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11.死神リビィの案内で天国のヒーローショーを見に行きます

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酔っ払いの鬼娘騒動が起きてから数十分後、ラムネは自身でも気づかない内に眠っていた。
慣れない環境で覚えることが多く、また騒ぎ過ぎたので疲労が一気にピークへ達したのだろう。
だから彼女の眠りは深く、意識は無い状態に等しい。
だが、彼女の耳はこれまで一度も聞いたこと無い声を捉えるのだった。
それは上機嫌な少女が、はかなげながらも鼻歌まじりに口ずさむ声だ。

「嘘つきは池の中。悪人はしおの中。肉は串刺くしざし、血がしたたる穴の中。むしは食わぬ、土にも還れぬ。死神は吊るよ、ちりにもなれない魂を」

歌というよりに思える。
何であれ、その声によってラムネの意識はゆっくりと目覚めた。
ただし、まだ寝ぼけているのか、思考と五感の働きは明らかに鈍い。

「うぅ、頭がぼんやりします~」

気分も、どちらかと言えば不調だ。
少なくとも万全には程遠い体調であって、彼女は自分がベッドで寝ていたのだと気づく事にすら、更に一分近い時間を要した。
そして今、自分はどこにいるのか。
それについては熟考しても分からず、おそらく店内なのだろうと自身を納得させた。

「ここは従業員の休憩室……ですかね。それにしては……、なぜだか部屋が真っ暗です」

まったく見えないという程では無いが、まだ店内を把握していない彼女にとって視界不良なのは大きな問題だ。
だからラムネはベッドから起き上がり、仲間の名前を呼びながら明かりを探すことにした。

「セブンスさ~ん。フーランさ~ん。わちきですぅ、ラムネですよ~。一体どこにいるのですか~?独りにしないで下さいよぉ」

長々と呼びかけても相手からの返事は無い上、別の場所から物音すら聞こえない。
つまり近くには誰もおらず、周辺は静寂に包まれている。
そうラムネが思った瞬間、いきなり肩を後ろから叩かれるのだった。

「ひゃ!?えっ…なに!?」

ラムネは不意の恐怖に怯えて、表情を強張こわばらせながら後ろへ振り向く。
同時に黒髪で幼い顔をした少女が、とても古典的な方法で驚かせてきた。

「べろべろばぁ~。おばけだぞぉ」

「へっ!?きゃあ!」

少し拍子抜けに感じたのものの、それでもラムネは驚愕して軽く飛び跳ねながら後退あとずさりした。
それから周りの物にぶつかりながら尻餅を着くほどの勢いがあって、舞台劇のコメディシーンみたいに大げさで奇妙奇天烈きてれつな動きだ。
その間抜けとも言える彼女の慌てっぷりを目にして、黒髪の少女は腹を抱えるほど大笑いするのだった。

「ふっ、くっひひひぃ~!なんだその動きは~!まるで叔父が飼っているカエルみたいだ~!あはは、くひぃ~……!げほっごほっ……!やばいっ、一時間ぶりに笑いのツボにきた!リビィは何にでも笑っちゃうから余計に、ふぅははっははは!」

見知らぬ少女はひたすら大笑いを続けるので、ラムネは呆然とする他なかった。
そもそも一体誰なのか、どういう意図で驚かしてきたのか。
そして、あまりにも苦しそうに激しく笑うので、思わず心配になるほどだ。
だからラムネは驚かされた事を気にかけず、尻餅を着いたまま話しかけた。

「あの、苦しそうだけど大丈夫?」

「そ、そっちこそね。ふぅ……はぁ……。いやぁ、まさか死神を笑いで殺しかけるなんて……ふふっ。君にはお笑いのセンスがあるんだねぇ」

「そんなこと初めて言われました。えへへっ、でも褒められると嬉しいですね」

「うんうん、是非ともリビィとお笑いコンビを組もう!それで天国に殴り込み、今度こそはお米大好き女神を鼻で笑わせてみせるんだ!」

何について話しているのか分からないが、幼い少女はラムネの手を取って立ち上がらせた。
隣に立って改めて見ると、この少女は本当に小柄だ。
背丈が低いセブンスより更に小さく、黒髪に混じった紫色のメッシュがほんのりと輝いているように見える。
また血のように赤い眼が印象深いと共に、誰よりも笑顔満点で口を大きく開けて笑うところにしたしみを感じられた。

「さてさて、君が新人のラムネちゃんだよね。フーラン先輩から連絡で聞いたんだ。あたち……じゃなくて、リビィはリビィだから。何がともあれ、同じ従業員としてよろしくだ!」

「えっと、リビィさん……ですよね?」

「そうそう。そして見た通り、リビィはアイドル女優と芸人、あとヒーローにも憧れている死神なんだ!厳密には不死神ふしがみと世から逸脱した仙人のハーフなんだけど、細かいことは気にしなくて良いから!」

「はい?いえ……。は、はい……」

相手の勢いに押されてラムネは消え入りそうな声で返事した。
だが、返事は上辺なだけで実際は何一つ理解できてない。
それは彼女の困惑した表情にも出ている。

なにせ全てが新しい情報というのみならず、今まで一度も耳にしたことが無い分類の話だからだ。
そもそも見た通りという話のくだりの時点で、理解が追いついていない。
だからラムネは自分なりに情報を咀嚼そしゃくし、分かった部分のみ口にする。

「つまりリビィさんは死神なんですね」

「イエス!」

「それで、わちきと同じ従業員」

「イエスイエス!」

「あとは……えーっと、うーん………笑顔が晴れやかでカワイイ!うん、わちき覚えました!」

「うん、そこまでリビィのことを覚えてくれたら大丈夫だ!ということで、親睦を深めるために天国で開催されるヒーローショーを一緒に見に行こうか!過去の英雄たちが出るらしいぞ!」

無邪気に、そして楽しそうにリビィはラムネの手を引く。
ただ突拍子も無い誘いである上、話の繋がりが見えてこない。
ラムネも会話が得意というわけでは無いが、このリビィは更に別方向で会話のキャッチボールが下手だ。
また突然の誘いとは別に、ラムネは焦りを覚える。

「あの、行くのは良いんですけど……。わちき、まだフーランさんとかに謝ってなくて……」

「えぇ~何かしたのか?」

「ちょっと吐いて、ちょっとかけました」

「あぁ。だからフーラン先輩は大浴場に行っていたのかぁ。まぁ大丈夫だよ!むしろ謝るなら、天国のお土産みやげ屋さんで、ごめんなさいの品でも買えば良いんだ!」

「そ、そうです……ね?」

「さぁ、すぐにヒーローショーが始まっちゃうんだ!店長と先輩にはリビィから連絡をしておくから、急いで行くよ!天国へ!」

そう言いながらリビィは床に魔法陣を描き、天国の転移陣に繋がる準備を済ませる。
こうしてラムネは訳も分からず、死神の案内で天国へ向かうことになるのだった。
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