ってるの? ……何だか、妬けるな」

 落ち着け私。前回とは違う。告白だとしても、色々勘違いもあるにしても、普通に断ればいいだけでしょ。そう、仕事中だし。
 私はイディンさんの目を見つめた。
 よし、ちゃんと言うぞ。

「私は今、誰とも付き合う気は」
「今すぐ返事しなくてもいいんだ」
 だから遮らないでよー! 話、聞いてます!?
 頬に触れられて、びくっとした私は肩をすくめるようにして下を向いた。
「お互い大人だからね。付き合ってるかどうかは置いておいて……なんとなく一緒にいることだって、あるもんな」

 それは……今の私が、そうなのかもしれない。
 ちくり、と罪悪感を感じた。
 私だって実際、私に好意を持ってくれている人の存在に気づいてるけど、自分からは何も言わずに、ただ一緒にいる。
 どうしていいかわからないというのもあるけど……。

「僕ともそういうのでいいんだ。なんとなく、で」
 イディンさんの口調は優しく、まるで私をあやすよう。
 でも待て。この密着度は何? 告白ならば真摯に向き合いたいけど、こんなじゃ……。
 自然と上目遣いになって、イディンさんを窺うと、その瞳に野生の光が灯った気がした。
 身体がぐっと押しつけられ、頬に息がかかる。私は焦って身をよじりながら言った。

「私、友達にしかなれません」
「それでもいいよ。君にとっても得なんじゃない?」
 ……得?
「王宮にオトモダチがいたら、さ」

 つまり、王太子側に情報提供者がいると得、って言いたいんだろうか。
 そして逆に、イディンさんは、離宮内に私というオトモダチを置くことができる。
 ……やっぱりこの人は、そういう風にものを考えてるんだ。これは、告白ではない。

 私はぱっと顔を上げると、目に力を込めてイディンさんをにらんだ。
 声にも力を込める。
「私は、損得で友達を作ったりしませんから」
 そして、イディンさんの腕をポンポン叩いて、もう一言。
「今日はイディンさんは、離宮のお客様ですからね。丁重におもてなししますから、あちらでお茶にしましょう?」

 イディンさんは一瞬、毒気を抜かれたような顔をして横を向いた。
「……こういうペースの人か……」
「え?」
「いや、ここで巻きこまれるわけには」
 何かを振り切るイディンさん。こちらに向き直って、ニヤリとする。
「僕は、違うおもてなしがいいな」
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