『悪役令嬢、ステーキハウスで世界を平らげる』~追放されたけど、味覚チートと経営才覚で元婚約者も国王も胃袋から屈服させます~

緋村ルナ

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第6章:愚かな兄が追放したのは、王国最高の至宝でした

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 店の経営が軌道に乗り、エルベルグの町が私の料理で活気づいていたある日、店の前に見慣れない豪華な馬車が停まった。降りてきたのは、見覚えのある銀髪の青年。その顔立ちは、私を追放した元婚約者、アルフォンス王太子によく似ている。だが、その瞳に宿る光は、兄のそれよりもずっと理知的で、冷静だった。

 第二王子、セオドア・フォン・エルマイヤー殿下。
 彼の訪問に、店内の客たちが息を飲む。セオドア殿下は供も連れず一人で店に入ってくると、真っ直ぐに私の前に立った。

「……久しぶりだな、レティシア嬢」
「これはこれは、セオドア殿下。このような辺境の食堂に、何の御用でしょうか」

 私は平静を装い、優雅にカーテシーをしてみせる。心の中では、ついに来たか、と身構えていた。王都からの刺客。面倒なことになるかもしれない。

「兄上が、君の店の噂を耳にした。曰く、『辺境の町で民衆を扇動し、悪影響を及ぼしている公爵令嬢がいる』と。私はその真偽を確かめるために派遣された」

 彼の言葉は淡々としていたが、その瞳は私と、そしてこの店を値踏みするように観察している。
「悪影響、ですか。私がやっているのは、ただ美味しいステーキを提供しているだけですけれど」
「その“だけ”が、問題なのだそうだ。労働者たちが、君の店の料理のために仕事を早く切り上げすぎるとか、他の飲食店の経営を圧迫しているとか……まあ、言いがかりの類だろうがな」

 セオドア殿下はそう言うと、ふぅ、と息を吐いてカウンター席に腰掛けた。
「調査も任務のうちだ。私も、君の店の料理とやらを試させてもらおう。一番人気だという、サーロインのミディアムレアを」
「……かしこまりました」

 私は黙って頷き、完璧な手つきでステーキを焼き始めた。彼が敵ならば、その舌と胃袋を、力づくで屈服させるまで。私の持てる技術の全てを、この一枚に込める。

 ジュウウウウウッ!

 香ばしい匂いが立ち上り、セオドア殿下がわずかに眉を動かしたのが分かった。焼き上がったステーキを彼の前に置く。彼はしばらくその完璧な焼き色の肉塊を眺めていたが、やがてナイフを手に取った。

 一口、口に運ぶ。
 彼の動きが、ぴたりと止まった。理知的な表情が驚愕に変わり、目が見開かれる。もう一口、さらにもう一口と、彼は夢中になったようにステーキを食べ進めていく。その合間にはサラダバーの進化野菜を頬張り、その味の深さにまた驚き、ドリンクバーの炭酸水で口の中をリフレッシュさせては、再び肉に戻る。

 そして、最後の一切れを名残惜しそうに飲み込んだ後、セオドア殿下は天を仰いで、ぽつりと呟いた。

「……信じられん……。これが、あの安価な辺境牛から作られているなど……」
 彼は私の方を向き、その瞳には先ほどの冷たさはもうなかった。代わりに宿るのは、純粋な感嘆と、そして深い後悔の色。

「……兄上が追放したのは、一体何だったのだ……。悪女などではない。これは……これは、王国最高の至宝だったのではないか……?」

 彼の震える声を聞きながら、私は確信した。彼は敵ではない。私の料理の価値を、そして私の本当の姿を、誰よりも正確に理解してくれる協力者になる、と。
 この出会いが、私の運命を再び王都と、そして世界へと繋げていくことになるのだった。
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