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序章:祝福すべき断罪の夜
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豪華絢爛という言葉をそのまま形にしたような、王宮の大広間。磨き上げられた大理石の床が、シャンデリアの幾千もの光を反射してきらめいている。
その中央で、私は人生の岐路に立たされていた。
「アリーシャ・フォン・クライスハイト! 貴様との婚約は、本日ただ今をもって破棄する!」
金切り声に近い、ヒステリックな叫び。声の主は、このクライスハイト王国の王太子、エドワード・フォン・クライスハイト。私の、たった今「元」になった婚約者だ。
彼の腕の中には、か弱い小鳥のように震える少女が庇われている。亜麻色の髪に、潤んだ瞳。平民出身でありながら、「聖女」の奇跡で王太子に見出されたという少女、リリアナ。
彼女が、この茶番劇のヒロインだった。
「聖女リリアナに対し、嫉妬に狂った貴様が行った数々の嫌がらせ! 許しがたい! もはや貴様のような心の醜い女は、この国の未来に不要だ!」
エドワードの言葉を合図に、周囲を取り巻く貴族たちがひそひそと囁きを交わし、私に嘲笑と侮蔑の視線を向ける。覚えのない罪状を並べ立てられ、公衆の面前で辱められる。本来ならば、公爵令嬢として悲嘆に暮れ、潔白を訴えるべき場面なのだろう。
けれど、私の心は驚くほど穏やかだった。それどころか、胸の奥深くで、歓喜の叫びが木霊していた。
(やった! やった! やったぁあああ!)
ついに、この日が来たのだ。王太子妃になるための、息が詰まるような作法教育。興味もないのに覚えさせられる貴族の家系図。笑顔の仮面を被った、腹の探り合いばかりの茶会。そんな窮屈な毎日から、ようやく解放される!
そう、私はアリーシャ・フォン・クライスハイトであると同時に、前世で日本の農学部に通っていた、ただの女子大生の記憶を持つ転生者なのだ。
私が愛してやまないのは、刺繍でも詩でもなく、ふかふかの土。きらびやかな宝石よりも、朝露に濡れた真っ赤なトマト。
ずっと、ずっと、夢見ていた。自分の手で土を耕し、種を蒔き、作物を育て、そしてそれを美味しい料理にすることを。
公爵令嬢という立場が、そのささやかな夢を阻んでいた。けれど、もう違う。婚約破棄、上等。これから始まる自由に、私の心は高鳴っていた。
「アリーシャ! 何か言うことはないのか!」
苛立ちを隠せないエドワードに、私は淑女の作法に則った、完璧なカーテシーを捧げてみせた。そして、顔を上げ、練習してきた中で最高の笑顔を浮かべる。
「殿下のご決断、謹んでお受けいたします。今まで、ありがとうございました」
私のあまりに落ち着き払った態度に、エドワードは一瞬言葉を失い、それから顔を真っ赤にして怒鳴った。
「反省の色すらないとはな! いいだろう、貴様には国外追放を命じる! 追放先は、魔の森に隣接する痩せた土地、ヴァイス辺境領だ! そこで己の罪を噛みしめながら、惨めに朽ち果てるがいい!」
ヴァイス辺境領。石ころだらけの痩せた土地で、ろくに作物も育たないと言われる、王国で最も貧しい場所。絶望的な宣告のはずなのに、私の口からこぼれたのは、歓喜に満ちた言葉だった。
「まあ、ヴァイス辺境領ですって? 広大な土地が手に入るのですね。ありがとうございます、殿下。とても素敵な餞別ですわ」
「なっ……!」
私の心からの感謝に、エドワードと取り巻きの貴族たちは完全に虚を突かれた顔をしている。
ざまぁみなさい、なんて悪態をつく気もない。私はただ、これから始まる新しい生活に胸を躍らせていた。
私の畑。私のキッチン。そして、私の自由。
さあ、始めよう。追放令嬢の、最高のスローライフを!
その中央で、私は人生の岐路に立たされていた。
「アリーシャ・フォン・クライスハイト! 貴様との婚約は、本日ただ今をもって破棄する!」
金切り声に近い、ヒステリックな叫び。声の主は、このクライスハイト王国の王太子、エドワード・フォン・クライスハイト。私の、たった今「元」になった婚約者だ。
彼の腕の中には、か弱い小鳥のように震える少女が庇われている。亜麻色の髪に、潤んだ瞳。平民出身でありながら、「聖女」の奇跡で王太子に見出されたという少女、リリアナ。
彼女が、この茶番劇のヒロインだった。
「聖女リリアナに対し、嫉妬に狂った貴様が行った数々の嫌がらせ! 許しがたい! もはや貴様のような心の醜い女は、この国の未来に不要だ!」
エドワードの言葉を合図に、周囲を取り巻く貴族たちがひそひそと囁きを交わし、私に嘲笑と侮蔑の視線を向ける。覚えのない罪状を並べ立てられ、公衆の面前で辱められる。本来ならば、公爵令嬢として悲嘆に暮れ、潔白を訴えるべき場面なのだろう。
けれど、私の心は驚くほど穏やかだった。それどころか、胸の奥深くで、歓喜の叫びが木霊していた。
(やった! やった! やったぁあああ!)
ついに、この日が来たのだ。王太子妃になるための、息が詰まるような作法教育。興味もないのに覚えさせられる貴族の家系図。笑顔の仮面を被った、腹の探り合いばかりの茶会。そんな窮屈な毎日から、ようやく解放される!
そう、私はアリーシャ・フォン・クライスハイトであると同時に、前世で日本の農学部に通っていた、ただの女子大生の記憶を持つ転生者なのだ。
私が愛してやまないのは、刺繍でも詩でもなく、ふかふかの土。きらびやかな宝石よりも、朝露に濡れた真っ赤なトマト。
ずっと、ずっと、夢見ていた。自分の手で土を耕し、種を蒔き、作物を育て、そしてそれを美味しい料理にすることを。
公爵令嬢という立場が、そのささやかな夢を阻んでいた。けれど、もう違う。婚約破棄、上等。これから始まる自由に、私の心は高鳴っていた。
「アリーシャ! 何か言うことはないのか!」
苛立ちを隠せないエドワードに、私は淑女の作法に則った、完璧なカーテシーを捧げてみせた。そして、顔を上げ、練習してきた中で最高の笑顔を浮かべる。
「殿下のご決断、謹んでお受けいたします。今まで、ありがとうございました」
私のあまりに落ち着き払った態度に、エドワードは一瞬言葉を失い、それから顔を真っ赤にして怒鳴った。
「反省の色すらないとはな! いいだろう、貴様には国外追放を命じる! 追放先は、魔の森に隣接する痩せた土地、ヴァイス辺境領だ! そこで己の罪を噛みしめながら、惨めに朽ち果てるがいい!」
ヴァイス辺境領。石ころだらけの痩せた土地で、ろくに作物も育たないと言われる、王国で最も貧しい場所。絶望的な宣告のはずなのに、私の口からこぼれたのは、歓喜に満ちた言葉だった。
「まあ、ヴァイス辺境領ですって? 広大な土地が手に入るのですね。ありがとうございます、殿下。とても素敵な餞別ですわ」
「なっ……!」
私の心からの感謝に、エドワードと取り巻きの貴族たちは完全に虚を突かれた顔をしている。
ざまぁみなさい、なんて悪態をつく気もない。私はただ、これから始まる新しい生活に胸を躍らせていた。
私の畑。私のキッチン。そして、私の自由。
さあ、始めよう。追放令嬢の、最高のスローライフを!
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