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複数番ハーレムの中に運命の番が加わったら破綻した話
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「ロスト、皆。こちらは僕の運命の番だよ。仲良くしてね」
Ω達の脳内に、破滅への序曲が流れでる瞬間だった。
この世界には男女の他にα、Ω、βと三種類の性別が更に枝分かれしている。αは支配階級、エリート層とも呼ばれており、フィジカルや頭脳に恵まれた希少な性である。
βは人口の八割を占め、最も数が多い中間層だが突出すべきことは特にない。けれどもαやΩのようにフェロモンや運命、番といったものに人生を左右されないので、比較的平穏に生きて行きやすい性とも言えるかもしれない。
古来よりΩは下位層と位置付けられていた。
αより更に数が少なく、αを惑わす発情期や男女問わず子を成せることより不遇の時代を歩んできた性だが、多様性の時代である現在では、徐々にその差別は薄れてゆく兆しを見せてはいる。
しかしながら、水面下ではまだΩを取り巻く環境の不遇は根強く潜んでいる。
αとΩの間には番という特別な関係があり、Ωの発情ことヒートに中てられたαがラットというα特有の発情フェロモンを放ち、Ωの項を噛み付くことでその関係は結ばれる。
βでいうところの結婚の他に、彼らの間には番婚という制度がまた別にあった。
一度番ってしまえばΩは他のαをフェロモンで引き寄せることはなくなり、Ωの三カ月に一度やってくるヒートも無くなるか、或いはかなり軽く軽減されるのでいいことづくめと思われるかもしれない。
けれども、Ωは生涯一人のαとしか番えないのに対し、αは何人ものΩと番関係を結ぶことが可能だ。そして、Ωがαと番の解除をするにはどちらかの死別しかないが、αは一方的にΩの番解除をおこなうことも可能である。
番を解除されたΩは重苦しいヒートが復活し、さらに二度と他のαと番うこともできないため、若いうちに解除されたΩはショックによる心身の負担とヒートの重みで短命になりやすいとも言われている。
また、番には「運命」と呼ばれるものが存在し、遺伝子レベルで相性の良いαとΩが天文学的確率で存在する。殆どの者は生涯運命と出会うことなくその人生を終えると言われているが、遭遇してしまえばたとえ番婚をしているパートナー同士であっても関係がないぐらいに、互いに惹かれるものらしい。
幸いにもと言うべきか、不幸にもΩは運命であっても既に番契約を結んでいれば他のαと番うことはできない。けれどもαは特性上何人ものΩと受け入れることが可能だ。
ロストは男性Ωであり小柄で容姿も平均的、身体つきも細身ではあるが、しっかりした男性寄りの身体だ。そんなロストに求愛し押しに押しまくりオフェンスの鬼と化した男は、イーデンという長身で非常に見目の良い男性αだった。
ロストの黒髪とイーデンと目の覚めるような金髪は対照的で、どうしてこの二人がと双方の親族共々首を傾げたものだが「本人達が望むのなら」と番婚と婚姻は認められ、祝福された。
溺愛してくれるイーデンとの新婚生活は幸せだった。ロストもイーデンに少しでも愛を返すべく、自身の仕事の他に家事にも励んだ。
どんな高級ランチよりもロストの作る弁当を満面の笑みで頬張るイーデンは、愛妻家として職場の同僚たちからも評判がよく、微笑ましく見守られていた。
「あんな溺愛αとΩ奥さんの間に割って入ろうとするなんて、恐れ多すぎて無理」とイケメン好きの野心家な女性社員たちも美しいΩ達も、皆遠巻きに見て笑っているぐらいだ。
「ロスト……実は僕、他にも好きな人ができたんだ」
結婚して数年目。ロストにとって青天の霹靂とも言える夫の台詞と、隣でイーデンの腕に両手を絡ませている華奢な男の姿によって、ロストの幸せな日々はぶち壊された。
「……オネットです」
ぺこりと頭を下げる美少年のようなΩは成人済みだという。ピンクコーラルの毛は地毛だろうか、そこら辺のβ女性より華奢で壊れてしまいそうなガラス細工のような姿は、見る者の庇護欲を掻き立てられた。
「…………っあ、離婚か」
存外冷静にそう切り出したロストの言葉に、今度は何故かイーデンの方がびっくりした様子で両目を瞬かせ「どうしてそうなるの!?」と悲鳴のような声を上げてロストに縋りつく。
「いや、その子……見たところΩのその子と番いたいんだろう?じゃあ、オレは邪魔じゃないか」
心が麻痺したロストは非常に現実主義で、離婚届と慰謝料についてすぐさま脳内で算段した。仮にも愛した元夫の幸せを願うなら離婚は致し方がないが、番婚は命に関わるからやめてくれと、番解除不受理届と最悪の場合は裁判で争う構えを見せる。
「だから、どうしてそうなるの!?僕君とは別れないよ!ロストは僕の大事な奥さんだもん!」
「死ね(じゃあどうして不倫相手を紹介したんだよ)」
本音と建前が逆になったロストだが、それを読み取ったのはオネットだった。ロストの様子にちらりとイーデンの方に恨めし気な目線を送る。
「イーデン……これ、どう見ても話を通してないね?」
「話って何ですか?まさか慰謝料無しで別れられるとでも?」
「奥様、すみません少しだけ話し合いの余地を」
「加害者が何言ってんだ。話し合いってのは被害者が許可して初めて成り立つもんなんだよ糞ピンク!!」
「ロスト!オネットになんてことを!」
「死ね!安いメッキ色の髪」
糞ピンクは案外冷静に、お怒りはごもっともとロストに頭を下げてするりと首輪を外す。そこには、恐らく最愛の夫が付けた噛み跡がくっきりと浮かび上がっていた。
全てがもう、手遅れだったのだ。
「……複数番主義者?」
「はい、2000年初めからできたばかりの言葉で、ご存じない方も多いかもしれませんが」
複数番主義者とは、行ってしまえば獣のハーレムのようなもので、αが複数のΩを迎え入れる重婚のようなものだった。ロストとイーデンのいる国では重婚は認められていないが、事故番や犯罪などの予期せぬ事態を想定し、番婚に関してはこの場の限りではなかった。
「どこかで耳にしたことはあります。β達の一部が言っている複数愛みたいなものだったか」
何せ多様性の時代だ。ダイバーシティ&インクルージョンの教育や研修を受けていたロストは、認めたくもないし好ましくも思わないが、複数番主義も複数愛も知っていたしその存在は認めていた。認めるというのは「本人達が望み、自分の知らないところでならいくらでも結構」という意味だが。
「おおよそそんな感じですが、僕たちΩは一人としか番えないし番ってしまえば他の人と性交もできない、一人しか愛せないので複数愛なのは専らα、今回の場合はイーデンだけですね」
罵倒されても冷静に話すオネットが、ロストには気持ちの悪い異星人としか見えなかった。確かにΩ達はその身体の特性上、複数愛は難しい。特定の誰かと番わなければ可能かもしれないが、その代償が三カ月に一度のヒートというのは割に合わないだろう。
そして番ってしまえば個体差もあるが、他のαに嫌悪を示し肉体関係など到底不可となる。αもαで他に番ったΩを抱こうとすると、フェロモンの牽制で全身に電気が流されるような痺れや、上位αからの牽制によっては勃起不全になることもあるようだ。
「……オレ、馬鹿だからよくわかんないけどさ」
ロストの口から吐き出されたこの言葉は、学会や議論の場で使われる「素人質問で恐縮ですが」と同意義である。
「複数番主義者の根本は、関係者全員の完全合意が前提であり絶対的な条件なはずだ。
でも、オレはイーデンにこの話を聞かされていない。イーデンと付き合う前も付き合った後も結婚してからも彼が複数番主義者という言葉は聞いていない。こんなに、こんなに人生を変える大切な話だってのに……俺には、イーデンの信用がなかったのか?」
「その……ロスト。僕は」
「申し訳ありません奥様、これは僕が悪いですね……」
「は?」
オネットとイーデンが出会ったのは互いに職場の取引先という状況で、営業の最中だった。容姿端麗で絵本の世界から抜け出たようなイーデンの姿に、オネットは一目で惚れた。
物心ついた頃より自身が複数番主義者であることを自覚し、公言していたオネットはイーデンにもそのことを伝えたうえで交際を迫った。
イーデンは「いや、でも僕には番がいます。ごめんなさい」と左手薬指のリングを見せるが、言葉巧みにオネットに複数番主義者の素晴らしさを伝え、そしてイーデンは陥落していった。オネットの営業トークがここぞとばかりに活かされた結果なのだろう。
「イーデンは、自身が複数番主義者であるということを後から自覚したんです……なので、こういった形になって申し訳ありませんが」
「こういった形ってだまし討ちだろうが」
ロストの突っ込み通りで、妻に知らせることなく番契約まで結んでしまったイーデンとオネットは、逃れようもないぐらいに立派な不貞行為だった。
「じゃあなにか?お前らは番ってその後オレはどうする。番解除してヒートで苦しんで死ねと?言っとくけどそもそも話し合いもない、合意もない、後出しでこうなったオレに非はないよな。な?なぁ、聞いてんのかこら!」
「や、そんなことは……落ち着いてください!」
ロストはΩだが、小柄な体を活かしたかなりの武闘派で若い頃は喧嘩慣れもしていた。文武両道が悪い方面で発揮されており、喧嘩はいつも相手からの不条理なけしかけであったことと、学業も大変優秀で皆勤賞を貰うぐらい出席態度も良かったので教師は誰も口出しができなかった過去がある。
ガラス張りの重いテーブルを蹴り上げ、少しだけ冷めた茶をイーデンとオネットに浴びせかけつつ器用にもSNSツールに身内とイーデンの父母と自身の父母に「イーデンの不倫です、離婚になりそうです」と連携をかけるロストに、イーデンとオネットはガタガタと震えている。
「出して」
「……はい?」
「スマホ出せ。アンタんとこの両親にも連絡する」
「それだけは……!」
「何が『それだけは!』だよ、複数番主義者公言してるんだろうがアンタ。出せ」
「オネットに暴力はよしてくれ」
「じゃあお前が代わりに連絡しろ。安いメッキ頭」
その心は、一見綺麗そうな見目でもぺりぺりと剥がれ落ちるという意味である。最愛であろう伴侶に足蹴にされて、罵倒され泣きながらもイーデンはオネットの両親を呼び出している。
「……うそだろ」
「うそでしょう」
「こんなばかな」
「……なんで」
ロストとイーデン、それからオネットの両親と彼らについて来て兄弟達は愕然とした様子で地面に膝をついている。オネット夫婦の間には5人の息子がおり、名前は長男オネット、次男ツートン、三男スリーク、そして双子の四男フォーサイドと五男ムーンサイドだがそんなことはどうでもよい。
イーデンはオネットの他、ツートン、スリーク、フォーサイドとも番契約を結んでいた。
「っ?イーデン、どういうこと!?」
ロストから見て、何がショックのせいなのかオネットは身を震わせその場に蹲る。しばらくしてから何故か目尻に涙を浮かべたままイーデンの胸元をドンドンと叩いているオネットをロストは引き続き冷たい眼差しで見つめている。
「複数番主義者だからこういうことも想定なんじゃないの?」
「ちがう!僕の兄弟と番ってたことなんて知らされてなかった!」
「オレも実の夫がアンタと番ってるの知らされてなかったけどね」
ツートン、スリーク、フォーサイドの首の裏にもくっきりと夫と同じ歯型が付いていた。一つ目の問題は、フォーサイドはまだ15歳であることだろうか。
「複数番主義者って未成年に対する性交やグルーミング行為も容認するの?」
「するわけないでしょ!!」
未成年に手を出したイーデンは、俯き加減で嵐が過ぎ去るのを待っていたが、ここでまた一波乱起きた。
「あ……」
「えっ……あ」
かちりと目線があったイーデンと、唯一番を免れていたムーンサイド。その瞬間にぶわりとむせ返るようなフェロモンが巻き上がり、辺り一面ピンクの霧がかった甘ったるいフェロモンで満たされた。
非常に間の悪いことにイーデンとムーンサイドは、運命の番だった。
「……ロスト、皆。こちらは僕の運命の番だよ。仲良くしてね」
ニタリと薔薇と砂糖を煮詰めたような笑みを浮かべるイーデンは、すっかり大人の社会人としての理性を取っ払って、目の前のムーンサイドを食らいつくそうと肉食獣のように牙を見せ、口の端からは涎が垂れていた。
「複数番主義者ってのは、目の前で未成年の弟が襲われても微笑ましく見守ってるの?」
「んなわけねえだろうが!!」
ロストにとっては糞野郎でしかないオネットだが、長男らしくムーンサイドを抱き抱え話し合いの場になっていたイーデンとロスト夫妻の家を退出する。弾かれたように他の兄弟や両親たちも逃げ出し、部屋には理性を無くしかけたイーデンだけが取り残された。
「警察呼べ警察!」
ある程度人数が集まった場所で運命の番達が遭遇した場合、フェロモンテロの被害を防ぐために警察の要請が可能だった。防護服とマスクに身を包んだ彼らは頼もしく、野獣と化かしたイーデンの太腿に緊急用発情フェロモン抑制剤を打ち込むと沈静化させた。
警官たちは「災難でしたね」と一言声をかけてから簡単な聴取をし、戻っていった。
「さて……」
時系列を見るに、オネットと番契約になったイーデンはその後、運命のいたずらと言うべきかツートン、スリーク、フォーサイドと遭遇し教え込まれたばかりの複数番主義者という言葉を都合よく解釈し、次々に手を出していったようだ。
そして数年間は自分含め四人の番とうまくやっていたらしい。タスク管理と性欲と体力が半端ないな、と変なところでロストは感心していた。
彼が次々に兄弟に手を掛けていったのは、やはり唯一手を出されなかったムーンサイドが運命の番であり、無意識のうちに運命の残り香を求めていたからではないだろうか。
そういう意味ではイーデンは複数番主義者ではなく、運命を求めていただけの男だ。兄弟たちをジェネリック運命として扱ったのは不誠実としか言えないだろう。
また、もともとαは複数の番を持つようにできている生き物だ。法や罰則やモラルといった箍が外れると、途端に彼らの仲で何かが開放されてこうなってしまう者も、恐らく一部は存在するのだろう。ロストは、自分の夫がそのゴミクズであることに頭を抱えた。
元凶は複数番主義者をプレゼンしたオネットのせいだが、法的に裁かれるレベルでまずいのは未成年(フォーサイド)に手を出したイーデンだろう。
今、オネット達の家庭は崩壊の危機を迎えているという。両親は未成年のフォーサイドと、今回全く非のないムーンサイド以外の子供達との絶縁を検討しているらしい。
オネットは「公言することなく」イーデンと番った兄弟たちに牙を剥けているし、フォーサイドはイーデンと運命の番だったというムーンサイドに嫉妬の念を抱いており、髪を引っ張ったり頬を叩いたり一方的に暴行を受けているそうだ。
「……ムーンサイド君は、多分うちの夫と運命の番みたいだ。あんな大人で申し訳ないけど、ムーンライト君は彼と番になりたい?」
運命には敵わないとロストは思っており、現時点ではまだいろいろな未来があるムーンサイドに尋ねると、彼は首を大きく……横に振った。
「今回の件、兄オネットが諸悪の根源なのは僕もわかっています。それとは別に、僕はこの先イーデンさんとも、他の誰とも番いたいと思いません……僕はAセクシャルなんです」
兄達とは違い、ムーンサイドは他者に対して性的欲求も恋愛感情も抱くことができないセクシュアリティを持っていた。
「そっか……Ωだからこの先大変かもしれないけど、安価でいい抑制剤が出ると良いね」
「はい、僕は自分の身体を実験台として、将来薬剤師になろうと思っています。お医者になってバース転換手術の権威になる夢もあったのですが……」
冗談めかして笑うムーンサイドを見て、ロストは「この子だけは幸せになってほしい」と切に願い、そして思わず抱きしめてしまった。
「恋愛とか感知できないけれど、アナタが良い人だってのは僕にもわかります。この度は、兄達が本当にすみませんでした」
だから。その先の言葉をムーンサイドは紡ぐことはできなかった。どこかしら寂し気な表情で笑みを浮かべてくれる目の前のΩには、未来を映す光が見えなかった。死体や海底の底のような瞳には吸い込まれるような闇があるだけ。
「……幸せに、生きてください」
ムーンサイドの口から零れ落ちた言葉は、虚しくその場に響いて消えただけだった。
「……やってみようか、複数番主義とやら」
ロストの言葉に「本当かい!?」と顔をぱぁと明るくしたのは、夫のイーデンだけであった。オネット達兄弟は、複雑そうなと言うべきか、苦虫を嚙み潰したような何とも言えない表情でこちらの様子を伺っている。
この世界でも一部の国を除いて重婚は認められていないが、番婚に関してはこの場の限りではなかった。そのため言うなればイーデンの本妻、第一夫人はロストだ。ここでもヒエラルキーは既に存在しているようなものだった。
「これからは家族六人で頑張って行かないとな」
「うん、そうだね!」
二人で明るい未来を語るロストとイーデンを、怪訝な面持ちで見つめるツートン、スリーク、フォーサイド、そして明らかに敵意丸出しの様子で睨み付けているのはオネットだけだった。
「いってらっしゃいイーデン」
「いってきます!ロスト!」
イーデンはいつものようにロストとキスを交わすと、愛妻弁当を携えて出勤する。その光景に「幸せな家庭を壊してしまったのだ」と複数番主義ではないツートン、スリーク、そして恋や恋愛というものに憧れを抱いていたフォーサイドは申し訳なさそうに遠巻きから見つめていた。
イーデンは幸せの絶頂だった。これまでばらばらに暮らしていた番たちと一緒に暮らせるようになって彼の心は安堵で満たされていた。彼にとってはすでに数年前から一夫多妻で暮らしていたようなものなので、最愛の番「たち」と暮らせることはこの上ない幸せだった。
「……おはようございます」
「おはようございます!」
イーデンとロストたちの話は職場にも友人たちにも知れ渡っている。全く合意のなかった後出し複数番という状況について行けない者も当然多く、彼と疎遠になったり別の意味で遠巻きに見られることが多くなったが、イーデンは気にした様子はなかった。
「よお、複数の奥さん抱え込んでお前もやるなぁ!このヤリチンゲス男」
良くない同僚の軽口には「妻たちを愚弄するな」と全力で殴り掛かり、上司たちからも問題児扱いされて遠巻きに見られることが増えた。うっかり多様性というものを取り入れてしまったこの大企業では、オネット、ツートン、スリーク、フォーサイドたち皆との番婚届も提出しているイーデンに文句を言えるものなどいなかった。
事の経緯を知っている者たちからすれば、複数番主義者の道理からも外れた不貞を受け入れてもらっただけのイーデンを理解できる者は、ただの一人もいなかった。
また、何かの間違いで自分たちも複数番に加えられることを本気で恐れたΩ達は、自衛のためイーデンに話しかける時は周囲に誰かいる時のみとしていた。
さて、下衆な話で恐縮だが夜の当番に記さねばならない。月曜はオネット、火曜はツートン、水曜はスリーク、木曜はフォーサイド、そして金曜は第一夫人のロストだった。性欲旺盛なαであるイーデンにとって夜のお務めは苦痛ではなく褒美であり分け隔てなく平等に抱いた。
しかし明日が休日ということもあり金曜の夜は盛り上がることもあり、時間配分と熱量に差異はあったのだろう。他の兄弟たちは過去経緯により「差別されても仕方がない」と諦めていたが、オネットだけは「不平等だ」と怒りをあらわにしている。
「ロストさんばかり酷いです!差別じゃないですか」
「オネット、僕は皆平等に愛している」
「そうだよ、イーデンは金曜の夜しかオレのところに来ない、他の曜日もそうだ」
「でも、でも!」
「複数番主義には反していないと思うけど?」
複数番主義にもいろいろあるようで、大抵は「自分が他の人を愛するのだから、自分の愛する人も他の人を愛するのは当然」というハズなのだが、中には「自分だけがいろんな人と愛を持ちたい」さらには「自分だけ複数に愛されたい」そして、あろうことか話し合って決めたにもかかわらず、他の番に嫉妬することもあるらしい。
「筋が通らない。そもそも自分がやられて嫌なことは他人にするなってお母さんに言われなかったか?アンタがやったことはそれだよ」
まがりなりにも複数番主義というものを経験し、自分なりに理解しようとしているロストの言葉に、オネットは内心舌打ちをした。
番たちの嫉妬すら愛おしさを駆り立てるのだろうか、Ω達の内心は知らぬまま、イーデンは一人だけこの世の春、そして幸せの絶頂が続いていた。
何せちょっと口うるさく嫉妬の辺りが強い者がいた場合も、他の番に逃げることができた。彼としては人間関係をローテーションで廻し上手くやっているつもりだったのだろう。
一つの不満点を除けは、この生活は幸せであっという間に一年の時が経った。
「っ、ああムーンサイドっ……!」
白濁を放ち、自分の胎の中で果てた最愛の番の言葉に、ロストはこの日二度目の死を迎えた。
「イーデン、俺の時も名前呼び間違えました」
「このままじゃ危ないかもしれません」
「俺達はどうなってもいい、そもそもアンタにとってはみんな不倫相手だ。でもあの子だけは悪くない……」
「アイツが!アイツが全部掻っ攫っていくんだ!運命だからって!死ねよ!」
ツートン、スリーク、フォーサイドの言葉にロストは首を静かに横に振る。閨で名前を呼び間違えられたのは、ロストだけではないらしい。
「ねえ、僕にも行ってらっしゃいのキスしてくれないの?イーデン?」
「あれは、ロストとやることにしているんだ、悪いなオネット」
「もう、ヤキモチやいちゃうぞ」
「……どうして?複数番主義だからって習慣まで変える必要はないだろ。君には君の役割があるだろうオネット」
「……僕とはヤルだけってことかよ!!」
夫婦喧嘩もとい番喧嘩をしているオネットとイーデンを尻目に、ロストは反吐が出るのをこらえて、他の兄弟たちから情報を集めていた。
ツートンとスリークはまだ良識があるほうなのか、もともと複数番主義者でもない彼らはイーデンと番契約さえなければ、貴方たちとは二度と会いませんと涙ながらに謝罪をくれた者たちだ。
フォーサイドは双子の弟であるムーンサイドとイーデンに嫉妬しているのだろう。まだ幼い彼は無論複数番主義者でもないので、愛を一身に受けたいという欲求が叶わず常に不機嫌で心の中は荒れ狂い、泣きわめくことが多くなった。
「俺は、フォーサイドも被害者の一人だと思ってるよ」
「えっ……」
ぴたりと泣くのを止めたフォーサイドの肩を抱くと、ロストはそのまま胸元に引き寄せる。
未成年の彼は、イーデンに言葉巧みに絆されて純潔は疎か番契約まで結ばされてしまった。
「……ツケは払わせねえとなぁ」
どこかの映画に出て来た男前のような台詞を呟くと、ロストは胸元から煙草を取り出して火を点ける。紫煙があたりに揺蕩う姿は、異様な程様になっていた。
「……っえ、なんで」
金曜の夜、いつもであればロストと夜を過ごす日のはずである。けれどもその日は良くない酒を飲まされたかのように頭が重く、ベッドに沈み込むとそのまま昏睡状態に陥っていた。目が覚めると恐らくは真夜中で、ロストが気を悪くしていないだろうかと泥が詰まったような重い頭でイーデンはボンヤリ考えた。
「っ……んー」
「うんーっんん-!」
周囲からはくぐもった声と、よくよく目を凝らして見れば肉塊がうねうねと動いているように見えた。ぱちりと突然視界は明るくなり、眩んだ目が元に戻る前彼らは自身の状況がわからなかった。
「……ロスト!皆?どうしたんだ……?」
彼らは家の地下室に居た。くぐもった声は猿ぐつわでも噛まされているのだろう、うねうねと身を捩らせて泣いているのは両手両足を縛り付けられたツートンとスリークだ。
フォーサイドはガタガタと身を震わせて、よくよく見れば足元に水たまりができていた。どうやら失禁をしてしまったらしい。
「皆、ケガは……っ!!」
イーデンの隣に、ごとりと何かが倒れ込んできた。その冷たさと重さに気味悪さを感じ、足で蹴り上げると、それは目が濁ったガラス玉のようになったオネットだった。
頭部から血を流し、頭が陥没しているところを見るともう息はしていないだろう。
「オネットっ!!」
身を竦ませて、彼に駆け寄ろうとしたイーデンは、そのまま扉に立つシルエットに恐る恐る目をやった。
「ロス、ト」
彼の手に握られた血が付着した金属バットが、全てを物語っている。どうして、どうしてと壊れた蓄音機のように言葉を繰り返すイーデンを、あざ笑うかのようにロストはカラントバットを地面に投げ捨てた。
「悪い、そいつだけはよくよく考えたけど、どうしても許せなかった」
「……」
どこか焦点の定まっていない眼差しを全員に向けてやると、ツートンとスリークは諦めたように項垂れ、フォーサイトは恐怖のあまりまた漏らした。
恋愛と多数のフェロモンに狂ったイーデンであっても、後ろめたさはあったのだろう。本来の意味ではない複数番主義という言葉を隠れ蓑に、ロストを裏切ったことについては。哀れなことに彼は屈強なαだ、後悔の念を置いても自分と、他の番を守らねばならないと瞬時に考えた。
「ロスト、他の子達を開放してあげてくれ。悪いのは僕だ、お願いだから、これ以上罪を重ねてほしくない」
「イーデン」
「ロスト、お願いだ」
「イーデン」
「……なんだい?」
宥めるために、精一杯の優し気な眼差しでイーデンが返事をしてやると、ロストは聖母のような笑みを浮かべて、愛おし気に腹を擦った。
「オレ、赤ちゃんができたんだ。イーデンの」
「っほ、本当かい!?」
「本当だよ、妊娠三カ月だってさ」
人を一人殺めているというのに、イーデンは殺された番も運命も忘れて、ロストに手を伸ばそうともがいた。両手に自由があれば思い切り抱きしめたかったのかもしれない。
にこりと笑うロストは、いつの間に取りだした鋭利なナイフを振りかざし、そのまま自身の腹に突き刺した。
「っ!?何を!」
何度も何度も突き刺して、力が尽きそうになるのすら堪えて、最後に喉を掻っ切ってロストは絶命した。その光景を余すことなく見ていたツートンとスリーク、そしてフォーサイドは涙も鼻水もだらだら流しながら、ごめんなさいと贖罪の言葉をお経のように唱え続けている。
『最後まで見てろ、そうすれば命までは取らない』
金属バットでオネットを一撃で葬ったロストの生前の言葉を、彼らは聞いていたからだ。ツートンとスリークは、ことが済んだらムーンサイドに危害が及ばないようにイーデンを監視する役目も与えられていた。
死別以外の番の解消法がないこの世界では、イーデンから離れることなどΩの二人には難しいだろうが。
カランという冷たい音を響かせて、ナイフが地面に滑り落ちた。
元を辿ればオネットが引き起こした事件により、真っ当な複数番主義者は肩身の狭い思いをすることになった。オネットは複数番主義の敵と見なされ、悪いテストケースとして教科書にも載ったほどだ。
言葉巧みに騙され、複数番という生き方を自分のいいように切り抜いて行動した結果、最愛と子供を失ったイーデンは「この世で最も愚かなα」としてメディアに取り上げられた。
ツートンとスリークはイーデンを延命させるために監視目的で共同番生活を送っているが、彼らの間にはほぼ性交渉など無いようだ。
ただの、監視と同居と憔悴したイーデンの面倒を見るためだけに彼らは存在している。給料が発生するだけメイドや小間使いの方がましだな、と二人は泣き笑いのような情けない笑みを浮かべていた。
生きながらにして最も悲惨だったのはまだ若いフォーサイドで、彼はイーデンとの番契約を拒み、傷心のイーデンに番解除を求め無理やり実行させた。
若いうちの番解除はよいサンプルとなったためか、定期的な経過観察を条件にフォーサイドのケアや高額医療費は免除されている。献身的な彼のお陰で、番解除後のヒート緩和や延命についてほんの少しだけ治療の兆しが見えているようだ。
「どうして、こんなことになっちゃったんだろ」
数日に一回は自害しようとするイーデンを、自身の身のために引き止めるツートンとスリークには、彼に対する愛情はもはや無かった。
……ムーンサイドは今、故郷から離れた小さな島国で薬剤師をしている。
「逃げろ」
「もうここには帰ってくるんじゃない」
両親や生き残った兄弟たちの意志を継ぎ、運命の番の脅威から逃れるため、日々息をひそめながら狭い国土に人口だけは多いこの国で暮らしている。
とある凄惨な事件で検視されたΩと胎内にいた子の血清から、とても良質なフェロモン抑制剤が開発され、ムーンサイドはその恩赦に預かっており今ではβのように暮らしている。
不思議な巡りあわせで見つかったその抑制剤は『ロスト』と名付けられた。
Ω達の脳内に、破滅への序曲が流れでる瞬間だった。
この世界には男女の他にα、Ω、βと三種類の性別が更に枝分かれしている。αは支配階級、エリート層とも呼ばれており、フィジカルや頭脳に恵まれた希少な性である。
βは人口の八割を占め、最も数が多い中間層だが突出すべきことは特にない。けれどもαやΩのようにフェロモンや運命、番といったものに人生を左右されないので、比較的平穏に生きて行きやすい性とも言えるかもしれない。
古来よりΩは下位層と位置付けられていた。
αより更に数が少なく、αを惑わす発情期や男女問わず子を成せることより不遇の時代を歩んできた性だが、多様性の時代である現在では、徐々にその差別は薄れてゆく兆しを見せてはいる。
しかしながら、水面下ではまだΩを取り巻く環境の不遇は根強く潜んでいる。
αとΩの間には番という特別な関係があり、Ωの発情ことヒートに中てられたαがラットというα特有の発情フェロモンを放ち、Ωの項を噛み付くことでその関係は結ばれる。
βでいうところの結婚の他に、彼らの間には番婚という制度がまた別にあった。
一度番ってしまえばΩは他のαをフェロモンで引き寄せることはなくなり、Ωの三カ月に一度やってくるヒートも無くなるか、或いはかなり軽く軽減されるのでいいことづくめと思われるかもしれない。
けれども、Ωは生涯一人のαとしか番えないのに対し、αは何人ものΩと番関係を結ぶことが可能だ。そして、Ωがαと番の解除をするにはどちらかの死別しかないが、αは一方的にΩの番解除をおこなうことも可能である。
番を解除されたΩは重苦しいヒートが復活し、さらに二度と他のαと番うこともできないため、若いうちに解除されたΩはショックによる心身の負担とヒートの重みで短命になりやすいとも言われている。
また、番には「運命」と呼ばれるものが存在し、遺伝子レベルで相性の良いαとΩが天文学的確率で存在する。殆どの者は生涯運命と出会うことなくその人生を終えると言われているが、遭遇してしまえばたとえ番婚をしているパートナー同士であっても関係がないぐらいに、互いに惹かれるものらしい。
幸いにもと言うべきか、不幸にもΩは運命であっても既に番契約を結んでいれば他のαと番うことはできない。けれどもαは特性上何人ものΩと受け入れることが可能だ。
ロストは男性Ωであり小柄で容姿も平均的、身体つきも細身ではあるが、しっかりした男性寄りの身体だ。そんなロストに求愛し押しに押しまくりオフェンスの鬼と化した男は、イーデンという長身で非常に見目の良い男性αだった。
ロストの黒髪とイーデンと目の覚めるような金髪は対照的で、どうしてこの二人がと双方の親族共々首を傾げたものだが「本人達が望むのなら」と番婚と婚姻は認められ、祝福された。
溺愛してくれるイーデンとの新婚生活は幸せだった。ロストもイーデンに少しでも愛を返すべく、自身の仕事の他に家事にも励んだ。
どんな高級ランチよりもロストの作る弁当を満面の笑みで頬張るイーデンは、愛妻家として職場の同僚たちからも評判がよく、微笑ましく見守られていた。
「あんな溺愛αとΩ奥さんの間に割って入ろうとするなんて、恐れ多すぎて無理」とイケメン好きの野心家な女性社員たちも美しいΩ達も、皆遠巻きに見て笑っているぐらいだ。
「ロスト……実は僕、他にも好きな人ができたんだ」
結婚して数年目。ロストにとって青天の霹靂とも言える夫の台詞と、隣でイーデンの腕に両手を絡ませている華奢な男の姿によって、ロストの幸せな日々はぶち壊された。
「……オネットです」
ぺこりと頭を下げる美少年のようなΩは成人済みだという。ピンクコーラルの毛は地毛だろうか、そこら辺のβ女性より華奢で壊れてしまいそうなガラス細工のような姿は、見る者の庇護欲を掻き立てられた。
「…………っあ、離婚か」
存外冷静にそう切り出したロストの言葉に、今度は何故かイーデンの方がびっくりした様子で両目を瞬かせ「どうしてそうなるの!?」と悲鳴のような声を上げてロストに縋りつく。
「いや、その子……見たところΩのその子と番いたいんだろう?じゃあ、オレは邪魔じゃないか」
心が麻痺したロストは非常に現実主義で、離婚届と慰謝料についてすぐさま脳内で算段した。仮にも愛した元夫の幸せを願うなら離婚は致し方がないが、番婚は命に関わるからやめてくれと、番解除不受理届と最悪の場合は裁判で争う構えを見せる。
「だから、どうしてそうなるの!?僕君とは別れないよ!ロストは僕の大事な奥さんだもん!」
「死ね(じゃあどうして不倫相手を紹介したんだよ)」
本音と建前が逆になったロストだが、それを読み取ったのはオネットだった。ロストの様子にちらりとイーデンの方に恨めし気な目線を送る。
「イーデン……これ、どう見ても話を通してないね?」
「話って何ですか?まさか慰謝料無しで別れられるとでも?」
「奥様、すみません少しだけ話し合いの余地を」
「加害者が何言ってんだ。話し合いってのは被害者が許可して初めて成り立つもんなんだよ糞ピンク!!」
「ロスト!オネットになんてことを!」
「死ね!安いメッキ色の髪」
糞ピンクは案外冷静に、お怒りはごもっともとロストに頭を下げてするりと首輪を外す。そこには、恐らく最愛の夫が付けた噛み跡がくっきりと浮かび上がっていた。
全てがもう、手遅れだったのだ。
「……複数番主義者?」
「はい、2000年初めからできたばかりの言葉で、ご存じない方も多いかもしれませんが」
複数番主義者とは、行ってしまえば獣のハーレムのようなもので、αが複数のΩを迎え入れる重婚のようなものだった。ロストとイーデンのいる国では重婚は認められていないが、事故番や犯罪などの予期せぬ事態を想定し、番婚に関してはこの場の限りではなかった。
「どこかで耳にしたことはあります。β達の一部が言っている複数愛みたいなものだったか」
何せ多様性の時代だ。ダイバーシティ&インクルージョンの教育や研修を受けていたロストは、認めたくもないし好ましくも思わないが、複数番主義も複数愛も知っていたしその存在は認めていた。認めるというのは「本人達が望み、自分の知らないところでならいくらでも結構」という意味だが。
「おおよそそんな感じですが、僕たちΩは一人としか番えないし番ってしまえば他の人と性交もできない、一人しか愛せないので複数愛なのは専らα、今回の場合はイーデンだけですね」
罵倒されても冷静に話すオネットが、ロストには気持ちの悪い異星人としか見えなかった。確かにΩ達はその身体の特性上、複数愛は難しい。特定の誰かと番わなければ可能かもしれないが、その代償が三カ月に一度のヒートというのは割に合わないだろう。
そして番ってしまえば個体差もあるが、他のαに嫌悪を示し肉体関係など到底不可となる。αもαで他に番ったΩを抱こうとすると、フェロモンの牽制で全身に電気が流されるような痺れや、上位αからの牽制によっては勃起不全になることもあるようだ。
「……オレ、馬鹿だからよくわかんないけどさ」
ロストの口から吐き出されたこの言葉は、学会や議論の場で使われる「素人質問で恐縮ですが」と同意義である。
「複数番主義者の根本は、関係者全員の完全合意が前提であり絶対的な条件なはずだ。
でも、オレはイーデンにこの話を聞かされていない。イーデンと付き合う前も付き合った後も結婚してからも彼が複数番主義者という言葉は聞いていない。こんなに、こんなに人生を変える大切な話だってのに……俺には、イーデンの信用がなかったのか?」
「その……ロスト。僕は」
「申し訳ありません奥様、これは僕が悪いですね……」
「は?」
オネットとイーデンが出会ったのは互いに職場の取引先という状況で、営業の最中だった。容姿端麗で絵本の世界から抜け出たようなイーデンの姿に、オネットは一目で惚れた。
物心ついた頃より自身が複数番主義者であることを自覚し、公言していたオネットはイーデンにもそのことを伝えたうえで交際を迫った。
イーデンは「いや、でも僕には番がいます。ごめんなさい」と左手薬指のリングを見せるが、言葉巧みにオネットに複数番主義者の素晴らしさを伝え、そしてイーデンは陥落していった。オネットの営業トークがここぞとばかりに活かされた結果なのだろう。
「イーデンは、自身が複数番主義者であるということを後から自覚したんです……なので、こういった形になって申し訳ありませんが」
「こういった形ってだまし討ちだろうが」
ロストの突っ込み通りで、妻に知らせることなく番契約まで結んでしまったイーデンとオネットは、逃れようもないぐらいに立派な不貞行為だった。
「じゃあなにか?お前らは番ってその後オレはどうする。番解除してヒートで苦しんで死ねと?言っとくけどそもそも話し合いもない、合意もない、後出しでこうなったオレに非はないよな。な?なぁ、聞いてんのかこら!」
「や、そんなことは……落ち着いてください!」
ロストはΩだが、小柄な体を活かしたかなりの武闘派で若い頃は喧嘩慣れもしていた。文武両道が悪い方面で発揮されており、喧嘩はいつも相手からの不条理なけしかけであったことと、学業も大変優秀で皆勤賞を貰うぐらい出席態度も良かったので教師は誰も口出しができなかった過去がある。
ガラス張りの重いテーブルを蹴り上げ、少しだけ冷めた茶をイーデンとオネットに浴びせかけつつ器用にもSNSツールに身内とイーデンの父母と自身の父母に「イーデンの不倫です、離婚になりそうです」と連携をかけるロストに、イーデンとオネットはガタガタと震えている。
「出して」
「……はい?」
「スマホ出せ。アンタんとこの両親にも連絡する」
「それだけは……!」
「何が『それだけは!』だよ、複数番主義者公言してるんだろうがアンタ。出せ」
「オネットに暴力はよしてくれ」
「じゃあお前が代わりに連絡しろ。安いメッキ頭」
その心は、一見綺麗そうな見目でもぺりぺりと剥がれ落ちるという意味である。最愛であろう伴侶に足蹴にされて、罵倒され泣きながらもイーデンはオネットの両親を呼び出している。
「……うそだろ」
「うそでしょう」
「こんなばかな」
「……なんで」
ロストとイーデン、それからオネットの両親と彼らについて来て兄弟達は愕然とした様子で地面に膝をついている。オネット夫婦の間には5人の息子がおり、名前は長男オネット、次男ツートン、三男スリーク、そして双子の四男フォーサイドと五男ムーンサイドだがそんなことはどうでもよい。
イーデンはオネットの他、ツートン、スリーク、フォーサイドとも番契約を結んでいた。
「っ?イーデン、どういうこと!?」
ロストから見て、何がショックのせいなのかオネットは身を震わせその場に蹲る。しばらくしてから何故か目尻に涙を浮かべたままイーデンの胸元をドンドンと叩いているオネットをロストは引き続き冷たい眼差しで見つめている。
「複数番主義者だからこういうことも想定なんじゃないの?」
「ちがう!僕の兄弟と番ってたことなんて知らされてなかった!」
「オレも実の夫がアンタと番ってるの知らされてなかったけどね」
ツートン、スリーク、フォーサイドの首の裏にもくっきりと夫と同じ歯型が付いていた。一つ目の問題は、フォーサイドはまだ15歳であることだろうか。
「複数番主義者って未成年に対する性交やグルーミング行為も容認するの?」
「するわけないでしょ!!」
未成年に手を出したイーデンは、俯き加減で嵐が過ぎ去るのを待っていたが、ここでまた一波乱起きた。
「あ……」
「えっ……あ」
かちりと目線があったイーデンと、唯一番を免れていたムーンサイド。その瞬間にぶわりとむせ返るようなフェロモンが巻き上がり、辺り一面ピンクの霧がかった甘ったるいフェロモンで満たされた。
非常に間の悪いことにイーデンとムーンサイドは、運命の番だった。
「……ロスト、皆。こちらは僕の運命の番だよ。仲良くしてね」
ニタリと薔薇と砂糖を煮詰めたような笑みを浮かべるイーデンは、すっかり大人の社会人としての理性を取っ払って、目の前のムーンサイドを食らいつくそうと肉食獣のように牙を見せ、口の端からは涎が垂れていた。
「複数番主義者ってのは、目の前で未成年の弟が襲われても微笑ましく見守ってるの?」
「んなわけねえだろうが!!」
ロストにとっては糞野郎でしかないオネットだが、長男らしくムーンサイドを抱き抱え話し合いの場になっていたイーデンとロスト夫妻の家を退出する。弾かれたように他の兄弟や両親たちも逃げ出し、部屋には理性を無くしかけたイーデンだけが取り残された。
「警察呼べ警察!」
ある程度人数が集まった場所で運命の番達が遭遇した場合、フェロモンテロの被害を防ぐために警察の要請が可能だった。防護服とマスクに身を包んだ彼らは頼もしく、野獣と化かしたイーデンの太腿に緊急用発情フェロモン抑制剤を打ち込むと沈静化させた。
警官たちは「災難でしたね」と一言声をかけてから簡単な聴取をし、戻っていった。
「さて……」
時系列を見るに、オネットと番契約になったイーデンはその後、運命のいたずらと言うべきかツートン、スリーク、フォーサイドと遭遇し教え込まれたばかりの複数番主義者という言葉を都合よく解釈し、次々に手を出していったようだ。
そして数年間は自分含め四人の番とうまくやっていたらしい。タスク管理と性欲と体力が半端ないな、と変なところでロストは感心していた。
彼が次々に兄弟に手を掛けていったのは、やはり唯一手を出されなかったムーンサイドが運命の番であり、無意識のうちに運命の残り香を求めていたからではないだろうか。
そういう意味ではイーデンは複数番主義者ではなく、運命を求めていただけの男だ。兄弟たちをジェネリック運命として扱ったのは不誠実としか言えないだろう。
また、もともとαは複数の番を持つようにできている生き物だ。法や罰則やモラルといった箍が外れると、途端に彼らの仲で何かが開放されてこうなってしまう者も、恐らく一部は存在するのだろう。ロストは、自分の夫がそのゴミクズであることに頭を抱えた。
元凶は複数番主義者をプレゼンしたオネットのせいだが、法的に裁かれるレベルでまずいのは未成年(フォーサイド)に手を出したイーデンだろう。
今、オネット達の家庭は崩壊の危機を迎えているという。両親は未成年のフォーサイドと、今回全く非のないムーンサイド以外の子供達との絶縁を検討しているらしい。
オネットは「公言することなく」イーデンと番った兄弟たちに牙を剥けているし、フォーサイドはイーデンと運命の番だったというムーンサイドに嫉妬の念を抱いており、髪を引っ張ったり頬を叩いたり一方的に暴行を受けているそうだ。
「……ムーンサイド君は、多分うちの夫と運命の番みたいだ。あんな大人で申し訳ないけど、ムーンライト君は彼と番になりたい?」
運命には敵わないとロストは思っており、現時点ではまだいろいろな未来があるムーンサイドに尋ねると、彼は首を大きく……横に振った。
「今回の件、兄オネットが諸悪の根源なのは僕もわかっています。それとは別に、僕はこの先イーデンさんとも、他の誰とも番いたいと思いません……僕はAセクシャルなんです」
兄達とは違い、ムーンサイドは他者に対して性的欲求も恋愛感情も抱くことができないセクシュアリティを持っていた。
「そっか……Ωだからこの先大変かもしれないけど、安価でいい抑制剤が出ると良いね」
「はい、僕は自分の身体を実験台として、将来薬剤師になろうと思っています。お医者になってバース転換手術の権威になる夢もあったのですが……」
冗談めかして笑うムーンサイドを見て、ロストは「この子だけは幸せになってほしい」と切に願い、そして思わず抱きしめてしまった。
「恋愛とか感知できないけれど、アナタが良い人だってのは僕にもわかります。この度は、兄達が本当にすみませんでした」
だから。その先の言葉をムーンサイドは紡ぐことはできなかった。どこかしら寂し気な表情で笑みを浮かべてくれる目の前のΩには、未来を映す光が見えなかった。死体や海底の底のような瞳には吸い込まれるような闇があるだけ。
「……幸せに、生きてください」
ムーンサイドの口から零れ落ちた言葉は、虚しくその場に響いて消えただけだった。
「……やってみようか、複数番主義とやら」
ロストの言葉に「本当かい!?」と顔をぱぁと明るくしたのは、夫のイーデンだけであった。オネット達兄弟は、複雑そうなと言うべきか、苦虫を嚙み潰したような何とも言えない表情でこちらの様子を伺っている。
この世界でも一部の国を除いて重婚は認められていないが、番婚に関してはこの場の限りではなかった。そのため言うなればイーデンの本妻、第一夫人はロストだ。ここでもヒエラルキーは既に存在しているようなものだった。
「これからは家族六人で頑張って行かないとな」
「うん、そうだね!」
二人で明るい未来を語るロストとイーデンを、怪訝な面持ちで見つめるツートン、スリーク、フォーサイド、そして明らかに敵意丸出しの様子で睨み付けているのはオネットだけだった。
「いってらっしゃいイーデン」
「いってきます!ロスト!」
イーデンはいつものようにロストとキスを交わすと、愛妻弁当を携えて出勤する。その光景に「幸せな家庭を壊してしまったのだ」と複数番主義ではないツートン、スリーク、そして恋や恋愛というものに憧れを抱いていたフォーサイドは申し訳なさそうに遠巻きから見つめていた。
イーデンは幸せの絶頂だった。これまでばらばらに暮らしていた番たちと一緒に暮らせるようになって彼の心は安堵で満たされていた。彼にとってはすでに数年前から一夫多妻で暮らしていたようなものなので、最愛の番「たち」と暮らせることはこの上ない幸せだった。
「……おはようございます」
「おはようございます!」
イーデンとロストたちの話は職場にも友人たちにも知れ渡っている。全く合意のなかった後出し複数番という状況について行けない者も当然多く、彼と疎遠になったり別の意味で遠巻きに見られることが多くなったが、イーデンは気にした様子はなかった。
「よお、複数の奥さん抱え込んでお前もやるなぁ!このヤリチンゲス男」
良くない同僚の軽口には「妻たちを愚弄するな」と全力で殴り掛かり、上司たちからも問題児扱いされて遠巻きに見られることが増えた。うっかり多様性というものを取り入れてしまったこの大企業では、オネット、ツートン、スリーク、フォーサイドたち皆との番婚届も提出しているイーデンに文句を言えるものなどいなかった。
事の経緯を知っている者たちからすれば、複数番主義者の道理からも外れた不貞を受け入れてもらっただけのイーデンを理解できる者は、ただの一人もいなかった。
また、何かの間違いで自分たちも複数番に加えられることを本気で恐れたΩ達は、自衛のためイーデンに話しかける時は周囲に誰かいる時のみとしていた。
さて、下衆な話で恐縮だが夜の当番に記さねばならない。月曜はオネット、火曜はツートン、水曜はスリーク、木曜はフォーサイド、そして金曜は第一夫人のロストだった。性欲旺盛なαであるイーデンにとって夜のお務めは苦痛ではなく褒美であり分け隔てなく平等に抱いた。
しかし明日が休日ということもあり金曜の夜は盛り上がることもあり、時間配分と熱量に差異はあったのだろう。他の兄弟たちは過去経緯により「差別されても仕方がない」と諦めていたが、オネットだけは「不平等だ」と怒りをあらわにしている。
「ロストさんばかり酷いです!差別じゃないですか」
「オネット、僕は皆平等に愛している」
「そうだよ、イーデンは金曜の夜しかオレのところに来ない、他の曜日もそうだ」
「でも、でも!」
「複数番主義には反していないと思うけど?」
複数番主義にもいろいろあるようで、大抵は「自分が他の人を愛するのだから、自分の愛する人も他の人を愛するのは当然」というハズなのだが、中には「自分だけがいろんな人と愛を持ちたい」さらには「自分だけ複数に愛されたい」そして、あろうことか話し合って決めたにもかかわらず、他の番に嫉妬することもあるらしい。
「筋が通らない。そもそも自分がやられて嫌なことは他人にするなってお母さんに言われなかったか?アンタがやったことはそれだよ」
まがりなりにも複数番主義というものを経験し、自分なりに理解しようとしているロストの言葉に、オネットは内心舌打ちをした。
番たちの嫉妬すら愛おしさを駆り立てるのだろうか、Ω達の内心は知らぬまま、イーデンは一人だけこの世の春、そして幸せの絶頂が続いていた。
何せちょっと口うるさく嫉妬の辺りが強い者がいた場合も、他の番に逃げることができた。彼としては人間関係をローテーションで廻し上手くやっているつもりだったのだろう。
一つの不満点を除けは、この生活は幸せであっという間に一年の時が経った。
「っ、ああムーンサイドっ……!」
白濁を放ち、自分の胎の中で果てた最愛の番の言葉に、ロストはこの日二度目の死を迎えた。
「イーデン、俺の時も名前呼び間違えました」
「このままじゃ危ないかもしれません」
「俺達はどうなってもいい、そもそもアンタにとってはみんな不倫相手だ。でもあの子だけは悪くない……」
「アイツが!アイツが全部掻っ攫っていくんだ!運命だからって!死ねよ!」
ツートン、スリーク、フォーサイドの言葉にロストは首を静かに横に振る。閨で名前を呼び間違えられたのは、ロストだけではないらしい。
「ねえ、僕にも行ってらっしゃいのキスしてくれないの?イーデン?」
「あれは、ロストとやることにしているんだ、悪いなオネット」
「もう、ヤキモチやいちゃうぞ」
「……どうして?複数番主義だからって習慣まで変える必要はないだろ。君には君の役割があるだろうオネット」
「……僕とはヤルだけってことかよ!!」
夫婦喧嘩もとい番喧嘩をしているオネットとイーデンを尻目に、ロストは反吐が出るのをこらえて、他の兄弟たちから情報を集めていた。
ツートンとスリークはまだ良識があるほうなのか、もともと複数番主義者でもない彼らはイーデンと番契約さえなければ、貴方たちとは二度と会いませんと涙ながらに謝罪をくれた者たちだ。
フォーサイドは双子の弟であるムーンサイドとイーデンに嫉妬しているのだろう。まだ幼い彼は無論複数番主義者でもないので、愛を一身に受けたいという欲求が叶わず常に不機嫌で心の中は荒れ狂い、泣きわめくことが多くなった。
「俺は、フォーサイドも被害者の一人だと思ってるよ」
「えっ……」
ぴたりと泣くのを止めたフォーサイドの肩を抱くと、ロストはそのまま胸元に引き寄せる。
未成年の彼は、イーデンに言葉巧みに絆されて純潔は疎か番契約まで結ばされてしまった。
「……ツケは払わせねえとなぁ」
どこかの映画に出て来た男前のような台詞を呟くと、ロストは胸元から煙草を取り出して火を点ける。紫煙があたりに揺蕩う姿は、異様な程様になっていた。
「……っえ、なんで」
金曜の夜、いつもであればロストと夜を過ごす日のはずである。けれどもその日は良くない酒を飲まされたかのように頭が重く、ベッドに沈み込むとそのまま昏睡状態に陥っていた。目が覚めると恐らくは真夜中で、ロストが気を悪くしていないだろうかと泥が詰まったような重い頭でイーデンはボンヤリ考えた。
「っ……んー」
「うんーっんん-!」
周囲からはくぐもった声と、よくよく目を凝らして見れば肉塊がうねうねと動いているように見えた。ぱちりと突然視界は明るくなり、眩んだ目が元に戻る前彼らは自身の状況がわからなかった。
「……ロスト!皆?どうしたんだ……?」
彼らは家の地下室に居た。くぐもった声は猿ぐつわでも噛まされているのだろう、うねうねと身を捩らせて泣いているのは両手両足を縛り付けられたツートンとスリークだ。
フォーサイドはガタガタと身を震わせて、よくよく見れば足元に水たまりができていた。どうやら失禁をしてしまったらしい。
「皆、ケガは……っ!!」
イーデンの隣に、ごとりと何かが倒れ込んできた。その冷たさと重さに気味悪さを感じ、足で蹴り上げると、それは目が濁ったガラス玉のようになったオネットだった。
頭部から血を流し、頭が陥没しているところを見るともう息はしていないだろう。
「オネットっ!!」
身を竦ませて、彼に駆け寄ろうとしたイーデンは、そのまま扉に立つシルエットに恐る恐る目をやった。
「ロス、ト」
彼の手に握られた血が付着した金属バットが、全てを物語っている。どうして、どうしてと壊れた蓄音機のように言葉を繰り返すイーデンを、あざ笑うかのようにロストはカラントバットを地面に投げ捨てた。
「悪い、そいつだけはよくよく考えたけど、どうしても許せなかった」
「……」
どこか焦点の定まっていない眼差しを全員に向けてやると、ツートンとスリークは諦めたように項垂れ、フォーサイトは恐怖のあまりまた漏らした。
恋愛と多数のフェロモンに狂ったイーデンであっても、後ろめたさはあったのだろう。本来の意味ではない複数番主義という言葉を隠れ蓑に、ロストを裏切ったことについては。哀れなことに彼は屈強なαだ、後悔の念を置いても自分と、他の番を守らねばならないと瞬時に考えた。
「ロスト、他の子達を開放してあげてくれ。悪いのは僕だ、お願いだから、これ以上罪を重ねてほしくない」
「イーデン」
「ロスト、お願いだ」
「イーデン」
「……なんだい?」
宥めるために、精一杯の優し気な眼差しでイーデンが返事をしてやると、ロストは聖母のような笑みを浮かべて、愛おし気に腹を擦った。
「オレ、赤ちゃんができたんだ。イーデンの」
「っほ、本当かい!?」
「本当だよ、妊娠三カ月だってさ」
人を一人殺めているというのに、イーデンは殺された番も運命も忘れて、ロストに手を伸ばそうともがいた。両手に自由があれば思い切り抱きしめたかったのかもしれない。
にこりと笑うロストは、いつの間に取りだした鋭利なナイフを振りかざし、そのまま自身の腹に突き刺した。
「っ!?何を!」
何度も何度も突き刺して、力が尽きそうになるのすら堪えて、最後に喉を掻っ切ってロストは絶命した。その光景を余すことなく見ていたツートンとスリーク、そしてフォーサイドは涙も鼻水もだらだら流しながら、ごめんなさいと贖罪の言葉をお経のように唱え続けている。
『最後まで見てろ、そうすれば命までは取らない』
金属バットでオネットを一撃で葬ったロストの生前の言葉を、彼らは聞いていたからだ。ツートンとスリークは、ことが済んだらムーンサイドに危害が及ばないようにイーデンを監視する役目も与えられていた。
死別以外の番の解消法がないこの世界では、イーデンから離れることなどΩの二人には難しいだろうが。
カランという冷たい音を響かせて、ナイフが地面に滑り落ちた。
元を辿ればオネットが引き起こした事件により、真っ当な複数番主義者は肩身の狭い思いをすることになった。オネットは複数番主義の敵と見なされ、悪いテストケースとして教科書にも載ったほどだ。
言葉巧みに騙され、複数番という生き方を自分のいいように切り抜いて行動した結果、最愛と子供を失ったイーデンは「この世で最も愚かなα」としてメディアに取り上げられた。
ツートンとスリークはイーデンを延命させるために監視目的で共同番生活を送っているが、彼らの間にはほぼ性交渉など無いようだ。
ただの、監視と同居と憔悴したイーデンの面倒を見るためだけに彼らは存在している。給料が発生するだけメイドや小間使いの方がましだな、と二人は泣き笑いのような情けない笑みを浮かべていた。
生きながらにして最も悲惨だったのはまだ若いフォーサイドで、彼はイーデンとの番契約を拒み、傷心のイーデンに番解除を求め無理やり実行させた。
若いうちの番解除はよいサンプルとなったためか、定期的な経過観察を条件にフォーサイドのケアや高額医療費は免除されている。献身的な彼のお陰で、番解除後のヒート緩和や延命についてほんの少しだけ治療の兆しが見えているようだ。
「どうして、こんなことになっちゃったんだろ」
数日に一回は自害しようとするイーデンを、自身の身のために引き止めるツートンとスリークには、彼に対する愛情はもはや無かった。
……ムーンサイドは今、故郷から離れた小さな島国で薬剤師をしている。
「逃げろ」
「もうここには帰ってくるんじゃない」
両親や生き残った兄弟たちの意志を継ぎ、運命の番の脅威から逃れるため、日々息をひそめながら狭い国土に人口だけは多いこの国で暮らしている。
とある凄惨な事件で検視されたΩと胎内にいた子の血清から、とても良質なフェロモン抑制剤が開発され、ムーンサイドはその恩赦に預かっており今ではβのように暮らしている。
不思議な巡りあわせで見つかったその抑制剤は『ロスト』と名付けられた。
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αが酷いとΩも強くならざるを得ないみたいですね...修正いたしました。
おっとすみません。ひとまず見える範囲直して残りは余力ある時にまた見ます()