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はじめまして

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「あの・・・」
 長い沈黙の後、のそのそと体を起こして声をかけてみた。
 注意深くこちらを観察していた男は、緊張したように身構える。
「俺の服・・・」
 いつまでもシーツにくるまっているわけにもいかないし。聞けば、すぐそばの棚から綺麗に畳まれたガウンを取ってくれる。持ってきて広げてくれるのでありがたく袖を通す。
 これは!見たことはあっても着たことはない、お金持ちの人が着るやつだ。シルクだ。気持ちいい。
 おお・・・とつい袖をすりすりして、感心しながら帯を締め、椅子へ向かう。
 普通に歩けるな。
 初めてだったのに。
 でも、妙な感覚なんだよね。体は知ってた、あの感覚。受け入れ慣れてるみたいだ。
 ふと気になって、鏡を見ようときょろきょろしていると、背後に立っていた男が戸惑っているのが伝わってくる。
「あの。鏡・・・あります?」
 男は眉を寄せて指を刺す。
 そんなに警戒しなくても。
 立って並ぶと頭2つ分くらい差がある。俺は細い腕。君はいい体。勝てる気がしないし、そもそも襲われたの俺なんだけど。
 鏡の前に立つ。
「わお・・・」
 誰だこの超絶美少年。
 気の強そうな眉、黙っていれば少し冷たいような印象のある、青い瞳。形のいい鼻にぷっくりと膨れた赤い唇。
 黒い髪の毛は少し長めで、肩のあたりで揺れている。中性的な顔立ちで、肌の白さが月明かりでさらに青白く光って見える。
 芸術品だ、この顔。こんな美人見たことない。
「これが俺の顔・・・」
 違和感しかない。
 じゃあお前の顔はと聞かれてもはっきり思い出せるわけではないが・・・こんな顔でないのは確かだ。
「アスラ・・」
 なんか言ったぞあの人。
 振り返って見上げると怯むように身構える。
 蝋燭の灯りより月明かりの方がよっぽど相手の顔がよく見える。
 整ってると思っていたけど、明るいとより際立つな。
 俺の顔と違って男らしくて目を引く美形だ。ハリウッド俳優みたいだ。戦う系の。大人でこんなにはっきりした金の髪の人初めて見るかも。でも瞳は色素の薄い灰色。こんな色で睨まれたらさぞかし迫力があるんだろうな。
 ――で、なんでこの人こんなにびくびくしてるんだろ。
「あの、なんて言いました?」
「あ、いや・・・すまない。名を呼ぶなと、言われていたのに」
「俺が?――今の、俺の名前を呼んだんですね」
「まさか・・・記憶が?いつから――っ」
 肩に手を伸ばそうとして、ハッとして止まる。
 なんなんださっきから。
「あの。気がついたらベッドの上だったんです」
「まさか。なぜ・・・」
 ききたいのはこっちです。あと、正確には記憶がないんじゃないです。普通に日本で暮らしていた記憶はあります。なぜかそこまで鮮明ではないけど。
 なんと言ったらいいのか迷っていると、それをどう受け取ったのか男は傷ましそうに、恐る恐る手を伸ばしてきた。
「その・・・」
 躊躇いがちに肩に触れる少し前で止まる。
「触れても、いいだろうか」
 え、今更?
 驚いて見上げた瞳が合う。なんでそんなに自信なさそうなんだろう。まあ確かにこの美少年の顔で凄まれたり拒否されるとかなり怖いかもしれないけど。
「その・・・名を呼ぶな、話しかけるな、触れるなと、あなたから言われたので」
「え、それ以上にすごいことしてますよね」
「あれは、必要措置だから。役目なので、その・・・」
 役目?
 疑問でいっぱいだっただろう俺に、辛抱強く男はもう一度問いかけてくれた。
「説明する。わかるまで説明するから、まずは、触れてもいいだろうか」
 所在なげに宙で止まっていた手を見て、俺は力無く頷く。
 男の手がそっと肩に触れた。俺よりずっと体温の高い分厚い手が、衣越しに伝わってくる。思ってたより緊張していたのか、肩に入っていた力が抜けるのを感じた。触れた部分が温かい。
「まずは体を清めよう。お茶も淹れる。話はそれからしよう。体が冷えてしまっている。その・・・嫌だと思ったら言ってくれ。すぐにやめるから」
 俺はこくりと頷いた。
 素直な反応に男はどこかほっとしたような、柔らかい声にさらに力が入った。
「私の名はジュリアス」
「ジュリアス」
 名前を呼んでジュリアスを見ると、彼は一瞬驚いた目をした。次の瞬間、口元を手で押さえて顔を逸らされたので表情は見えない。
 なんだなんだ。その反応は。
 欧米の人の反応よくわかんないんだよね。
 とりあえず俺は促されるまま、隣の部屋のバスルームへ向かった。
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