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第1章

8 港の男 前編

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 この森から南に行くと港町が見える。そこに住むひとりの男がエレンの元に訪ねてきた。
 その男はとても腕っぷしのいい若い男。名はアラン。
 そのアランがエレンを見下ろして言った。
「なんだ。まだ子供ガキじゃないかい」
 その言葉にムッとしたエレンは「なんの用件?」とぶっきらぼうに言った。
「おいおい。こっちは客だぞ。そんな邪険にしていいのかい」
「脅しは利かないよ」
 現にエレンには困ることなどない。常にひとりで暮らしてきた。金は必要としない。
 生きていくだけの僅かなものがあれば事足りる。
「ああ、悪ぃ悪ぃ」
 アランは言葉が悪かったと頭を下げる。
「で、用件は」
 まだ『ガキ』と言われたことを根に持っている。確かに見た目は子供。それをそのまま言っただけだとエレンにも分かっている。
 だからと言って、初対面の者が言っていい言葉じゃないとエレンは思っている。
「ちょっとシーラの町で困ったことがあるんでぃ」
 困ったことと言われりゃ聞かない訳にはいかない。ため息を吐いて小屋へ入れた。



     ◇◇◇◇◇



「そこ座りな」
 ぶっきらぼうに言うことは決まったのか他の人と話す時よりもムスッとしているエレンは、炊事場へ行き湯を沸かした。
 その間にアランはキョロキョロと見回してる。
「キョロキョロしてんじゃないよ」
「いやー、珍しいもんがいっぱいでぇついつい。ガハハっ!」
 豪快に笑うこの男はまさに海の男だった。
 湯が沸くとハーブティーを入れて男に差し出す。
「こりゃなんだい」
 とハーブティーの香りにビックリしていた。
「この森でしか採れないハーブティー」
「へえ!こんな森にも洒落たもんがあんのなあ!」
 アランは大声で言った。いや、この男がもともと声がデカイだけなのかもしれない。
「用件は」
「おお!それがな、シーラの町のみんなが困ってんだい」
 アランは話を始めた。
 
 シーラの町は港町。漁師の町だ。それと貿易の町でもある。だから他の街や村よりも異国を感じられる場所だった。
 そのシーラの町で困ってることとは波が高い日が続いていて漁に出られない。それと同時に異国の船が辿り着かなくなっていると。
 そうなってくると、町の商人たちは困る。魚は採れないとなれば、レストランや一般家庭に魚を提供出来なくなる。勿論、王家にも魚を提供出来なくなる。
 そして貿易の船が来ないということも町の商人たちは困る。貿易によってこの国が潤っているのだ、商売が出来なくなる。ということは生活出来なくなるのだ。

「それももう一月ひとつきも続いてなぁ!ほんと、困ってんだい。これ、なんとかなんねえのかい?」
「自然のことだからなぁ」
 基本、エレンは自然のことに関しては一切手出しはしないようにしている。だが、一月は長い。毎日、波が高く漁に出られない、貿易の船は来られない。それじゃ町の人たちの生活が成り立たない。
 シーラの町だけではなく、王国全体にも関わってくる問題に差し掛かっているのだ。

「う~ん……。あまり自然界のことには手出ししないようにしているんだが……」
 と考え込んでいた。
 自然の流れを変えてしまうなではないかと考えないでもない。だが、一月は異常だ。何か原因があるのかもしれないとエレンは感じていた。

「一度、海を見たい」
 そう言ったエレンにアランは驚いた。
「どんな状況なのか、知りたい。海の声を知りたい」
 エレンの言葉はアランは「ぜひ来てくだせぇ!今すぐにでも!」と叫んだ。
 そのままアランに引っ張られるように小屋を飛び出した。

「ちょっ……、ちょっと!」
(魔女を引っ張っていくなんてどんな奴だよ)
「待て!アラン!」
 叫んだエレンに驚いて止まった。
「引っ張らなくとも行くから」
 エレンは一度小屋へ戻り、箒を持ち出した。そして小屋の周りに呪文をかけて姿を消した。
 エレンが森を出る時はいつもこうして小屋を隠している。
「へえ!小屋が見えなくなった」
 この魔法は見えなくするものではなく、そこに存在しなくなる魔法。だから小屋があった場所に立っても小屋にぶつかることはない。
「さ、行くよ」
 エレンは箒に跨がりアランに笑う。
「え、え、えっ!」
「あんたは走って戻りな」
 意地悪な顔をして飛んで見せた。
「狡いっ!」
 そう言いつつも走って行く。森の入口まで行くとエレンは箒から降りた。アランを待っていた。
 一時間経った頃に漸くアランが出てきた。

「はぁ……、はぁ……!いくら俺でもこの森を抜けるのはしんどい」
 その場にしゃがみこんだアランを見て「情けない」と言う。
「箒に跨がりな」
 エレンはそう言って後ろを向く。
「まさか、飛ぶのか」
「飛んだ方が早い」
 アランは仕方なくエレンの後ろに行き箒に跨がった。
「私に掴まってな」
 そう言うとビュンと、勢いよく空へ舞い上がった。



     ◇◇◇◇◇



「うわーっ!すんげぇー!」
 子供のような歓声を上げるアランは空を旅を満喫していた。
 今日は晴天。飛ぶのにはいい気候だった。
「あ。見えてきたぜぇ、シーラの町だ」
 指した先に見えたのは港町。シーラの町。
 そのままエレンは海まで向かった。船着き場に降り立つと、アランの漁師仲間たちがいた。

「アラン!そいつが例の魔女かよ!」
「空飛ぶんだな!」
「ガキじゃん」

 色々と騒いでいたけど、エレンはその全てを無視していた。
 そのまま海に近寄って行く。
「おい!あんた、危ないよ」
「波が高いんだからさあ」
 漁師たちが止めるも、エレンはお構いなしで近寄って行く。船着き場のギリギリのところまで行くとピタッと止まる。そして海をじっと見つめていた。


「この海の状態、王国は知ってるのか?」
 エレンは言った。
「知ってる。何度もこの辺りを領主様に伝えてる」
「領主様のところへ案内してくれるか」
 エレンはアランに言った。アランは黙って頷き、領主のところへ向かった。
 シーラの町の領主はエリック・キャンベル伯爵。気難しい顔をしているが、実は楽しいことが大好きな陽気なおじさん。

「旦那様はこちらにはおりません」
 エリックの屋敷へ行くと執事が受け答えをする。
「どちらへ?」
「只今、町を散策中でございます」
「町?」
「そうですね。今の刻限ならば、広場へお出掛けになっていらっしゃると思います」
 執事はそう丁寧に教えてくれた。
「ありがとうございます」
 エレンは頭を下げてアランの案内で広場まで行く。
 広場ではマルシェをやっていた。


「いつもはもっと店が出てるんでぇ」
 とアランはそう言うとエリックを探し出す。
 ぐるりと見渡すと「あ!」とアランは指した。
「あそこにいらっしゃいます」
 広場の中央にある店を覗いているおじさんがいた。着ているものも立派でお付きのものもいる。口髭を生やした見るからに身分の高い方だと分かる。
「エリック様」
 アランは近寄って行く。そしてエリックにエレンのことを話していた。
「やぁ。君が魔女のエレンかね。初めまして」
 と手を差し出す。その手を握り返すとにっこり笑いかけられた。
 その笑顔につられてエレンも笑顔になる。
「初めまして。キャンベル伯爵様」
「エリックでよい」
「ではエリック様」
「エレンは海を見たのかね」
 コクンと頷き、真剣な目をしたエレンがエリックに言った。
「あの海のせいで町がいつもと違う。すまないね、本来はもっと活気溢れる町なのだよ」
 エリックが歩いて広場を見回る。いつもならもっと賑わってるという広場はかなりの広さ。週の最終日に行われるマルシェが今はとても寂しく感じられる。


「屋敷に戻ろうかね」
 お付きの者に言ってるのか、エレンに言ってるのか分からない感じで言うと、広場を出ていく。
 町の人たちはエリックを見ると「エリック様!」と声をかけていく。エリックはこの町ではかなり人気のある領主だと伺える。
 歩いていると、小さな子供がやってきて「えりゅくりょうちゅちゃま」とニコニコとエリックを見ていた。
 エリックは子供の目線になるようなしゃがみこんで笑顔を返していた。
「あのね、あのね」
 と手に持っている小さな野花を差し出した。
「みちゅけたの。えりゅくちゃまにあげゆ!」
 と、まだ言葉が拙い感じで話す。エリックはその野花を丁寧にハンカチーフが入ってる、胸ポケットに入れると「ありがとう」と子供の頭を撫でた。
(人柄の良さが滲み出ているな)
 くるっと振り返ったエリックはエレンに笑う。
「すまないね。さ、行こうか」
 また歩き出す。
 行く先々でエリックに声をかける町人たちは、本当な信頼しているのだろう。



     ◇◇◇◇◇



「それで?どんな用件で来たのかね」
 エリックの屋敷の応接間に通されたエレンとアランは、目の前に座るエリックを見ていた。
「アランが私の元へ来たんです。海をなんとかして欲しいと。だが基本私は自然界のことには手出しはしないのですが、一月もこの状態が続いてると聞いたので何か原因があるのではと思い、海を見に……海の声を聞きに来たんです」
 海を見たエレンが感じたことを話し出す。いつもは穏やかだといつシーラの海。それが荒れていることに不思議な力か使われているのではと思った。

「私が見たところ、何かが潜んでいるように思えます。海の精霊の声は聞こえませんでしたが、何かが潜んでいます」
 そう。何かが潜んでいる。
 海の精霊も姿を現さないことがエレンには不気味だった。
「あんなに荒れているのに精霊がそれを止めないのは、精霊自身が囚われているか精霊に力がなくなっているのかのどちらかだと思ってます」
 エレンの見解を話すとエリックは「う~ん」と考え込んでいた。
「エリック様。王国の軍には魔力の強い方たちの集団があると聞き及んでいます。彼らに協力を要請することをお勧め致します」
 魔女の力だけではどうにもならないことなのかと言えばそうではないらしい。
 出来るだけ、魔女の力を使わない方向へ持っていきたいのだ。
「そなたは精霊がどうなっていると思うのだ」
「私は……、精霊は囚われの身になっているかと」
 エレンが感じた違和感。エレンは微かに精霊の力を感じ取ってはいたが、どうなっているのかは分からない。
「分かった。そのように王国へ報告してみよう。もし、軍でもどうにもならなかった場合、もう一度助けを必要とするかもしれぬ」
「その時は微力ならがらお手伝い致します」
 エレンはそう頭を下げて屋敷を出る。アランも続いて出ていく。


「アラン。じゃ私は森に戻る。もし、必要ならまた呼びに来てくれ」
 と、箒に乗って飛んで行った。


 それから暫くしてアランが再びエレンの元へ来ることになる。
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