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第三章

inスライム

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 衝撃があった気がする。

 周りが騒々しい。

 そんな最悪の目覚めで、まるで夢の中にいるみたいな薄ぼんやりとした意識の中から覚醒する。

 覚醒したといっても、周囲はおろか、自分の姿さえ見えない。
 単に暗いわけではなく、視覚そのものがないような――そんな感覚。

 周囲に自分以外の意識がひしめき合っているのは、なんとなく理解できる。
 まるで、狭い教室内に全校生徒が押し込められたような不快感。

 声とも少し違う、共感意識テレパシーのようなものが、四方八方から煩いほどに聴こえていた。

 誰かが死んだだの失われたのだの、統率をなくした騒動の原因はそういうことらしい。

「逃げないと。戦おう。逃げる。戦えば。戦ってみよう。逃げて。逃げようよ。戦わないと。戦おう。逃げよう。戦う。逃げてみよう。腹減った。戦おうよ」

 続々と意見が上がる。
 届いてくる意識は、小さすぎて聴こえないものも併せると数十か数百か。
 紛糾した議会中継を思わせる。

「逃げるってどうやって? 戦えるの? 逃げるの? 戦い方はどうする? 逃げられないよ。どう戦う? 戦えないよ。腹減った。どうやって? どうやって? ねえ、どうやって?」

 つまりは、戦うか逃げるかで意見が分かれているということだろう。さっきから若干、関係ないのも混じっているが。

「勝てないよ、殺されちゃう。逃げられないよ、殺されちゃう。どちらにせよ、殺されちゃう」

 そんな悲観的な意見が出た瞬間から、一気に聴こえる意識は爆発的なものになった。

「死ねない! 生きたい! 殺されたくない! 生きたい! 死にたくない! 死ぬのはいや! 逃げたい! 生きたい! 生きていたい! もう……死にたい。死にたくない!」

 大合唱だ。

 ――煩い、煩い、煩い、煩い。

(あー! うっせー! 少しは静かにしやがれ!)

『…………』

 いや、いきなり一斉に黙るなよ、怖いから。

(んで、なんだ。結局、おめーらは死にたくない、生きたいってことだろ?)

「うん。生きたい。そうだよ。死にたくない。生きなきゃ。死ねない。生きていたって……」

(最後の奴、諦めんな。まあとにかくだ。おめーらのほぼ総意として生きたいってことでいいみたいだな。ちなみに、俺だって死にたくはない)

「どうやって!? 強いよ!? 方法は!? 痛いよ!? 戦えるの!? 逃げられないよ!?」

(だから、いっぺんに叫ぶなって!)

『…………』

(だから……まあいいや。正直、俺は状況をこれっぽちも理解しとらん。でも、戦うだの逃げるだのってんなら、敵がいるわけだよな? で、戦うには敵は強いし、逃げるのも難しい……ってこったな? あ、静かにな)

『…………』

 律儀に言いつけを守り、同意する気配だけが伝わってくる。

(だったら、やることは決まってるだろうが。元々逃げられないんだったら、まずは戦う。んで、敵いそうになかったら、攻撃を仕掛けた隙を突いて逃げてみる。だろ?)

『おお~』

 感心したような気配。

(ただし、どうやって戦うか……狼や猪じゃあ、話にならんだろうし……熊? こんな大勢いても敵わないってのなら無理か。魔獣なら? 馬や針鼠……でも厳しいかな……? ふーむ)

『ふーむ』

 真似すんな。

(もっと、こう……強力で、強大で……比類なき力の象徴っていうか。なにかないものか……)

 頭を悩ましていると、近くにいた意識のひとつが吸い込まれるように消えた。

『なにかないか、なにか……』

 一心不乱に皆で考え込んでいる内に、ひとつ、またひとつと、異なる意識が引き寄せられていく。それは次第に一点に向かって結合し、集から個へと同化していく――

 いつしか周囲にいた数多の意識群がひとまとまりになったような、そんな不思議な感覚がした。

 周囲から一切の他の気配が消え、自分独りとなった中、意識は次第に内へ向き、内へ内へ奥へ奥へと――深層意識の底まで落ちていく。

 そして、そこには居た。

(なんだ。こんなところに良さげなのがいるじゃねーの)

 影に蹲るを見下ろし、颯真は満足げにほくそ笑んだ。
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