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AIそれいと~ヲタクは究極のノンケ~
しおりを挟む清水玲二(しみず れいじ)はITベンチャー企業の天才プログラマーだった。まだ20代で若かった。
その会社では介護用ロボットの開発に携わっていた。
周囲には知られていなかったが、玲二は重度のアニメオタクであった。
玲二は実家暮らしで、彼専用の部屋があった。
部屋には大量のアニメグッズが所せましと飾ってあった。部屋に鍵をかけ、親には見せないようにしていた。
玲二が熱中しているアニメは、現在放映中の『プリピュア』という魔法少女のアニメだった。
その中で魔法少女『愛依』(あい)が彼の『推し』キャラであった。
キュートで愛嬌があって思いやりがあり、春の日差しのような温かい雰囲気の少女______まさに玲二の理想の女性だった。
いつか愛依のロボットを作って彼女と結婚したい_____玲二は本気でそう思っていた。
「給料を上げてほしい…?」
玲二が務めるIT企業の社長と玲二は会議室で向き合っていた。
玲二は給料のほとんどを愛依のためにつぎ込んでいた。
ブルーレイや無数のグッズを買うのはもちろん、愛依を題材とした成人向けの同人誌を買い占めて処分するということもやっていた。
他の男が愛依を慰みものにすることが許せなかったのだ。
そして愛依をロボットにするという夢もあって、資金が必要だった。
社長はため息をついて困ったような顔をした。
社長は男前でダブルのスーツ、髪はワックスでツヤツヤしていた。いかにも女性にモテそうだった。
「そんなに給料を上げてほしかったら、大手企業に行かれてはどうかな?」
玲二はムッとした。
足元を見られているような気がしたからだ。
玲二は大手企業に勤めるほど学歴はないし、新卒で採用されなかったのでもう無理だろう。
玲二はガタッと立ち上がった。
「もう結構です。ここを辞めます!」
玲二は会社に辞表を出した後、実家の部屋にこもってロボット・愛依の設計を始めた。
そしてラブドールを作る工場にロボットの本体を注文した。
ラブドールというのは、主に男性が疑似的にセックスを楽しむために作られた等身大の人形である。
俗にいうダッチワイフの一種で、皮膚がシリコンでできており、女性の肌のように柔らかい。
玲二はラブドールをロボットにして、自在に身体を動かせるように依頼した。
玲二が工場から帰って、自室に戻ると愕然とした。
大量の愛依のグッズがすべて無くなっていたからだ。
玲二は一階のリビングまで駆け下りた。
「父さん…⁉」
リビングには父親がソファに座って玲二を待ち構えていた。
「玲二、そこに座りなさい」
父親が向かいのソファを指さした。
「母さんから聞いた。会社を辞めたそうだな。部屋のアニメのグッズは処分させてもらった」
「父さん、なんで_____!」
「お前はアニメに夢中になりすぎだ。これで普通の女性を知りなさい」
父親はお金の入った封筒を差し出した。
_____風俗でも行けとでも言うのだろうか?
玲二は怒りがこみ上げてきた。しかしうつむいて黙ったままだった。
数日後、玲二は実家を出る覚悟をした。
なけなしのお金をはたいて安アパートに引っ越す。
(これからどうやって生活するか…
しかし俺ならネットバンクのハッキングをやってでも生き延びてやる。
そしてあいちゃんと二人で幸せに暮らす…!!!)
玲二はとりあえず近くのコンビニでパンを買い、二階建ての木造アパートの部屋に戻ろうとした。
その時、アパートの階段下で若い男が野良猫に餌をやっているのが見えた。
ヤンキー?チャラ男?というのだろうか、髪型、服装ともに派手な男だった。
同じアパートの住人らしい。
(野良猫に餌付けすんなよ…)
玲二は心の中で毒づいた。
チャラ男は玲二に気がついて立ち上がった。
そして玲二を見るなり、目を輝かせて「ヒューッ!」と口笛を吹いた。
玲二はぞっとしたが、無視して二階に上がろうとした。
「お兄サン、引っ越してきたんですか?」
「ええ…」
チャラ男は玲二に話しかけてきたが、玲二は軽く会釈して二階の部屋に入った。
(しまった…!! もっとセキュリティの高いマンションに引っ越すべきだった!
あんなガラの悪い男と一緒のアパートなんて…)
玲二は後悔したが資金はほとんど底をついていた。
玲二がため息をついて買ってきたパンをかじろうとすると、部屋のチャイムがなった。
ドアを開けるとさっきのチャラ男が立っていた。
「清水玲二サンですよね? オレ、三浦克輝(カツテル)です。よかったらコレ食ってください!」
チャラ男はニコニコしながら一人前の盛りそばを差し出した。
(そば…?…ってかなんで俺の名前知ってんの?)
玲二は律儀にも表札を出していたのだった。
「あ…ありがとうございます」
玲二は目を合わせずに頭を下げ、ドアを閉めた。
(引っ越しそばって俺の方が出すんじゃなかったか…? しかし腹が減った…)
玲二は盛りそばを食べだした。
「あいつ、実はいい奴なのかもな…」
玲二はそうつぶやいた。
わさびが効いたのだろうか、鼻の奥がツンとした。
翌日、玲二の家に大きな荷物が届いた。
愛依のロボットの本体が完成したのだ。
「うわ、でけえ!なんすかコレ?」
どこからともなく隣の部屋に住んでる三浦克輝が駆けつけてきた。
ロボットのことは誰にも知られたくなかったが、克輝は興味本位でしつこそうだった。
玲二はしぶしぶ克輝を部屋の中に入れた。
段ボールを開けると、本物かと思うぐらいの完成度のロボット・愛依が入っていた。
愛らしい丸顔、艶のある長い髪、壊れそうなほど華奢な肢体、輝くばかりの衣装、付属の魔法のステッキ…。
玲二は頬を紅潮させながら、丁重に箱から愛依を出した。
「うわ!すげえ~!!コレ、アニメのキャラクターのロボットですか!?」
克輝がオーバーリアクションで興奮していた。
「大きな声をだすな。いいか、このことは秘密にしてくれ」
「オレと玲二サン、二人だけの秘密ってことですか?」
克輝はニコニコして聞いた。
(なんなんだ、こいつ…馴れ馴れしい。ホモか?)
玲二は怪訝そうに克輝を睨んだ。
玲二は愛依をフローリングの床に座らせた。
テーブルをはさんで、狭いワンルームに3人いるとかなり窮屈だった。
愛依の頭部にAIチップを埋め込んで、電源を入れたら動作するはずである。
「オレ…オタクの人をかなり、リスペクトしてるんすよ」
「ほう…?」
「オレ、動画で初めて見たんすよね。同人誌を。『ドラえ〇んの最終回』って知ってますか?」
「ああ…」
その同人誌の存在はなんとなく知っている。
インターネットの時代では同人誌の内容が違法にアップロードされていて、一般人にもさらされてしまっていた。
同人誌は今やもうオタクだけのものではないのかもしれない。
「こういうの描けるんだー!!って。オレすげえ感動しちゃって」
「俺は漫画が描けるわけじゃないんだけどな」
「いや、こういうロボットが作れるってすげーっすよ。その情熱に感動するんすよね」
ボキャブラリーは貧困だったが、克輝は熱弁した。
玲二は照れ臭かったが、褒められてまんざらでもなかった。
「実は俺は、このあいちゃんと結婚するつもりだ」
「……!!」
「…どうだ、ドン引きしただろう?」
克輝は一瞬固まったが、やがて笑顔になった。
「いえいえ、とんでもない…!! オレ…玲二サンがあいちゃん?とうまくいくように応援してますよ!」
玲二は克輝の輝く笑顔を見て真っ赤になった。
(そんな風に言ってくれる人はだぶんこの先いないだろう。
俺のこれからの人生は八方塞がりだと思う。しかし…)
「あ…ありがとう」玲二は礼を言った。
「…でもしばらくあいちゃんと二人だけにしてくれ…」
克輝はにっこり笑って部屋を出て行った。
玲二は魔法少女・愛依のデータを集めてAIチップを作った。
『あい』はアニメの設定どおりの性格だが、玲二を愛するようにぬかりなくプログラミングしてある。
そして頭部に埋め込み、ロボットを起動させた。
『あい』は瞬きはするし、声はかわいいし、自然に少女らしい動作をした。
完璧である。
彼女は玲二の言うことを従順に聞き、日常生活が送れるように学習した。
ある日、克輝が玲二に食事を持ってきた。
「ローストビーフ作ったんすよ。それでローストビーフ丼作ってきました。
真ん中の半熟卵と混ぜて食うとうまいっすよ」
「お前、料理うまいんだな」
玲二はどんぶりを受け取った。
「オレ、飲食店勤務なんすよ。調理師やってます」
「そうだったのか…」
(調理師か…将来性なさそうだな…俺も人のことは言えんが)
「あいちゃん、うまく作動したんすね。おめでとうございます!」
「い、いや…」
「ところで、玲二サンにお願いがあるんすけど。アニメショップに連れて行ってもらえますか?」
「どうして?」
「同人誌が売ってるらしいんで、見てみたいんすよ」
「お前ひとりで見に行けばいいだろ…」
「オレ、アニメショップ行ったことなくて。いろいろ教えてほしいんです。ね!いいでしょ!!」
克輝に強引に頼み込まれて、しぶしぶ玲二はアニメショップに行くことにした。
「…あいちゃん、二人で出かけてくる。留守番を頼む」
「はい、わかりました。楽しんで来てくださいね」
『あい』はかすかに微笑した。しかし元気がないようだった。
アニメショップでは克輝が同人誌やグッズ、フィギュアを見て大はしゃぎしていた。
玲二の予想通りだった。
出来るだけ他人のふりをしたが、まんざらでもなかった。
玲二は『あい』を部屋から外には出さなかった。
一週間たって『あい』は一通りの日常動作を覚えて家事ができるようになった。
「あいちゃん、ここまでよく覚えたね」
「ありがとうございます♪」
『あい』はにっこり笑った。
「あいちゃん____」
玲二は『あい』と向き合って両腕に触れた。
女の子の身体のように柔らかくあたたかかった。
玲二が『あい』に顔を近づけた時、部屋の外が騒がしくなった。
克輝が彼の仲間を数人、自室に連れ込んだようである。
アパートの壁は薄いので騒いでいるのが聞こえてきた。
しばらくたつと玲二の部屋のチャイムが鳴った。
ドアを開けると克輝がいた。
「玲二サン、今オレのダンス仲間が来てるんですよ。会ってくれませんか?」
ダンス…? 今時のダンスに詳しくないので玲二は首を傾げた。
たぶん社交ダンスではないだろう。
とりあえず、克輝の部屋に行ってみた。
そこには派手な男女が3人ほどいた。
「ちぃー-っす!」
「こ、こんばんは…」
「え____!!この人がテルのダチなの? ノリ悪い!」
ギャルっぽい女が言った。
「玲二サンってこう見えても面白いんだぞ!実は…」
「もういい、克輝。俺は帰るわ」
こういう雰囲気は苦手だった。さっさと立ち去りたい。
「れ、玲二サン…!!」
「えー、つまんない。飲みなおそ~」
ダンス仲間たちは玲二のことはどうでもいいようだった。
玲二はうつむいて自分の部屋に戻った。
「玲二さん、お帰りなさい」
『あい』が笑顔で出迎えてくれた。
玲二は『あい』がそばにいるにも関わらず、なぜか孤独を感じた。
玲二は焼酎の水割りを作り、黙って飲みだした。
『あい』は玲二の様子をじっと見つめた。
表情から心の動きを読み取ろうとした。
(もしかして玲二さんは克輝さんに恋…してるの…?)
そして玲二がベッドに入って眠りについたころ、『あい』はある決断をした…。
夜中の12時過ぎには、克輝の仲間は家に帰っていた。
克輝の部屋のチャイムが鳴った。
「玲二さん…?」
ドアの向こうにはロボット『あい』が立っていた。
『あい』はキッと克輝を見つめていた。
真っ暗な中に浮かび上がる、ピンクに光り輝く衣装は異様に見えた。
「あいちゃん…!」
「克輝さん…表に出てもらえますか? お話があります」
「?」
克輝と『あい』はアパートの1階の駐車場まで下りた。
「克輝さん、私と決闘してください!!」
「えっ? 決闘?それまたなんで…?」
「あなたは私の玲二さんのハートを奪いました。ですから決闘をして決着をつけましょう」
『あい』は魔法のステッキを手前に構えた。
「覚悟してください!」
『あい』は魔法が使えるわけではなかった。魔法のステッキで克輝に殴りかかってきた。
「うわっ!ちょ、ちょっと待って!」
少女のように見えても身体はロボットだ。
克輝は肩に大きな打撃を受けた。
『あい』は容赦なくステッキを振り回してくる。
克輝はダンスをやっているせいか、すばやく攻撃をかわした。
そして彼は玲二に助けを求めるように、二階の部屋に向かって叫んだ。
「玲二サン! 起きてください!あいちゃんが!」
『あい』は魔法のステッキから何かを引き抜いた。
ステッキのなかにはレイピアという細身で先端が鋭くとがった剣が仕込んであった。
暗闇の中でその切っ先が光る。
克輝は驚愕した。
「玲二サン!!」
「なんだよ、うるさい______ハッ!」
玲二が部屋から出てきた。そして目を疑った。『あい』が克輝を襲っている_____?
「あいちゃん! やめるんだ!」
『あい』は玲二を無視して克輝を攻撃する。
玲二は部屋に戻って緊急停止用のリモコンを持ってきた。
しかし作動しない。中の電池が抜かれていた。
「電池、電池______!」
棚の引き出しを開けて電池を探すが、予備はなかった。
(どうしよう…克輝があぶない…!)
その時、『あい』の鋭い剣は克輝の太ももに突き刺さった。
「わあああああっ!!!!」
(克輝……!!!)
玲二は階段を駆け下りた。
そしてアパートに備え付けられた消火器を持ち、『あい』の頭部を叩き壊した。
玲二は夢中で消火器を何度も振り下ろした。
やがて『あい』は動かなくなった。
「か、克輝……俺…俺……うっ、うっ、うっ」
玲二は克輝を見て泣きじゃくった。
「泣かないでください。オレは大丈夫ですから…」
克輝は玲二を抱きしめた。
「とりあえず…救急車呼んでもらえますか…?」
克輝は救急車で運ばれ、けがが治るまで入院することになった。
病室で玲二と克輝は二人きりになった。
「すまん、克輝……俺のせいでこんなことになって…」
「どうしてあいちゃんはお前を襲ったんだろうな?」
「あいちゃん、言ってましたよ。オレが玲二サンのハートを奪ったって怒ってました。それ本当なんすか?」
「あ…いや…それは…」
玲二は赤くなって弁解しようとした。
「いいんすよ、それより……今日はもう少しオレと一緒にいて下さい」
克輝はかすかに笑って玲二の手を握ってきた。
______なぜ克輝が俺に関わってきたのか?
玲二はようやく克輝の気持ちに気づいた。
玲二は静かにうなずいた_____。
数日後、玲二は壊れてしまった『あい』を大きな風呂敷に包み、それを担いでお寺へ行った。
そして『お焚き上げ』をしてもらった。
お焚き上げとは、粗末に扱うことができない人形などを供養した後に、焼いて天に還す儀式である。
『あい』を供養するのは、玲二のせめてもの誠意だった。
その後、気持ちが落ち着いた玲二は、『あい』が学習した日常生活のデータと引き換えに元の会社に戻った。
再び介護用ロボットの開発につとめた。
克輝は退院後、飲食店で働きだした。
しかし足のけがのせいでダンスができなくなってしまった。
病室での出来事から二人はお互いに意識するようになった。
克輝は玲二に特別な視線を向けるようになった。
玲二もそれを受け止めた。
(克輝とはいつも一緒だ。もう寂しくはない________)
玲二はそう心でつぶやいた。
AIそれいと ~ヲタクは究極のノンケ~
著者 北白 純
発行日 2021年12月15日
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