リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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イルヴルヴ

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 アシャは完全に人の姿に戻っていた。
 耳も尻尾も牙も長い爪も元に戻り、人の言葉が話せるようになった。
 ウサギや鳥、鹿などを捕まえて食べようとするが、聖茄は変わらず人の死骸ばかりを喰らった。
 アシャは彼女だけに罪を背負わせられないと、共に人間を狩り、人間を食料とした。
 いつの間にかアシャたちは、人間たちに人を食う化け物と呼ばれるようになっていた。
 次の町を探し、雪解けの景色を眺めながら歩いている時だった。
「そう言えば、君の名前、聞いてなかったね」
 聖茄がそんなことを言い出して、アシャは微笑みを浮かべて聖茄に名乗る。
「私の名はアシャだ」
「…………名付けてくれた人は誰?」
「ルイスだ」
「酷い人だね」
「何?」
 アシャが立ち止まると、前を歩いていた聖茄も立ち止まり、振り返ってくる。その様も雪解けの雫がキラキラと輝く世界よりも、ずっと美しかった。
「酷い人だ」
「そんな風に言わないでくれ、一人になった私を助けたのはあの人なんだ」
「君が話せなかったから付けられた名前だ。唖者とは呼びたくないな。差別的だ。アンシャにしよう」
 聖茄は空を見上げながら人指し指を立てて言う。
「何か変わるか?」
 聖茄は足で雪に文字を書く。
「暗者だよ。こっちの方がかっこいいし君にはぴったりだろ」
「それこそ差別的だ、私は光の名前が欲しいぞ」
「じゃあ面倒だから、アシャでいいや。アシャ、アシャか。悪かった、確かにいい人かもしれない」
 聖茄が申し訳なさそうに言うので、アシャは慈愛に満ちた目で彼女を見る。
「アシャ、綺麗な名前だ」
「そうだろう」
 アシャが微笑むと、聖茄はぷくっと頬を膨らませて拗ねたように言う。
「でもボクが名前を付けたかったのに」
「何故?」
「君と初めて交わした大事な約束だったから……」
 悲しそうに眉を寄せて言う聖茄を見て、アシャは考え付く。
「……ならもう一つの名をくれたまえ。私は君以外の人にそう名乗ろう」
「ええ、ボクが呼べないんじゃ意味ないよ」
 聖茄はむっとして言った。
 そんな姿も可愛らしいと、アシャは口元を緩める。
 今度は聖茄がアシャに見惚れる番だった。太陽を背に神々しく後光が射す姿はまるで女神様のようだった。
「ふふふ、分かったよ。わがままな子だ。好きに呼びたまえ」
「すぐには決められないからおあずけだよ」
「ふふふ、まだ決めてくれていなかったのかい、困った子だ」
 町が見えた頃だった。
 アシャと聖茄の前に立ちはだかる者があった。
 深い青色の瞳に、白に近いピンク色の短髪。
 白い実験体の服。
 アシャは彼を追っ手だと判断する。
 アシャより少し年上だろう。
「はじめてお目にかかります。6号様」
「君は何者だ」
「私は4号。ターリア・ヲリオンと申します」
「名前があるのか」
「貴方にも名前が付けられる筈でしたよ。ただの成功体6号様」
「ただの成功体ではない。私にはアシャと言う名前がある」
「まさか名前があったとは。アシャ様も聖茄様も連れて帰らせていただきますよ」
「聖茄の名を知っているのか」
「貴方は無知なのですね。聖茄様はユヤの主の子供です。人造人間実験の最初の成功作であり失敗作であったラウグストゥス様。ユヤを作り緑龍子を作り出した超天才と同じ、緑龍子の吸収が強いルイス様の遺伝子・精液を使い、ユヤの女性器と配合させて初めて生まれた生物の一人、それがラウグストゥス様です」
 ルイスは実験に加担していたのか……。
 アシャは驚きを隠せない。
「聖茄様の本来の力とは釣り合わないため失敗とも言えるでしょう。更にこの時ユヤの女性器を壊してしまった。カプセルの中にいる聖茄様には手が出せない為、ラウグストゥス様の細胞が母体となり、我々が生まれました。後々開くことが出来たカプセルの聖茄様。我々はその血液を取り込み唯一耐えた成功体。他の実験体たちは耐えられずに死亡しています。聖茄様はユヤに最も必要な存在です」
 聖茄がそんなに重要な人物だったとは知らず、アシャは驚きを見せながら聖茄を見る。聖茄は4号、ターリアの話を興味深く聞いているようだった。
「研究者様たちにより蓋が開けられ、強制的に眠りから覚めた聖茄様は人間のように歳を取ることが出来ない状態です。まだ未完成の人間なのでしょう」
 聖茄は腕を押さえる。
自分が未完成だと聞いてショックを受けたのだろう。
「話したいことはそれだけか」
「いいえ。まだあります。成功体の中で女性に生まれたのは貴方だけです。我々成功体は貴方の子孫を望んでいます。これは本能です。貴方に私も惹かれています」
「なっ……」
 前回の5号より紳士的で顔を赤くするアシャ。それを不思議に思ったのか聖茄が背伸びしてちょんちょんと頬をつつく。
「私に気がありますか? それ次第で――……」
「――ないッ!!」
 アシャは顔を真っ赤にして飛び出し、ターリアに殴り掛かる。その手をターリアに掴まれ、動きを抑えられる。
「それ次第で方法を考えなくては……」
「諦めると言う選択肢はないのか!」
「あり得ません」
 なんて男だと、アシャは動揺する。
 アシャの腕にターリアのピッと張った二本の指が落とされ、歪な方向へ腕が曲がり、骨の砕ける音がする。
「あああああああっ!!」
 ターリアの手を振り解き後退しながら、アシャは蹴りを繰り出し、ターリアの横っ腹に脛を打ち付ける。
 ターリアは吹っ飛ばされ、雪の上を転がり、跡を付けていく。
 体勢を立て直し、アシャに向かって跳躍した。両手から二本の指が迫り、アシャはそれをギリギリのところでかわしている。
「なかなかやりますね――――あなたは後にしましょう」
 そう言って、ターリアはアシャから離れ、聖茄に向かっていく。アシャは目を吊り上げ、その背を追いかける。
「そんなことを許すと思うのか!!」
 アシャの身体を眩しい光が包み込む。
 金の美しい太い毛を身体中に纏い、しなやかな爪をターリアに叩き付けた。ターリアはそれをギリギリでかわす。
 ターリアはアシャのその姿を見て、口を大きく開け放ち、見惚れた。

 アシャは全長30米のオオカミの姿――に似た怪物へ変身していた。

 その神々しさと美しさは、神を思わせる。

 自分はまた化け物になってしまったのかと、ショックを受けながらも、アシャはターリアに攻撃を仕掛けた。
 ターリアは上手くかわしていたが最後の一撃を受けてしまい、全身の骨を砕かれ地面に放り出された。
 アシャはターリアの血の匂いを嗅ぎ、あの5号の味を思い出す。
 アシャは夢中になって4号・ターリアを大きな口で丸ごと呑み込んだ。
 アシャは人の姿に戻り、聖茄の元へ駆け寄る。
聖茄はやはり、この時だけ微笑みを浮かべた。
「美味しかった?」
「…………あまり美味しくはなかった」
 アシャは嘘をついたが、真実でもあった。
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