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第3章:ゼロからの食材探しと醤油風調味料
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「狼のねぐら亭」の屋根裏部屋で目覚めた朝、私は早速行動を開始した。マルタさんには昨夜のうちに事情をかいつまんで話した。もちろん、元公爵令嬢だとか、前世の記憶があるなんてことは伏せて。「王都でちょっとした揉め事に巻き込まれて、流れ着いた」とだけ。マルタさんは全てを信じたわけではないだろうが、「働く気があるなら、しばらく置いてやるよ」と言ってくれた。まずは宿の雑用を手伝いながら、私の計画の第一歩を踏み出すのだ。
計画――それは、究極にして至高のご馳走、「カツ丼」の再現。
そのために必要な材料を、私は頭の中でリストアップする。
一、豚肉。柔らかく、脂の乗ったものがいい。
二、米。ふっくらと炊きあがる、粘りのある短粒種。
三、卵。とろりとした半熟に仕上げるための新鮮なもの。
四、玉ねぎ。甘みと食感を加える名脇役。
五、そして、味の決め手となる調味料。醤油、みりん、酒、出汁。
希望に満ちたリストを胸に、私はフォルティスの市場へと向かった。しかし、そこで待っていたのは、異世界という厳しい現実だった。
市場は活気に溢れていたが、並んでいる食材は私の知るものとは似て非なるものばかりだった。
まず、豚肉。豚を飼育している家畜小屋は見当たらない。代わりに肉屋の店先に吊るされていたのは、猪によく似た、しかし牙が異様に発達した魔物「ブルートファング」のゴツゴツした肉塊だった。見るからに硬そうだ。
次に、米。穀物屋にあったのは、「シルキーライス」と呼ばれる細長いお米だった。店主曰く、「炊いてもパサパサで、スープに入れるのが一番」だという。カツ丼の、あのタレが染みたご飯を再現するには絶望的かもしれない。
卵は、巨大な怪鳥「ロックバード」のものが一つだけ手に入った。普通の鶏卵の五倍はあろうかという大きさで、値段も張る。玉ねぎに似た野菜は、「オニオンリーフ」という、根元が少し膨らんだ香味野菜で代用できそうだ。
だが、最大の難関はやはり調味料だった。醤油も、みりんも、この世界には存在しない。見たことも聞いたこともないと、どの店主にも首を振られてしまった。
途方に暮れて宿に戻った私に、マルタさんが声をかけてくれた。
「どうしたんだい、アリア。幽霊でも見たような顔をして」
「マルタさん……この辺りに、黒くて塩辛い豆の調味料や、甘いお酒はありませんか?」
藁にもすがる思いで尋ねると、マルタさんは顎に手を当てて少し考え込み、ポンと手を打った。
「ああ、それならあるよ。この地方で作られてる『黒豆醤(こくとうしょう)』っていう豆のペーストさね。すっごく塩辛いけど。それと、甘い酒なら『樹液酒(じゅえきしゅ)』だね。甘いメープルみたいな樹液を発酵させた果実酒だよ」
その言葉は、暗闇の中に差し込んだ一筋の光だった。
「それです! それを少し、分けていただけませんか?」
なけなしの銀貨を支払い、私は黒豆醤と樹液酒を手に入れた。黒豆醤は、味噌と醤油の中間のような、どろりとしたペースト状。舐めてみると、強烈な塩気と豆の風味が口に広がる。樹液酒は、芳醇な香りのする、とろりとした甘いお酒だった。
ここからが、前世の知識の使いどころだ。私は宿の厨房の隅を借り、調味料の再現に取り掛かった。
まずは醤油風調味料。黒豆醤を水で溶いて布で漉し、鍋でコトコトと煮詰めていく。塩辛さを和らげるため、焼いた香味野菜の皮や、香草を加えて風味を移す。何度も味見を繰り返し、焦がさないように火加減を調整する。
次いで、みりん風調味料。樹液酒は甘みが強いので、少しだけ辛口の安いお酒と混ぜて煮切り、アルコールを飛ばしてコクと照りを出す。
出汁は、ブルートファングの骨と、市場で手に入れた干し魚、乾燥キノコをじっくり煮込んで作ることにした。
何日も、何日もかかった。何度も失敗しては、貴重な材料を無駄にした。なけなしの銀貨はどんどん減っていき、心が折れそうになる夜もあった。けれど、そのたびに思い出すのだ。残業で疲れ果てた金曜の夜、あのカツ丼がどれだけ私の心を温めてくれたか。あの味を、この世界で再現できれば、きっと誰かを元気にできるはずだ。
そしてついに、その日は訪れた。
黒豆醤ベースの液体は、煮詰められて黒く艶やかな、醤油に近い風味の調味料へと姿を変えた。樹液酒ベースの液体も、上品な甘さとコクを持つみりん風の調味料になった。
最後の課題は、ブルートファングの硬い肉。これも前世の知識が役立った。酸味のある果物をすりおろしたものに一晩漬け込むことで、酵素の力がお肉を柔らかくしてくれるはずだ。
全ての材料が、ようやく揃った。
私は深呼吸を一つすると、マルタさんに頭を下げた。
「マルタさん、お願いがあります。今夜、厨房をお借りして、私の故郷の料理を作らせていただけませんか?」
私の真剣な眼差しに、マルタさんはニヤリと笑って頷いてくれた。
「いいとも。あんたが毎日鍋と格闘してた成果、見せてもらおうじゃないか」
いよいよだ。最初の「異世界風カツ丼」の試作が、今、始まろうとしていた。
計画――それは、究極にして至高のご馳走、「カツ丼」の再現。
そのために必要な材料を、私は頭の中でリストアップする。
一、豚肉。柔らかく、脂の乗ったものがいい。
二、米。ふっくらと炊きあがる、粘りのある短粒種。
三、卵。とろりとした半熟に仕上げるための新鮮なもの。
四、玉ねぎ。甘みと食感を加える名脇役。
五、そして、味の決め手となる調味料。醤油、みりん、酒、出汁。
希望に満ちたリストを胸に、私はフォルティスの市場へと向かった。しかし、そこで待っていたのは、異世界という厳しい現実だった。
市場は活気に溢れていたが、並んでいる食材は私の知るものとは似て非なるものばかりだった。
まず、豚肉。豚を飼育している家畜小屋は見当たらない。代わりに肉屋の店先に吊るされていたのは、猪によく似た、しかし牙が異様に発達した魔物「ブルートファング」のゴツゴツした肉塊だった。見るからに硬そうだ。
次に、米。穀物屋にあったのは、「シルキーライス」と呼ばれる細長いお米だった。店主曰く、「炊いてもパサパサで、スープに入れるのが一番」だという。カツ丼の、あのタレが染みたご飯を再現するには絶望的かもしれない。
卵は、巨大な怪鳥「ロックバード」のものが一つだけ手に入った。普通の鶏卵の五倍はあろうかという大きさで、値段も張る。玉ねぎに似た野菜は、「オニオンリーフ」という、根元が少し膨らんだ香味野菜で代用できそうだ。
だが、最大の難関はやはり調味料だった。醤油も、みりんも、この世界には存在しない。見たことも聞いたこともないと、どの店主にも首を振られてしまった。
途方に暮れて宿に戻った私に、マルタさんが声をかけてくれた。
「どうしたんだい、アリア。幽霊でも見たような顔をして」
「マルタさん……この辺りに、黒くて塩辛い豆の調味料や、甘いお酒はありませんか?」
藁にもすがる思いで尋ねると、マルタさんは顎に手を当てて少し考え込み、ポンと手を打った。
「ああ、それならあるよ。この地方で作られてる『黒豆醤(こくとうしょう)』っていう豆のペーストさね。すっごく塩辛いけど。それと、甘い酒なら『樹液酒(じゅえきしゅ)』だね。甘いメープルみたいな樹液を発酵させた果実酒だよ」
その言葉は、暗闇の中に差し込んだ一筋の光だった。
「それです! それを少し、分けていただけませんか?」
なけなしの銀貨を支払い、私は黒豆醤と樹液酒を手に入れた。黒豆醤は、味噌と醤油の中間のような、どろりとしたペースト状。舐めてみると、強烈な塩気と豆の風味が口に広がる。樹液酒は、芳醇な香りのする、とろりとした甘いお酒だった。
ここからが、前世の知識の使いどころだ。私は宿の厨房の隅を借り、調味料の再現に取り掛かった。
まずは醤油風調味料。黒豆醤を水で溶いて布で漉し、鍋でコトコトと煮詰めていく。塩辛さを和らげるため、焼いた香味野菜の皮や、香草を加えて風味を移す。何度も味見を繰り返し、焦がさないように火加減を調整する。
次いで、みりん風調味料。樹液酒は甘みが強いので、少しだけ辛口の安いお酒と混ぜて煮切り、アルコールを飛ばしてコクと照りを出す。
出汁は、ブルートファングの骨と、市場で手に入れた干し魚、乾燥キノコをじっくり煮込んで作ることにした。
何日も、何日もかかった。何度も失敗しては、貴重な材料を無駄にした。なけなしの銀貨はどんどん減っていき、心が折れそうになる夜もあった。けれど、そのたびに思い出すのだ。残業で疲れ果てた金曜の夜、あのカツ丼がどれだけ私の心を温めてくれたか。あの味を、この世界で再現できれば、きっと誰かを元気にできるはずだ。
そしてついに、その日は訪れた。
黒豆醤ベースの液体は、煮詰められて黒く艶やかな、醤油に近い風味の調味料へと姿を変えた。樹液酒ベースの液体も、上品な甘さとコクを持つみりん風の調味料になった。
最後の課題は、ブルートファングの硬い肉。これも前世の知識が役立った。酸味のある果物をすりおろしたものに一晩漬け込むことで、酵素の力がお肉を柔らかくしてくれるはずだ。
全ての材料が、ようやく揃った。
私は深呼吸を一つすると、マルタさんに頭を下げた。
「マルタさん、お願いがあります。今夜、厨房をお借りして、私の故郷の料理を作らせていただけませんか?」
私の真剣な眼差しに、マルタさんはニヤリと笑って頷いてくれた。
「いいとも。あんたが毎日鍋と格闘してた成果、見せてもらおうじゃないか」
いよいよだ。最初の「異世界風カツ丼」の試作が、今、始まろうとしていた。
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