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ジュリアスの邂逅

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 初めて見たのは王宮で引き合わされた時。
 父の横に立って、老婆が連れてきたまだ5歳になったばかりという男の子を見下ろしていた。
「それが至高の器か」
 父が玉座から尋ねると、老婆は掠れた声で答えた。
「いかにも。一族の中でも過去にない器にございます」
「第一王子」
 呼ばれて父を見ると、確かめろ、と目線で促される。
 ジュリアスは小さく頷き、その男の子へと近づいた。
 その子は言い付けられた通りに、きちんと膝を折りじっと頭を下げている。
「顔を上げて」
 声をかけると、その子は恐る恐る顔を上げた。
 しゃら、と装飾の鳴る音がする。首と額の飾りだろう。黒い髪に、透き通った青い瞳がまじまじとこちらを見つめてくる。
 神々しいまでの美しさだった。
 全身の血が沸き立つのを感じた。
 透き通りそうな白い肌に、大きな瞳。幼い子供なのに、どこか近寄りがたい雰囲気がある。
「手を・・・」
 ごくりと唾を飲みこみ、手を差し出した。その子もすっと手を重ねてくる。
 その手が重なった瞬間、これまで重く体にまとわりついていたよどみが、一瞬にして霧散した。
 嘘のように。
 信じられない感覚だった。
 物心ついた頃から感じていた重く怠い身体中の物が、全て取り払われた。
 手を触れただけでこれなら、この先どんなに重い魔力も浄化することができるだろう。
 ジュリアスは泣きそうになるのを必死で堪えた。
「どうだ」
 父の問いかけに、何度も頷いた。
「祓われました。跡形も無く。これほど体が軽いのは生まれて初めてです」
 それは後数年と言われた自分の命を繋ぐ存在が現れたということ。
 声を絞り出すが、その声は掠れていた。
「おお・・・」
 家臣たちからどよめきが起きる。
 しかしその周囲の反応をよそに、彼の小さな手は固く握りしめられていた。
 目の端にそれを見て、思わずジュリアスは彼の顔を見た。
 その表情は5歳とは思えないほど冷め切っていた。


 アスラが17になる頃、ジュリアスの魔力は肌が触れ合うだけでは押さえられないほど膨れ上がっていた。
 国のために力を使い、その澱も加速していく。
 5歳の時から救世主としてそれは大切に育てられたアスラはますます神々しい美しさで、少年から青年へと成長した。王城のなかで自由のない籠の鳥は、その美しさとは裏腹に次第に恨みを募らせ、それをジュリアスに隠そうともしなかった。
「死んでしまえ!」
 もう何度聞いただろう、その怨嗟の声を。
 切実な彼の罵声を。
「お前さえいなければ!」
「汚らわしい!私に触れるな!」
「その忌々しい声で私の名を呼ぶな!」
 いつからとはわからないが、徐々に、アスラは病んだようにひたすらジュリアスを罵るようになった。
 それが自分の魔力を受けたせいではないかと思ったが、そうでもないらしい。それを聞くと余計、自分がおぞましいからなのだとたまらなくなった。
 薬で正体をなくさせてはどうかと言われた。
 眠らせていても、その行為さえすれば自然と浄化はされる。ここまで国家に反抗的ならば、傀儡くぐつにして心は封じてはどうかと。
 ジュリアスはそれを承諾できなかった。
 アスラが暴れ回って城の一角を破壊しても。逃げようとして騎士団1団体を壊滅させても。度々自分を暗殺しようと画策していても。
 王位は弟に譲った。自分も力を尽くすだけの、国家の道具になろうと誓った。そうすることで、アスラと同じところへいきたかったのかもしれない。
 だがアスラは決して許さなかった。
 それでも国のために力を使えば、その澱は行き場を求めて暴れ回る。その行為は、やらなくてはいけなかった。
 罵られ、泣き叫ばれ。それでも体液を交えれば用意はできる。萎えることはなくやれてしまうそれに、ジュリアス自身もつらかった。いや、つらいという言う資格など自分にはない。
 アスラは少し前から強い睡眠剤を飲むようになった。眠っている間に終わらせろと。そして、言葉を交わすことは無くなった。そうなってから、一月ほどだろうか。
 もう諦めたのだと思ったが。

 初めはまた何か企んでいるのだと思った。しかし。
 腕の中で、乱れ、声を上げるアスラは初めて見る姿だった。
 恥ずかしがる姿に今までにないほど興奮する。そんな可愛らしい顔など、初めて見た。なんと可愛らしい声で泣くんだ。
 さらには、早く、と。
 別人か?いや、この浄化の魔力は間違いなくアスラ。
 つらそうにするのへ、宥めようと自然と髪を撫でれば、無意識なのだろうか。必死にそれへ顔を寄せてくる。
 突き上がるような激情を抑えることができなかった。
 行為が終われば速やかに去るのが約束だった。
 ずるりと自分のものを引き抜けばまたとんでもなく声を上げる。やめてくれ。また下半身に熱が集まる。
 さっさと行こうとするのを、力のない手に引き留められる。
 行かないで、だって?泣いている。
 どうしたらいい。この小さくか細い、美しい人を。

 服を、と言われ、触れないよう気をつけながら渡すと、不思議そうに服を触っている。
 鏡を見て驚いている。
 思わず名を呼んでしまった。しかし怒ることはなく、それが自分の名かと問われる。
 触れることを拒まれない。それどころか、素直に私の申し出に頷く。
 なんだこの可愛らしい人は!
 アスラは行為以外で触れられるのを嫌い、後始末も全て侍従にさせていた。しかし最近は事後もまだ眠っていたので、後始末まではジュリアスがやっていたのだが。
 それがこんなところで役に立つとは。
 体を洗い、中に放ったものを掻き出し。それへの反応がいちいち可愛らしい。もっとやることはないかと思うものの、体を洗うだけではすぐに終わってしまう。
 しかも、ダメだ。恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、こちらを睨み上げる目が、その潤んだ目が。――なんだこの可愛らしい生き物は!
 冷水を浴びてもなかなか熱が治まらなかった。
 アスラはどうやら記憶をほとんど失っているようだ。
 私への憎しみや国への恨みも忘れている。
 私への感情がリセットされるだけで、アスラはこんなにも可愛らしくてたまらなくなるのか。
 いつまでも見ていたい。ころころと動く表情も、少し私を怖がるようなそぶりも。それでも押しに負けるか弱いところも。
 今だけでもいい。こんなにも愛しい姿を片時も逃したくはなかった。
 半ば無理矢理にベッドへ抱え込む。
 すっぽりと自分の腕に収まるアスラ。
 初めての満たされた夜だった。
 この幸せがあれば、この先どんなことも耐えられる。
 しばらくして静かな寝息を立てるアスラを抱き、この時間が終わらないことを夜が明けるまで祈りながら飽きもせず見つめていた。
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