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第2話 彼と地獄と私と
しおりを挟む焦燥感に苛まれながら家路を目指している、2階建ての青い屋根が特長の我が家の玄関までたどり着いた。
「ただ……いま~」
家のドアをゆっくり開き、気付かれない様に小声で言う。誰も気付かない事を祈りながら廊下を進む、これがドロボーの心情なのかな?
でも、それは無駄な努力とすぐに知る事になる。
「まこと、何してんの?」
「ひぃ! ……な、なんだ、心(しん)かぁ、びっくりするでしょ?」
突然の声を聞いて振り替えると、そこには弟の皆川心(みながわしん)がいた。
年が結構離れている、心は8歳で今年から小学校2年生だ。黒い髪はやや短く、クリクリとした大きな瞳とほっぺたが真っ赤なのが特長。
「心、お姉さんを今、見なかった、お姉さんは2階の私の部屋に居るの、良い?」
「? まことはここにいるよ?」
「いや、だからね……」
急に頭に異変を感じた、ドガっと言う音と共にそれは来た。
この音は私の頭を鷲掴みされる音である。
つまり……。
「あらあら、お帰りなさいまことさん。ず・い・ぶ・ん・と・お・は・や・い・お・か・え・り・で・す・ね……?」
私の母親です。もうダメです。コロサレル!
「おしおきですね!」
「まってママ、じ、実はこれには訳が……」
ママの顔は無表情だけど、目が問答無用と言っている!
私はママの部屋へと引きずられていく。ヤバイ、このままでは死んでしまう!
「まって、まって、話を……」
引きずられながら、ママの部屋に引きずり込まれ無情にもドアが閉まる。
「あーーーーーーーーーーーーーーー!」
私の悲鳴が木霊する。
し、死ぬかと思った。あの禁断の『おしおき』は一番怖いおしおきだ。その次に怖いものは……ごめんなさい、思い出したくない、怖いです。
「まことさん、お腹空いてるでしょ?」
「あ、うん、すごく」
ママは台所で夕飯のカレーライスを温めている、見た目は二十代だと紹介しようものなら誰でも信じる程に若々しくて高校生の娘がいるとは思えない容姿だ、よく姉に間違われる。
ショートの栗色の髪、少し細い目と右の泣き黒子が特長だ。私の髪は母親譲り、怒らせなければ優しい母親だ。
穏やかな気持ちでテーブルで料理が出来るのを待っていたら、弟の心が駆け寄って来た。
「まこと、まこと、しりとりやろ!」
心は今しりとりがマイブームだ、いつもしようと言ってくる。全く、可愛い奴め。
「いいよ、じゃあ私からね、……アリ」
「り、えっと、り……リンパせん!」
なぜそれをチョイスした?
しかも、ん、つい付いているし。
「んが付いた、私の勝ち~」
「んーーーーーー!」
頬を風船のように膨らませて悔しがっている、ふふっ可愛い。
年が離れているせいか弟が可愛くて可愛くて仕方がない。
「もっかい、もっかい!」
「よ~し、じゃあ心からいいよ!」
「えっとね~……ぜいきんもんだい!」
あんた本当に小2? そんな言葉を何処で覚えて来るのよ? 多分、意味は分かってないんだろうな。あ、いけない、次を言わなくちゃ。
「い、犬」
「ぬ、ぬ……ぬるいたべもの!」
そんなの食べたくないよ。この子の頭の中どうなってるか開いて覗いてみたい。
「そんな答えはダメだよ」
「んーーーーーー!」
また悔しがる。あぁ、可愛い、心の悔しがる姿が私の心を刺激し、これでもかとくすぐる。もう駄目、我慢出来ない!
「わぁ! やめろ~! まこと、やめろ~! くすぐったい~」
心を思いっきり抱き締めて、膨らんだ頬を指でつんつんする。やっ、柔らかい! 心で楽しんでいるとママが料理を運んで来た。
「カレーライス出来ました……あらあら、うらやましい事してるのね、じゃあママも」
二人して心をオモチャにした。
私の家族はいつもこんな感じだ、パパは長期出張中で今はママと私と心の三人で暮らし。
ママは優しくて料理も旨い、ただ、怒らせないように努力をしているのだけど。
「うん、おいしい」
「今日は隠し味にトマトケチャップを入れてみたの、よかったわ、まことさんがおいしいって言ってくれて」
ママは何故か私をさん付けで呼ぶ、理由は単純であるドラマの中で母親が子供にさん付けをしていたのをどうやら気に入ったらしい。
心の事はちゃん付けだけど、将来はさん付けで呼ぶらしい。
「さぁ心ちゃん、もう歯磨きして寝ましょうね?」
ママは心を洗面所へ連れて行こうとした。
「いい、ぼく一人で出来るもん」
「あら、そう? ……そっか心ちゃんはもうお兄さんだもんね」
「うん、お兄さんだもん!」
心はそう言うと洗面所へと駆け出して行く。
「……寂しいものですね」
子離れ出来ていないママは寂しそうに心を見詰めていた。
「ごちそうさま!」
「食べ終わりましたね、まことさんお風呂入っちゃって下さいね」
「は~い!」
すぐにお風呂に入り終わり、階段を上がって、2階の最初に見える部屋に入る。ここが私の部屋だ。青を基準とした内装で勉強机と本棚、ベットにぬいぐるみを置いてある。映画とか好きなのでソフトが本棚に数本ある。
そんな落ち着ける場所でふぅ、と溜め息をし、ベット座り、すぐに潜り込んだ。
「佐波峻……か」
あの出来事は夢だったのでは無いのか? 地獄の門を守る、か。なぜあんな化け物がこちらの世界に出て来るのだろう?
なぜ彼がやらなくてはいけないのか? 謎だらけだ。フッと彼の言葉が頭をよぎった。
『まこちゃん』
あの甘いマスクであんな恥ずかしい愛称を呼ばれるなんて、顔が少し赤くなってしまった。
性格はちょっと変かもしれないけど悪い奴ではないっぽい、まだあって間もないけど第一印象はこんなもんかな。
色んな事を考えていたら何だかもう眠い。
明日、彼にもう一度会う。その時色々聞くんだ。何故か、あんなに恐ろしい事に合ったと言うのに、またあのマンションに行きたかった。
彼に、佐波峻に会うために……。
好奇心は私を狂わせる。
翌日、学校が終わり、あのマンションへと向かう。
何だろう、今頃になって急に不安になってきた。歩く度に昨日の恐怖が蘇る。
例のマンションの前に到着する、やはり入ることに躊躇していた。でも、全てを知りたいという思いが私を突き動かす。あの恐怖を飲込み、私は足を一歩動かし、入って行く。
「は! ここ十階建てだった!」
息を切らしながら、ようやく彼の部屋の扉までやって来た。息が上がる。
「はぁ、はぁ、やっと……ついた」
やはり、十階建てって私にはキツい。マンション作ったヤツ、エレベーターくらい付けとけ!
取り敢えず呼び出しボタンを押す。音が鳴り、中から足音が聞こえ、扉が開く。
「待ってたよまこちゃん!」
何だか、やたらとテンション高くない?
「こ、こんにちは……」
「入って、入って、ボーッとしてないでさ!」
「あ、あの……何でそんなにテンション高いの?」
「だって、まこちゃんのお土産楽しみで!」
呆れた。
部屋に入ると、すぐに彼はテーブルにお茶を運んで来てくれた。こんなところはちゃんとしているのね。
「それで? お土産は?」
凄く目をキラキラさせている、とても楽しみにしていたらしい。まるで子供みたい。見ていると、弟の心を思い出す。
「……はい」
渡したのは家にあった少し黒くなったバナナだ。これはちょっとした嫌がらせ、さて、彼はどんな反応をするのかな?
「ありがとう!」
更に目をキラキラさせた。
これでいいんだ。
「……それじゃあ、教えて」
「ふぃふぃよ~(いいよ~)」
早速食べているし、バナナを飲み込むと話し始めた。
「どこから話そうかな? そうだな……俺はね、昔、一回だけ死んだんだ」
「え?」
唐突すぎる彼の言葉が理解出来なかった。
だって彼は私の前にこうして生きている、息をしている、私と会話をしている。どういうこと?
「あれは去年の今頃だった。俺は、事故にあって死んだんだ」
「事故?」
「うん、ちょっとした事故。死んで俺は気付くとある場所にいたんだ。全てが闇だった。暗闇の中一人、そこで理解したんだ……俺は死んだんだって。しばらくして声が聞こえてきたんだよ。『お前は死ぬ運命に入っていない』『お前は選択出来る』『このまま死ぬか、それとも生にしがみつくか』ってさ。もちろん生きることを選んだ。だけど条件があったんだ」
「条件?」
「生きかえさせる変わりにこの場所……このマンションは何故か地獄と時折繋がるらしい。だから地獄の住人をあちら側へ帰すこと。これが条件だ」
言葉に詰まった、何を言えばいいのだろう? 私の想像を越えた話だ。どんな事故だったんだろう? 私はこの疑問を彼に渡す。
「ナイショ、教えない」
知られたくない事だったみたいだ。
「あ、ごめんなさい」
「謝ること無いよ! だって、バナナ貰ったし!」
それでいいの?
「それにしても、よく俺の好物がバナナだって分かったね!」
「へ、そうなの? 私、適当に持って来たんだけど?」
「ふーん、そうなんだ」
嫌味の為に持って来たのに今頃になって気付いたのかな? 凄くガッカリしてる。なんだか悪い事しちゃったかな? 気まずいな、そうだ、話題を変えよう。
「そうだ! あの特技って奴どうして使えるの? ……まさか超能力者とか?」
「ああ、あれは生き返る時にセットで付いて来たんだ。お得だね!」
お得だねって、何だか気が抜けるよ。
「後、大体三か月くらいでゲートは閉じるんだ、完全に……それまでは学校には行けない。俺のいない間に出て来たら大変だからね、離れる訳にはいかないんだよ」
彼の顔は決意を表していた、理由は分からないけど彼がやろうとしている事は生半可なものではない。
彼を見詰める、なんて真っ直ぐな目をしているんだろう。私の中で彼という存在が大きくなり始めていた。
「あ、そうだ、もう帰った方がいいかも」
「どうして?」
「だって……」
言葉の続きを聞こうとしたその時、全身を駆ける恐怖が走る。これはあの時の嫌な感じ、まさかこれって。
「あ、遅かったか、また出た。もう出る頃だって言おうとしたのに」
「言うのが遅い!」
「ごめん、ごめん。……でも、大丈夫みたいだ、今日はそんなに強くないと思う」
「そんな事も分かるの?」
「うん、取り敢えず行こうか」
「行くって……大丈夫なの?」
昨日の記憶が体を震えさせる。
「俺はここの門番だ、まこちゃんを守るくらいやり通せるさ。それに今回は戦わなくていい、気配でどんな敵か大体分かるんだ、昨日みたいな怖い目にはあわないよ」
「……そ、そこまで言うなら」
「大丈夫、まこちゃんは俺が守るから」
男の人にそんなこと言われたのは初めてだ。まだ怖いけど守ってくれると言ってくれた、なら信じてもいいのかな。
彼の後を追うことにした、彼は素早く部屋を出て、外へと繰り出し、隣の部屋のドアを開けて勝手に入って行く。
「え、あの、勝手に入っていいの?」
「いいよ、だってこのマンションの大家だし俺」
「そうなん……えーー!」
峻くんはまだ高校生だよね? 何で大家なわけ?
「し、峻くん、一つ聞いてもいい? 親からお小遣いって、いくら貰ってる?」
「ん~、五千円くらいかな」
な、なんだ、いたって平凡じゃない。もしかしたら、お金持ちかなって思っちゃったよ。
「なんだ、峻くんってお金持ちかと思ったよ」
「ん? 家は金持ちだよ結構、まあ俺が好きに出来る金は殆どないけどな」
「そうなんだ……だよね、こんなマンションの大家を任せるなんて普通の家庭じゃないか……」
「しっ、静かに」
部屋に入ると、そこは何もないからっぽの空間だった。人が住んでいないため家具が無い。そんな空間に見覚えのある、赤い光が発生している。場所は押し入れ。
「あ、押し入れから紅い光!」
「長く見ちゃダメだ! ……出て来るぞ」
すると、光が消え、静けさが広がる。不気味なくらいに。あれ? 幾度と待っても何も起きないじゃない。そう思っていたがその時、押し入れから大きな物音が発生する、中に何かがいる。
「な、何かいるの?」
「じゃあ、スタンバイしとくかな」
そう言うと彼の瞳は碧く染まっていき、彼の右手に碧い光が集まって行く。
「それが特技って奴だよね?」
「ああそうだ、『結晶の碧(けっしょうのあお)』と言われる力、簡単に言えば氷を操れる。これなら奴等を無傷で帰せるからね」
彼の手は押し入れへと伸びて行く。
「気をつけてね、何が出るか分からないから」
私は息を飲込む、恐怖と一緒に。開けるよと峻くんが口にして、押し入れは開いた。
『ガアアアアアア!』
「きゃああ! ……って、あれ?」
覚悟を決めていた、何が出て来ても怖がらない覚悟、なのに叫んでしまったのは恥ずかしい。
そこにいたのは意外、何これ? イモムシ? 謎だったものは手の平くらいの緑色をした、姿がイモムシに酷似した奴だ。
な、なんだ、びびって損したよ。
「今日はD級だったな」
「D級?」
「奴等にはランクが存在するんだ。こいつはD級、一番弱い級だよ」
「ああ、強さで分けてるんだ」
そうそう、と峻くんが答えた。峻くんの話だと弱い順に、D級、C級、B級、A級、そして一番強いのがS級だという。
「じゃあ、こいつは何の害もないの?」
そう言いながら、イモムシを突っつこうと指を近付ける。
「……あ、気をつけてね、弱いって言っても指噛み切るよ」
「わ! 先に言ってよ!」
「こいつには『結晶の碧』は使わなくていいな、もう『紅の帰還(くれないのきかん)』を使ってもいいな」
紅の帰還? また難しい名前が出て来たな。
「この力は、向こう側へ帰す力だ」
彼の瞳が紅く染まる、左手に紅い光が絡まっていく。左手をムシに向け、紅い光を放つ。すると光はムシを包み、すっと消えて行った。
「これで終わりだ」
「こうやって地獄に帰すのね」
「うん、この世界の秩序が崩壊しない様に、この役をする奴が必要なんだ」
彼の横顔を見る、彼の決意を表す顔、それを見ていると私の心を震わせる。今までこんな顔をする人を見た事が無いからだ。
私に無いものを持っている彼の事が知りたい、私は心深くに彼を刻む。
「……今日は帰るね」
「え? 今日はって、また来てくれるの?」
悪い? と言いながら睨んでやった。案の定、峻くんは焦ってる。
「……でも、危ないよ?」
「でもあの部屋から出なければ大丈夫なんでしょ?」
「そ、それはそうだけど……」
「それに……私を守ってくれるんでしょ?」
むちゃくちゃを言っている私がいる。これまで疎外感を感じることがあった、私だけが取り残されているような感覚は時々訪れた。ここに来て怖い思いをしたけど少しワクワクしている自分に気が付いた、ようやく物語の登場人物になれたような満足感に満たされた気がした。
それに彼の事も知りたい。もっともっと知りたい。これで別れたら、もう会えなくなってしまう気がするから。
「……分かった、絶対に守る!」
「約束だからね!」
くるくる回る、あなたとの道が螺旋のように重なって行く。
そう感じていた。
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