屑星の英雄はランプを擦る/対抗狙撃戦

二市アキラ(フタツシ アキラ)

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第9話

【 メダルの秘密 】

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    ロックロウは未だマグリブに姿を見せない。
    リトルジーニーの潜むマグリブは、コロニーから約30キロ程離れた外界に地中深く埋設された縦穴シェルターである。 
    ゆえにリトルジーニーからは、無線を使う連絡手段ではロックロウに連絡がつかない。

    だが、リトルジーニーの持つコロニー内の探査網には、ロックロウの公開暗殺計画が広く流布されていて、今やそれは、どちらが殺されるかの"賭け"の対象にまでなりかけている。

 リトルジーニーは爪を噛み、髪の毛を掻きむしり、挙句の果ては、シェルター内の壁を、ところ構わわず蹴りつけ殴り付けた。
 最後には工作機械のフライディの胸部にある操作パネルにパンチを叩き込もうとしたが、それは止めた。
 これが壊れてしまえば、リトルジーニーの数少ない残された"会話"が減ってしまうからだ。

 それに考えて見れば、まだロックロウが傷ついたわけではないのだ。
 リトルジーニーが、荒れているのは、ロックロウが窮地に陥ろうとしているのに、自分自身が何も出来ないという苛立ちからだった。

 リトルジーニーの住居である縦穴式のシェルター・マグリブは、コロニーの外界にあって巧妙に隠されていて人目に付かないが、距離的にはそれ程、エバーグリーンから遠く離れている訳ではない。
    ロックロウが心配なら直接エバーグリーンに出向けばいいのだが、リトルジーニーにはそれがどうしても出来ないのだ。

 人間が怖いからだ。
 リトルジーニーが、砂嵐の中で行き倒れになっていたロックロウを助けられたのも、彼が「動かず」、そしてシェルターのすぐ近くにいたからだった。

・・・・

 リトルジーニーが、ロックロウの置かれた状況を知ったのは、この少年が定期的に行っている「隠された太い回線」によるエバーグリーン内の情報閲覧によるものだ。
 シェルター・マグリブには、エバーグリーンに地中で繋がる緊急用有線回線が備わっている。
 これはこのシェルター自体が、エバーグリーンの環境運営システム危機に対して、外部からの有人操作支援を可能にする為に設計設置されたものだったからだ。
 
    創生神グレーテルの配慮によるものだった。
 ただし、このシェルターが作られた後に、エバーグリーンで新たに構築されたネットワークへは、マグリブが直接的な干渉をすることは出来ない。
 シェルターを設置設計したのはグレーテルキューブではあるが、そのグレーテルキューブは、随分前から人間に対する関与を停止していたからだ。

 グレーテルキューブの関与から逃れた人間達は、自分たちの思惑だけで物事を進める。
 汎用性の極めて乏しい、新しいネットワーク形成もその一例だった。
 従って、リトルジーニーが閲覧出来るのは、エバーグリーン内を走る昔からの強固な通信網、言い換えれば原始的な通信体系だけだった。
 そこに引っかかったのが、スネーククロスのロックロウに対する公開殺害予告だったのだ。

・・・・

 リトルジーニーには自分の中で渦巻く感情が、何なのかよく理解できていなかった。

 時おり思い浮かぶのは、ロックロウが話して聞かせてくれた、この砂漠の向こうにある昆爬達が住む荒れ果てた大地と、そこで血と汗と涙を流す兵士達の姿だった。

「昆爬ってのは、色々な種類があるんだ。軍の陸上戦艦なみのデカイ奴がいるかと思えば、馬みたいに地上を6本の脚で駆け回るのもいる。でも一番手強いのは、ティラノサウルスみたいな格好した奴で、コイツは速くて強い。駆逐艦級に体当りしてきて艦をひっくり返すくらいの馬力がある。」

 そんな話をしてくれるロックロウだが、リトルジーニーのイメージの中ではティラノサウルスの首元に馬乗りになって、この怪物を制圧している彼の姿が光り輝いていた。
 ロックロウは、リトルジーニーを外の世界に連れ出してくれる自由の翼であると同時にヒーローだったのだ。

 そんなロックロウと、何時でも会っていたかったが、子供ながらにもそれは許されないと理解していた。
    引きこもりの自分と、放浪の勇者がいつも一緒にいられる筈がない。
 反面、ロックロウが必ず自分に会いに来てくれるという確証の様な感覚も抱いていた。

「いつかは、俺と一緒に、マイムの言う超時空特異点ゲートやらを探しに行こう。そいつはこの星の何処かにあるんだろう?なあに大丈夫だ。マイムが自分の足で外に踏み出せるまで、俺は何時までも待ってやるさ。それにその時はきっとやってくる。現にマイムはこの俺を助けてくれたんだからな。」
 その約束は、まだ果たされていないのだ。

 それにロックロウは、彼が特異点テクノロジーの遺失物をリトルジーニーに与えるから、リトルジーニーが喜ぶと思っているようだが、それは勘違いだ。

 遺失物は、リトルジーニーにとって、ロックロウと彼を結ぶ絆の一種に過ぎない。
 リトルジーニーにとって一番大切な人間はロックロウだった。

 だが今のリトルジーニーには、何も出来ない。
 この少年に出来ることは、ただエバーグリーン内の情報閲覧を続ける事だけだった。

    そんなリトルジーニーは、フライディのインターフェースにグレーテルキューブレプリカを繫ぐ事を思いついた。
    今までもフライディは音声出力は可能だったが、そこで得られる会話はコミュニケーションと呼ぶには程遠いものだった。

    同様に今までのキューブレプリカは、知識を開示はするが自分の意思表示をする事はけしてなかった。
   そしてリトルジーニーは、キューブレプリカをフライディに繋げば、見た目だけでも会話の真似事が出来るのではないかと考えたのである。
    それ程にリトルジーニーは寂しさが募り、又、ロックロウの窮状を何とかする糸口を見つけ出したいと願っていたのだ。

・・・・

「君のリクエストに答えて、出来る限りの情報操作をコロニー内部に試みたが、それでは効果はないようだ。」
    工作用ロボットのフライディの外見は人間に似せてある。
    というより、ロボットの気ぐるみを着装した人間の様に見える。

「それってスネーククロスがそれだけ力があるって事なの?」
「いや違う。ロックロウの人脈は意外に豊富だった。いざと言う時、彼に対する協力者が多数存在する。私も情報操作を初めてから、この方法でスネーククロスの行動を抑制出来るかも知れないと想った程だ。それが行き詰まった。」

「どうして?」

「今回のロックロウの公開暗殺にはもっと別の側面があるようだ。それは彼が英雄であるのにも関わらず、早期に除隊させられた事と関係している。」

「意味分かんないよ!スネーククロスは自分たちが生き残る為にロックを傷つけようとしてるんだろ?その動機を取り除くか、軽くしてやれば、何とかなるかも知れないって君は言ったじゃないか!?」
「除隊の目的は、軍がある秘密を隠蔽する為のものだったという事までは解った。軍はその秘密をロックロウの口を死によって封じて込めてしまいたかったが、彼の成した英雄的行為がその障害になっていたのだ。大衆の手前があるからね。それが今回のスネーククロスの行動によって可能になったという事だ。もうその動きは我々如きの間接的な情報操作程度では覆せない。」

「グレーテルキューブは何でも出来る神様じゃなかったの?」

「私はグレーテルキューブではないよ。フライディという名で、君の意識を反映した強化人格AIだ。グレーテルの情報が引き出せるおかげで、君より多くの知識は持っているし、前よりはそれらしい事を喋りはするけれどね。」

「わかったよ……で、軍の秘密って何?」

「メダルだよ。ゴールド、シルバー、ブロンズの差。だがメガマシーンを動かせるのは色の差じゃない。個人の能力だ。ロックロウは軍の窮状を救うために無理矢理、自分のブロンズメダルを陸戦用旗艦グランドアークに繋いで、それを制御し動かしてみせた。つまりゼネラルしか出来ない事を、只の一兵卒がやってみせた……それが隠された事実だ。それが広まれば、軍の階級制度が根底から覆される。」

「でも…それはロックロウが特別な人間だからじゃないの?」

「違うね。私には分かる。メダル装着者なら誰でもグランドアークのようなメガマシーンにアクセス出来る。色は関係ないんだよ。」

「そんなの馬鹿みたい!」

「階級構造を作り上げる為のトリックだよ。真実を知れば馬鹿げている。だが、やり通す事が出来れば、階級社会を継続する為に実に効果的な方法ではあるね。」

「私の知識が示すところによれば、母星におけるどの時代でも支配階級の支配を永続化するための思想は、『高いスコアを取る人間だけが勝者になる』と教える。そして『つねに勝負の後手に回らざるを得ない』という『階級制を受け入れるマインド』を深く内面化させられた人間は、この社会で支配する側になる契機が掴めない。メダルはそういった構造を強化増幅させる為の道具だ。簡単な理屈だろう。現にロックロウでさえ、自らの英雄的行為の真実の姿を、世に公表しないで封印した。階級制を受け入れるマインドを乗り越えられなかったからだ。騒ぎ立てるな、迷惑をかけるな、それよりも我が国家に忠実であれとね。」

「…スネーククロスは軍からロックを殺せと命令を受けているの?」

「さあそれはどうだろうね。そこまでは分からない。ただ軍は、スネーククロスがロックロウを始末する事を願っているのは確かだ。しかも世の中の多くの人間は、スネーククロスがロックロウを殺すことを暗黙の内に了解してる。大衆は目に見えない圧力を肌で感じているのさ、皆、大人だからな。君だってコロニーニュースをみれば判るだろう?全部がそれぞれにとって、実に都合の良い話で出来上がっているんだ。」

「ロックは、ロックはどうなの?フライディが今言ったことを全部理解してるの?今でも退役した頃のままなの?自分一人が我慢すれば、とか思ってるの?」

「さあ分からない。私には人の心が読めないんだ。私はグレーテル神ではないのだよ。」

    だがもちろん、フライディが単なるリトルジーニーの意識を反映した強化人格AIである筈はなかった。


・・・・

    エバーグリーンのミドルサークルと呼ばれる住居エリアは広い。
   コロニーエリアの全人口の7割方を吸収している。
    又、人口分布には法則のようなものがあってこの輪っか状の外縁に位置する程、生活水準が低い人々が多く住む。
    無論、センターはその逆で超富裕層達が住む。
    ロックロウの住居はミドルサークルの外縁にあった。

 ロックロウは、アパート住人の為の共同ガレージに置いてある野戦用バギーの前に立っていた。
 バギーの上に被せてある幌を取り去って、それをキレイに畳んで備え付けのロッカーに直した。

 ロックロウは、車の美観等を気にするタイプではないが、バギーは無天蓋車だったので、そうせざるを得なかったのだ。
    放置していれば座席は埃だらけになる。

 ガレージの全ての設備はボロボロで薄汚かったが、治安だけは良かった。
 退役軍人の老人達が、交代で管理人の役割を果たしていたからだ。
 ガレージには車両に限らず、彼らの軍隊勤務時代の思い出に繋がる数々の物品が置いてある。
 ロックロウは、今まで何度も彼を外界に運んでくれた愛車の足回りを一通り点検してから、装備一式を後部座席に搬入した。

 ロックロウはバギーでガレージを出る時に、今日の管理当番に当たっていた老人に声をかけられた。

「何だ、これから出かけるのか?外界か?」
「いや、内回りだ。」
「珍しいな、お前さんが、それで出掛ける時は大体が外だろう」
「ちょっとした、野暮用があってね。」
「そうか、もし外界だったら、アニサキサスコロニーに寄ってガル酒を買って来て貰おうと思っとたんだがな」
「すまんね。覚えとくさ、じゃな。」

 ロックロウは何時もの喋り口で挨拶を終えて、道にバギーを進めた。

・・・・

「彼はアパートを出発したようだよ。」
「何処に向ったの?」
「見当は付くが、今それを君に言ってもどうしようもないだろう。第一、君は此処から出ることすらしてこなかったのだよ。君に出来るのは只、祈る事だけだ。」
    そんなフライディの反応にリトルジーニーの顔が歪んだ。

    コロニーの中で、リトルジーニーという少年がこの世に存在する事を知る人間は、ロックロウ以外にはいない。
    他人にその存在が認識されない人間は肉体があっても、"いない"のも同然だ。
    そこに"いない"人間の手や言葉は、いくら困って助けを求めていようとも相手には届かない。
    リトルジーニーは今その事を、痛烈に思い知った。








 
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