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第7章:偽りの聖女と、本物の奇跡
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王都では、リリアナが新たな策謀を巡らせていた。オリビアが辺境で「聖女」と呼ばれているなら、自分こそが「本物の聖女」であると、王都の民に知らしめようと考えたのだ。
彼女は、宮廷の錬金術師を丸め込み、特殊な魔道具を手に入れた。それは、一時的に物を淡く光らせ、聖なる雰囲気をまとわせることができる、見掛け倒しのアイテムだった。
リリアナは、その魔道具を使って普通の小麦を「私が聖なる力で生み出した奇跡の小麦」と偽り、それを使って焼いたパンを、王都の貧民街で慈善活動として配り始めた。
光り輝くパンは、最初は人々を驚かせ、リリアナは「慈悲深き聖女様」と持て囃された。アルフォンス王太子も、彼女の活動を絶賛し、全面的に支援した。
しかし、そのメッキはすぐさま剥がれた。パンの味はごく普通、いや、むしろ不味い。そして、魔道具の効果が切れれば、ただのパンに戻ってしまう。人々の熱狂は急速に冷め、失望へと変わっていった。「聖女様の奇跡は、見世物だったのか」という声が、密かに囁かれ始めた。
その頃、アズライトの街は、静かなパニックに陥っていた。
原因不明の「眠り病」が流行り始めたのだ。罹った者は、まるで泥のように深い眠りに落ち、どんなことをしても目を覚まさない。病は次々と伝染し、街の機能は麻痺しつつあった。冒険者ギルドも、眠ってしまった仲間たちの看病で、依頼をこなせる者が激減していた。
「オリビアさん、これはただの病気ではありません」
レオナルドが、深刻な顔で古い文献を広げた。
「この症状……夜にだけ活動する、**【ドリームイーター】**というモンスターの花粉が原因だと思われます」
ドリームイーター。蝶に似た美しい姿を持つ飛行モンスターだが、その鱗粉には強い催眠効果があり、眠っている人間の生気を吸って生きるという、厄介な存在だった。
「レオ、そのモンスターはどこにいる?」
店のカウンターで話を聞いていたカイが、険しい顔で立ち上がった。
「おそらく、街の西にある『微睡(まどろみ)の森』でしょう。ですが、下手に近づけば、あなたも眠らされてしまう。非常に危険です」
レオナルドの警告に、誰もが沈黙する。
その時、私が口を開いた。
「レオナルド様。そのドリームイーターは、食材にはなりませんの?」
「……え?」
レオナルドもカイも、呆気にとられた顔で私を見る。
「文献によれば、鱗粉には毒がありますが……何か、食べられる部分はないのでしょうか」
私の突拍子もない質問に、レオナルドは慌てて文献をめくり直した。
「ええと……ありました! 鱗粉は危険ですが、その花の蜜を吸うための口吻(こうふん)の根元にある蜜腺……そこに溜まった蜜は、強力な覚醒作用と滋養強壮効果を持つ、と記されています!」
それを聞いた瞬間、私の頭の中にレシピが閃いた。
「カイ様、危険なのは承知の上でお願いします。そのドリームイーターを、何匹か捕まえてきてはいただけませんか?」
「……分かった。あんたがそこまで言うなら、やってやる」
カイは覚悟を決め、眠り病に罹っていない屈強な冒険者数名と共に、ドリームイーターの討伐に向かった。レオナルドが調合した、簡易的な覚醒薬を懐に入れて。
数時間後、カイたちは傷だらけになりながらも、数匹のドリームイーターを袋に入れて持ち帰ってきた。
私は早速、その蜜腺から、黄金色に輝く粘度の高い蜜を採取する。甘く、しかしどこか薬草のような独特の香りがした。
この蜜を、卵と牛乳、砂糖を混ぜて作ったカスタードクリームに練り込む。そして、バターをたっぷり使って作ったサクサクのパイ生地で、その特製クリームを包み込み、竈で丁寧に焼き上げた。
こうして完成したのが、「ドリームイーターの覚醒パイ」だ。
私は焼き上がったパイを、眠り病に罹ってしまった人々の元へ届けた。眠ったままの彼らの口元へ、小さく切ったパイを運んでやる。
すると、奇跡が起こった。
パイを一口食べた途端、あれほど深く眠っていた人々が、次々と目を覚まし始めたのだ。
「……あれ? 俺は、今まで何を……」
「頭が……すごく、スッキリする!」
人々は、まるで長い夢から覚めたかのように起き上がり、そして、自分たちを救ったのがオリビアの作ったお菓子だと知ると、皆が皆、彼女に感謝の言葉を述べた。
この出来事は、瞬く間に街中に広まった。
「陽だまり亭の女主人が、奇跡のパイで眠り病を治したぞ!」
「彼女は、我々の街を救ってくれたんだ!」
王都の偽りの聖女が人々を失望させる一方で、辺境の元悪役令嬢は、その料理で本物の奇跡を起こした。
人々は、畏敬と親しみを込めて、私のことをこう呼び始めた。
「アズライトの聖女様」と。
彼女は、宮廷の錬金術師を丸め込み、特殊な魔道具を手に入れた。それは、一時的に物を淡く光らせ、聖なる雰囲気をまとわせることができる、見掛け倒しのアイテムだった。
リリアナは、その魔道具を使って普通の小麦を「私が聖なる力で生み出した奇跡の小麦」と偽り、それを使って焼いたパンを、王都の貧民街で慈善活動として配り始めた。
光り輝くパンは、最初は人々を驚かせ、リリアナは「慈悲深き聖女様」と持て囃された。アルフォンス王太子も、彼女の活動を絶賛し、全面的に支援した。
しかし、そのメッキはすぐさま剥がれた。パンの味はごく普通、いや、むしろ不味い。そして、魔道具の効果が切れれば、ただのパンに戻ってしまう。人々の熱狂は急速に冷め、失望へと変わっていった。「聖女様の奇跡は、見世物だったのか」という声が、密かに囁かれ始めた。
その頃、アズライトの街は、静かなパニックに陥っていた。
原因不明の「眠り病」が流行り始めたのだ。罹った者は、まるで泥のように深い眠りに落ち、どんなことをしても目を覚まさない。病は次々と伝染し、街の機能は麻痺しつつあった。冒険者ギルドも、眠ってしまった仲間たちの看病で、依頼をこなせる者が激減していた。
「オリビアさん、これはただの病気ではありません」
レオナルドが、深刻な顔で古い文献を広げた。
「この症状……夜にだけ活動する、**【ドリームイーター】**というモンスターの花粉が原因だと思われます」
ドリームイーター。蝶に似た美しい姿を持つ飛行モンスターだが、その鱗粉には強い催眠効果があり、眠っている人間の生気を吸って生きるという、厄介な存在だった。
「レオ、そのモンスターはどこにいる?」
店のカウンターで話を聞いていたカイが、険しい顔で立ち上がった。
「おそらく、街の西にある『微睡(まどろみ)の森』でしょう。ですが、下手に近づけば、あなたも眠らされてしまう。非常に危険です」
レオナルドの警告に、誰もが沈黙する。
その時、私が口を開いた。
「レオナルド様。そのドリームイーターは、食材にはなりませんの?」
「……え?」
レオナルドもカイも、呆気にとられた顔で私を見る。
「文献によれば、鱗粉には毒がありますが……何か、食べられる部分はないのでしょうか」
私の突拍子もない質問に、レオナルドは慌てて文献をめくり直した。
「ええと……ありました! 鱗粉は危険ですが、その花の蜜を吸うための口吻(こうふん)の根元にある蜜腺……そこに溜まった蜜は、強力な覚醒作用と滋養強壮効果を持つ、と記されています!」
それを聞いた瞬間、私の頭の中にレシピが閃いた。
「カイ様、危険なのは承知の上でお願いします。そのドリームイーターを、何匹か捕まえてきてはいただけませんか?」
「……分かった。あんたがそこまで言うなら、やってやる」
カイは覚悟を決め、眠り病に罹っていない屈強な冒険者数名と共に、ドリームイーターの討伐に向かった。レオナルドが調合した、簡易的な覚醒薬を懐に入れて。
数時間後、カイたちは傷だらけになりながらも、数匹のドリームイーターを袋に入れて持ち帰ってきた。
私は早速、その蜜腺から、黄金色に輝く粘度の高い蜜を採取する。甘く、しかしどこか薬草のような独特の香りがした。
この蜜を、卵と牛乳、砂糖を混ぜて作ったカスタードクリームに練り込む。そして、バターをたっぷり使って作ったサクサクのパイ生地で、その特製クリームを包み込み、竈で丁寧に焼き上げた。
こうして完成したのが、「ドリームイーターの覚醒パイ」だ。
私は焼き上がったパイを、眠り病に罹ってしまった人々の元へ届けた。眠ったままの彼らの口元へ、小さく切ったパイを運んでやる。
すると、奇跡が起こった。
パイを一口食べた途端、あれほど深く眠っていた人々が、次々と目を覚まし始めたのだ。
「……あれ? 俺は、今まで何を……」
「頭が……すごく、スッキリする!」
人々は、まるで長い夢から覚めたかのように起き上がり、そして、自分たちを救ったのがオリビアの作ったお菓子だと知ると、皆が皆、彼女に感謝の言葉を述べた。
この出来事は、瞬く間に街中に広まった。
「陽だまり亭の女主人が、奇跡のパイで眠り病を治したぞ!」
「彼女は、我々の街を救ってくれたんだ!」
王都の偽りの聖女が人々を失望させる一方で、辺境の元悪役令嬢は、その料理で本物の奇跡を起こした。
人々は、畏敬と親しみを込めて、私のことをこう呼び始めた。
「アズライトの聖女様」と。
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