追放された悪役令嬢ですが、港町で寿司屋を開店します~前世の知識で寿司を握ったら辺境伯様に溺愛されるようです~

緋村ルナ

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第1章:偽りの断罪、本物の絶望

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 ヴァイスラント王国の王宮、その最も華麗で、最も冷酷な一室――断罪の間。天井で煌めく豪奢なシャンデリアの光が、床の大理石に落ちる人々の冷たい影をくっきりと映し出していた。
「エリザベス・フォン・アルトマイヤー! 貴様は我が妃でありながら、聖女ミアに深く嫉妬し、陰湿かつ執拗な嫌がらせを繰り返した! その罪、断じて許されるものではない!」
 玉座の前、甲高い声で罪状を読み上げるのは、この国の王太子であり、私の夫であるはずのレオナルド・フォン・ヴァイスラント。その隣では、庇護欲を掻き立てるように震える聖女ミアが、大きな瞳に涙を浮かべていた。
(違う…! 私は、そんなことはしていない…!)
 心の中でどれだけ叫んでも、私の声は唇から音になることを許されない。私がしたことは、ただ王太子妃としての務めを果たそうとしただけ。ミア様が夜会を勝手に抜け出し、王太子殿下と庭園で密会するのを諌めたこと。国の財政が逼迫しているにも関わらず、ミア様の聖女の力に頼りきった安易な政策に異を唱えたこと。その全ては、この国と、王家の未来を思っての行動だった。
 しかし、私の真意は誰にも届かない。周囲に控える貴族たちは、まるで罪人を見るかのように冷ややかな視線を私に突き刺す。誰も助けてはくれない。唯一の希望だった実の父親、アルトマイヤー公爵までもが、苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。
「我が家の恥め。もはやお前を娘とは思わん」
 その言葉が、私の心の最後の砦を打ち砕いた。
「よって、エリザベス! 貴様との婚約を破棄し、王太子妃の位を剥奪する! 同時に、アルトマイヤー家からも籍を抜き、平民として王都から追放処分と致す!」
 レオナルドの宣言が、冷酷に響き渡る。王太子妃の地位も、公爵令嬢の身分も、家族も、名誉も。私がこれまで築き、守ろうとしてきた全てが、一瞬にして音を立てて崩れ去った。
 レオナルドのたくましい腕の中にすがりつくミアが、勝ち誇ったように唇の端を吊り上げて微かに笑うのを、私は見逃さなかった。あの女が、全てを仕組んだのだ。
 意識が朦朧とする中、私は衛兵に両脇を抱えられ、引きずられるようにして断罪の間を後にした。
 外は、私の心を映したかのように冷たい雨が降りしきっていた。用意されたのは、罪人を運ぶような粗末な馬車。かつて「未来の国母」として祝福の声をかけてくれた民衆は、今や手のひらを返し、私に罵声を浴びせ、泥を投げつけた。額に当たった小石が、じわりと熱を持つ。けれど、心の痛みに比べれば、そんなものはどうでもよかった。
 ゴトゴトと揺れる馬車の中で、心身ともに傷つききった私は、絶望のあまり意識を手放しかけた。その時だ。
 ――ブツン。
 頭の中で何かが切れるような音がしたかと思うと、忘却の彼方にあったはずの膨大な記憶が、まるで堰を切った洪水のように流れ込んできた。
 東京の喧騒、ガラス張りのオフィスビル。スーパーマーケットの鮮魚コーナーに並ぶ、光り輝く魚たち。小さなアパートのキッチンで、慣れない手つきでアジを三枚におろす、あの独特の感触。そして、家族と囲む温かい食卓に並んでいた、白く艶やかなシャリの上に、美しい魚の切り身が乗った、あの食べ物…。
(ああ、私……お寿司が、食べたい……)
 無意識のうちに、乾いた唇からか細い言葉がこぼれ落ちた。それは、エリザベス・フォン・アルトマイヤーの絶望の悲鳴であり、名もなき日本人OLのささやかな願いであり、そして、新しい人生の産声でもあった。
 長い揺れの果てに馬車が止まる。乱暴に扉が開けられ、外に突き飛ばされた。むせ返るような潮の香りが、鼻腔をくすぐる。目の前に広がっていたのは、活気と寂寥が入り混じる、辺境の港町。
 絶望の終着点に見えたその場所――「ポルト・マーレ」が、私の本当の始まりの地となることを、この時の私はまだ知らなかった。
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