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街
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キレイな街だろ。
タバコの吸い殻ひとつ落ちていない。
この街では、ゴミ捨て場所に困ることはない。
ただ、その『穴』に投げ入れればいいだけだ。『穴』だよ。知らないのか?
アンタ、よその街から来たのか? それとも田舎者か? まあいい。教えてやろう。
といっても、ひと目見りゃすぐわかるんだがな。ホラ、あの歩道の端に穴があるだろ。
ぽっかりとあいた空間。真っ暗で中まで良く見えない。おっと……不用意にのぞきこんじゃいけない。死にたくなかったらな。
ためしに、そこになんでも放り込んでみりゃあいい。
すっかり吸い込まれてどこに行ったかは誰にもわからない。キレイさっぱりこの街から消えちまうのさ。それが何であろうとな。ゴミでも宝石でも人間でもなんでもだ。
ええ?
いやいや、ジョークなんかじゃない。
実際どこかのゴミホロウで(オレたちはそう呼んでいるが)人間が吸い込まれてるってハナシだ。
ああ、お前みたいな田舎者にはピンとこねえだろうな。ま、俺だって田舎からこの街に出てきたクチでね。最初は疑ってた。しかし、見ちまったんだよ。このゴミホロウが人間を喰っちまうのを。奴が『食事』しているところをな……。
決まって夜だ。奴は光のないところを好む。
アンタも気をつけな。
※
私は気になっていた。私にそんなイカレた話をしてきた男は身なりからしてホームレスだ。とても信用できない。
だが、そんなバカ話に私は興味をひかれていた。
疲れていたのかもしれない。マスコミの仕事についたはいいが日々くだらない政治家の汚職、腐敗めいた事実、反対にお世辞100%の記事を並べ立てる仕事だ。政治家たちのために直接お膳立てをすることもある。嫌気もさして当然だ。
たとえば、私はなにかの優位性を確認したかったのかもしれない。自分より劣った存在を言い負かして攻撃したかったのかもしれない。
あんなバカな話、誰も信じないだろう。とは思っていた。
後日、彼を探して歩いた。彼はもうここにはいないのかもしれない。ホームレス仲間から聞いた。ホームレスたちに彼のことを尋ねても怪訝な顔をして「知るか」と返されるばかり。その『人喰いゴミホロウ』の話をしても「くだらねえバカ話だぜ」と言われるばかりだった。どうやら彼は四六時中、こんな話をしていたらしい。
そして彼の姿はどこにもなかった。
コレ以上の情報はのぞめそうにない。
たまの休日を下手な取材で費やしちまった。
そこではたと気がついた。ゴミのことを市役所に聞けばいいってことを。
市役所へはすぐに向かった。貴重な休日を無駄にしたくない。
即座に行動しよう。市役所の建物は立派だ。外ヅラだけは良い。オレの脳みそが威圧感を感じている。だがビビることはない。
こんなのは公務員の単なるハッタリだ。
中に入ったとたん職員の視線を感じるが、それはオレの自意識が生じさせている幻想。気にするだけ無駄。
一人の男が手慣れている風で、こちらに近づいてきた。
「環境課を探している」
先手を打ってオレは言った。
役人の男は驚いたらしくかかとでブレーキをかけた。何か言いたげだったが、それを飲み込むようにして
「こちらへ」
とだけ言った。
案内をしてくれるようだ。最近のお役所は優しくなったものだ。そう思いながら、先を行く役人の男の背中を追った。どんどんとヒトのいないスペースへと向かっていくようだった。小さい部屋に通された。相談室とあるが、椅子とテーブルしかない。大人四人入ればいっぱいになるような狭い部屋だ。
椅子に座るよう促されオレは言われるまま腰をかけた。男も向かい側に座る。
思えばオレは歩きどおしだった。
結論としては一笑に付されたと言っていいだろう。男の説明によると確かに街中のゴミはその穴を通り、焼却炉へ運ばれる。ベルトコンベアやロボットを使ってだ。
人の手は完全にかからず、オート化された完璧なシステムは近い将来、この国のスタンダードになるだろうとのこと。そうすれば、ゴミ収集などの仕事をしている人間は消え、もっと安全な仕事に就くことができるだろう。完全にAIによってコントロールされ間違いは起こり得ない。
「ふうん」とオレ。「何か?」「いや、感心しただけ」
男は「そうですか」と大きめに呟いた。これで終わりと言わんばかりに。
沈黙がしばらく続いたが、「おそらく、ご友人は妄想に取り憑かれている可能性が」とそこで一度区切ってから「ございますね」と男は言った。
「まあ、そんなとこだろう。あと友人ではない。知人だ。」
と返答した。大げさに両手を上げてみた。『お手上げ』のポーズだ。
「ありがとう。邪魔したね」
「いえいえ。よろしければまたいらして下さい。ご相談に乗りますよ」
「いや、それには及ばないさ」
「……いつでもどうぞ」「ああ」
※
暗い道だった。
オレ以外に歩いている人間はいない。誰もいないと思って油断していた。ところがあいつが現れた。あの声、フードを被っていてよく見えないが『彼』だ。
「聞いて回っているようだが無駄だぜ」
「お前、またあのホラ話をしようってのか。人喰いゴミ穴なんて有り得ねえんだよ」
「本当なんだよ」
奴が近づいて来る。オレは動けない。金縛りのように足が動かない。
「お前だって知ってるはずだ」
「なんだと」
奴はフードを取り、オレにどんどん近づいてくる。
「よく見てみろよ」
「うるさい。お前は妄想狂だ」「いいや違うね」「ちがわない」「違わない? 違わないだって? こりゃケッサクだ」「何がおかしい?」
「そう。同じなんだ。何も違わない。『お前』は『オレ』なんだよ。」
フードを取った奴の顔が目の前にある。オレと同じ顔。『オレ』がそこにいた。
…………
朝、男が何もない空間に声をかける。
「おい、見たことあるか。あの『ゴミ穴』が人を喰うところを……」
タバコの吸い殻ひとつ落ちていない。
この街では、ゴミ捨て場所に困ることはない。
ただ、その『穴』に投げ入れればいいだけだ。『穴』だよ。知らないのか?
アンタ、よその街から来たのか? それとも田舎者か? まあいい。教えてやろう。
といっても、ひと目見りゃすぐわかるんだがな。ホラ、あの歩道の端に穴があるだろ。
ぽっかりとあいた空間。真っ暗で中まで良く見えない。おっと……不用意にのぞきこんじゃいけない。死にたくなかったらな。
ためしに、そこになんでも放り込んでみりゃあいい。
すっかり吸い込まれてどこに行ったかは誰にもわからない。キレイさっぱりこの街から消えちまうのさ。それが何であろうとな。ゴミでも宝石でも人間でもなんでもだ。
ええ?
いやいや、ジョークなんかじゃない。
実際どこかのゴミホロウで(オレたちはそう呼んでいるが)人間が吸い込まれてるってハナシだ。
ああ、お前みたいな田舎者にはピンとこねえだろうな。ま、俺だって田舎からこの街に出てきたクチでね。最初は疑ってた。しかし、見ちまったんだよ。このゴミホロウが人間を喰っちまうのを。奴が『食事』しているところをな……。
決まって夜だ。奴は光のないところを好む。
アンタも気をつけな。
※
私は気になっていた。私にそんなイカレた話をしてきた男は身なりからしてホームレスだ。とても信用できない。
だが、そんなバカ話に私は興味をひかれていた。
疲れていたのかもしれない。マスコミの仕事についたはいいが日々くだらない政治家の汚職、腐敗めいた事実、反対にお世辞100%の記事を並べ立てる仕事だ。政治家たちのために直接お膳立てをすることもある。嫌気もさして当然だ。
たとえば、私はなにかの優位性を確認したかったのかもしれない。自分より劣った存在を言い負かして攻撃したかったのかもしれない。
あんなバカな話、誰も信じないだろう。とは思っていた。
後日、彼を探して歩いた。彼はもうここにはいないのかもしれない。ホームレス仲間から聞いた。ホームレスたちに彼のことを尋ねても怪訝な顔をして「知るか」と返されるばかり。その『人喰いゴミホロウ』の話をしても「くだらねえバカ話だぜ」と言われるばかりだった。どうやら彼は四六時中、こんな話をしていたらしい。
そして彼の姿はどこにもなかった。
コレ以上の情報はのぞめそうにない。
たまの休日を下手な取材で費やしちまった。
そこではたと気がついた。ゴミのことを市役所に聞けばいいってことを。
市役所へはすぐに向かった。貴重な休日を無駄にしたくない。
即座に行動しよう。市役所の建物は立派だ。外ヅラだけは良い。オレの脳みそが威圧感を感じている。だがビビることはない。
こんなのは公務員の単なるハッタリだ。
中に入ったとたん職員の視線を感じるが、それはオレの自意識が生じさせている幻想。気にするだけ無駄。
一人の男が手慣れている風で、こちらに近づいてきた。
「環境課を探している」
先手を打ってオレは言った。
役人の男は驚いたらしくかかとでブレーキをかけた。何か言いたげだったが、それを飲み込むようにして
「こちらへ」
とだけ言った。
案内をしてくれるようだ。最近のお役所は優しくなったものだ。そう思いながら、先を行く役人の男の背中を追った。どんどんとヒトのいないスペースへと向かっていくようだった。小さい部屋に通された。相談室とあるが、椅子とテーブルしかない。大人四人入ればいっぱいになるような狭い部屋だ。
椅子に座るよう促されオレは言われるまま腰をかけた。男も向かい側に座る。
思えばオレは歩きどおしだった。
結論としては一笑に付されたと言っていいだろう。男の説明によると確かに街中のゴミはその穴を通り、焼却炉へ運ばれる。ベルトコンベアやロボットを使ってだ。
人の手は完全にかからず、オート化された完璧なシステムは近い将来、この国のスタンダードになるだろうとのこと。そうすれば、ゴミ収集などの仕事をしている人間は消え、もっと安全な仕事に就くことができるだろう。完全にAIによってコントロールされ間違いは起こり得ない。
「ふうん」とオレ。「何か?」「いや、感心しただけ」
男は「そうですか」と大きめに呟いた。これで終わりと言わんばかりに。
沈黙がしばらく続いたが、「おそらく、ご友人は妄想に取り憑かれている可能性が」とそこで一度区切ってから「ございますね」と男は言った。
「まあ、そんなとこだろう。あと友人ではない。知人だ。」
と返答した。大げさに両手を上げてみた。『お手上げ』のポーズだ。
「ありがとう。邪魔したね」
「いえいえ。よろしければまたいらして下さい。ご相談に乗りますよ」
「いや、それには及ばないさ」
「……いつでもどうぞ」「ああ」
※
暗い道だった。
オレ以外に歩いている人間はいない。誰もいないと思って油断していた。ところがあいつが現れた。あの声、フードを被っていてよく見えないが『彼』だ。
「聞いて回っているようだが無駄だぜ」
「お前、またあのホラ話をしようってのか。人喰いゴミ穴なんて有り得ねえんだよ」
「本当なんだよ」
奴が近づいて来る。オレは動けない。金縛りのように足が動かない。
「お前だって知ってるはずだ」
「なんだと」
奴はフードを取り、オレにどんどん近づいてくる。
「よく見てみろよ」
「うるさい。お前は妄想狂だ」「いいや違うね」「ちがわない」「違わない? 違わないだって? こりゃケッサクだ」「何がおかしい?」
「そう。同じなんだ。何も違わない。『お前』は『オレ』なんだよ。」
フードを取った奴の顔が目の前にある。オレと同じ顔。『オレ』がそこにいた。
…………
朝、男が何もない空間に声をかける。
「おい、見たことあるか。あの『ゴミ穴』が人を喰うところを……」
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