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番外編
救いはここに
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とつぜん訳も分からず見知らぬ教室へと連れてこられ、一人の哀れな贄は泣いていた。
彼と同じように首輪をつけられた見知らぬ他校の生徒は、わけもわからぬままに教室から出ようとしただけで、窓から逃げようとしただけで、黒板に近寄ろうとしただけで、その人生をあっけなく終了させられてしまった。
はじけ飛んだ首輪と彼らの頭部は血に塗れ、破片は教室や校庭に転がり落ちて、今の彼らは物言わぬ物体としてそこらに転がっている。
他の贄たちは生存のため、山野内という眼鏡の女子の後をついて行く者達や、或いは脱出方法を探るために単独やある程度まとまって別行動を取る者もいた。
そんな中、彼だけは泣きながらふらりと校庭までやってくると、花壇の横に咲いている繁殖力の強いセイヨウタンポポや名もわからない花を摘んで、また惨劇の始まりとなった教室へ戻ってきた。
彼は、教室にいる死体たちの横に花を添えて手を合わせ、後は体育座りのように顔を膝に埋めて静かにぎくぎくと肩を震わせて泣いていた。
「……」
彼女は、そんな贄に少しだけ関心を持った。ゲームの表舞台に現れるつもりは皆無だったが、好奇心が勝ったのか、気まぐれに彼女は2年A組にやってきた。
「……」
いつのまにか白衣を着た中老の女性が隣に立っていることに、彼はビクリと身を竦ませた。
「あ、の……」
「何で泣いているの」
「へ?」
「何で、泣いているの」
自分が聞いていること以外は耳に入れたくないといった風で、彼女は疑問だけを投げつける。戸惑いを覚えつつも、まともに会話ができそうな大人がいることに少しばかり心が落ち着いたのか、彼はたどたどしく言葉を紡ぎ始めた。
「哀しいから、です。虐められて復讐に走った人も、巻き込まれて殺されてしまった人も、全部が。僕は……僕も、いじめられているから。あの人はもう一人の、自分みたいで」
体育の時間にボールが集中的に投げつけられたり、挨拶をしても無視や揶揄いで返されたり「今は」その程度で済んでいるけれど、と彼は続ける。
「復讐ゲームの主催者も、殺された人たちも、もしかしたらいじめをした加害者も皆、ちょっとタイミングがずれただけの別の、並行世界の自分かもしれないって、思うんです。他人事とは思えなくて怖くて、恐ろしくて、悲しくて」
「……」
人生の選択やちょっとしたズレ、タイミングによって運命は枝分かれを繰り返すのだろうと彼女も思う。そこには彼がこのような場所にやってくることなど無かった世界線や、柳城悟がいじめられずに、どこかで平和に生きる世界も当然あったのだろう。
加害も被害も傍観も、タイミングや行動ひとつで全てが自分になりえたかもしれないと泣く彼は、それでも自分以外の誰かが傷つくことに心を痛め、他人の死を悼む心があった。
「あのお花は」
「勝手に花壇の花を積んじゃだめだとおもったから……少しだけ横に生えているタンポポを供えました」
「……」
窮地に立たされた時こそ、人間はその本性が出るのだろうと彼女は思う。目の前の哀れで善良な青年は、自身の命が危うい最中にも、復讐の犠牲になった死体に花を手向け、ゲームの主催にすら別世界のもう一人の自分として哀れみの念を抱いている。
「……忘れないでね」
人は、忘れてゆくものだから。人は変わってゆくものだから。今日言ったこと、心に思ったこと、全部忘れないで。道を踏み外しそうな時こそ思い出して。
彼女の真意はわからない様子だが、それでも彼は涙や鼻水を溜めたままの顔で、こくりとしっかり頷いた。
からん。
金属の輪が外れ、床に落ちた。
復讐ゲームの一番最初の脱出者は、その名前を知られることも無い群衆の一人、人の心を持ったちっぽけないじめられっ子だった。
彼と同じように首輪をつけられた見知らぬ他校の生徒は、わけもわからぬままに教室から出ようとしただけで、窓から逃げようとしただけで、黒板に近寄ろうとしただけで、その人生をあっけなく終了させられてしまった。
はじけ飛んだ首輪と彼らの頭部は血に塗れ、破片は教室や校庭に転がり落ちて、今の彼らは物言わぬ物体としてそこらに転がっている。
他の贄たちは生存のため、山野内という眼鏡の女子の後をついて行く者達や、或いは脱出方法を探るために単独やある程度まとまって別行動を取る者もいた。
そんな中、彼だけは泣きながらふらりと校庭までやってくると、花壇の横に咲いている繁殖力の強いセイヨウタンポポや名もわからない花を摘んで、また惨劇の始まりとなった教室へ戻ってきた。
彼は、教室にいる死体たちの横に花を添えて手を合わせ、後は体育座りのように顔を膝に埋めて静かにぎくぎくと肩を震わせて泣いていた。
「……」
彼女は、そんな贄に少しだけ関心を持った。ゲームの表舞台に現れるつもりは皆無だったが、好奇心が勝ったのか、気まぐれに彼女は2年A組にやってきた。
「……」
いつのまにか白衣を着た中老の女性が隣に立っていることに、彼はビクリと身を竦ませた。
「あ、の……」
「何で泣いているの」
「へ?」
「何で、泣いているの」
自分が聞いていること以外は耳に入れたくないといった風で、彼女は疑問だけを投げつける。戸惑いを覚えつつも、まともに会話ができそうな大人がいることに少しばかり心が落ち着いたのか、彼はたどたどしく言葉を紡ぎ始めた。
「哀しいから、です。虐められて復讐に走った人も、巻き込まれて殺されてしまった人も、全部が。僕は……僕も、いじめられているから。あの人はもう一人の、自分みたいで」
体育の時間にボールが集中的に投げつけられたり、挨拶をしても無視や揶揄いで返されたり「今は」その程度で済んでいるけれど、と彼は続ける。
「復讐ゲームの主催者も、殺された人たちも、もしかしたらいじめをした加害者も皆、ちょっとタイミングがずれただけの別の、並行世界の自分かもしれないって、思うんです。他人事とは思えなくて怖くて、恐ろしくて、悲しくて」
「……」
人生の選択やちょっとしたズレ、タイミングによって運命は枝分かれを繰り返すのだろうと彼女も思う。そこには彼がこのような場所にやってくることなど無かった世界線や、柳城悟がいじめられずに、どこかで平和に生きる世界も当然あったのだろう。
加害も被害も傍観も、タイミングや行動ひとつで全てが自分になりえたかもしれないと泣く彼は、それでも自分以外の誰かが傷つくことに心を痛め、他人の死を悼む心があった。
「あのお花は」
「勝手に花壇の花を積んじゃだめだとおもったから……少しだけ横に生えているタンポポを供えました」
「……」
窮地に立たされた時こそ、人間はその本性が出るのだろうと彼女は思う。目の前の哀れで善良な青年は、自身の命が危うい最中にも、復讐の犠牲になった死体に花を手向け、ゲームの主催にすら別世界のもう一人の自分として哀れみの念を抱いている。
「……忘れないでね」
人は、忘れてゆくものだから。人は変わってゆくものだから。今日言ったこと、心に思ったこと、全部忘れないで。道を踏み外しそうな時こそ思い出して。
彼女の真意はわからない様子だが、それでも彼は涙や鼻水を溜めたままの顔で、こくりとしっかり頷いた。
からん。
金属の輪が外れ、床に落ちた。
復讐ゲームの一番最初の脱出者は、その名前を知られることも無い群衆の一人、人の心を持ったちっぽけないじめられっ子だった。
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