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第5章:本物の価値と、一つの賭け
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「ル・セシル」の評判は、街道を旅する商人たちの間で瞬く間に広がり、やがて王都にまで届き始めていた。そんなある日の午後、店の前に上等な馬車が停まった。降りてきたのは、仕立ての良い旅装に身を包んだ、優雅な雰囲気の青年だった。
「ここが、噂の菓子屋か。田舎にしては、悪くない香りだ」
彼はエリオット・グレイフィールドと名乗った。王都に屋敷を構える子爵家の令息で、領地へ向かう途中に噂を聞きつけて立ち寄ったのだという。彼は店の看板商品であるチョコレートタルトを一つ注文すると、品定めするような目でそれを口に運んだ。
一口、また一口。彼の表情が、みるみるうちに驚愕へと変わっていく。
「……なんだ、これは……!?」
エリオットは目を丸くした。
「カカオの力強い風味と、ほのかな苦味。それを包み込む、しっとりとして濃厚なフィリングの甘さ。そして、このザクザクとしたタルト生地の香ばしさ……!王都のどんな高名なパティシエの菓子も、これには及ばない!」
彼はあっという間にタルトを平らげると、興奮した様子で私に詰め寄った。
「素晴らしい!君は天才だ!この菓子を王都で売れば、間違いなく大儲けできる!私が後ろ盾になろう。さあ、私と組んで王都に店を出すんだ!」
彼の提案は、願ってもないチャンスのはずだった。王都で成功すれば、もっと良い材料が手に入り、より多くの人にお菓子を届けられる。だが、彼の言葉には、私が最も聞きたくない響きがあった。
「お断りします」
私は静かに、しかしはっきりと告げた。エリオットは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「なぜだ!?金が不満かと言うのか?望むだけの報酬を約束しよう!」
「お金の問題ではありません。私にとって、お菓子は金儲けの道具ではないのです」
私はまっすぐに彼の目を見て言った。
「私がこのお菓子を作るのは、食べてくれた人が、ほんの少しでも幸せな気持ちになってほしいから。この村の人々は、私のタルトを食べて笑顔になってくれました。それが私の喜びです。あなたのおっしゃる『大儲け』には、興味がありません」
王城にいた頃、貴族たちが求めるのはいつだって金や権力、そして名誉だった。目の前の青年も、最初は同じ種類の人間だと思った。私の菓子に見たのも、その味ではなく、それが生み出す金銭的な価値だけなのだと。
しかし、私の言葉を聞いたエリオットの表情から、興奮がすっと引いていった。彼はしばらく黙り込んだ後、ふっと息を吐いて苦笑した。
「……参ったな。どうやら私は、とんでもない勘違いをしていたようだ」
彼は椅子に座り直し、今度は真摯な目で私を見つめた。
「君の言う通りだ。私はこの菓子の味に感動し、同時に、これでどれだけ儲けられるかを計算してしまった。だが、君の菓子がこれほどまでに心を打つのは、君のその想いが込められているからなのだな」
彼は立ち上がると、深く頭を下げた。
「失礼なことを言った。どうか許してほしい。そして、もう一度提案させてくれ。金儲けのためじゃない。君のその素晴らしいお菓子と、その想いを、もっと多くの人に届ける手伝いをさせてはもらえないだろうか。王都には、君のお菓子を必要としている人間が、きっと大勢いるはずだ」
彼の瞳には、先ほどまでのギラギラとした光はなく、ただ純粋な敬意と熱意が宿っていた。この人なら、信じられるかもしれない。
これは、一つの賭けだ。私の信念を、この菓子を、王都という巨大な舞台で試すための。
「……わかりました。あなたの言葉を、信じます」
この日、私は強力な支援者を得た。辺境の村の小さな菓子屋は、王都へという大きな挑戦への、第一歩を踏み出したのだった。
「ここが、噂の菓子屋か。田舎にしては、悪くない香りだ」
彼はエリオット・グレイフィールドと名乗った。王都に屋敷を構える子爵家の令息で、領地へ向かう途中に噂を聞きつけて立ち寄ったのだという。彼は店の看板商品であるチョコレートタルトを一つ注文すると、品定めするような目でそれを口に運んだ。
一口、また一口。彼の表情が、みるみるうちに驚愕へと変わっていく。
「……なんだ、これは……!?」
エリオットは目を丸くした。
「カカオの力強い風味と、ほのかな苦味。それを包み込む、しっとりとして濃厚なフィリングの甘さ。そして、このザクザクとしたタルト生地の香ばしさ……!王都のどんな高名なパティシエの菓子も、これには及ばない!」
彼はあっという間にタルトを平らげると、興奮した様子で私に詰め寄った。
「素晴らしい!君は天才だ!この菓子を王都で売れば、間違いなく大儲けできる!私が後ろ盾になろう。さあ、私と組んで王都に店を出すんだ!」
彼の提案は、願ってもないチャンスのはずだった。王都で成功すれば、もっと良い材料が手に入り、より多くの人にお菓子を届けられる。だが、彼の言葉には、私が最も聞きたくない響きがあった。
「お断りします」
私は静かに、しかしはっきりと告げた。エリオットは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「なぜだ!?金が不満かと言うのか?望むだけの報酬を約束しよう!」
「お金の問題ではありません。私にとって、お菓子は金儲けの道具ではないのです」
私はまっすぐに彼の目を見て言った。
「私がこのお菓子を作るのは、食べてくれた人が、ほんの少しでも幸せな気持ちになってほしいから。この村の人々は、私のタルトを食べて笑顔になってくれました。それが私の喜びです。あなたのおっしゃる『大儲け』には、興味がありません」
王城にいた頃、貴族たちが求めるのはいつだって金や権力、そして名誉だった。目の前の青年も、最初は同じ種類の人間だと思った。私の菓子に見たのも、その味ではなく、それが生み出す金銭的な価値だけなのだと。
しかし、私の言葉を聞いたエリオットの表情から、興奮がすっと引いていった。彼はしばらく黙り込んだ後、ふっと息を吐いて苦笑した。
「……参ったな。どうやら私は、とんでもない勘違いをしていたようだ」
彼は椅子に座り直し、今度は真摯な目で私を見つめた。
「君の言う通りだ。私はこの菓子の味に感動し、同時に、これでどれだけ儲けられるかを計算してしまった。だが、君の菓子がこれほどまでに心を打つのは、君のその想いが込められているからなのだな」
彼は立ち上がると、深く頭を下げた。
「失礼なことを言った。どうか許してほしい。そして、もう一度提案させてくれ。金儲けのためじゃない。君のその素晴らしいお菓子と、その想いを、もっと多くの人に届ける手伝いをさせてはもらえないだろうか。王都には、君のお菓子を必要としている人間が、きっと大勢いるはずだ」
彼の瞳には、先ほどまでのギラギラとした光はなく、ただ純粋な敬意と熱意が宿っていた。この人なら、信じられるかもしれない。
これは、一つの賭けだ。私の信念を、この菓子を、王都という巨大な舞台で試すための。
「……わかりました。あなたの言葉を、信じます」
この日、私は強力な支援者を得た。辺境の村の小さな菓子屋は、王都へという大きな挑戦への、第一歩を踏み出したのだった。
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