【本編完結】異世界で開花した力で、自分を裏切った男に生涯復讐していく話

雷尾

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さようなら異世界

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「欲しいものは何でもあげるから、どうか、どうか僕を殺さないで!」

「……」

 奏が聞いていた話とは違い、魔王らしいそれは全身が黒いだけの少年のような姿だった。彼はこの世に停滞する負の念や瘴気、それだけではなく影や闇を司るものでもあった。
 魔王は哀れな程に弱々しく、後ろにいるスライムや魔物たちを庇うように地面に頭を何度も何度も擦りつけて、必死に奏に許しを乞うている。

「誰かにとっての悪も」

 また誰かにとっての正義なのだろう。
闇、例えばこの世から夜その物がなくなったのならば、この世界の温度は上昇するだろう。そして、もしもこの世界から陰がなくなったのならば、人々は物を見ることはできなくなるだろう。光源だけではありとあらゆる物体はそれを形として目に映すことができないのだろうから。この美しく愚かで醜い世界には、陰影が必要だ。

「……」

 奏は、何故自分がこの世界に引きずり込まれたのか、そのトリガーについて瞬時に考えた。脳の隅で高速処理をしながら、彼は魔王に取引を持ち掛ける。

「魔王の子。わかった、人間の王族に掛け合って棲み分けできるようにするよ。そして俺へのお礼だけど、俺にその……魅了の力を授けることは可能か?」

「そんな力でいいの?簡単すぎるしお礼にもならないよ……それに、魅了なんて使い勝手を間違えると君を破滅へ導く力になってしまうよ?」

「ああ、いいんだ」

 俺なら誰よりも正しく魅了を使って見せると、奏は心の内でニヤリと黒く笑う。物語の中では魅了に憑りつかれた者や、魅了を発するものはバッドエンドを迎えることが多いが、奏はその力を目的ではなくあくまで対象者に対する復讐への手段として、関係ない人間には害を及ぼさないように使用するつもりだ。

「わかった……でも、それだけじゃ本当に申し訳ないし、せっかくだから炎と氷と風の力も授けるね。風と炎や氷を合わせることで、冷風や温風を出すこともできるんだ!便利でしょ?」

「うん……」

 こうして霧ヶ峰奏は、魅了と温風冷風機能まで合わせ持つ、まさにエアコンもとい霧ヶ峰を名乗るにふさわしい男となった。

「王妃様」

「おお、神子よ。そなたのおかげで世界に平穏が訪れました。闇の者は極寒の地や湿地や密林へ、不浄は自らヘドロ沼や火山へ、彼らも私達もあるべき場所で心穏やかに暮らせるでしょう」

 一見不遇の扱いに見えるかもしれないが、彼らは自身が住みやすく身体に適した場所へと自ら移り住んだ結果がそこであったということだ。

「けれども、人という生き物がいる限り不浄は溜まり、瘴気は漂うかもしれません。王妃様、私は『私のような力を持つ人間の特徴』の当てをつけることができました。これでもう異世界から罪無き者を召喚する必要もないのです」

「!それは一体」

「王妃様、あなたには私の力を引き継ぐお覚悟はございますか?」

 奏なりに検討を付けた不浄を浄化する素質を持つ者、それは復讐に身を焦がした強い憎悪を持つ人間だった。強い負の力はここでは何かが反転し、聖の力に変わるようだ。

「もしも顔だけ中身最悪王に、今も恨みがあるのなら……王妃様も神子と同様の力を」

「欲しい」

 被せるようにして食いついて来た王妃の両手に、奏はそっと手を重ねると浄化の力を承継した。黒い霧のような燻り続けるオーラが城どころか市井まで行き届き、三日三晩漂い続けついに世界が亡ぶのかと王妃以外の王族と貴族と、市民たちも涙を流して怯えるぐらいだった。

 三日後に黒い霧は白い光となり、抜けるような青空には大きな光の輪が浮かび上がる。輪は虹となり光の粒子は世界を覆いつくす。まるで何かに祝福されたかのような雨上がりの美しさのような、清々しい空は確かに力が引き継がれる瞬間を見届けて、そして世界に知らしめた。それは、新たな神子誕生の知らせであった。

「さようなら神子!ありがとう!」

「さようなら王妃様!こちらこそ、ありがとうございます!フライドポテトの味は一生、一生忘れません!ありがとう、異世界のお母さん!」

 大きくなった腹を両手で庇いながら、異世界での役目を果たした霧ヶ峰奏は新たな力を得て、紫色の魔法陣のうえでその姿を消した。彼はこれから長い長い修羅の道を歩む。そしてそれは、この国の王妃、ヴェンジェンスも同じであった。
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