BLACK BLOOD

邦幸恵紀

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第1話 21(トゥエンティ・ワン)

1 妖魔ハンター

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 小さな町のわりにこぎれいな役場の受付で、もう妖魔ハンターが来ていると言われたとき、北山きたやま俊太郎しゅんたろうはいつもの〝嫌な予感〟を覚えた。
 一度に何人雇おうが、それは依頼人の自由だ。それが気に入らなければ、依頼を断ればいい。
 自分の〝嫌な予感〟が今度こそ外れることを祈りながら、職員に案内されて町長室に入った俊太郎は、今回も的中したことを知った。

「ヤッホー、俊太しゅんたー、また会ったなー!」

 すでに町長と向かい合わせにソファに座っていた男が、陽気に俊太郎に左手を挙げる。その薬指には金の指輪がはまっているが、それは結婚指輪ではなく、男の父親の形見の品だ。
 着古したTシャツに、色の褪めたジーンズ。Tシャツの袖口を肩までまくり上げ、背中まで伸ばした栗色の髪を一つに束ねている。ちなみに、俊太郎は黒いシャツの上に白いジャケットを着、白いスラックスを穿いている。

「おや、お知り合いですか?」

 眼鏡をかけた白髪まじりの町長が、おっとりと彼らに声をかけた。
 妖魔ハンターを雇う場合、妖魔ハンター協会で紹介してもらうのが、いちばん確実で手っ取り早い。しかし、協会に属していないハンターも少なくなく、しかも、腕のいい者ほどその傾向が強い。
 俊太郎は協会に属しているが、この男は属していない。ということは、この町長は誰か人を介して俊太郎たちに依頼してきており、そのために、自分たちが知り合い――本当はそんな簡単な言葉で済まされるような関係ではないのだが――であることも知らないのだ。だが、俊太郎はどうしても、自分たちが知り合い同士であることを認めたくなかった。

「そりゃあもう」

 とんでもないと俊太郎が叫ぶ前に、男が満面に笑みをたたえて言った。

「自分じゃ見えない黒子ほくろの位置を教えあったほどの仲で……」

 考える前に俊太郎の手は、対妖魔用の鉄串を何本も男に放っていた。
 銃刀法違反を問われない職業。それが妖魔ハンターだ。ただし、彼らが己の技を対人間に用いた場合、極刑に近い厳罰が下される――ことになっている。

「ほら、腕は確かでしょ」

 こ汚い旅行カバンを左手に掲げ、顔色ひとつ変えずに男は町長に言った。渾身の力をこめて放ったはずの鉄串は、すべてカバンに突き刺さっている。
 こうなることは最初からわかっていた。やはり力ではこの男にはかなわないのだと俊太郎は苦々しく思う。

「俊太ー、いつまでもそんなとこに突っ立ってないで、こっち来て座れよー」

 一方、そんなことなど気づかぬように、相も変わらず陽気に男は言った。俊太郎は露骨に嫌な顔をして、できるだけ男に近づかないように、ソファの端に腰を下ろした。

「何だよー、一週間ぶりに会った先輩に対してその態度はー。感激のハグくらいしてくれたっていいだろー?」

 男はにたにた笑って俊太郎の首を抱き、強引に自分のほうへと引き寄せた。

「ジョーッダンじゃねえッ! 先輩だあー? バカヤローッ、てめーとは小学校が一緒だっただけだッ!」

 男の鼻先で俊太郎は思いきり怒鳴った。俊太郎がこんなふうに声を張り上げるのも、こんなふうに乱暴な口をきくのも、この男が相手のときだけだ。

「どーどー、俊ちゃん、エキサイトするのはお仕事の話が終わってからにしましょう。で? 仕事の詳しい内容は?」

 いつものように男は少しもひるまず、眼鏡の奥の細い目をぱちくりさせている町長に訊ねた。

「はあ……話を進めてもよろしいですかな?」
「どうぞどうぞ。こっちもそれが仕事ですから」
「いいかげん離せよッ、友部ともべ!」

 男――友部の腕の中で、俊太郎はもがいた。町長さえこの場にいなかったら、友部の腕に噛みつくくらいのことはしただろう。

「やだね。こっちももう少しで串刺しになるとこだったんだから」

 にやにや笑う友部の腕を、俊太郎は容赦なくつねった。

が出たのは、半年ほど前です……」

 さすがに友部は顔をしかめて、俊太郎から手を離した。しかし、町長は傍若無人な二人のやりとりにはもう注意を向けず、訥々と話しつづけた。

「最初に殺されたのは、町の小学校に勤務していた教師でした。それから続けて八人。もう九人も殺されています。出る場所は決まっていて、小学校の近辺です。幸い、子供は被害に遭っていないんですが、親を殺された子もおりまして……現在、小学校は閉鎖して、児童は隣の市内の小学校に、送迎つきで通わせています。警察は誰が殺されたか調べるだけで、あとは何もしてくれませんからねえ。ここだけの話、あなた方の前にも三人ほどお願いしたんですが……」

 と、ここで町長は柔らかく微笑んだ。

「皆さん、返り討ちにあいましてねえ……だから、うちの町の人間で殺されたのは、六人なんです」

 なるほど、見かけはどうあれこの町長も、二十一世紀の町を預かる者である。

「何か、特徴はありますか?」

 友部のことはすっかり忘れて、俊太郎は町長に訊ねた。
 報酬のことを抜きにしても、この仕事だけは絶対受けようという気になっていた。
 町長は少し首をかしげた。

「そうですね、特には……何しろ、誰も見た者はいないので……夜にしか出ない、人を食うというのは、どこの妖魔でも同じでしょうからね……」
被害者ガイシャの年齢層は?」

 俊太郎につねられた腕をさすりながら、今度は友部が質問した。すると、町長は今思い出したとでもいうように、首を何度も上下に振った。

「ああ、ほとんど中年以降で、若いのは殺されていません。特徴といえば、それが特徴ですな」
「じゃ、男と女じゃどっちが多い?」
「男ですな」
「ふうん。ますますもっておかしいな」

 友部は腕を組むと、勢いよくソファにもたれかかった。

「ふつう奴らは、年寄りよりは若いの、男よりは女のほうを好む。……うーん、蓼食う虫も好き好きってやつかな」
「はあ……そうでしょうか」

 町長は真顔である。

「おーい、俊太。おまえの意見は?」

 またいつものように話をとられてむっつりしていた俊太郎に、友部が水を向けてくる。
 答えたくなかったが今は仕事中だ。俊太郎はそっけなく切り返した。

「好みがどうあれ、妖魔ならるしかないだろ」
「ま、そりゃそうだ。で、いちばん新しい被害者ガイシャはいつ出てる?」
「三日前です。――ハンターの方ですが」

 友部が軽く口笛を吹く。

「町民でなくて何よりだ。じゃ、あんた方としては、一日でも早く始末してもらいたいわけね?」
「もちろんです」

 力強く町長はうなずいた。
 妖魔ハンターの依頼人となるのは、今回のように、妖魔の被害者が出たその地方自治体の長――具体的には、区長、市長、町長、村長――が圧倒的に多い。警察にも、一応「妖魔課」――正式名称は「捜査第五課」だが、警察内部でも普段はそう呼ばれない――という妖魔専門のセクションがあるのだが、実際そこで行われているのは、妖魔に殺された人々の死体の収容、身元確認、襲った妖魔の識別、鑑識結果の保存などで、妖魔の駆逐は含まれていない。
 妖魔の仕業と思われる死体が発見された場合、通報先は警察だが、彼らが得た情報は、その地方自治体の長と、妖魔ハンター協会という半官半民の団体へと流される。妖魔ハンターを雇うには金がかかる。情報はやるから、そちらの判断で妖魔ハンターを雇えというわけだ。
 そのために、国はその地方自治体の人口数に応じて、妖魔駆除対策交付金なるものを支給している。実状に即していないとの不満の声も多いが、妖魔が出なければそのまま積み立てられる金でもある。この町もその恩恵にあずかっていたのかもしれない。
 もっとも、前金等を受け取ったハンターが妖魔を仕損じた場合、その金は全額返却する決まりになっている。妖魔を狩れないハンターなどハンターではない。それ以前にそんなハンターは自分で返金することもできなくなっているはずだが。

「それでは、さっそく本契約とまいりましょうか」

 わずか一週間前、一つの村を壊滅させた妖魔集団をたった一日で狩った二人のハンターのうちの一人は、黙ってさえいれば超絶美形で通る顔を実に嬉しそうにほころばせ、サインに備えて右手の開閉を繰り返すのだった。

 ***

 誰もが、冗談だと思った。
 世紀末、恐怖の大王が降ってくる、人類滅亡、お先真っ暗と言われつつも、何とか輝ける二十一世紀に転がりこんだというのに、まさか、こんな事態が起ころうとは。
 最初は、前時代の環境破壊が生み出した、突然変異の動物かと思われた。
 その駆除のためにあらゆる手段が講じられたが、ついにその犠牲者数が交通事故死者数を上回るにいたり、あるプロフェッショナルを要請した。
 その名を――妖魔ハンター。
 いまや彼らはかつての警察以上の地位におり、そして、その名を口にするとき人々はいま自分たちが二十一世紀に生きているという事実を忘れてしまうのだった。
 希望に満ちていたはずの二十一世紀は、かえってあの二十世紀よりも、身近な闇と血の恐怖に彩られていたのである……   
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