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8.夏休み
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ギラギラとした太陽の熱が、肌に当たって痛い。アスファルトを焼くこの匂い。生暖かい風。
それら全てが、懐かしい時間へと誘うかのようだ。
『お前はどうしてそんな同じミスをするんだっ!』
旦那にそう言われて、思わず家を飛び出して来てしまった。私はおっちょこちょいで、いつも何かしらしてしまう。
今日は旦那が大事にしていた時計を落としてしまって、傷をつけてしまった。
とても大事にしているものだから、傷ついたのが気に入らなかったみたい。
「ふぅ…」
気晴らしにと、車で懐かしい場所へと足を運んだ。
私にとって、ここは心を落ち着かせてくれるところだ。
昔となんら変わらないこの校舎。
みんなと再会してからは、ちょくちょく来るようになってはいるけど。
こうしてひとりで、校舎を見るだけに来るのはあの頃と変わらない。
昔。
転校してしまってから、こっそりとこの校舎を見にやって来たことがある。
学校で何かあったとか、そういうんじゃなくて。
どうしようもなく、寂しい気持ちになってしまった。
それはちょうど、今頃。
夏休みの時だった。
親には図書館に行くと言って、僅かなお小遣いでバスを乗り継いでここまで来た。
校庭では陸上部とハンドボール部が練習をしていて、校舎の外ではバレー部が体力作りの為に走りこみをしていた。
プールでは水泳部の歓声。音楽室からはブラスバンドの演奏が聴こえて。
涙が止まらなかった。
あの頃と同じように、校庭では陸上部とハンドボール部。
プールでは水泳部の声が響き、バレー部が校庭の外を走っていた。
音楽室からは練習曲をしているサックスやフルート、トランペットやコントラバスの音が響いていた。
「おんなじだ」
思わずそう呟いていた。
ガードレールに座って校舎を見上げていた。
あの頃と同じように。
あの日もこうして校舎を見上げていた。
もう足を踏み入れる事はない、校舎を。
そして寂しさが込み上げてしまって泣いていた。
あの日、両親が私の帰りが遅いので転校した先の担任や友達に電話をしていたようだ。
そして最後に辿り着いたのが、この榛南中の先生に電話を入れることだった。
母親は榛南中の校長先生と仲が良かったから、校長先生に電話を入れたみたい。
そしてすぐに淳ちゃんに連絡がいって、私がここでこうしているのが見つかった。
みんな、心配してくれた。
心配かけるつもりはなかったんだけど、なんでか、私はここに辿りついていたんだ。
「あれ?」
校舎から出てきた智子。
この学校の体育の先生をしている智子は、私を見つけて小走りにやって来た。
「どうしたの、志乃」
「ん。ちょっとね」
そう言うと私はまた校舎を見上げる。
「そういやさ、昔」
「ん?」
「私、夏休みにこの校舎を見に来たことがあるんだ」
智子にそう言っていた。
「黙ってきちゃったから、榛南中の先生にも川中の先生にも心配かけちゃって」
「えっ。そんなことあったの?」
「うん」
「そりゃ、心配するわよ」
「そんなつもりなかったんだけどね。でもなんか見たくてさ…」
私は智子になぜか話していた。
なんだろ。
この夏の雰囲気が、懐かしさを運んで来たからかもしれない。
この太陽の熱とアスファルトを焼く匂い。
そして生暖かい風。
それらが懐かしい時間へと運んでくれてる。
「私にとって夏って、夏休みのそういうことを思い出されるんだよね」
「ふふっ。私もあるよ。高校に行ってもなんかこの場所が懐かしくてさー。ここで校舎を見てた」
智子は意外にもそういうところがある。
「おんなじだね」
そう言って顔を見合わせて笑った。
「これから時間ある?」
私は立ち上がって智子に言う。
「一緒にお茶しよ。リボンで」
この町の小さな喫茶店。
榛南中の生徒や、この町の人たちのたまり場。
私もよくそこで、みんなとたまって日が暮れるまで話していた。
アイスティー1杯で。
「いいね。久しぶりにあの水っぽいアイスティー、飲もうか」
智子もそう言って立ち上がった。
そしてふたりでリボンに向かった。
懐かしい夏の風を受けて……。
Fin
それら全てが、懐かしい時間へと誘うかのようだ。
『お前はどうしてそんな同じミスをするんだっ!』
旦那にそう言われて、思わず家を飛び出して来てしまった。私はおっちょこちょいで、いつも何かしらしてしまう。
今日は旦那が大事にしていた時計を落としてしまって、傷をつけてしまった。
とても大事にしているものだから、傷ついたのが気に入らなかったみたい。
「ふぅ…」
気晴らしにと、車で懐かしい場所へと足を運んだ。
私にとって、ここは心を落ち着かせてくれるところだ。
昔となんら変わらないこの校舎。
みんなと再会してからは、ちょくちょく来るようになってはいるけど。
こうしてひとりで、校舎を見るだけに来るのはあの頃と変わらない。
昔。
転校してしまってから、こっそりとこの校舎を見にやって来たことがある。
学校で何かあったとか、そういうんじゃなくて。
どうしようもなく、寂しい気持ちになってしまった。
それはちょうど、今頃。
夏休みの時だった。
親には図書館に行くと言って、僅かなお小遣いでバスを乗り継いでここまで来た。
校庭では陸上部とハンドボール部が練習をしていて、校舎の外ではバレー部が体力作りの為に走りこみをしていた。
プールでは水泳部の歓声。音楽室からはブラスバンドの演奏が聴こえて。
涙が止まらなかった。
あの頃と同じように、校庭では陸上部とハンドボール部。
プールでは水泳部の声が響き、バレー部が校庭の外を走っていた。
音楽室からは練習曲をしているサックスやフルート、トランペットやコントラバスの音が響いていた。
「おんなじだ」
思わずそう呟いていた。
ガードレールに座って校舎を見上げていた。
あの頃と同じように。
あの日もこうして校舎を見上げていた。
もう足を踏み入れる事はない、校舎を。
そして寂しさが込み上げてしまって泣いていた。
あの日、両親が私の帰りが遅いので転校した先の担任や友達に電話をしていたようだ。
そして最後に辿り着いたのが、この榛南中の先生に電話を入れることだった。
母親は榛南中の校長先生と仲が良かったから、校長先生に電話を入れたみたい。
そしてすぐに淳ちゃんに連絡がいって、私がここでこうしているのが見つかった。
みんな、心配してくれた。
心配かけるつもりはなかったんだけど、なんでか、私はここに辿りついていたんだ。
「あれ?」
校舎から出てきた智子。
この学校の体育の先生をしている智子は、私を見つけて小走りにやって来た。
「どうしたの、志乃」
「ん。ちょっとね」
そう言うと私はまた校舎を見上げる。
「そういやさ、昔」
「ん?」
「私、夏休みにこの校舎を見に来たことがあるんだ」
智子にそう言っていた。
「黙ってきちゃったから、榛南中の先生にも川中の先生にも心配かけちゃって」
「えっ。そんなことあったの?」
「うん」
「そりゃ、心配するわよ」
「そんなつもりなかったんだけどね。でもなんか見たくてさ…」
私は智子になぜか話していた。
なんだろ。
この夏の雰囲気が、懐かしさを運んで来たからかもしれない。
この太陽の熱とアスファルトを焼く匂い。
そして生暖かい風。
それらが懐かしい時間へと運んでくれてる。
「私にとって夏って、夏休みのそういうことを思い出されるんだよね」
「ふふっ。私もあるよ。高校に行ってもなんかこの場所が懐かしくてさー。ここで校舎を見てた」
智子は意外にもそういうところがある。
「おんなじだね」
そう言って顔を見合わせて笑った。
「これから時間ある?」
私は立ち上がって智子に言う。
「一緒にお茶しよ。リボンで」
この町の小さな喫茶店。
榛南中の生徒や、この町の人たちのたまり場。
私もよくそこで、みんなとたまって日が暮れるまで話していた。
アイスティー1杯で。
「いいね。久しぶりにあの水っぽいアイスティー、飲もうか」
智子もそう言って立ち上がった。
そしてふたりでリボンに向かった。
懐かしい夏の風を受けて……。
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