追放令嬢は辺境の廃村で美食の楽園を創る〜土と炎で紡ぐ、真の幸福レストラン〜

第10章：王子が踏みしめる辺境の土、真実の幕開け

　王都からの報せを受けたアメリアの元に、ついにあの男が訪れる日が来た。

「エドワード王子が、辺境視察と称し、このグリムロック村へお越しになります」

　レオンハルトが伝えた情報に、アメリアは内心激しく動揺した。あの冷徹な視線、裏切りの言葉。忘れたくても忘れられない過去が、鮮やかに蘇る。しかし、アメリアはもう、あの頃の無力な公爵令嬢ではなかった。彼女は、この『アメリアの庭』を築き上げた経営者であり、村の誇りだ。毅然とした態度で迎え撃つことを決意した。

「承知いたしました。最高の料理で、おもてなししましょう」

　迎える日。エドワード王子は、僅かな近衛兵と、そしてあの聖女カレンを伴って『アメリアの庭』の前に姿を現した。あの宮廷での断罪の日以来の再会。アメリアは一度深呼吸し、落ち着いた表情で彼らを迎えた。

「ようこそ、グリムロック村へ。遠路はるばる、ご足労いただき、ありがとうございます」

　アメリアの洗練された、しかしどこか自然体な挨拶に、エドワードは少し戸惑った様子だった。彼の脳裏には、過去の、高慢で神経質だったアメリアの姿が焼き付いていたからだ。

　アメリアは、王子に『アメリアの庭』の最高の料理を提供した。畑で朝採れたばかりの、瑞々しい旬の野菜を使った色彩豊かなサラダ。グリムロックの清流で育った川魚のポワレは、香り高いハーブとバターのソースで供された。そして、メインは、この土地で育った希少な獣肉を、ルイスが丹念に焼き上げたロースト。どの皿も、アメリアが育て上げた奇跡の食材と、ルイスが培った匠の技が融合した、まさに至高の一品だった。

　エドワードは、その料理を口にするたびに、驚きと感動で目を見開いた。王都のどんな高級料理をも凌駕する、素材本来の旨味。それは、彼の心を根底から揺さぶった。

「こんなにも……こんなにも、豊かな味なのか……」

　エドワードは、涙をこらえながら呟いた。それは、単に美味しいというだけでなく、そこには土の息吹、太陽の恵み、そしてアメリアの情熱が込められているかのように感じられたのだ。

　そして、彼が目の当たりにしたのは、アメリア自身の変貌だった。かつての、冷たい氷の仮面を被っていた公爵令嬢ではない。自信に満ち溢れ、生き生きと輝く彼女の姿に、エドワードは深い衝撃を受けた。彼女が冤罪であった可能性が、彼の心の中で確信に変わっていった。アメリアは、この辺境の地で、まるで生まれ変わったかのように輝いていたのだ。

　王子に同行していた聖女カレンもまた、『アメリアの庭』を訪れていた。カレンはアメリアの料理を口にするたび、涙を流した。彼女は、王宮でアメリアを告発した時の罪悪感に苛まれていた。純粋で人を信じやすい性格ゆえに、宰相ザカリーに利用され、真実を見誤っていた自分。目の前のアメリアの清らかさ、そして、誰もがその料理に笑顔になっている光景を目にし、カレンは自身の無力さに打ちひしがれた。

「アメリア様……本当に、ごめんなさい……！」

　カレンは、アメリアに深々と頭を下げた。そして、王子エドワードにも告げた。

「王子殿下……私は、あの時、宰相ザカリー様から、アメリア様を告発するよう、仕向けられました。私が純粋すぎたせいで、彼の言葉を鵜呑みにしてしまって……」

　カレンは、絞り出すように真実の一部を王子にほのめかした。王子の脳裏に、ザカリーの不自然な言動が走馬灯のように駆け巡る。真実の光が、ついに辺境の地から王都の闇を照らし始めた瞬間だった。