幸せ紅葉

白くま

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【二話】恋の花

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 1日の授業が終わり、私は家に帰った。
 夕食を食べ、お風呂に入り、自分の部屋で髪を乾かしていると、スマホが鳴った。
「電話だ。」
 画面を見ると優くんからだった。
『今、いいか?』
「うん。どうしたの? 」
『今日の話なんだけど。』
 今日の話というのは、花火大会の事だろう。
「うん。」
 私は、忘れようとしていた事を思い出し、顔が曇っていたと思う。
『俺、親に頼んだんだ。花火大会に行けるように。』
「え?」
 思わず聞き返してしまった。
『花火大会。一緒に行こう。』
 突然の言葉に、私は戸惑った。でも、顔は今までに無いくらい、にやけが止まらなかった。
「本当に!?いいの?」
『あぁ。家の手伝いしなくてもよくなった。』
「やったー!ありがとう!」
 私は嬉しくて、つい大きな声を出してしまった。
『別に俺、何もしてないし。』
 優くんは笑いを含んだような声でそう言った。でも、本当に嬉しかったのだから仕方がない。
「じゃあ、時間はまた言うね。」
『わかった。』
 私はスマホを机の上に置き、クローゼットを開け、奥にしまってある浴衣を手前に出した。今から楽しみで仕方なくつい笑が溢れてしまう。
「優くん。私の浴衣姿見て、どんな反応するんだろう。」
 その夜は、嬉しくて全然寝つくことができなかった。

             ◇

 一学期も終わり、夏休みになった。
 私は時雨と花火大会に行くために浴衣に着替えていた。
「やっとだよ。この日をどれだけ待っていたことか。」
 時雨は鼻歌を歌いながら帯を結んでいる。
 私は背中くらいまで伸びた髪を、シュシュで束ねてポニーテールにした。
「渉たちはどんな服で来るんだろうね?」
「Tシャツに短パンとかだったらどうする?」
  私は笑いながら答える。
「その時は・・・。」
 時雨が、右手を握り前に突き出した。
「可愛そうだよ。」
「花火大会よ?普通Tシャツに短パン出こないでしょ。」
 そんな話をしながら、荷物を持ち家を出る。
 花火大会に行くのは何年ぶりだろう。しかも、優くんと一緒に行けるなんて。
「楓。さっきからずっとニヤニヤして気持ち悪いよ?」
「えへへ~。そうかな~。」
 どうしても顔が緩んでしまう。
「よほど楽しみだったんだね。」
「うん!」
 路地を曲がり、川の土手に出る。
 待ち合わせをしている公園まで行くと、2人分の影が見えた。
「おぉ!我々の女神様のお出ましだぞ。」
「女神ってお前なぁ~。」
 少し呆れる優くん。
「・・・時雨。」
「どうしたの?」
 か細い声でも、時雨はちゃんと反応してくれる。
「優くんが・・・。優くんが!」
 優くんは、紺色をベースにした浴衣を着て、肩のところまで袖をまくっている。
「分かるよ、その気持ち。ウチの渉だって負けないくらいのTシャツと短パン・・・って、オイ!」
 ゴスッ!
「ごふぁ!」
 時雨の拳が角谷君の横腹に吸い込まれていった。
「うわぁ、痛そ。」
「う、うん。」
 私たちが呆気に取られている目の前で、角谷君は横腹を押さえてのたうち回っている。
「まったく!渉ったら・・・。」
 時雨は呆れているのか怒っているのか分からない表情をしている。
「楓。ここからは別行動ね。」
「え?そうなの?」
 時雨が急にそんなことを言い出した。
「お互い他人が居たら気を使ったりするでしょ?色々と・・・ね?」
 時雨はニコニコしたまま、角谷君を見つめる。
「おい、梅野。お前、今すげー怖えぞ?」
 優くんまでもが、その殺気に息を飲んでいる。
「え?大丈夫大丈夫!殺さないように気をつけるから?」
 そう言いながら、角谷君の首元を掴んで公園を出ていった。
「俺達も行くか。」
「うん。」
 私たちも、会場に向かうことにした。
 角谷君。本当に・・・、大丈夫だよね?
             ◇
 りんご飴、焼きとうもろこし、綿飴など、色んな屋台に行き、色んな物を買った。
 でも、気がかりな事が1つ。
(私、まだ優くんと手繋いだこと無いよね?)
 そう。私たちは付き合い始めて半年にもかかわらず、手すら繋いだことがない。今日あたりで手くらいはつないでおきたい。
 ピンポンパンポーン!
 そんなことを考えてると、急にスピーカーから放送が流れ始めた。
『ただいまより、本日のメインイベント、大花火の打ち上げを開始致します。ごゆっくりお楽しみください。』
 どうやら、そろそろ花火が上がるらしい。
「楓!こっち!」
「わっ!」
 優くんが、いきなり私の手を握り引っ張ってくる。優くんは私の手を握ったまま走り出す。
(私、今優くんと手つないでる。)
 さっきまで考えていたことが、いきなり現実になり、私の中では嬉しさよりも戸惑いの方が大きかった。
 人混みを抜け、坂を上り、小さな丘の上に登った。
「・・・間に合った。」
 私も優くんも息が上がっている。
「楓。顔赤いよ?まるで、花火みたい。」
 優くんがクスクス笑う。
「笑わないでよ!」
 優くんと手をつないだことと、優くんのスピードに合わせて走ったことで、私の顔は赤くなっていた。
「でも、そういう顔も可愛いんだけどね~。」
「!?」
 その一言で、私の顔が更に赤く熱を帯びていく。
 私は咄嗟に顔を隠した。
「顔、隠さないで見せて。」
 優くんの手が私の顎を持ち上げる。優くんの顔がすぐ目の前にある。しかも、すごく近い。
 ドーン!パラパラ・・・
 盛大な花火が1発打ち上がる。
 私が驚いて目を瞑ったその時、私の口が優くんの口によって塞がれた。
「!?」
 優くんは目を瞑り、私の唇に自分の唇を重ねている。
 少し間を置いて、優くんの顔が遠ざかっていく。
 実際には短かったキスも、私にとってはものすごく長く感じた。
「ご、ごめん。可愛かったから我慢出来なくて。」
「う、うん。大丈夫だよ?」
 返事はしたものの、私の顔は爆発しそうな程熱くなっていた。
 優くんも気まずいのか、目がキョロキョロしている。こうして見ていると、なんか可愛い。
 その後、私達は目の前の無数の花火を堪能したが、実際はキスの事しか頭になかった。
 花火が終わり、あたりが再び闇に包まれる。
(よし!今なら!)
「ゆ、優くん。」
 私は小さな声で、名前を呼んだ。
「ん?どうし・・・。」
 振り返った優くんに、私はめいいっぱい背伸びをして、優くんの唇を奪った。
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