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第9章:食堂の危機と、空飛ぶステーキ
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穏やかな昼下がり。「陽だまり亭」が、いつものように常連客で賑わっていた時のことだった。
店の扉が乱暴に蹴破られ、柄の悪い男たちがぞろぞろと押し入ってきた。身なりは薄汚く、その目つきはチンピラ特有のいやらしさに満ちている。
リーダー格の男が、店中に響き渡る大声で叫んだ。
「おい! ここの飯を食って、俺の仲間が腹を壊したんだ! 食中毒だぞ! どうしてくれるんだ!」
明らかな因縁だった。店にいた冒険者たちが、一斉に警戒態勢に入る。
「なんだてめえら、どこから来たゴロツキだ」
「陽だまり亭の料理で腹を壊すわけねえだろうが!」
しかし、男たちは悪びれもせずに喚き散らす。
「うるせえ! この店は不衛生なんだよ! 保健所の役人も呼んでるぜ! こんな店、今すぐ営業停止だ!」
男の一人が、テーブルを蹴り倒し、もう一人が棚の皿を叩き割ろうと手を伸ばす。
その瞬間だった。
ガッシャーン!という派手な音と共に、皿を割ろうとした男が床に転がっていた。彼の背後には、いつの間にか立ち上がっていたカイが、氷のような瞳でゴロツキたちを睨みつけていた。
「俺の憩いの場で、あまり好き勝手してくれるな」
カイの一言を皮切りに、店にいた冒険者たちが一斉に立ち上がった。彼らは皆、陽だまり亭とオリビアを愛する者たちだ。数の上ではゴロツキたちの方が多いが、歴戦の冒険者たちの放つ殺気は、チンピラの比ではない。
「て、てめえら……や、やっちまえ!」
リーダー格の男が叫び、ゴロツキの一人がナイフを抜き、私に向かって投げつけた。
「オリビアさん!」
レオナルドが叫ぶ。だが、私は冷静だった。
シュッ、という風切り音。私の顔のすぐ横を、ナイフが通り過ぎようとしたその刹那。
カキン!
小気味よい金属音と共に、ナイフが弾き飛ばされ、壁に突き刺さった。私の手には、いつの間にか鉄製のフライ返しが握られていた。
「危ないじゃないですか。食べ物を扱う厨房で、刃物を振り回すのはやめてくださいな」
平然と言ってのける私に、ゴロツキたちは恐怖に顔を引きつらせた。その隙を、カイたちが見逃すはずもなかった。
ものの数分で、ゴロツキたちは全員、のびて床に転がっていた。
「見事なフライ返し捌きでしたね、オリビアさん」
レオナルドが、感心したように言う。
「お褒めにいただき光栄ですわ。手首のスナップが、上手く決まりましたので」
私は何でもないことのように答えたが、心の中は温かい気持ちで満たされていた。
カイが、レオナルドが、そして店の皆が、私とこの店を守るために立ち上がってくれた。私はもう、一人ではないのだ。
この事件で、自分がどれだけこの街の人々に愛されているかを、私は痛いほど再認識した。
「皆様、今日は本当にありがとうございました。お礼と言っては何ですが、今夜は祝宴を開かせてください」
その日の夜。私は感謝の気持ちを込めて、腕を振るうことにした。
食材は、カイと彼の仲間たちが、この前の祝勝会のためにと討伐してきてくれた、とっておきのものだ。
空を飛ぶ竜種の下位モンスター、【ワイバーン】。その強靭な尾の付け根の肉は、「空の牛肉」と称されるほどの絶品だが、血抜きが不完全だと酷い臭みが残るため、調理が非常に難しいとされる。
しかし、私にとっては、それは問題ではなかった。
生活魔法「洗浄(クリーン)」を、肉の内部、血管の一本一本に至るまで作用させるイメージで発動させる。すると、肉塊から見る見るうちに血が抜け落ち、美しい桜色の肉が現れた。完璧な血抜きだ。
その肉を厚切りにし、赤ワインと、私が調合した秘伝のスパイスでじっくりとマリネする。
そして、竈の火を最大まで引き上げ、熱した鉄板の上で一気に焼き上げるのだ。
ジュウウウゥゥッ!!
食欲をそそる音と香ばしい香りが、店中に満ち満ちる。
「さあ、皆様、お召し上がりください。ワイバーンのテイルステーキです!」
大皿に乗せられたステーキは、見事なミディアムレア。ナイフを入れると、柔らかい肉から肉汁がじゅわっと溢れ出す。
一口食べた冒険者たちは、言葉を失った。
「…………うまい……」
誰かが呟いた一言を皮切りに、歓声が爆発した。
「なんだこれ! 天国の味がするぞ!」
「肉が……口の中でとろける……!」
その夜、陽だまり亭は、かつてないほどの笑顔と活気に包まれた。ゴロツキたちの騒ぎなど、もう誰も覚えていない。
美味しい料理は、どんな悪い出来事も、幸せな思い出に変えてしまう力がある。私は、コンロの前でフライパンを振りながら、改めてそう確信したのだった。
店の扉が乱暴に蹴破られ、柄の悪い男たちがぞろぞろと押し入ってきた。身なりは薄汚く、その目つきはチンピラ特有のいやらしさに満ちている。
リーダー格の男が、店中に響き渡る大声で叫んだ。
「おい! ここの飯を食って、俺の仲間が腹を壊したんだ! 食中毒だぞ! どうしてくれるんだ!」
明らかな因縁だった。店にいた冒険者たちが、一斉に警戒態勢に入る。
「なんだてめえら、どこから来たゴロツキだ」
「陽だまり亭の料理で腹を壊すわけねえだろうが!」
しかし、男たちは悪びれもせずに喚き散らす。
「うるせえ! この店は不衛生なんだよ! 保健所の役人も呼んでるぜ! こんな店、今すぐ営業停止だ!」
男の一人が、テーブルを蹴り倒し、もう一人が棚の皿を叩き割ろうと手を伸ばす。
その瞬間だった。
ガッシャーン!という派手な音と共に、皿を割ろうとした男が床に転がっていた。彼の背後には、いつの間にか立ち上がっていたカイが、氷のような瞳でゴロツキたちを睨みつけていた。
「俺の憩いの場で、あまり好き勝手してくれるな」
カイの一言を皮切りに、店にいた冒険者たちが一斉に立ち上がった。彼らは皆、陽だまり亭とオリビアを愛する者たちだ。数の上ではゴロツキたちの方が多いが、歴戦の冒険者たちの放つ殺気は、チンピラの比ではない。
「て、てめえら……や、やっちまえ!」
リーダー格の男が叫び、ゴロツキの一人がナイフを抜き、私に向かって投げつけた。
「オリビアさん!」
レオナルドが叫ぶ。だが、私は冷静だった。
シュッ、という風切り音。私の顔のすぐ横を、ナイフが通り過ぎようとしたその刹那。
カキン!
小気味よい金属音と共に、ナイフが弾き飛ばされ、壁に突き刺さった。私の手には、いつの間にか鉄製のフライ返しが握られていた。
「危ないじゃないですか。食べ物を扱う厨房で、刃物を振り回すのはやめてくださいな」
平然と言ってのける私に、ゴロツキたちは恐怖に顔を引きつらせた。その隙を、カイたちが見逃すはずもなかった。
ものの数分で、ゴロツキたちは全員、のびて床に転がっていた。
「見事なフライ返し捌きでしたね、オリビアさん」
レオナルドが、感心したように言う。
「お褒めにいただき光栄ですわ。手首のスナップが、上手く決まりましたので」
私は何でもないことのように答えたが、心の中は温かい気持ちで満たされていた。
カイが、レオナルドが、そして店の皆が、私とこの店を守るために立ち上がってくれた。私はもう、一人ではないのだ。
この事件で、自分がどれだけこの街の人々に愛されているかを、私は痛いほど再認識した。
「皆様、今日は本当にありがとうございました。お礼と言っては何ですが、今夜は祝宴を開かせてください」
その日の夜。私は感謝の気持ちを込めて、腕を振るうことにした。
食材は、カイと彼の仲間たちが、この前の祝勝会のためにと討伐してきてくれた、とっておきのものだ。
空を飛ぶ竜種の下位モンスター、【ワイバーン】。その強靭な尾の付け根の肉は、「空の牛肉」と称されるほどの絶品だが、血抜きが不完全だと酷い臭みが残るため、調理が非常に難しいとされる。
しかし、私にとっては、それは問題ではなかった。
生活魔法「洗浄(クリーン)」を、肉の内部、血管の一本一本に至るまで作用させるイメージで発動させる。すると、肉塊から見る見るうちに血が抜け落ち、美しい桜色の肉が現れた。完璧な血抜きだ。
その肉を厚切りにし、赤ワインと、私が調合した秘伝のスパイスでじっくりとマリネする。
そして、竈の火を最大まで引き上げ、熱した鉄板の上で一気に焼き上げるのだ。
ジュウウウゥゥッ!!
食欲をそそる音と香ばしい香りが、店中に満ち満ちる。
「さあ、皆様、お召し上がりください。ワイバーンのテイルステーキです!」
大皿に乗せられたステーキは、見事なミディアムレア。ナイフを入れると、柔らかい肉から肉汁がじゅわっと溢れ出す。
一口食べた冒険者たちは、言葉を失った。
「…………うまい……」
誰かが呟いた一言を皮切りに、歓声が爆発した。
「なんだこれ! 天国の味がするぞ!」
「肉が……口の中でとろける……!」
その夜、陽だまり亭は、かつてないほどの笑顔と活気に包まれた。ゴロツキたちの騒ぎなど、もう誰も覚えていない。
美味しい料理は、どんな悪い出来事も、幸せな思い出に変えてしまう力がある。私は、コンロの前でフライパンを振りながら、改めてそう確信したのだった。
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