とある夫婦の平凡な日常

曇戸晴維

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桜と閑古鳥:四月

桜と閑古鳥:四月 前編

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 まだまだ寒いと思っていたのも束の間、あっという間に暖かくなり季節は春へと移り変わる。
 いつの間にやら菜の花が咲き乱れ、桜前線はこれでもかという速度で侵攻していった。
 春休みが終わる前にと躍起になって遊ぶ子どもたちの声は眩しく、春の陽気は人々を外へと誘う。
 そして今年も薄紅色の小さな花は満開の兆しを見せて、大人たちは酒を飲む機会へ思いを馳せる。
 入学式でもあったのだろう。
 新品ぴかぴかの少し大きいランドセルを背にしながら、親と手を繋ぎはしゃぐ新入生。
 気付けば、あの背負ったランドセルもいつの間にか小さくなって、親たちは時の流れを感じることになるのだろう。

 兎にも角にも春だ。
 
 この季節になると浮き足立つのはなにも世間だけではなくて、私も同じだ。
 出会いと別れの季節、なんていうが、私にとって春というのはそういったイメージはない。
 なにせ育ったところが田舎も田舎、小中高とほとんど変わり映えしないメンツで進んでいくほどに選択肢がなかったし、社会に出てからだって特に新年度だからといって異動があるような会社に勤めてはいない。
 唯一、出会いと別れがあったのは大学時代だが、そのくらいの年齢ともなれば、そりゃあ大学に入れば新しい付き合いもできるし大学卒業ともなればだいたいが社会人だ。それを一生の別れのように惜しむような感性など持っていなかった。

 そんなことより花より団子で、春といえば私にとっては美味しい食べ物の季節なのだ。
 東北の片田舎で育った私にとって、ふきのとうに菜の花、わらびにタラの芽、ぜんまい、こごみと山菜は身近なものだった。
 姉と二人、山に採りに行っては帰って天麩羅にして食べたものである。
 それが高級食材であることを知ったのは、恥ずかしながら就職をしてからであった。


 
 ……なんてことを考えながらコーヒーを淹れる。
 春の陽気にやられ、珍しくゆっくりと眠ってしまった日曜日。
 台所では同じくぽやぽやと睡気眼で紅茶を淹れる妻がいた。

 その姿はもはや起きているのか寝ているのかわからない様子で、虚空を見つめ、次第にこっくりこっくりと船を漕ぎ始めた。

「おおい」
「はっ! 寝てた!」

 だろうね。
 声を掛けると、危ない危ないとばかりに首を振って目を覚まし、気合を入れて紅茶の葉が開くのをじっ、と見つめる妻。
 なにもそんなに監視しなくとも勝手に葉は開くだろう、と思いながらコーヒーを一口啜る。

 ふとリビングを見ると、ベランダから差し込む陽光がぴかぴかのフローリングに反射してきらきらと輝いている。
 妻の趣味で選んだ白いボタニカル柄のレースカーテンはその模様部分が影を作っていて、まるで大樹の影にいるようだった。

「春だなあ」

 そう呟く。

「春ですねえ」

 紅茶を啜りながら妻が返す。
 そういえば、と続ける妻。

「桜、見に行かない?」

 年度末ともあって、すっかり仕事が忙しかった私と、町内会の引き継ぎやらなんやらで忙しかった妻。
 桜が咲いているのは知っていたが、ここ二週間ゆっくり見に行く余裕はなかった。

「そうだなあ、散歩がてら行こうか」
「うん!」

 満面の笑みで答える妻を見て、私はまるで満開の桜を見たかのような晴れやかな気持ちになった。







 
 行くと決まれば早いのが妻である。
 あっという間に準備を終えたかと思うと、しっかりとおにぎりまでこさえてしまった。
 そして、いざ出発、と思いきや、桜を見に行くとは決めたものの何処に行くかまでは話していないことに気付く。
 商店街を歩きながら、二人であれやこれや考える。
 近所の公園は何か違うし、わざわざ電車に乗って名所に行くのも気分ではない。
 今年は屋台が出てそうだから、それにちょっと心惹かれる。
 しかし、桜の開花と共に先週末は雨だったし、そこから一週間経った土曜日の今日、人でごった返しているのは目に見えている。

 
 ならば、と、思いついたのは、一駅ほど離れたところにある公園だった。
 なんでも由緒正しい、という言葉があっているかどうかは疑問だけど、歴史ある公園らしく、元々は戦国時代から合戦地を見下ろす丘だったとかでその後は陸軍砲兵隊の駐屯地となり、その後は公園になっている。
 というのは、近所のお婆さんに聞いた話だ。
 
 
 まあ、なんだ、見晴らしが良いのだろう。

 そんな話を妻にしたところ

「へえ、見晴らしいいのね」

 なんて言うものだから、夫婦揃ってなんというか、面目ない。
 
 じゃあ行こうか、と妻の手を取り、歩き出す。
 普段は行かない道を歩いて、知らない路地を行く。
 家々の先に咲く花々や、温かい風が心地良い。
 こうして街を歩くというのがどれだけ幸せか、なんて普段は考えないけれど、こうして街を歩くたびに思い知らされる。
 人々の生活は息づいていて、街はひとつずつ姿を変える。
 よく、都会は冷たいとか、季節感がないとか言われることがあるが、私はそうは思わない。
 冬籠りから開けた、こういう時期は街全体に生命の息吹を感じることができる。
 そりゃあそうだ、みんな生きているのだから。

 一人で歩いていたって、街の変化っていうのは面白い。
 それなのに、妻と二人でいるものだから、もっと面白い。
 すれ違う散歩の犬を見れば二人ではしゃぎ、植え込みの花を見れば二人で調べる。
 抱かれた赤子と目が合えばあやしてみせ、道行く老人と会釈を交わす。
 そうこうしているうちに目的地だ。




 
 角を曲がると、そこは圧巻だった。

「うわ」
「すっご」

 まさしく丘だったのだろう。
 石垣に囲まれ、徐々に上がれるように石段が積まれ、途中には社が見える。
 ぐるりと囲うように歪に敷かれたコンクリートの道路。
 そして敷地内にはこれでもかと咲いた、桜、桜、桜。
 まるでアートテラリウムを巨大化してそこに置いたかのような箱庭感。
 それに反して、ほとんど人気を感じられないのが不思議で、それはもはや異世界にでも迷い込んだかのようだった。

「なんだこれ」
「入っていいのかな」

 そんな感想が出るほどに、この場所は神域というか、聖域というか、そんな雰囲気を放っていた。


 二人揃って、ごくりと唾を飲み込んだのがわかった。
 手をしっかりと繋ぎ直すと私たちは桜の木でできた門を抜け、石でできた階段を登る。
 頭上の枝を、鳥たちが、チチチ、と鳴きながら通り過ぎる。
 その度にに啄まれたら花びらがひらひらと舞う。
 十段ほど登るとそこは細い遊歩道になっていた。
 桜並木の遊歩道。
 そこに一陣の風が舞う。
 
 その瞬間、香る春の匂いと薄紅の吹雪。
 風が色を帯びているかのような幻想的な風景。

 二人揃って声を失うほどの光景。
 息を呑む、とはこのことだ。

「来てよかったね」

 微笑みかける妻。
 私は感動のあまり、声すら出なかった。

 その時だ。


 ――っおう、くあっおう、くあっおう


 何かの鳴き声がした。

 妻もそれに気付いたらしく、二人で顔を見合わせる。

「なんだろう」
「鳥? だよね」

 もう一度、耳を澄ます。
 さらさらと風が流れ、木々が擦れる音と共に、また聞こえる。

 ――くあっおう、くあっおう


「カッコウ?」
「カッコウって早くても五月末ってイメージがあるけれど……」

 カッコウは渡り鳥だ。
 海外では春の鳥だけれど、日本に渡ってきて鳴くのが初夏のため、日本では夏の季語とされる。

「鳥にも慌てん坊な子とかいるのかなあ」

 そうかとしれないな、と頷き、その声の方へ歩き出す。
 妻もゆっくりと後ろを追うように歩き始めた。


 ――くあっおう、くあっおう


 次第に近くなる鳴き声。
 なんだか得した気分、と上機嫌な妻はスキップでくるくると回り始める。
 それを笑いながら見て、私も負けじと追いかける。
 またもや現れた階段。
 入り口とは違った大階段を駆け上がる。

 すると、そこは広場になっていた。
 土くれの地面。
 立ち並ぶ桜の木。
 ところどころに緑の絨毯。
 薄紅の桜の花達の真ん中にぽっかりと空いた空間から見える、真っ青な春晴れの空。

 本日何度目かわからない感動。

「すごいなあ」
「ほんと。なんでこんなに人いないのかな?」

 首を傾げる妻。
 確かに。
 これだけ立派なのだ。
 それに今日は土曜日。
 少しくらい、それこそ散歩をしている人や子どもくらいいてもいい。
 不思議なこともあるものだな、と思っていると、不意に、ぽんぽんと鞠つきのような音がする。

「ねえ」

 妻が私の袖を引く。
 言われ、見てみるとそこには五歳くらいの女の子がいた。
 ぽんぽん、とピンクのビニールボールをつきながら遊んでいる女の子。
 こちらに気付いたのか、遊ぶ手を止めると、その子はじっとこちらを見つめていた。
 

 
 
 
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