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第1章
14.収穫祭
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本格的な秋が来た。
繁忙期を過ぎるとヴェッターホーンは一気にお祭りの色に染まっていく。
冬支度もめどが見えた頃、収穫を祝って市街地では昼夜を問わず祭りが開催される。
市街の喧騒が屋敷まで聞こえてきそうなほどの賑わいである。
屋敷でも、いつもよりごちそうが出たり、誰かがあちこち飾りつけをしたり。
ユリアは公爵家へ来て三度目の収穫祭である。一年目はまだ余裕がなくて、日々暮らすのが精いっぱいで。去年はルイスが熱を出したからお祭りとはいえいつもと変わったことはしなかった。せいぜいルイスが施設からもらってきた飾りを部屋に飾ったくらいだった。
今年はルイスにもお祭りの楽しさを体験させたい。ルイスも冬になれば六歳。最近肉が落ちてきて、体つきもしっかりしてきている。抱き心地が随分と変わってきて、少し寂しいくらいだ。夜、くっついて寝るのは相変わらずだけど。
ベン君と仲がいいのも続いていて、ベン君の活発さに救われているところも大きいと思う。この前は施設の鶏を全部逃がしたと言われて謝りに行った。飄々とするベン君の後ろで小さくなっているルイスを見て、どこかホッとした。人並みのいたずらをするルイスに。
サラさんが鬼の形相でベン君を追いかけていたのが怖すぎたので、怒るタイミングも逃したけど。
とにかく、ルイスもそのうちベン君とお祭りに行くようになるだろうし、あと何回そんなイベントに一緒に行けるかわからないからやっぱりしっかり楽しみたい。
「バートさん、収穫祭って何するんですか?」
事前の下調べがやはり大切だろうと思い声をかけたが、それがいけなかった。
この一言が屋敷中の騒ぎになるなんて。
いや、少し大袈裟かもしれない。
でもこの質問をしたあと、バートが屋敷中を走り回ったのだ。
ユリアが公爵領にきてもうすぐ三年になろうとしているのに。ユリアが収穫祭を知らない。
誰も祭りについて教えてあげてない。花の思春期を、このままでは収穫祭を知らずに成人してしまう!――と。
この日から、ユリアの元にはひっきりなしに人が訪れるようになった。
あるときはシェフが。
「ユリア君。いいかい、収穫祭にはね、やっぱり肉だよ。普段我慢してる分、ちょっといい塊肉をね、ドーンと焼くんだ。あと、外せないのはかぼちゃ!かぼちゃにたっぷりのシチューを詰めてチーズをのせてオーブンで焼くんだ。これがないと冬は迎えられないよ!」
「なるほど……」
勉強になります、と返事する。シェフは満足そうに帰って行った。
ユリアはそんな手の込んだ料理はできないが、教えてくれたことには感謝した。
またある時はメイド長が。
「ユリアさん。お久しぶりです。寮生活に不自由はないですか?何なりと言ってくださいね。――そうそう、収穫祭なんですが、飾り付けも伝統があるんです。彫刻が施された蝋燭をね、窓辺に飾るんですよ。彫刻は木の実や動物なんかが人気ですね。なんと言っても収穫祭の慣わしですから」
「そうなんですね。今度街で、蝋燭を見てみます」
「そうね。それもいいんだけど、これ。去年のが余ってたから、良かったら使ってちょうだい。寮は火気禁止だから、火はつけないでね。つけるなら庭で」
「え、いいんですか?ありがとうございます!!」
蝋燭は赤い木の実をリスが食べている彫刻だった。色まで塗られている。
殺風景だった部屋が一気に季節感が出たみたいで、ルイスも喜んでずっと見つめていた。
執事長もやってきた。
「こんにちは、ユリア君。寮の食事は足りてますか?」
「はい、いつも美味しいです」
「ところで収穫祭ですが、ドアのところに収穫物で作ったリースを飾る習慣があるの、ご存知ですか?」
「あ、みんな飾ってるなって思ってました」
「良かったら、こちら。土台だけなんですが、今年は妻も用意していまして、一つ余ってしまったんです。これに拾った木の実や草花を挿して飾るのも楽しいと思いますよ。お手数でなければ」
「っ!!いいんですか、こんなに素敵なものを。ありがとうございます!」
つたで編み込まれたリースの土台は、帰ってから早速ルイスと色々な飾り付けをしてドアに掛けた。
準備万端な気がして、ものすごくワクワクした。何よりルイスが楽しそうで本当に良かった。
そんな感じで、ある人は飾りやちょっとしたお菓子をくれて、ある人は耳寄りな情報をくれて。
ユリアと会話を交わすのは大人ばかりだったので、若者のちょっと羽目を外した収穫祭の楽しみ方を伝えるものはいなかったが、代わりに平民として一般家庭の収穫祭がどう執り行われるのかはよく分かった。
ユリアは一気に収穫祭に向けて準備を整えた。
当のバートは可哀想な目を向けて騒いでいなくなったと思ったら、休暇申請書と共に帰ってきた。
「いいか、ユリア。収穫祭は休むもんだ。最低でも三日だ。俺は七日取る!」
「え、バートさん一週間お休み取るんですか」
「取る。妻と子と、濃密な一週間を過ごすんだ」
凄い意気込みだ。一週間も何をするんだろう、と、純粋に疑問に思ったが、それを聞けば長くなりそうだからやめておいた。
バートも今や一児の父としてそれはもう妻子を溺愛している。出張のたびに大袈裟に泣きながら出発するので、周りからは少し煙たがられている。
「何日にする?ここに、ほら、休み書いて」
「そうですね……ルイスとお祭りを見にいけたらいいので、二日もあれば」
「何言ってんだユリア!お前十七だろ?十七の収穫祭は今しかないんだぞ!」
「はい、え…でも来年は十八の収穫祭が来ますよ?」
「そうだなあ、まだ若いなあ……って、そうじゃなくて。成人前の収穫祭は特別なんだよ。未成年のパーティ出たことないんだろ?今年を逃したらもういけないから」
バートの熱量とユリアとの温度差が大きい。
「パーティって……僕はそんな」
「ユリア、お前同世代の知り合いいないだろ」
それは、確かにいない。
ユリアは補佐官の、領地管理の仕事をしているため同僚は年上ばかり。今の仕事の種類上、補佐官室と執務室の往復だけ。
まだ屋敷関連の仕事であれば、従僕や下働き等若者も多い。しかしその若者たちとの交流はなかったし、ルイスの世話にかまけて休日も同世代と遊んだことはなかった。もちろん、他人が怖いという部分はあるのでそのせいも大きい。
「執政官の仕事をする上で、やっぱ人脈は大事だからさ。収穫祭くらい、顔を出しといたほうがいいと思うぜ。――まあ、一度フェルナンド様に相談してみたらどうだ?健全なパーティー、公爵様が主催してるから。――休暇は四日でとりあえず出しといてやるよ!」
そう言ってバートは休暇申請書を書き上げた。
フェルナンドには聞くまでもなく、向こうから話しかけてくれた。
「ユリア君、収穫祭について調べてるんだって?」
「あ、はい。でも皆さんの方からいろいろと教えてくださって」
「そうなんだ。じゃあどう過ごすか決まったの?」
「休暇申請を四日しているので、一日はルイスと町の祭りを見に行こうと思っています」
「うん、喜びそうだね。昼の部に行きなよ。夜は出歩いちゃだめだよ」
夜の街はユリアも歩いたことがないので頷く。
「はい。あとは、収穫祭のごちそうを何か買ってきて二人でお祝いしようかなって思ってます」
この数年の仕事で、少し蓄えもできた。ここに来る前からは考えられないことだ。
だから少しくらい贅沢をして、ルイスの好きなものを買ってあげたり、おいしいものを食べて過ごしたりはできるんじゃないかと思う。
「いいね。今年は積極的に収穫祭を楽しむわけだね」
「はい。楽しみです」
「私もユリア君と同じ日程で休みを取ろうかな。――あ、ジュニアパーティーにも顔出したら?ルイス君預かるよ」
「それ、バートさんにも言われました。行った方がいいって。そういうものなんですか?」
「ちょっとのぞくだけでも、行ってみたらいいんじゃないかな。十三歳から十七歳限定でね。別邸のホールでジュニアたちのパーティーをするんだ。特に平民と貴族も分けてないけど、まあ自然と別れはするだろうけど。ヴェッターホーン領を将来担っていく者たちを応援する、みたいなね。集まって飲み食いして解散するだけだから気軽だよ。――あ、ヘルマン様が中盤で演説しに来るよ」
「えっ、そうなんですか」
それを聞いて一気に行く気になった。
「普段ヘルマン様を見たことのない子たちも多いからね。公爵家当主として、時代を担う若者たちに激励をね」
「へえ……聞きたいです」
「うん、参加するといいよ。招待状も何もないんだ。行って、どこどこの誰ですっていえば入れるよ。じゃあその日は妻にルイス君を預けてもいいかな?」
「収穫祭なのに……いいんでしょうか」
「貴族の収穫祭はそんなに楽しいもんでもないよ。家族でディナーして、収穫量についてあれこれ言うくらいだからね。うちは領地から来る親戚もいないし。ルイ君が来てくれたら場が和んで嬉しい」
「では、お言葉に甘えます」
収穫祭の予定が埋まっていく。
ユリアは今までになく浮足立っていた。
「休暇の申請を見た」
ヘルマンに言われて、ユリアは動かしていた手を止めた。
「――あ、はい、そうなんです、今年は……すみません、ちょっと待ってください」
うずくまったまま動かなくなったユリアにヘルマンが訝しんで声をかける。
「どうした」
「絡まっちゃって……すみません、すぐに外れるかと」
「待て、無理に引っ張るな」
見ればソファの金具にユリアの髪が引っかかっている。
「一体何をしていたんだ」
一緒に部屋にいたはずなのに気づかなかった。
「書類を落として、拾ったら……すみません」
「いいから。――ちょっと触るぞ」
「はい……」
さらり、とまとめていた髪をほどかれた、かと思うとすっと抵抗がなくなってソファから解放される。
長いから引っかかったのか、傷んでいたから引っかかりやすいのか。いずれにしてもどんくさくて恥ずかしい。
ヘルマンの手にあった髪紐を受け取ろうとして、ヘルマンがそのまま手を伸ばした。
「くくってやろう。向こうを向きなさい」
「あ、はい……」
髪を触られるのは初めてだ。すこしどきりとしたが、それは恐怖ではなかった。
最近、ヘルマンにはどこを触れられても怖くなくなった。ユリアにとっては劇的な変化だった。
ヘルマンは器用に髪を手で梳いてまとめてくくってくれた。
「お上手ですね……」
「そうか?初めてやったが」
手慣れていてドキッとしたが、初めてらしい。
「ご主人様は本当に、何でも器用になさいますね」
「その髪……保湿剤の作り手と同じところが髪用も作っているから、今度は髪にしてもいいな」
「えっ、髪に、香油ですか?――さすがに僕がやると……」
貴族の男子ならいざ知らず。
「だが、伸ばすなら手入れしないと絡まるだろう」
「もうちょっと切ったほうがいいですね。伸ばそうとしてるわけじゃないんです。……この髪型が一番、手間がなくて」
「せっかくなら伸ばしたらどうだ。そこまで輝く金髪も珍しい」
ちゃんとすればそれなりに売れる。今は必要ないだろうが。
「そうですね。――あ、収穫祭のお話でしたよね」
ユリアは楽しみで仕方ないといった表情を隠しもせず、ウキウキとヘルマンを見上げた。
「バートさんがすすめてくれて、四日もお休みをいただくことになって。お祭りのときに町へ出るのは初めてなんです。楽しみです」
「いつ行くんだ?」
「そうですね。せっかくだから、初日に行こうかと」
ヘルマンは一瞬考えて言った。
「私も祭り中は何度か町へ足を運ぶ。一緒に行くか」
「えっ」
それは思いもよらない提案だった。
驚いていると、ヘルマンが続ける。
「実は少し、心配している。――祭りはとにかく人が多い。誰かと共に行って来いと言っても難しいだろう」
「でも、そんな、ご主人様のがわざわざ……」
「私は構わない」
「ルイスも一緒なのですが」
「当然だ」
――ありがたい。申し訳ないけれど、とても魅力的な申し出だった。
普段町へ買い物に行くときでも、かなり緊張して疲れる。
積極的に去年まで祭りに参加しなかったのもそれが大きい。
でも今年は。少し人にも慣れたし、行けるんじゃないかと思って。それでも人が密集している中で、ルイスと楽しめるかというと不安はあった。
「いいんですか。すごく、心強いですけど」
「ああ。何が見たいか、考えておきなさい」
「―――――はいっ!」
ユリアは力いっぱい返事した。あまりに力を入れすぎて笑われたくらいだ。
「どうしよう……。今日から楽しみすぎて、眠れないかもしれません」
「寝ないと大きくなれないぞ」
大きく。十七になったし、それはちょっと諦めかけている。働いている人の中で自分が一番小さいんじゃないかというくらい育たなかった。
「――そういえば、最近夜の散歩はしていないのか」
ひどく懐かしい話だ。
「お、覚えてらっしゃったんですか」
「あれはなかなか忘れないだろう」
もうずいぶん昔の事のように思える。
あの時のことを思うと、ユリアは今がどれほど恵まれて幸せかと考える。
あまりに以前と違いすぎて、遠い昔の事の様な。
そう思えたのは間違いなくヘルマンのおかげだ。
「散歩はしてません。目が覚めてもすぐ寝ちゃいます」
目は覚めることがあったが、眠れなくなったり居ても立っても居られないようなことはもうなかった。
「それは良かった」
ヘルマンは満足そうに答えた。
繁忙期を過ぎるとヴェッターホーンは一気にお祭りの色に染まっていく。
冬支度もめどが見えた頃、収穫を祝って市街地では昼夜を問わず祭りが開催される。
市街の喧騒が屋敷まで聞こえてきそうなほどの賑わいである。
屋敷でも、いつもよりごちそうが出たり、誰かがあちこち飾りつけをしたり。
ユリアは公爵家へ来て三度目の収穫祭である。一年目はまだ余裕がなくて、日々暮らすのが精いっぱいで。去年はルイスが熱を出したからお祭りとはいえいつもと変わったことはしなかった。せいぜいルイスが施設からもらってきた飾りを部屋に飾ったくらいだった。
今年はルイスにもお祭りの楽しさを体験させたい。ルイスも冬になれば六歳。最近肉が落ちてきて、体つきもしっかりしてきている。抱き心地が随分と変わってきて、少し寂しいくらいだ。夜、くっついて寝るのは相変わらずだけど。
ベン君と仲がいいのも続いていて、ベン君の活発さに救われているところも大きいと思う。この前は施設の鶏を全部逃がしたと言われて謝りに行った。飄々とするベン君の後ろで小さくなっているルイスを見て、どこかホッとした。人並みのいたずらをするルイスに。
サラさんが鬼の形相でベン君を追いかけていたのが怖すぎたので、怒るタイミングも逃したけど。
とにかく、ルイスもそのうちベン君とお祭りに行くようになるだろうし、あと何回そんなイベントに一緒に行けるかわからないからやっぱりしっかり楽しみたい。
「バートさん、収穫祭って何するんですか?」
事前の下調べがやはり大切だろうと思い声をかけたが、それがいけなかった。
この一言が屋敷中の騒ぎになるなんて。
いや、少し大袈裟かもしれない。
でもこの質問をしたあと、バートが屋敷中を走り回ったのだ。
ユリアが公爵領にきてもうすぐ三年になろうとしているのに。ユリアが収穫祭を知らない。
誰も祭りについて教えてあげてない。花の思春期を、このままでは収穫祭を知らずに成人してしまう!――と。
この日から、ユリアの元にはひっきりなしに人が訪れるようになった。
あるときはシェフが。
「ユリア君。いいかい、収穫祭にはね、やっぱり肉だよ。普段我慢してる分、ちょっといい塊肉をね、ドーンと焼くんだ。あと、外せないのはかぼちゃ!かぼちゃにたっぷりのシチューを詰めてチーズをのせてオーブンで焼くんだ。これがないと冬は迎えられないよ!」
「なるほど……」
勉強になります、と返事する。シェフは満足そうに帰って行った。
ユリアはそんな手の込んだ料理はできないが、教えてくれたことには感謝した。
またある時はメイド長が。
「ユリアさん。お久しぶりです。寮生活に不自由はないですか?何なりと言ってくださいね。――そうそう、収穫祭なんですが、飾り付けも伝統があるんです。彫刻が施された蝋燭をね、窓辺に飾るんですよ。彫刻は木の実や動物なんかが人気ですね。なんと言っても収穫祭の慣わしですから」
「そうなんですね。今度街で、蝋燭を見てみます」
「そうね。それもいいんだけど、これ。去年のが余ってたから、良かったら使ってちょうだい。寮は火気禁止だから、火はつけないでね。つけるなら庭で」
「え、いいんですか?ありがとうございます!!」
蝋燭は赤い木の実をリスが食べている彫刻だった。色まで塗られている。
殺風景だった部屋が一気に季節感が出たみたいで、ルイスも喜んでずっと見つめていた。
執事長もやってきた。
「こんにちは、ユリア君。寮の食事は足りてますか?」
「はい、いつも美味しいです」
「ところで収穫祭ですが、ドアのところに収穫物で作ったリースを飾る習慣があるの、ご存知ですか?」
「あ、みんな飾ってるなって思ってました」
「良かったら、こちら。土台だけなんですが、今年は妻も用意していまして、一つ余ってしまったんです。これに拾った木の実や草花を挿して飾るのも楽しいと思いますよ。お手数でなければ」
「っ!!いいんですか、こんなに素敵なものを。ありがとうございます!」
つたで編み込まれたリースの土台は、帰ってから早速ルイスと色々な飾り付けをしてドアに掛けた。
準備万端な気がして、ものすごくワクワクした。何よりルイスが楽しそうで本当に良かった。
そんな感じで、ある人は飾りやちょっとしたお菓子をくれて、ある人は耳寄りな情報をくれて。
ユリアと会話を交わすのは大人ばかりだったので、若者のちょっと羽目を外した収穫祭の楽しみ方を伝えるものはいなかったが、代わりに平民として一般家庭の収穫祭がどう執り行われるのかはよく分かった。
ユリアは一気に収穫祭に向けて準備を整えた。
当のバートは可哀想な目を向けて騒いでいなくなったと思ったら、休暇申請書と共に帰ってきた。
「いいか、ユリア。収穫祭は休むもんだ。最低でも三日だ。俺は七日取る!」
「え、バートさん一週間お休み取るんですか」
「取る。妻と子と、濃密な一週間を過ごすんだ」
凄い意気込みだ。一週間も何をするんだろう、と、純粋に疑問に思ったが、それを聞けば長くなりそうだからやめておいた。
バートも今や一児の父としてそれはもう妻子を溺愛している。出張のたびに大袈裟に泣きながら出発するので、周りからは少し煙たがられている。
「何日にする?ここに、ほら、休み書いて」
「そうですね……ルイスとお祭りを見にいけたらいいので、二日もあれば」
「何言ってんだユリア!お前十七だろ?十七の収穫祭は今しかないんだぞ!」
「はい、え…でも来年は十八の収穫祭が来ますよ?」
「そうだなあ、まだ若いなあ……って、そうじゃなくて。成人前の収穫祭は特別なんだよ。未成年のパーティ出たことないんだろ?今年を逃したらもういけないから」
バートの熱量とユリアとの温度差が大きい。
「パーティって……僕はそんな」
「ユリア、お前同世代の知り合いいないだろ」
それは、確かにいない。
ユリアは補佐官の、領地管理の仕事をしているため同僚は年上ばかり。今の仕事の種類上、補佐官室と執務室の往復だけ。
まだ屋敷関連の仕事であれば、従僕や下働き等若者も多い。しかしその若者たちとの交流はなかったし、ルイスの世話にかまけて休日も同世代と遊んだことはなかった。もちろん、他人が怖いという部分はあるのでそのせいも大きい。
「執政官の仕事をする上で、やっぱ人脈は大事だからさ。収穫祭くらい、顔を出しといたほうがいいと思うぜ。――まあ、一度フェルナンド様に相談してみたらどうだ?健全なパーティー、公爵様が主催してるから。――休暇は四日でとりあえず出しといてやるよ!」
そう言ってバートは休暇申請書を書き上げた。
フェルナンドには聞くまでもなく、向こうから話しかけてくれた。
「ユリア君、収穫祭について調べてるんだって?」
「あ、はい。でも皆さんの方からいろいろと教えてくださって」
「そうなんだ。じゃあどう過ごすか決まったの?」
「休暇申請を四日しているので、一日はルイスと町の祭りを見に行こうと思っています」
「うん、喜びそうだね。昼の部に行きなよ。夜は出歩いちゃだめだよ」
夜の街はユリアも歩いたことがないので頷く。
「はい。あとは、収穫祭のごちそうを何か買ってきて二人でお祝いしようかなって思ってます」
この数年の仕事で、少し蓄えもできた。ここに来る前からは考えられないことだ。
だから少しくらい贅沢をして、ルイスの好きなものを買ってあげたり、おいしいものを食べて過ごしたりはできるんじゃないかと思う。
「いいね。今年は積極的に収穫祭を楽しむわけだね」
「はい。楽しみです」
「私もユリア君と同じ日程で休みを取ろうかな。――あ、ジュニアパーティーにも顔出したら?ルイス君預かるよ」
「それ、バートさんにも言われました。行った方がいいって。そういうものなんですか?」
「ちょっとのぞくだけでも、行ってみたらいいんじゃないかな。十三歳から十七歳限定でね。別邸のホールでジュニアたちのパーティーをするんだ。特に平民と貴族も分けてないけど、まあ自然と別れはするだろうけど。ヴェッターホーン領を将来担っていく者たちを応援する、みたいなね。集まって飲み食いして解散するだけだから気軽だよ。――あ、ヘルマン様が中盤で演説しに来るよ」
「えっ、そうなんですか」
それを聞いて一気に行く気になった。
「普段ヘルマン様を見たことのない子たちも多いからね。公爵家当主として、時代を担う若者たちに激励をね」
「へえ……聞きたいです」
「うん、参加するといいよ。招待状も何もないんだ。行って、どこどこの誰ですっていえば入れるよ。じゃあその日は妻にルイス君を預けてもいいかな?」
「収穫祭なのに……いいんでしょうか」
「貴族の収穫祭はそんなに楽しいもんでもないよ。家族でディナーして、収穫量についてあれこれ言うくらいだからね。うちは領地から来る親戚もいないし。ルイ君が来てくれたら場が和んで嬉しい」
「では、お言葉に甘えます」
収穫祭の予定が埋まっていく。
ユリアは今までになく浮足立っていた。
「休暇の申請を見た」
ヘルマンに言われて、ユリアは動かしていた手を止めた。
「――あ、はい、そうなんです、今年は……すみません、ちょっと待ってください」
うずくまったまま動かなくなったユリアにヘルマンが訝しんで声をかける。
「どうした」
「絡まっちゃって……すみません、すぐに外れるかと」
「待て、無理に引っ張るな」
見ればソファの金具にユリアの髪が引っかかっている。
「一体何をしていたんだ」
一緒に部屋にいたはずなのに気づかなかった。
「書類を落として、拾ったら……すみません」
「いいから。――ちょっと触るぞ」
「はい……」
さらり、とまとめていた髪をほどかれた、かと思うとすっと抵抗がなくなってソファから解放される。
長いから引っかかったのか、傷んでいたから引っかかりやすいのか。いずれにしてもどんくさくて恥ずかしい。
ヘルマンの手にあった髪紐を受け取ろうとして、ヘルマンがそのまま手を伸ばした。
「くくってやろう。向こうを向きなさい」
「あ、はい……」
髪を触られるのは初めてだ。すこしどきりとしたが、それは恐怖ではなかった。
最近、ヘルマンにはどこを触れられても怖くなくなった。ユリアにとっては劇的な変化だった。
ヘルマンは器用に髪を手で梳いてまとめてくくってくれた。
「お上手ですね……」
「そうか?初めてやったが」
手慣れていてドキッとしたが、初めてらしい。
「ご主人様は本当に、何でも器用になさいますね」
「その髪……保湿剤の作り手と同じところが髪用も作っているから、今度は髪にしてもいいな」
「えっ、髪に、香油ですか?――さすがに僕がやると……」
貴族の男子ならいざ知らず。
「だが、伸ばすなら手入れしないと絡まるだろう」
「もうちょっと切ったほうがいいですね。伸ばそうとしてるわけじゃないんです。……この髪型が一番、手間がなくて」
「せっかくなら伸ばしたらどうだ。そこまで輝く金髪も珍しい」
ちゃんとすればそれなりに売れる。今は必要ないだろうが。
「そうですね。――あ、収穫祭のお話でしたよね」
ユリアは楽しみで仕方ないといった表情を隠しもせず、ウキウキとヘルマンを見上げた。
「バートさんがすすめてくれて、四日もお休みをいただくことになって。お祭りのときに町へ出るのは初めてなんです。楽しみです」
「いつ行くんだ?」
「そうですね。せっかくだから、初日に行こうかと」
ヘルマンは一瞬考えて言った。
「私も祭り中は何度か町へ足を運ぶ。一緒に行くか」
「えっ」
それは思いもよらない提案だった。
驚いていると、ヘルマンが続ける。
「実は少し、心配している。――祭りはとにかく人が多い。誰かと共に行って来いと言っても難しいだろう」
「でも、そんな、ご主人様のがわざわざ……」
「私は構わない」
「ルイスも一緒なのですが」
「当然だ」
――ありがたい。申し訳ないけれど、とても魅力的な申し出だった。
普段町へ買い物に行くときでも、かなり緊張して疲れる。
積極的に去年まで祭りに参加しなかったのもそれが大きい。
でも今年は。少し人にも慣れたし、行けるんじゃないかと思って。それでも人が密集している中で、ルイスと楽しめるかというと不安はあった。
「いいんですか。すごく、心強いですけど」
「ああ。何が見たいか、考えておきなさい」
「―――――はいっ!」
ユリアは力いっぱい返事した。あまりに力を入れすぎて笑われたくらいだ。
「どうしよう……。今日から楽しみすぎて、眠れないかもしれません」
「寝ないと大きくなれないぞ」
大きく。十七になったし、それはちょっと諦めかけている。働いている人の中で自分が一番小さいんじゃないかというくらい育たなかった。
「――そういえば、最近夜の散歩はしていないのか」
ひどく懐かしい話だ。
「お、覚えてらっしゃったんですか」
「あれはなかなか忘れないだろう」
もうずいぶん昔の事のように思える。
あの時のことを思うと、ユリアは今がどれほど恵まれて幸せかと考える。
あまりに以前と違いすぎて、遠い昔の事の様な。
そう思えたのは間違いなくヘルマンのおかげだ。
「散歩はしてません。目が覚めてもすぐ寝ちゃいます」
目は覚めることがあったが、眠れなくなったり居ても立っても居られないようなことはもうなかった。
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