逆さまの迷宮

福子

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第二章 ◆ 本道

第五節 ◇ 窓

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 階段を下りながら、ボクはこれまでを思い返した。

 木の階段で気がついて、途中で鉄錆の階段に移った。コンクリートの階段に飛び移って下りたり上ったりして、そら豆の時計を見つけた。そのあとはずっと階段を上っていた。上り切った道でトキワと出会ったんだ。

 ボクは、残り数段のところで立ち止まった。階段を下り切るのは初めてだ。未知の世界に足を踏み入れる。

「どうした、きょろきょろして。」

「階段の途中で木の道と鉄サビの道があったはずなんだけど……。」

「前にも言ったと思うが、この世界は刻々と姿を変えている。前にあったものが今もあるとは限らない。」

「そういえば、そんなことを言っていたね。」

「どういうわけか、『象徴シンボル』がある場所は変化が起こらないようだが。」

「なるほど。だからそら豆の時計は同じ場所にあったんだ。」

「ああ。おそらく他の『象徴シンボル』も同じ場所にあるだろうし、そのあたりの景色も変わらないだろう。」

 トキワは、ボクたちが降りてきた長い長い階段を見上げた。

「さてと、そろそろかな。」

 トキワはボクの肩から飛び立ち、探し物をするように辺りを飛び回った。しかし、首をかしげながらボクの肩に戻ってきた。

「手紙、なかったの?」

 ボクもそろそろではないかと思っていたのだけれど、どうやら違ったらしい。

「とりあえず、先に進んでみるか。」

 手紙がないということは、このあたりに『象徴シンボル』は無いということか。それならば、先に進むしかない。

「十字路だね。」

 しばらく歩くと、右、左、そして真っ直ぐと、道が三つに別れている。

「とりあえず、真っ直ぐ進んでみるのはどうかな。」

 今回は手紙がない。参考になるものが何もないので、ボクもトキワも、すっかり困ってしまった。

「そうだね、真っ直ぐ進んでみよう。もし間違いなら、ここに戻ってくればいいから。」

 ボクは、トキワと並んで交差点を真っ直ぐ進んだ。
 しばらく歩くと、また十字路にぶつかった。トキワはボクの肩に乗り、うーん、と唸った。

「また交差点だ。トキワ、今度はどうしようか。」

「そうだな、もう一度、真っ直ぐ進んでみるか。」

 二つ目の交差点を過ぎてしばらく歩くと、また十字路にぶつかった。

「三つ目、だな。」

 いくらなんでもおかしい。今まで一本道だったのに、突然交差点だらけになった。

「今度は、右に曲がってみてくれないか。」

 ボクは、トキワの指示通りに交差点を右折した。迷子にならなければいいけど、とボクは思ったけれど、それと同時に何とかなるだろうとも思った。

 しばらく進むと、今度は、直角に右に曲がるだけの曲がり角があった。

「曲がってみるね。」

 角を曲がって少し歩いたところで、またまた交差点にぶつかった。今度は、直進と直角に右に曲がる横向きの丁字路。どちらを選択しようかと悩んでいると、トキワが何かに気づいたように首を伸ばした。

「なあ、君、何か聞こえないか?」

 目を閉じて耳を澄ますと、風なんて吹いてないのに、何かたなびいているような音がかすかに聞こえた。

「トキワ、あっちの方から聞こえるよ。」

 ボクは、音のする方へと向かって走った。

「ねぇ、トキワ? これは一体、何?」

 ボクの足元で布のようなものが波打っている。トキワは、そうか、とつぶやいて肩から降り、波打っている布に近づくと、それをつついた。

「間違いない、レースだな。」

「レース? この大きさだと、コースターじゃないね。カーテンとか、かな。」

 トキワは、ボクをちらりと見てにやりとした。

「カーテンとかではない。間違いなくカーテンだ。」

 どういうことだろう。カーテンは『たなびく』ものであって『波打つ』ものではない。

「牛乳のときと同じだ。カーテンが波打つと考えるから『おかしい』と思うのだ。そもそもこの世界は、おかしいのが当たり前。大切なのは見る角度、だよ。」

 トキワは、軽くウィンクするとバサバサッと羽ばたいて上昇すると、翼を大きく広げてトンビのように空中でくるくる回り、ボクの足元に戻ってきた。

「やっぱりな。」

「やっぱり? もったいぶらないで教えてよ。」

「まあ、そう焦るな。この世界では、自ら考えることが大切だと学んだだろう。私はどうやら君を導く役目のようだから、君が自分で答えを見つけられるように案内をしたとしても、答えをそのまま教えるわけにはいかないのだ。」

 めんどうだな、と思ったけれど、自分で答えを導き出さなければ次は来ないことを、ボクも分かっている。

「歩いた道の形を、思い描いてみるといい。最初の交差点が、図形の一番底にあたると考えてくれ。そして、左右対称の図形だ。」

 歩いた、道の、形。

 最初の交差点は、真っすぐと左右に分かれていた。ボクは、トキワに言われた通り、Tをひっくり返したような形を思い浮かべた。

 二つ目の交差点も、最初のと同じだった。ボクは、頭の中の図形を『土』のような形に描き替えた。
 三つ目の交差点も、同様だった。ボクは、頭の中の図形を『主』のような形に描き替えた。

 四つ目は、右に曲がるだけの道だった。五つ目は、横向きの丁字路だった。ボクは、交差点ごとに頭の中の図形を描き替えた。

 そうか、三つ目の図形は『主』じゃなくて『王』みたいな形だ。四つ目と五つ目の交差点の図形を描き足して『日』のような図形を頭に描いた。さらに、左右対称だとトキワが言っていたから、もうひとつ『日』を足せば、『田』のような形になって……、

「そうか、窓だ!」

「その通りだ。」

 ボクは、自分で導けた喜びで飛び跳ねた。

「でも、こんなところに、窓? 窓って、風通しを良くしたり、お日さまの光を取り入れたりするのに建物に取り付けるものだよね。」

「そうだな。手紙はどこにもなかったから、これは『象徴シンボル』ではないということだろうな。」

 トキワは、波打つカーテンを嘴でツンツンしながら、純白レースの愛らしいカーテン付きのコンクリートの道でできたの窓の存在理由を考えている。

「ねぇ、これが入り口の可能性って、あると思う?」

 トキワは、パッと目を見開いてボクを見ると、再び飛び立ち上昇した。そして今度は、上空で翼をすぼめると『窓』に向かって急降下した。真剣なまなざしは、まるで獲物を捕らえるときのように鋭くて、知的で優しいトキワのイメージと違っていた。

 トキワは、どんどん加速して『窓』のガラス部分を猛スピードで通り抜けた。

 トキワを見守るボクの胸は、自分でも驚くほど高鳴っている。トキワがボクの肩に戻ってきても、ドキドキはおさまらなかった。

「おそらく、ここは入り口ではない。通り抜けてみたが、全く手応えを感じなかった。」

 トキワは、がっかりしたように首を振った。

「大丈夫だよ、トキワ。出口は、必ずあるから。」

 ボクは、肩に乗るトキワの翼に頬をよせた。

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