もう離さない……【もう一度抱きしめて……】スピンオフ作品

星河琉嘩

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第3章

14

 結局栞が頼んだのは、和風パスタとアイスティーだった。輝がお酒を飲まないでいるから、栞もそうした。
「ここだとゆっくり話せるから」
 輝は目の前にあるフライドポテトをつまむ。
「食べて」
 そう言うと、栞の方へ差し出す。栞は遠慮がちに手を伸ばした。
「輝くん…」
 消えてしまいそうな声で、輝の名前を呼んだ栞は、俯いていた。どう話をしたらいいのか、迷っているようだった。
「栞さん」
 輝は栞の名前を呼ぶと、栞の話を遮ろうとした。
「俺の話を聞いて?」
 思わず顔を上げた栞は、優しい顔をして栞を見ていた。


「あの後、俺も色々あって…、栞さんを思い出すことはなかったんだ」
 そう話し出すが、本当はずっと心の奥で栞を心配していた。だけどそれを悟られたくなく、そのことで気に病んでほしくないという思いで、栞にはそう伝えた。
「妹のこともあったし」
「妹…さん?」
「有名だったろ。うちの妹」
 地元では知らない人はいなかったんじゃないかというくらい、高幡の家の話は知られていた。特に栞と輝は同じ中学出身だから、栞はその話を知っていた。だけど自分のことで精一杯の栞は、高幡の家に突然出来た妹の話など、気にもしていなかった。
「ま、その妹も今はひとりで子供育ててるんだ」
「え」
「崇弘の嫁なんだよ」
「崇弘って…、TAKA?」
「そう。アイツ、人の妹に手を出したんだよ」
 呆れた顔で言うが、愛しそうに話す輝に、栞はなんだか安心していた。
「あの栞さん」
 輝の方も何を話したらいいのかと、迷っているようだった。そんな輝の気遣いに、栞はあの頃と同じだと感じていた。
「……もう一度、あの日からやり直さない?」
「え」
「今までどうしていたのかとかは、聞かない。今なにをしているのかも聞かない。だけどもう一度…、栞さんとやり直したい」
 その言葉は、栞にとっては驚きの言葉だった。まさかそんなことを言われるとは思ってもいなかった。今や輝は有名人。大人気バンドのベーシスト。ファンは多いし、BRのファンは過激な人が多いので有名。
「ダメ…?」
 その仕草が高校生の頃のようで、懐かしい気持ちが溢れ出てきた。個室にいるふたりの会話は、店内には届かないが、誰かに聞かれているのではと、ハラハラもした。そんな複雑な気持ちを抱えて、栞はなんて答えたらいいのか迷っていた。
「栞さん。無理にとは言わないけど、俺はもう一度……」
 輝は再びそう言う。その目は真剣で
からかったりしているわけではなかった。
(元々からかう人じゃないしね)
 心の中でそう思う栞は、ぎゅっと手を握りしめた。
「輝くん…、私のこと、聞いたら、離れたくなるよ」
 栞は今までどう生きてきたのかを話すことにした。それでもまだ輝がやり直そうと思うのか、知りたかったのだ。
「私、北海道の高校に編入して、すぐに妹の恵美からの暴力が始まったの。それまでは私に暴言を吐くことはあったけど、暴力まではなかったの」
 甘やかされて育った恵美は、栞のせいで北海道に引っ越したことを根に持っていた。そのことに頭にきていたからか、栞に対して暴力を振るうことが多くなった。会えばすぐに睨み、叩かれ時には栞の荷物をゴミ箱に捨てる。そんな恵美を両親は抑えるのに必死だった。
「だから大学をこっちにすることにしたの。母たちが恵美のことで疲れていることも知っていたから」
 栞は大学を都内に決め、受験をした。元々頭が良かった栞だから、大学に合格。その足で一人暮らしをするアパートを見つけた。そして卒業すると上京したのだ。
 栞が上京すると、恵美の態度は軟化した。そのくらい恵美は栞の存在が嫌だったのだ。
 栞が上京して3年経った頃、実父の一郎が死んだと連絡が入った。どうやって分かったのか、栞には不思議でならなかったが、大学に通う栞のもとに借金取りが現れたのだった。
「え?」
「あの人、私を勝手に保証人にしていたらしくて……。悪いことに、ちゃんとした金融機関から借りてたわけじゃなくて…、だから私があの人の借金を返すハメになってて」
 栞は一郎の借金を背負わされ、それを返していた。その為栞は、銀座でホステスをしている。栞の身なりがハイブランドで固められていたのは、その仕事の為でもあった。栞の為の服やバッグを買ってしまうと、普段使いのものは買えなくなる。自分の生活を守るためにそこを削らなきゃいけなくなるのだ。
「いくら残ってるの?」
「え」
 輝の言葉に驚いた顔を見せる。輝が何を言っているのか、栞には理解出来ないでいたのだ。
「そんなところで働かせるわけにはいかない」
 そう言った輝は、栞に返済額を聞いてくる。あとどのくらい借金が残っているのか、執拗に聞いてくるから、栞は思わず言っていた。
「900万……」
「分かった。用意する」
「え?」
 目を丸くした栞は、首を横に振った。
「な、なんで!ダメだよ、そんなっ!」
 輝にそう断りを入れるが、輝はニコニコと笑って栞を見る。そして栞の手に触れると、優しい声で言った。
「栞さんに、もうそんな仕事をさせたくない」
 高校生の頃に、一郎に無理やり仕事をさせられていたことを知っている。だからこそ、ホステスなんてことをさせたくないと、輝は強く思ったのだ。
「でも…っ!」
「ねぇ、栞さん。俺のそばにいて」
「輝くん…」
「俺は栞さんにそんな仕事は、させたくない。だから俺のそばにいて」
 栞は輝のその目に、逆らえることが出来なかった。輝の目が栞を捉えて離さない。扉を隔てた向こう側では、一般の客の声がザワザワと聞こえる。そんな空間の中、ふたりの時間だけは止まったようだった。
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