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15 三度目の正直
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〝三度目〟には、〝二度あることは三度ある〟と〝三度目の正直〟の二つがある。
幸いなことに、今度は〝正直〟のほうだった。紀里には砂にも水に突っこまず、町の中に侵入できた。たとえ、飛んだ先が木の上で、あともう少しで落下するところだったとしても。
しかし、それも結果的には幸運だったというべきだろう。おかげで、木の上から町の様子を観察できた。
外から見たとおり、砂色のレンガでできた建物はみな四角張っていて、高くても三階建てくらいしかなかった。
そうした高い建物の近くには必ず緑があり、きっとそこは金持ちの家なのだろうと紀里は漠然と思った。国や星が違っても、人間の考えることは同じだろう。
そんな町の中を出歩いている人間は驚くほど少なかった。あの少年と同様、めりはりのある顔立ちと浅黒い肌をしていて、男女比は九対一くらい。年代は様々だったが、紀里より年下の者は見かけなかった。
(とりあえず、下へ下りたいな)
観察に飽きた紀里は、路地裏の一つに狙いをつけて、四度目のテレポートをした。
目に見える範囲内での移動なら精度は上がるらしく、今度こそ紀里は自分で合格点を与えたくなるようなテレポートをした。勢い余って壁に額をぶつけたが。
(さて)
これからいったいどうするか。
濡れた制服は乾いたが、そろそろ腹が減ってきた。きれいな水も飲みたい。
大通りには店らしき建物が並んでいる。町を出歩くわずかな人々はたいていそこが目的地だ。その中には食料や水を売っている店もあるだろう。
だが、紀里は今、金どころか金目のものは一つも持っていない。道に迷った旅行者のふりをすれば、水の一杯くらいは飲ませてもらえるだろうか。しかし、それを伝えることも自分にはできないのだ――と、紀里はまだ思いこんでいた。
(仕方ない)
紀里は覚悟を決めた。身振り手振りだけで水をもらえないかというアピールくらいはしてみよう。その結果、追い払われるか、警察のようなものを呼ばれるか、ロス・メデスのところへ連れ戻されるかはわからないが、どうしようもなくなったらまた飛んで逃げればいい。
紀里は立ち上がると、悪目立ちする白髪頭を隠すために被っていた上着を取り、腰に巻いて袖を結んだ。と。
「ムカイ・キリ?」
あわてて振り返ると、この町の人間らしい男が一人、路地の入口に立っていた。
だが、もちろん知らない顔だ。あのサーヴの一員ではなさそうだったが、反射的に紀里は反対方向に向かって走り出した。
「…………!」
背後で男が何事か叫んでいた。待てと言っているのかもしれない。しかし、紀里が待つはずもなく、大通りへと飛び出した。
人が少ないのが幸いした。紀里は全速力で走れた。
だが、男には仲間がいたらしく、あちらこちらから男たちが現れて、紀里の後を追いかけはじめた。
疾走する白髪の長髪男はさぞや珍しかったのだろう、数少ないギャラリーはあっけにとられたように紀里を見送っていた。
飛んで逃げることも考えたのだが、まだ紀里は静止した状態で集中しないとテレポートができない。いま実行したら、あの男たちの真ん前へ飛んでしまいそうだ。紀里は大通りを外れて適当な路地へと逃げこんだ。
あちこちで聞こえる男たちの声と靴音。それを避けながら、紀里は勘だけで走りつづけた。そして。
――行き止まり。
舌打ちして引き返そうとしたが、運悪く、そこに男たちが数人駆けつけてきた。
相当無理をしたのか、すっかり息が上がっている。それでも、この男たちを押しのけて逃げることは難しそうだった。
(しょうがない。飛ぶか)
紀里があのオアシス――とりあえず、あそこなら水だけは飲めそうだ――を思い描きながら精神集中しようとした、まさにそのとき。
「紀里!」
紀里ははっと顔を上げた。
聞き覚えのありすぎる声。
逆光の中、男たちを押しのけて現れたのは。
「……親父?」
「相変わらず、記憶は戻ってないみたいだな」
地球に取り残されたはずの鏡太郎は、おどけたように笑って片手を振った。
幸いなことに、今度は〝正直〟のほうだった。紀里には砂にも水に突っこまず、町の中に侵入できた。たとえ、飛んだ先が木の上で、あともう少しで落下するところだったとしても。
しかし、それも結果的には幸運だったというべきだろう。おかげで、木の上から町の様子を観察できた。
外から見たとおり、砂色のレンガでできた建物はみな四角張っていて、高くても三階建てくらいしかなかった。
そうした高い建物の近くには必ず緑があり、きっとそこは金持ちの家なのだろうと紀里は漠然と思った。国や星が違っても、人間の考えることは同じだろう。
そんな町の中を出歩いている人間は驚くほど少なかった。あの少年と同様、めりはりのある顔立ちと浅黒い肌をしていて、男女比は九対一くらい。年代は様々だったが、紀里より年下の者は見かけなかった。
(とりあえず、下へ下りたいな)
観察に飽きた紀里は、路地裏の一つに狙いをつけて、四度目のテレポートをした。
目に見える範囲内での移動なら精度は上がるらしく、今度こそ紀里は自分で合格点を与えたくなるようなテレポートをした。勢い余って壁に額をぶつけたが。
(さて)
これからいったいどうするか。
濡れた制服は乾いたが、そろそろ腹が減ってきた。きれいな水も飲みたい。
大通りには店らしき建物が並んでいる。町を出歩くわずかな人々はたいていそこが目的地だ。その中には食料や水を売っている店もあるだろう。
だが、紀里は今、金どころか金目のものは一つも持っていない。道に迷った旅行者のふりをすれば、水の一杯くらいは飲ませてもらえるだろうか。しかし、それを伝えることも自分にはできないのだ――と、紀里はまだ思いこんでいた。
(仕方ない)
紀里は覚悟を決めた。身振り手振りだけで水をもらえないかというアピールくらいはしてみよう。その結果、追い払われるか、警察のようなものを呼ばれるか、ロス・メデスのところへ連れ戻されるかはわからないが、どうしようもなくなったらまた飛んで逃げればいい。
紀里は立ち上がると、悪目立ちする白髪頭を隠すために被っていた上着を取り、腰に巻いて袖を結んだ。と。
「ムカイ・キリ?」
あわてて振り返ると、この町の人間らしい男が一人、路地の入口に立っていた。
だが、もちろん知らない顔だ。あのサーヴの一員ではなさそうだったが、反射的に紀里は反対方向に向かって走り出した。
「…………!」
背後で男が何事か叫んでいた。待てと言っているのかもしれない。しかし、紀里が待つはずもなく、大通りへと飛び出した。
人が少ないのが幸いした。紀里は全速力で走れた。
だが、男には仲間がいたらしく、あちらこちらから男たちが現れて、紀里の後を追いかけはじめた。
疾走する白髪の長髪男はさぞや珍しかったのだろう、数少ないギャラリーはあっけにとられたように紀里を見送っていた。
飛んで逃げることも考えたのだが、まだ紀里は静止した状態で集中しないとテレポートができない。いま実行したら、あの男たちの真ん前へ飛んでしまいそうだ。紀里は大通りを外れて適当な路地へと逃げこんだ。
あちこちで聞こえる男たちの声と靴音。それを避けながら、紀里は勘だけで走りつづけた。そして。
――行き止まり。
舌打ちして引き返そうとしたが、運悪く、そこに男たちが数人駆けつけてきた。
相当無理をしたのか、すっかり息が上がっている。それでも、この男たちを押しのけて逃げることは難しそうだった。
(しょうがない。飛ぶか)
紀里があのオアシス――とりあえず、あそこなら水だけは飲めそうだ――を思い描きながら精神集中しようとした、まさにそのとき。
「紀里!」
紀里ははっと顔を上げた。
聞き覚えのありすぎる声。
逆光の中、男たちを押しのけて現れたのは。
「……親父?」
「相変わらず、記憶は戻ってないみたいだな」
地球に取り残されたはずの鏡太郎は、おどけたように笑って片手を振った。
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