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第2章
8 エレンとユリアーナ 前編
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戴冠式のお祝いモードが覚めないまま、あちこちで収穫の時期が始まった。果物や穀物、野菜などが美味しく実る頃。森でも同じように果物や穀物、野菜などが実っていた。
エレンも農家の人たちと同じように森で育ててる果物や穀物や野菜などを収穫していた。
自分が食べる分なのでそんなに多くは育ててはいない。ホエールが増えたからといってそんなに変わらないだろう。
「ふぅ……」
野菜を収穫し、保管庫へと運ぶ。これも毎年やっていることで慣れたものだ。
ホエールはそんなエレンをじっと見てるだけだった。
「ホエール!見てるなら運んで!」
そう言うと渋々と運ぶ。
「なんでこんなことをしなきゃいけないんだ」
ぶつぶつと言いながらホエールは運ぶ。
「冬が来る前にやらなきゃダメなのよ」
森の冬は寒い。雪が深く積もり作物などは育たない。
ホエールはそんな森の冬は知らない。
冬の為に薪も用意しておかなきゃいけない。
エレンにとって秋は忙しい。
そんな時期は街の方でも忙しい。
(あ……。ユリアーナが来たかな)
作業の手を止めて小屋へと戻る。
冬に入る前に必ず、ユリアーナはここへ来る。冬の間は来ることが出来なくなるから必ず母親のナリアーナの薬を貰いに来るのだ。
小屋へ入るとユリアーナの為にナリアーナの薬と砂糖菓子、クッキーと収穫したばかりのカボチャを少し用意した。
まだ子供だからそんなに多くは持って帰れないことを知ってる。
「エレン。ユリアーナが来た」
ホエールが小屋のドアを開けて、ユリアーナを小屋へと入れる。
「ご機嫌いかが?」
「エレン……」
泣きそうになっているユリアーナの姿を見て、何かを悟ったエレンはユリアーナを抱きしめた。
(今年の冬は越せなかったか)
ユリアーナが何も言わなくてもその涙で何があったのか一目で分かる。
ユリアーナには、身内は母親ナリアーナしかいなかった。その為、ユリアーナはひとりになってしまった。住んでいた家もたぶん、追い出されてしまうのだろう。
「ユリアーナ」
エレンはユリアーナの記憶を複製した。そしてその記憶を見た。
(やはり、そうか……)
ユリアーナが住んでいた家でナリアーナが横たわっていた。動くことも出来ず声を出すことも出来ず、ベッドに横たわっている。
ユリアーナは傍から離れることが出来ないでナリアーナの最期を看取った。
「ユリアーナ。ここに住むかい?」
その言葉にホエールもユリアーナも驚いた。
「エレン!何を言ってるんだ!」
「ホエールは黙って」
ピシャリとホエールに言い放つと、ユリアーナと目線を合わせる。
「行くところ、ないんだろ?ここにいればいい」
「エレン……」
「母様との思い出の場所を離れたくないだろうが、何れ追い出されるだろう。ナリアーナの遺体も埋葬してあげなきゃ……」
我慢をしてきたのだろう。大粒の涙が溢れる。そのユリアーナをそっと抱きしめる。
「ナリアーナはユリアーナの傍にいるから。私がナリアーナの代わりに傍にいるから」
うわぁぁっ……!と堪えていた思いが溢れて、止まらなかった。エレンの胸の中で泣いて泣いて泣いたユリアーナは、いつの間に眠っていた。
ユリアーナをベッドに寝かせ、下に降りてくるとホエールがむすっとして座っていた。
「あの子は本当に幼い頃から母親の薬を貰いにきていたのだ。私にとって妹のような、娘のような存在なのだ」
テーブルに置いてあったユリアーナの為に用意したものを片付ける。ナリアーナの薬はもう必要ない。ユリアーナも細く栄養が足りていないから、いつも来ると砂糖菓子を与えていた。その砂糖菓子はエレンの魔術が込められたものだった。
ユリアーナの命を永らえる為の魔術を施していたのだ。
「あの子は、母親の為に自分は食べるものなくてもいいと考えていたのだ。だからこそ、これをいつも与えていた。ユリアーナが倒れないように」
ナリアーナの薬にも魔術は施していたのだが、人の命を永らえることは難しい。
「あの子を本当にここで?」
ホエールはそう言うと黙って頷く。
「少しでも笑顔が戻るようにしてやりたい」
あの子がここを出ていくまでは面倒を見てやりたいと考えていた。
「問題、ないだろ」
そう言いきったエレンにホエールは何も言えなかった。
◇◇◇◇◇
次の日。
ユリアーナの家までエレンが向かった。ユリアーナの家にあるものを全て持って来ようとしたのだ。
魔法の鞄に家にあるもの全て詰め込んで、ベッドに横たわるナリアーナを埋葬する為に用意した棺にナリアーナを入れてそれを魔法で運びやすい大きさにする。
あっという間に家の中は空になり、そこにユリアーナがいた形跡もなくなった。
家を出ると、この家の所有者がそこに立っていた。
「ユリアーナはどこだ」
少し威圧的とも怯えとも言えるような声でエレンに聞いて来た。
「私の森にいる」
「ここの家賃を返していただきたい」
家賃はもうずっと払えなかったのだろう。それでもこの所有者はふたりをここに住まわせていた。
「あ──……」
エレンも金貨は持っていない。必要ないからだ。だが、これからは色々と必要になるだろうと考えた。
「今はない。少しずつ返していく」
エレンの放つ言葉に、所有者は怯えて素直に頷いた。
エレンが魔女じゃなければこうはいかないだろう。
「あ、まずこれを渡しておこう」
指から外したリングを渡す。昔の依頼者からもらったリング。オパールがついたリング。その依頼者はこれしか持っていないというのでこれをいただいた。その依頼者の母親の形見らしい。でもその時の依頼者にはもう必要のないものだからと渡されたのだ。
「家賃の代わりにはならぬか?」
オパールはとても美しく輝いていた。それを受け取った所有者は「これで十分だ」と引き下がって行った。
「ユリアーナ。戻ったよ」
小屋の中でユリアーナはホエールと遊んでいた。ホエールがなんとかユリアーナを笑顔にさせようとしていたのだ。
「さ。ナリアーナを弔ってあげよう」
そう言ってユリアーナを連れて森の奥へと入って行く。小屋から少し離れた場所にはお墓がふたつ並んでいた。
ひとつは友人、ワドロフスキーのもの。ひとつはエレンの母、シェリーのもの。そしてその隣にエレンはナリアーナを埋葬した。
「おかあ……さま」
ユリアーナはまた涙を流していた。
「大丈夫。ユリアーナのことは私が守ってあげる」
そっとユリアーナの頭を撫でる。ユリアーナは涙を拭い、精一杯の笑顔を向けた。
これからユリアーナはエレンと共に森で過ごしていく──……。
エレンも農家の人たちと同じように森で育ててる果物や穀物や野菜などを収穫していた。
自分が食べる分なのでそんなに多くは育ててはいない。ホエールが増えたからといってそんなに変わらないだろう。
「ふぅ……」
野菜を収穫し、保管庫へと運ぶ。これも毎年やっていることで慣れたものだ。
ホエールはそんなエレンをじっと見てるだけだった。
「ホエール!見てるなら運んで!」
そう言うと渋々と運ぶ。
「なんでこんなことをしなきゃいけないんだ」
ぶつぶつと言いながらホエールは運ぶ。
「冬が来る前にやらなきゃダメなのよ」
森の冬は寒い。雪が深く積もり作物などは育たない。
ホエールはそんな森の冬は知らない。
冬の為に薪も用意しておかなきゃいけない。
エレンにとって秋は忙しい。
そんな時期は街の方でも忙しい。
(あ……。ユリアーナが来たかな)
作業の手を止めて小屋へと戻る。
冬に入る前に必ず、ユリアーナはここへ来る。冬の間は来ることが出来なくなるから必ず母親のナリアーナの薬を貰いに来るのだ。
小屋へ入るとユリアーナの為にナリアーナの薬と砂糖菓子、クッキーと収穫したばかりのカボチャを少し用意した。
まだ子供だからそんなに多くは持って帰れないことを知ってる。
「エレン。ユリアーナが来た」
ホエールが小屋のドアを開けて、ユリアーナを小屋へと入れる。
「ご機嫌いかが?」
「エレン……」
泣きそうになっているユリアーナの姿を見て、何かを悟ったエレンはユリアーナを抱きしめた。
(今年の冬は越せなかったか)
ユリアーナが何も言わなくてもその涙で何があったのか一目で分かる。
ユリアーナには、身内は母親ナリアーナしかいなかった。その為、ユリアーナはひとりになってしまった。住んでいた家もたぶん、追い出されてしまうのだろう。
「ユリアーナ」
エレンはユリアーナの記憶を複製した。そしてその記憶を見た。
(やはり、そうか……)
ユリアーナが住んでいた家でナリアーナが横たわっていた。動くことも出来ず声を出すことも出来ず、ベッドに横たわっている。
ユリアーナは傍から離れることが出来ないでナリアーナの最期を看取った。
「ユリアーナ。ここに住むかい?」
その言葉にホエールもユリアーナも驚いた。
「エレン!何を言ってるんだ!」
「ホエールは黙って」
ピシャリとホエールに言い放つと、ユリアーナと目線を合わせる。
「行くところ、ないんだろ?ここにいればいい」
「エレン……」
「母様との思い出の場所を離れたくないだろうが、何れ追い出されるだろう。ナリアーナの遺体も埋葬してあげなきゃ……」
我慢をしてきたのだろう。大粒の涙が溢れる。そのユリアーナをそっと抱きしめる。
「ナリアーナはユリアーナの傍にいるから。私がナリアーナの代わりに傍にいるから」
うわぁぁっ……!と堪えていた思いが溢れて、止まらなかった。エレンの胸の中で泣いて泣いて泣いたユリアーナは、いつの間に眠っていた。
ユリアーナをベッドに寝かせ、下に降りてくるとホエールがむすっとして座っていた。
「あの子は本当に幼い頃から母親の薬を貰いにきていたのだ。私にとって妹のような、娘のような存在なのだ」
テーブルに置いてあったユリアーナの為に用意したものを片付ける。ナリアーナの薬はもう必要ない。ユリアーナも細く栄養が足りていないから、いつも来ると砂糖菓子を与えていた。その砂糖菓子はエレンの魔術が込められたものだった。
ユリアーナの命を永らえる為の魔術を施していたのだ。
「あの子は、母親の為に自分は食べるものなくてもいいと考えていたのだ。だからこそ、これをいつも与えていた。ユリアーナが倒れないように」
ナリアーナの薬にも魔術は施していたのだが、人の命を永らえることは難しい。
「あの子を本当にここで?」
ホエールはそう言うと黙って頷く。
「少しでも笑顔が戻るようにしてやりたい」
あの子がここを出ていくまでは面倒を見てやりたいと考えていた。
「問題、ないだろ」
そう言いきったエレンにホエールは何も言えなかった。
◇◇◇◇◇
次の日。
ユリアーナの家までエレンが向かった。ユリアーナの家にあるものを全て持って来ようとしたのだ。
魔法の鞄に家にあるもの全て詰め込んで、ベッドに横たわるナリアーナを埋葬する為に用意した棺にナリアーナを入れてそれを魔法で運びやすい大きさにする。
あっという間に家の中は空になり、そこにユリアーナがいた形跡もなくなった。
家を出ると、この家の所有者がそこに立っていた。
「ユリアーナはどこだ」
少し威圧的とも怯えとも言えるような声でエレンに聞いて来た。
「私の森にいる」
「ここの家賃を返していただきたい」
家賃はもうずっと払えなかったのだろう。それでもこの所有者はふたりをここに住まわせていた。
「あ──……」
エレンも金貨は持っていない。必要ないからだ。だが、これからは色々と必要になるだろうと考えた。
「今はない。少しずつ返していく」
エレンの放つ言葉に、所有者は怯えて素直に頷いた。
エレンが魔女じゃなければこうはいかないだろう。
「あ、まずこれを渡しておこう」
指から外したリングを渡す。昔の依頼者からもらったリング。オパールがついたリング。その依頼者はこれしか持っていないというのでこれをいただいた。その依頼者の母親の形見らしい。でもその時の依頼者にはもう必要のないものだからと渡されたのだ。
「家賃の代わりにはならぬか?」
オパールはとても美しく輝いていた。それを受け取った所有者は「これで十分だ」と引き下がって行った。
「ユリアーナ。戻ったよ」
小屋の中でユリアーナはホエールと遊んでいた。ホエールがなんとかユリアーナを笑顔にさせようとしていたのだ。
「さ。ナリアーナを弔ってあげよう」
そう言ってユリアーナを連れて森の奥へと入って行く。小屋から少し離れた場所にはお墓がふたつ並んでいた。
ひとつは友人、ワドロフスキーのもの。ひとつはエレンの母、シェリーのもの。そしてその隣にエレンはナリアーナを埋葬した。
「おかあ……さま」
ユリアーナはまた涙を流していた。
「大丈夫。ユリアーナのことは私が守ってあげる」
そっとユリアーナの頭を撫でる。ユリアーナは涙を拭い、精一杯の笑顔を向けた。
これからユリアーナはエレンと共に森で過ごしていく──……。
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