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15.無知

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きっと両親は自分の事を娘として受け入れられなかったのだろう。
シズハは今自分が置かれている状況からそう思った。
ただその状況になったからこそ今シラハと出会う事ができたのでは?
もしあの時国王がシズハを殺していたのなら、違う結果になっていたのではないか?
それにもし自分が逆の立ち場だったらどうするのだろう…。
これは運命なのか、それとも必然なのか…。

「私は今の国王の子ではないことがわかりました。でも…今こうやって旦那様と一緒にいられるのは、国王が私を殺さなかったからなのかと思うと、少し複雑な気持ちです…」

思ったことを素直にシラハに言ってみる。

「結果的にそうなっているだけであって、今シズハ自身が苦しんでいることに変わりはないだろう?」
「そう…ですが…」
「もしもを考えたとして、それは妄想して楽しめる範囲なら構わないが、それをすることで悩んだり嫌な気分になってしまうのなら、いくら考えても答えは出ないし納得もできないと思う。それなら、今自分が置かれている状況を少しでも改善しようと努力するほうが、シズハの今後のためにもなるんじゃないか?」

そうだ、過去がどうだったとしても今変わるためのチャンスがシズハには訪れた。
過去の出来事を悔やんで恨み、嫌な気持ちのまま生活するのは進歩がない。
たとえ今までが苦しかったり悲しかったとしても、その経験から学び今後にどう活かすかのほうが大事である。

「そうですね…おっしゃる通りです」
「でも、そこから一人で全てをやる事や学ぶことは難しい。それなら他人に頼るべきだし、今シズハの横にいるのは俺だから、困ったことがあれば言ってほしい。俺は俺なりにシズハの助けになろう」

それを聞いたシズハは心が少し締め付けられた。
シラハの言っていることも、話しかけてくれるその表情も輝いて見える。

『旦那様…あまり、私を困らせないでください…。また…心が苦しくなってしまう。これは…この気持ちは…』

いけないいけないと言うようにシズハが首を横に振る。
気持ちを切り替え、図書館で学んでおいたことがいい事について尋ねた。

「旦那様、私が図書館で学べる事は他に何がありますか?」
「そうだな…、じゃあ世界に国がどのくらいあるか知ってるか?」
「知らないです」

そう答えるとまた二人で本を返しに行き、違う本を取り出す。
世界地図を見せてもらうと、細かく分けられているのがわかった。
シラハによれば現在判明している国は113、その中でも区別が難しい地域も存在したりしているという。
お城にある本だけではシズハも学べなかった事だ。
同じように国王がいる国もあれば、王を持たず国民一人一人によって選ばれた者が上に立っている国もあり、民族がそれぞれ集落を形成しているだけの土地もある。
文化、暮らし方、食べ物や言語様々なものがそれぞれの国で異なり生活している。
自分の生まれ育ち見聞きした事以外の事を受け入れることはなかなか難しい。
当然だと考えることが他国では通用しなかったり、良かれと思ってしたことが他国ではタブーな事がある。
そのため他国を訪れる時は、事前にどういう文化を持ち生活しているのかを調べ、問題にならないよう行動するべきなのだ。

「これだけ国があるとやはり争いが起きるんだ。自分達の国の正義があって、それが正しいと思うが故に。物資が乏しい国はどうにかして国民を養わなくてはならない。自分の国を失わないために他国に戦争をしかけるか、他国の属国として暮らす等の国もある。ただ…中には国民を道具としか思っていない国もあって、争いが大好きな故に危険視されている国が存在する」
「それは…私の知っている国ですか…?」
「タクタハに隣接している、カツェルネだ。シズハを強制的に連れて行こうとした国になる」

それを聞いてシズハの身体は震えた。
いい噂は聞いた事がなかったが、まさか国民を道具として扱うような国に連れていかれそうになっていたなんて。
シラハが得ている情報では、国民は国王のために生き、神として崇めて生活しなければならない。
国王が全てであり、国王が間違っているなどと思った事を口にすれば捕えられ拷問を受ける。
頻繁に公開処刑がある国で、見せしめのために疑わしきは罰する為、国民は日々を恐怖しながら生活しなければならないのだ。

『あの時旦那様が助けに来てくれていなければ…、今頃私は…』

身体の震えが止まらない。
今シズハは死んだことになっているが、それがもし嘘であるとカツェルネの王子にばれたらどうなるのだろう。
もしシラハが途中でシズハを連れ出したという事が知れてしまったら、追手が来るのではないか…、そう思うと不安でたまらなかった。

「もし…私が生きてることが知れてしまったら…どうなってしまうのでしょう…」
「カツェルネはララシュトからは遠い。もしバレてしまっても、すぐに攻め込んでくることはできないだろう。ララシュトにはもともと俺と同じ種族が沢山いる。守備力も警備も軍も他の国と比べたら段違いに強いから、手を出したら返り討ちに合うだけだ。可能性があるとすれば国王に毒を盛る事や、誘拐した俺を標的にする事は考えられる。シズハをもう一度手にするために誘拐することも考えておかなきゃならないな」

冷静に淡々と語るシラハをシズハは不思議に思っていた。
どうしてこんなに落ち着いていられるのだろうと。
自分が命を狙われる事について恐怖はないのだろうか?

「旦那様は…怖く…ないのですか?」
「怖くないと言えば嘘になるかもしれない。でも怖いという感情は知識がないからこそ起こると俺は考えている。相手をする国の知識や戦闘での立ち回り方、そして自分が立ち向かうための訓練は怠らないようにしている。自分を守ったり誰かを守ったりするためにも」
「でも…もし私のせいで…旦那様に何かあったら…、私の島の人たちに何かあったら…」

震えるシズハの手を、そっと包むようにシラハの手が覆う。

「今起こってしまったことはもう変えられない。それにシズハはあのままカツェルネへ行っていたらもっと酷い状況になっていた。シズハだけじゃなく誰もが、幸せになっていい権利を持っている。それなら一緒にできる事から始めよう。知らない事があるならこの旅で学んでいけばいい。不安になっているその心も、何かがあってしまっても対処できるように練習すればいい。大丈夫、一人じゃない」

少し深呼吸をしているうちに落ち着き始めるシズハ。
17歳の誕生日を迎えた日にこうなることは予想していなかった事で、知らない事が多いまま外に出て生活し続ける事は、本人にとってもストレスが溜まる。
自分の置かれた状況を理解し知識を得てできる事を探し、いろいろな挑戦や体験をして経験を積んでいくからこそ、自信ややれる事が増えていく。

「旦那様、私はまだまだ未熟です…無知でできる事も少ないです。でも、変わりたいです。だから…たくさんの事を教えてください」
「無知であることは罪じゃない。知らない事を知らないまま知ろうともせずに、それでいいと思っていることのほうが成長がないんだ。人間には向き不向きや覚えられる情報量、そして得られる情報にも限りはあるが、もし知るチャンスを得たとしたなら、それを活用するべきだと思う。シズハは今そのチャンスを掴んだ。それなら俺も全身全霊で応えよう」

その後二人は日が暮れるまで図書室に居続けた。
途中勉強することを忘れてしまわないように紙とペンを購入しに外に出たものの、シズハにとってその日は久しぶりに学習に明け暮れた日になった。
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