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第18章:奇跡の料理『すき焼き』、誕生
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国王と王太子、そして王国の重臣たちを辺境での和平交渉の席に着かせる、というアリアの提案は、当初、一笑に付された。しかし、レオンハルトの粘り強い交渉と、これ以上の対立は内乱を招き、国を二分しかねないという宰相たちの進言もあり、国王は渋々ながらも、辺境の地へ赴くことを承諾した。ジュリアンは最後まで反対したが、国王の決定には逆らえなかった。
こうして、歴史上、前代未聞となるであろう「すき焼き外交」の舞台は整った。
交渉の場となるのは、ベルク城の大広間。しかし、そこに並べられるのは、山海の珍味を盛り付けた大皿ではない。中央に設えられた大きなテーブルに、いくつもの黒い鉄鍋と、炭火が赤々と燃えるコンロが置かれているだけだ。
アリアは、この日のために、辺境伯領中から最高の食材を集めさせていた。
主役となる肉は、特別に飼育された若いロックブルの、最も柔らかい部位。それを、アリアが鍛え上げた職人が、紙のように薄くスライスしていく。この「薄切り」という技術自体が、この世界では革新的なものだった。
野菜は、この地で採れる新鮮な長ネギ、春菊に似た香りの良い葉野菜、肉厚のキノコ、そして豆腐に似た、黒豆から作った「豆富」。
そして、味の決め手となる割り下。私が開発した醤油もどきとみりん風調味料をベースに、この地で採れる砂糖大根から作った砂糖と、極上の出汁を合わせた、秘伝のレシピだ。
さらに、極めつけは、栄養価が高く、濃厚な味わいの地鶏の卵。これを一人一つの器に割り入れ、溶き卵にして、すき焼きのつけダレにするのだ。
国王一行が、緊張した面持ちで広間に入ってくる。彼らは、テーブルの上に置かれた奇妙な調理器具と、見たこともない食材の数々に、訝しげな表情を浮かべていた。
「辺境伯、これは一体、どういうつもりだ?」
国王が不審そうに問う。
「陛下、本日は、まず我々のささやかなもてなしを受けていただきたく。これは、アリアが考案した、人と人とが心を繋ぐための料理でございます」
レオンハルトの言葉に、ジュリアンが鼻で笑った。
「ふん、料理だと? 我々は、そのような遊びに付き合いに来たのではないぞ!」
その時、アリアが静かにテーブルの中央に進み出た。
「皆様、大変長らくお待たせいたしました。これより、奇跡の料理『すき焼き』を、お作りいたします」
アリアはまず、熱した鉄鍋に牛脂を溶かし、香りを立たせた。ジューッという音と共に、芳ばしい匂いが広間に広がり、ざわついていた重臣たちが、ぴたりと口を閉じる。
次に、薄切りのロックブル肉を一枚、鍋に広げた。肉の色がさっと変わったところに、秘伝の割り下を、ジュワッとかける。
その瞬間だった。
醤油と砂糖が焦げる、甘く、香ばしく、そして抗いがたいほどに食欲をそそる匂いが、爆発的に広間を満たした。音、香り、そして立ち上る湯気。それは、その場にいる全ての者の五感を、強烈に刺激する、究極の飯テロの始まりだった。
「なっ……!?」
「こ、この香りは、一体……!?」
国王も、重臣たちも、そしてジュリアンでさえも、その蠱惑的な香りに目を丸くし、ごくりと喉を鳴らした。
アリアは、最初に焼いた最高の一枚を、溶き卵にくぐらせ、国王の器へと差し出した。
「陛下、どうぞ。まずはお肉を、そのままでお召し上がりください」
国王は、戸惑いながらも、その肉を口へと運んだ。
次の瞬間、国王の威厳ある顔が、驚愕に染まった。舌の上でとろけるように柔らかい肉。甘辛く濃厚な割り下の味。そして、それを優しく包み込む、まろやかな卵の風味。経験したことのない、多層的で、官能的ですらある美味しさの波が、彼の味覚を完全に支配した。
「……う……うまい……。なんだ、これは……。こんな美味いものが、この世にあったとは……」
国王が、我を忘れて呟いた。その一言が、合図だった。
アリアは次々と肉を焼き、野菜を入れ、鍋を完成させていく。ぐつぐつと煮える鍋を前に、あれほどあった緊張感はどこへやら、誰もが、ただただ、その鍋に釘付けになっていた。
こうして、歴史上、前代未聞となるであろう「すき焼き外交」の舞台は整った。
交渉の場となるのは、ベルク城の大広間。しかし、そこに並べられるのは、山海の珍味を盛り付けた大皿ではない。中央に設えられた大きなテーブルに、いくつもの黒い鉄鍋と、炭火が赤々と燃えるコンロが置かれているだけだ。
アリアは、この日のために、辺境伯領中から最高の食材を集めさせていた。
主役となる肉は、特別に飼育された若いロックブルの、最も柔らかい部位。それを、アリアが鍛え上げた職人が、紙のように薄くスライスしていく。この「薄切り」という技術自体が、この世界では革新的なものだった。
野菜は、この地で採れる新鮮な長ネギ、春菊に似た香りの良い葉野菜、肉厚のキノコ、そして豆腐に似た、黒豆から作った「豆富」。
そして、味の決め手となる割り下。私が開発した醤油もどきとみりん風調味料をベースに、この地で採れる砂糖大根から作った砂糖と、極上の出汁を合わせた、秘伝のレシピだ。
さらに、極めつけは、栄養価が高く、濃厚な味わいの地鶏の卵。これを一人一つの器に割り入れ、溶き卵にして、すき焼きのつけダレにするのだ。
国王一行が、緊張した面持ちで広間に入ってくる。彼らは、テーブルの上に置かれた奇妙な調理器具と、見たこともない食材の数々に、訝しげな表情を浮かべていた。
「辺境伯、これは一体、どういうつもりだ?」
国王が不審そうに問う。
「陛下、本日は、まず我々のささやかなもてなしを受けていただきたく。これは、アリアが考案した、人と人とが心を繋ぐための料理でございます」
レオンハルトの言葉に、ジュリアンが鼻で笑った。
「ふん、料理だと? 我々は、そのような遊びに付き合いに来たのではないぞ!」
その時、アリアが静かにテーブルの中央に進み出た。
「皆様、大変長らくお待たせいたしました。これより、奇跡の料理『すき焼き』を、お作りいたします」
アリアはまず、熱した鉄鍋に牛脂を溶かし、香りを立たせた。ジューッという音と共に、芳ばしい匂いが広間に広がり、ざわついていた重臣たちが、ぴたりと口を閉じる。
次に、薄切りのロックブル肉を一枚、鍋に広げた。肉の色がさっと変わったところに、秘伝の割り下を、ジュワッとかける。
その瞬間だった。
醤油と砂糖が焦げる、甘く、香ばしく、そして抗いがたいほどに食欲をそそる匂いが、爆発的に広間を満たした。音、香り、そして立ち上る湯気。それは、その場にいる全ての者の五感を、強烈に刺激する、究極の飯テロの始まりだった。
「なっ……!?」
「こ、この香りは、一体……!?」
国王も、重臣たちも、そしてジュリアンでさえも、その蠱惑的な香りに目を丸くし、ごくりと喉を鳴らした。
アリアは、最初に焼いた最高の一枚を、溶き卵にくぐらせ、国王の器へと差し出した。
「陛下、どうぞ。まずはお肉を、そのままでお召し上がりください」
国王は、戸惑いながらも、その肉を口へと運んだ。
次の瞬間、国王の威厳ある顔が、驚愕に染まった。舌の上でとろけるように柔らかい肉。甘辛く濃厚な割り下の味。そして、それを優しく包み込む、まろやかな卵の風味。経験したことのない、多層的で、官能的ですらある美味しさの波が、彼の味覚を完全に支配した。
「……う……うまい……。なんだ、これは……。こんな美味いものが、この世にあったとは……」
国王が、我を忘れて呟いた。その一言が、合図だった。
アリアは次々と肉を焼き、野菜を入れ、鍋を完成させていく。ぐつぐつと煮える鍋を前に、あれほどあった緊張感はどこへやら、誰もが、ただただ、その鍋に釘付けになっていた。
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