生徒会執行部の剣姫

生獣屋 芽怠

文字の大きさ
21 / 26

第二十話 立ち向かう強さを

しおりを挟む
 
 まだ手が痛かった。

 暗闇の中、ボクは自分の手を見つめている。
 大切な人をこの手で叩いてしまった、お父様の話を聞きたくなくて。

「……ボクは最低です」

 かなめさんはボクを嫌いになって無かった、ボクの為に一生懸命で。それなのにどうして叩いてしまったのだろう。
 かなめさんが置いていった封筒、お父様が書いた手紙。
 何が書いてあるのだろう。ボクをどう思っていたのだろうか。
 見てみたい。

 ――でも怖い。

 あの日の光景が今も脳裏に焼き付いて離れない。
 真っ黒な木刀を掲げたあの姿、思い出すだけで身体が震える。

「嫌だ、嫌です……」

 肩を抱きしめて震えを押さえようと力強く必死に掴む。

 怖い、怖いよ。

 果てしない暗闇に飲まれていく感覚は鳥肌を誘発し、どこまでもどこまでも落ちる。這い上がろうとも上には行けずに深淵へと引き摺り込まれて現実逃避に心を委ねる。
 もうこのまま大好きな彼にも会えない、そんな妄想に涙が伴う。

 ボクは、臆病者だ。

 絶望に立ち上がる勇気がなくなった頃、唐突に大好きな彼の顔が頭に浮かんで来た。
 さっきまでボクに一生懸命だった彼の姿が。

「……かなめさん」

 酷い事を言った。

 嫌だからと叩いてしまった。

 それなのに彼はボクに変わらない気持ちを伝えてくれた、好きだと言う気持ちは変わらないって。
 封筒を見つめ、手を伸ばそうと努力する。

 でも、脳裏にあの日の光景が現れて身体を震えさせた。

 怖い、お父様の手紙を読むのが怖い。

 恐怖が頭を巡る中、さっき彼が言ってくれた言葉が再生を始める。

『いい加減逃げるのは止めよう。お父さんから、何より自分自身から』

 ボクは逃げている、自分自身の恐怖を感じる心から逃げているんだ。

 ボクが何度も拒んだのに彼は逃げる事なく言い続けたじゃないか。

 逃げていた。

 お父様から、何よりも自分自身から。

 何が書いてあるかは分からない。
 怖いけど……でも、逃げていたらボクはこれから先、未来に進めない気がするから。

 立ち向かおう。

 そして、かなめさんに謝らなきゃ。

 ゆっくりと封筒に手を掛けた。

 封筒の中に数枚の紙があった。これには何が書いてあるのだろう。いざとなるとやはり怖い。
 でも、かなめさんが必死にこれをボクに届けたんだ。

 読まなきゃ。

 部屋の明かりを点け、静かに読み始めた。

『誠十郎へ手紙を書く。私は手紙を書くのは苦手だ。だから読み難いかもしれん。そこは了承してもらうと助かる。さて、何から書けば良いのか、悩みながら筆を持っている。書く事は悩む必要は無いのだろう。私が言いたい事を書けば良いのだ。もしかしたら読んで無いかもしれない。私は酷い親だったからな。それでも私は書かなければならない。

 今更かもしれない、それでも、それでも言わせてくれ。済まなかった。言い訳に聞こえるかもしれないが、柳刃家は由緒正しい剣の家柄だ。私の父からずっと言われ続けて来た、この家を守るのは義務だと。だから私は必死だった、柳刃家を守るのに必死だったのだ。その必死さが周りを見えなくしていたのだと思う。跡継ぎは男でなければならない。そんな理由で私はお前を傷つけた。

 身体にも、心にも深い傷を残してしまった。

 殴った日、私は血を流し震えるお前を見た時、今自分がした事を後悔した。家の為に娘を傷付けて、私は最低の人間だった。何をやっているんだと何度も自分を責めて夜は眠れなかった。次の日に謝ろうとお前に声を掛けたが身を縮めて震え、私の目を見ようとして無かった。改めて私がやってしまった事を実感させられたよ。

 数年、まともに話せず苦しかった。だがこんな苦しみに比べたら、私がお前にやってしまった事の方が何倍も苦しい。本当に済まなかった。許してもらえないかもしれない。それでも、私は謝るしかお前にしてやれない。

 この手紙は今病室で書いている。もう私も長くないだろう。私が癌になってしまったのは罰なのだろう。誠十郎、勝手なのは重々分かっているのだが、女の子として生きて欲しい。名前も変えても良い。本当に済まなかった、済まなかった』

 手紙を読み終えた。しばらく何も考えられなくて手紙を見つめるしか出来ない。

 これがお父様の気持ち。少し信じられなかったけど、確かにお父様の字だ。

 お父様はボクが嫌いなんだとずっと思っていた。

 でも、ずっと後悔していたんだ。それも何年も長い間。
 ボクはお父様の気持ちを理解してあげられなかった。最後の最後まで。
 柳刃家の為に努力し、悩んでいたんだ。お父様がやった事は許されないと思う。でも、何年も後悔して苦しんだんだ、お父様だって苦しかったんだ。

「……お父様」

 不意に遠い日を思い出す。あれはお父様が亡くなる寸前だった。
 衰弱し、抗癌剤の影響で髪の毛が抜け落ちてしまった姿。親戚の人達とお母様とボクが側にいた。はっきりしない意識の中でお父様はボクを見つめていたのを覚えてる。
 きっと、謝りたかったんだ。それなのにボクは視線を逸らしてしまった。

「あ、ああ……ボク、なんて事を……」

 最後まで理解してあげられなかったんだ。謝ろうとしていたのにボクは拒むばかりで殻に閉じこもって……。
 ごめんなさい。お父様の気持ちを分かってあげられなくてごめんなさい。

「ごめん、なさい……ごめんなさい」

 歪む視界。涙で濡れて周りが歪んでしまう。泣いた、泣き続けた。涙が涸れてしまうのではないかと思うくらいに。

 立上がり部屋を飛び出す、目指すはお父様の部屋。廊下を駆け、部屋に辿り着く。障子を開けるのを躊躇してしまう。

 今まで怖くて見る事すら出来なかったから。

 でも、弱い自分に立ち向かわなくては。かなめさんが教えてくれたんだ。

 逃げちゃダメだって。

 木刀を掲げたお父様の姿が脳裏に現れる、それを思い返す度に身体が震える。
 このまま逃げ出してしまいたい。怖い、怖い。

 ――逃げちゃダメだ。

 ボクは障子に手を掛けた。

 何年ぶりだろう、お父様の部屋に入るのは。部屋中に賞状がたくさん飾られていた。剣道大会で優勝したものがほとんどだ。
 部屋の奥には仏壇がある。位牌にはお父様の名前が。あの日のトラウマを不利払う様に頭を振り、それから進む。

 近付く事に心臓がドクン、ドクンと激しく鼓動。

 逃げちゃダメだ。ボクはお父様とちゃんと向き合わなくちゃ。
 そしてようやく辿り着き、座布団に正座した。

「……お、お父様、手紙を読みました。お父様は謝ろうとしてくれてたんですね……ボクはそれを知らずにただ拒むばかりで……お父様の気持ちを考えてあげられませんでした。ごめんなさい、ごめんなさい! ボク、自分が恥ずかしいです。お父様の事を考えてあげられなかった、目を合わせようともしなかった、あまつさえ……亡くなる最後までお父様に話しかけませんでした! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 何度も謝る。何度も、何度も。

 どれだけ謝っても、お父様はこの世にいない。それでも謝りたかった、自分の腑甲斐無さが許せなくて。
 そんな中、部屋にお母様が入って来た。今の話を聞いていたんだろう。

「……お母様、ボク、お父様の気持ちを考えてあげられませんでした。ボク、ボク……」

「誠ちゃん!」

 温かいぬくもりがボクを包む。それはお母様の温もり。
 駆け寄り抱き締められた。

「誠ちゃんだけが悪いんじゃ無いのよ、わたしもちゃんとあの人と話し合って誠ちゃんを普通に育てるべきだったのよ。ごめんなさい……でもお父様の気持ちを分かってくれてありがとう。お父様だけじゃない。わたしも、悪かったわ……誠ちゃんに辛い思いをさせてしまったんだから。ごめんなさい、ごめんなさい」

「お母様……」

 ボクも謝りながら泣いた。それぞれが過ちを認め、謝罪し合う。
 この日、ボクはお父様の気持ちを理解出来た。それは彼のおかげで。

 泣き合いながら時間が過ぎて行く。ようやく落ち着き、二人に笑顔が生まれ始める。
 これからをちゃんと進んで行こう。それを決意する笑み。

「お母様、ボク、まだやる事があります。かなめさんに謝らなきゃ」

「そうね。かなめくんのおかげで向き合えたんですものね……ねぇ誠ちゃん、女の子の服を来てみたら? きっとかなめくん喜ぶわ」

「女の子の……服」

 確かにそうかもしれない。今まで女の子らしい格好をかなめさんに見せた事が無い。

 でも、着られるだろうか。

 今まで女の子らしい格好をするとトラウマのせいで吐き気がしていた。
 でも、かなめさんに見て欲しい。ボクの女の子らしい格好を。

「ボク、着ます! 頑張って着てみます。そして……かなめさんに謝るんです。謝って、次は感謝の言葉を伝えなきゃです」

「うん、そうね誠ちゃ……ああ! そう言いえば誠ちゃん、女の子らしい服持って無いでしょ? お姉ちゃん達はみんな持って行っちゃってるし……どうしようか? もう夜も深い。お店閉まっちゃってる」

「……そうだ、鈴ちゃんに頼んでみます! お母様、ボク電話して来ます!」

 部屋を飛び出し電話を目指す。

 自分の部屋に戻り携帯を取り出し、鈴ちゃんへとかける。
 すると直ぐに電話に出てくれた。

『せい? どうしたのこんな夜遅くに。それに二日も学校休んで……まぁそれはいいか。それで? どうしたのせい?』

「鈴ちゃん、ふ、服を……鈴ちゃんの服を貸して下さい! お願いです!」

『え……あたしの服って……わ、分かったわ、今から家に行くから!』

 今まで女の子の服を着た事の無いボクが夜遅くに服を貸してと言ったから、タダごとじゃ無いと察してくれたんだと思う。

 それから数分後、鈴ちゃんが来てくれた。ボクの部屋に案内して理由を話す。

「……そう、そんな事があってたの」

「はい。……ボク、やっとお父様と向き合えました。まだ恐怖は消えてませんけど、けど、少しずつそれを薄めて行きたい思ってます。かなめさんのおかげだから、だから女の子の服を来て、かなめさんに謝りに行きたいんです」

「そっか。……せい、実はあなたに謝らなければならない事があるの。あたしが後藤かなめにせいの過去を教えたわ。ごめん、ごめんなさい。まさかこんな事になってるなんて思いも寄らなかったから……ごめん、あたし、昔からダメだね。あたしがせいに女の子の服を着るなんて言わなかったら傷つく事は無かったのに……ごめんなさい」

 大粒の涙が地面に染み込む。鈴ちゃんが泣いている。
 ボクは鈴ちゃんを優しく抱き締めた。

「せ、い?」

「鈴ちゃんは何も悪くありません。ボク、本当に嬉しかったんですよ? 鈴ちゃんの様に可愛らしい格好が出来て……嬉しかった。あの日起こったのは決して鈴ちゃんのせいじゃないです。だから自分をもう責めないで。ボクはもう大丈夫ですから。今度は鈴ちゃんが楽になる番です。ボクは鈴ちゃんを恨んだ事なんて一度も無いです」

 過去を無かった事には出来ない。でも、それを教訓に過ちを繰り返さない事は出来るはず。

 前を見よう、より良い未来を目指して。

 しばらく鈴ちゃんは腕の中で泣いていた。もう自分を責めないで欲しい。
 ボクも逃げない。弱い自分から逃げないで戦うから。

「ありがとう、せい。あたしを許してくれてありがとう」

「ボク、最初から恨んでいませんでしたよ?」

「分かってる、分かってるけど、それでもありがとう……ぐすっ、ごめんね取り乱して。ほら、これ」

 鈴ちゃんが紙袋を差し出す。それを受け取り中身を見てみる。
 紙袋の中には水色のワンピースが入っていた。

「それで良かったかな? これはもしせいが服を着られる様になったらプレゼントしようとしていた奴なの。これあげるわ、それを着て……後藤かなめのところに行ってきなさい」

「ありがとうです。ボク、大切にします。本当にありがとう」

 笑顔で「頑張って」と言って鈴ちゃんは帰って行った。

 さあ、着よう。自分自身に勝つんだ。

 いざ着るとなるとやはり緊張してしまう。今までトラウマのせいで女の子の服を着ると吐き気が出てしまうから。過去の恐怖がそう言った形で表れてしまう身体。
 でも、ボクは逃げずにお父様と向き合ったんだ。だから、このトラウマを克服しなきゃ。
 服を脱ぎ捨て、青色のワンピースに挑む。

「くっ……はぁ、はぁ、大丈夫、大丈夫……ボクはもう逃げてばかりの女じゃない」

 意を決し、ワンピースに着替えた。

「……あれ? 吐き気が無い。無いです……普通に着られる」

 どうして? 今までならこんなに普通ではいられなかったのに。
 もしかして、お父様とちゃんと向き合えたから?
 それしか考えられない。ボクは変わったんだ。
 嬉しさが込み上げて来て、直ぐに鏡を覗き込む。
 鏡の世界には、女の子の柳刃誠十郎が笑っている。
 その身に青いワンピースを纏って。

 ――遠い記憶が蘇る。

 あの日、鈴ちゃんが着せてくれた服を食い入る様に見ていたんだ。
 あの時と同じ光景。でも、見せる相手が違う。

「行かなきゃ」

 部屋を飛び出す。目指すは大好きな彼の元へ。

 謝らなきゃ、ごめんなさいって。

 その前にお母様のところに行っておかなくちゃ。ボクがトラウマを克服出来た事を伝えなくちゃ。
 お母様の部屋に来た。襖をノックすると中からお母様の声が。それと同時に襖が開き、お母様が出て来てボクを見つめる。

「可愛いわ誠ちゃん。あなたは誰が見たって可愛い女の子よ……さ、行ってきなさい」

「はい、行って来ますお母様」

 こうして夜の世界へ駆け出す。

 暗い夜道をひたすらに走る。伝えなきゃ、謝罪と感謝を彼に。
 息が切れる。二日もの間、部屋に閉じこもっていたから体力が落ちたらしい。
 でも、そんなのどうだって良い。ボクは大切な人を傷つけてしまった。
 拒絶の言葉を言ってしまったんだ。謝らなきゃ。
 商店街を抜けた。もうすぐ彼の家に辿り着く。

「あれ? 柳刃ちゃん?」

 後ろから声を掛けられた。走りを止め、振り返るとそこにいたのはかなめさんのお姉様、後藤まりあがそこに。
 どうやら仕事帰りらしい。

「あ、まりあさん」

「どうしたのこんなところで? ……ふに? その格好……」

 驚いきながらボクを見ている。この格好で驚くって事はまさかまりあさんもボクの過去を知っているって事?

「まりあさん、もしかしてボクの過去を知ってるんですか?」

「ふに、えっと、その……」

 まりあさんが申し訳なさそうに何故知っているのか話してくれた。文化祭の保健室でボクが眠っていた時に鈴ちゃんから聞いたそうだ。

「ごめんなさい。嫌だったよね知られるの」

「もう良いんです。ボク、かなめさんのおかげでお父様と向き合えたんです。かなめさんにボクは酷い事を言ってしまったんです。だから、今から謝りに行くところなんです」

「そう。なら行こう、かなめちゃんと早く仲直りして……かなめちゃんを振り向かせる勝負をまたしよ! まりあは負けないからね!」

「ボクだって負けないです!」

 二人して笑い合う。さぁ、謝りに行こう。待ってて下さいかなめさん。
 まりあさんと二人で歩く。もうすぐかなめさんの家だ。

 もうすぐ……。

 突然だった。まりあさんの携帯が鳴り響く。

「ふに~? 誰から……あ、お母さんからだ。はいもしもし?」

 どうしてだろう。電話に出てからまりあさんの顔が厳しくなって行く。
 一体どうしたのだろうか。

「……嘘。お母さん、今言ったの嘘だよね? 何かの間違い……だよね? まりあ信じない、信じないもん!」

「まりあさん? 何かあったんですか?」

 おかしい。あんなに動揺したまりあさんを見るのは初めてだった。
 まりあさんは震える口で訳を話し出す。

「か、かなめ……ちゃんが……意識不明で救急車で病院に運び込まれたって……」

「……え?」

 何処かで何かが壊れる様な音が聞こえた気がする。

 ああそうか、ボクの心が悲鳴をあげたんだ。

 かなめさんが意識不明?

 病院に運び込まれた?

 なんだそれは、なんて悪質な嘘だ。
 嘘に決まっている、だってこれから家に行ってかなめさんに謝るんだから。
 きっと、別人だよ、きっと、きっと……。

「う、嘘、嘘です!」

「ま、まりあだって嘘だって思うけど……だけど……とにかく家に急ごう。お父さんとお母さんが今から病院に行くみたいだから」

 そのまま走り出す。かなめさんに一体何があったの? だってさっきまでボクに逃げるなと教えてくれてたのに。
 嘘であってほしい。間違いであってほしい。かなめさんは無事だと言ってほしい。

 かなめさんの家が見えて来た。息を切らしながら近付いて行くと、家の前にめいさんが立っている。ボク達に気が付くとこっちに走りよって来た。

「姉さん! 早く! 今から病院に行くから!」

 めいさんの手が震えている。かなめさんが心配でそうなっているんだ。
 家から車が出て来た。運転しているのはかなめさんのお母様だ。助手席にはお父様が乗っている。

「あ、あの、ボクも連れて行ってくれませんか? お願いします!」

 するとみんなが了承してくれた。急いで車に乗り込み、夜道を進む。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん……」

 ブルブル震えながらめいさんがかなめさんを心配している。何度もお兄ちゃんと口にしながら。
 まりあさんはめいさんを抱き締めて一緒にかなめさんを思う。

「大丈夫だよ、かなめちゃんは大丈夫だよ。大丈夫、大丈夫……」

 お父様とお母様達は無言だった。心配で緊張している顔だ。
 両手を胸の前で組み、ボクもかなめさんの無事を祈る。

 かなめさん、無事でいて下さい。ボク、まだ謝って無いんですよ。

 もう一度かなめさんと楽しい日々を取り戻したいんです。

「かなめさん……」

 怖い。両手から幸せが床に落ちてバラバラに。
 そんな不吉な事しか考えられないなんて。考えたくない、考えなくないよ。
 かなめさんが居なくなる事なんて。

 しばらくして車は病院に到着した。直ぐにドアを開けて走る、ただひたすらに。
 受付でかなめさんが居る場所を聞くと、今手術中らしい。急いでそこへ向かう。

 手術室へとやって来ると、そこに誰かが居る。男と女の人だ。ボク達に気が付いてこっちに近付く。
 女の人が話し出す。

「後藤かなめくんのご家族ですか? 私は浅倉と申します。こっちは田中、私達は警察の者です」

 警察手帳を差し出した。

「一体息子に何があったんですか?」

 かなめさんのお父様が警察の人に事情を尋ねる。
 どうして警察の人がいるの? かなめさんに一体何が。

「えっとですね、どうも同じ学校の子と喧嘩をしていたらしいのですが、喧嘩相手がバットでかなめくんの頭を殴って逃亡してます。傷害の疑いで捜査しているんですがまだ見つかっていません」

 かなめさんが喧嘩? そんな馬鹿な。きっとその喧嘩に巻き込まれただけなんだ。

「喧嘩相手は秋津光一と言うんですが、何か知っている事はありませんか? どんな些細な事でも構いません」

「秋津光一……初めて聞く名前です。みんなは知っているか?」

 かなめさんのお父様の問い掛けだったがみんな知らないと言うばかり。
 ボクも聞いた事の無い名前だ。秋津光一、そいつがかなめさんに酷い事を。
 それからいろいろ質問に答え、かなめさんがどう言う状況下を訊く。

「医者の話では難しい手術らしいです。……では私達は失礼します。行くわよ田中」

「あ、待ってよ百合ちゃん!」

 警察の二人が行ってしまう。手術はまだ終わらないみたいだ。
 かなめさん、大丈夫ですよね?

「……とにかく待つしかない。ほら、みんなイスに座ろう」

「お父さん、大丈夫だよね、お兄ちゃん大丈夫だよね!?」

「大丈夫さ、だから手術が終わるのを待とう、めい」

 今にも泣きそうな顔だ。それだけかなめさんを心配している証拠。それから近くにあったイスに座り、待った。ただひたすらに。

 かなめさんにこの格好を見てもらいたかったのに。

 かなめさんに謝りたかったのに。

 かなめさんの笑顔が見たいだけだったのに。

 頭の中はかなめさんで埋め尽くされて行く。きっと大丈夫、だから信じて待つしかないんだ。

「ダメですよまだ動いちゃ!」 

 突然の声、後ろを見るとそこに看護師さんが包帯姿の誰かを心配していた。その人は壁に寄り掛かりながらこっちに近付いて来る。
 身体中傷だらけ、服もボロボロ。包帯だらけだったけど、金髪のツンツン頭が印象的だ。あの人は確か同じ学校の人。そうだ、かなめさんの知り合いだったはず。名前は確か……霧島零。

「ぐっ……くっ」

 今にも倒れてしまいそうなほどフラフラだ。それでも近付いて来る。
 近付いて来たのに気が付いてみんなで霧島零を見つめる。

「あら? あなたは零くんじゃない?」

「え? かなめさんのお母様、この人を知ってるんですか?」

「ええ、かなが小学校の頃、仲良しだった子よ。良く家に遊びに来ていたのに中学になってから遊びに来なくなったけど……もしかして、かなの事何か知ってるの? 零くん」

 すると霧島零は床に倒れる様にしゃがみ、土下座して言葉を放った。

「すいませんでした! オレがかなめを巻き込んだんです! ぐっ……痛っ、す、すいませんでした!」

 霧島零は目に涙を浮かべ、謝罪の言葉を紡ぐ。

「一体何があったの? 詳しく話してくれない?」

 お母様がそう問い掛けると、語り始めた。
 霧島零が上級生と喧嘩をしていたところにかなめさんが助けに入った。その上級生が秋津光一。彼はバットでかなめさんの頭を殴り、そのまま逃げているらしい。
 意識が無くなったかなめさんを担いで運んで来たのは霧島零だ。警察に事情を話したのも彼だった。

「そう。……かならしいね」

「うん、かなめちゃんらしい。目の前で苦しんでいる人を見逃せない」

「お兄ちゃんは自分の信念を貫いたんだ……」

「そこはかなめを褒めるべきだが……」

 悲しそうで、辛そうに後藤家全員が手術室を見つめている。
 少しして、かなめさんのお父様が霧島零に近付いて行く。

「顔を上げてくれないか霧島くん。君だけが悪い訳じゃない。それに君はかなめを病院に連れて来てくれたじゃないか、そんな身体で。かなめは大丈夫だから、だからもう頭を下げないでほしい」

「……はい、本当にすいませんでした」

 看護師さんが霧島零を連れて行く。誰かの肩を借りないと歩けないくらいボロボロな身体なのに、かなめさんを病院まで。
 どれだけ申し訳なかったかは、彼の涙が表してくれてた。

 彼を責める人はここにいなかった。

 責めて何になる? もう起こってしまった事、今出来るのはただ信じて待つだけ。
 残酷だけど、それしか出来る事は無い。

 かなめさん、ボク、信じて待っています。ずっと待ってます。

 かなめさんがまた笑顔になってくれる時を夢見ながら。





 数時間後、かなめさんの手術は無事終了したのだが、まだ油断ならない状態なので面会は出来なかった。

 ボクの謝罪はかなわない。

 もう夜中、かなめさんのお父様が家まで送ってくれると言ってくれた。
 本当はずっと居たかった。でも、こんなに遅いときっとお母様が心配しているはず。
 だから帰る事にした。
 車の中は無言、静かで車のエンジン音しか聞こえない。

 家に到着した。車から降りて力無く歩く。
 通り過ぎて行く車を見送りながら、寂しさを覚える。

 そして嫌なビジョン。

 あのままかなめさんが何処か遠くへ行く悪夢。

 完全に車は視界から消えた。どうして車とかなめさんをダブらせてしまったんだろう。

 嫌な想像だ。

 無事に手術は終わったじゃないか、終わったんだよ。
 でも、胸に穴が開いた寂しさは今もその穴に風を通していた。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※表紙はAIにより作成したものです。 ※小説内容にはAI不使用です。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」「カクヨム」様にも掲載しております。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした

ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。 しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義! そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。 「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...