強い女は好きですか?

おおらぎ

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 車が忙しなく行きかう昼の交差点は太陽の日差しこそ明るかったけれども、北からの乾いた風が強く吹き抜けて人々の肩をすくませる。

「はい……そうです。昨今の事故の件もあります。交差点の側ですので空洞が広がっていると危険です。至急、確認だけでもお願いできますでしょうか?」

 交差点が見える歩道上で、制服姿の女性警官が耳につけたスマートフォンに向かってはきはきと市役所とやり取りしていた。
 市警の生活安全課に所属する田村いち子という。
 彼女が電話をかけている先は市の地域課である。そこは町のインフラなどについての第一報を受け付ける窓口で、一般の人が通報してもなかなか動きが鈍い。だが、警察の生活安全課が連絡するとすぐに土木環境課に繋いで点検してくれる。
 いち子の右手人差し指の先には薄青の養生テープがあり、視線の先にはその養生テープが数分前に貼られていた小さな道の穴がある。その穴の周りははがされたテープの代わりに同じ色の養生テープで再度しっかりと囲いが施されていた。
 いち子の傍らには子供連れの一般人女性がいた。今回の件の通報者だ。彼女らと少し離れたところにはいち子よりも少々若手の男性警官が立っている。彼は肩をすくめて腕を組み、憮然とした顔で通報者といち子の方からは視線を外して遠くを眺めていた。
 いち子はスマホの終話ボタンを押す。一般人女性に対して美しく柔らかな顔つきに穏やかな笑顔を載せて向き直った。

「通報ありがとうございました。市の生活環境関係の課へお繋しましたから、すぐに対応してくださるかと思います」
「ああ、よかったわ。ほら、最近のニュースとかで物騒でしょ?」
「そうですね。お気持ちわかります。我々としても事故が起こって被害者が出てしまった現場に出動するのは辛いので、それが起こる前に対処できるのは嬉しいです。ご協力ありがとうございます」
「そう? でもあそこに立ってるお兄さん、テープをぺらっと貼って、あとは知らんぷりよ」
「人によっては市民の前で関係各所に連絡するのを避ける者もいますので、ご理解ください。では失礼します」

 いち子と男性警官は善意の通報者に軽く頭を下げてパトカーへと向かう。いち子は運転席に乗り、男性警官は助手席に乗った。パトカーは特殊車両なので、対応の免許がないと運転はできないのである。
 助手席で狭そうに体を収めてシートベルトをした男性警官は不満げだった。

「なんでわざわざ市の地域課に連絡するんすか? ただの穴っぽこでしょ?」

 いち子はちらっと男性警官を見てからパトカーのエンジンをかける。
 来るときにはサイレンを鳴らしていたが、今は切られている。巡回中を示す赤色灯だけがくるくると灯っていた。
 車は静かに走り出す。クラウンではなく普通の小型車なのだが、加速の反動がキャビンに感じられることはなかった。

「もしかしたら大穴の前兆かもしれないじゃない。最近のニュースもあって、市民の人たちは敏感になってるのよ」
「ないですね。穴から地面が見えてましたもん。経験上、あれは熱でひずんだアスファルトが膨らんで、割れただけですよ。昨今のニュースに触発されてガヤりたいだけじゃないっすか?」
「だからって、養生テープ張るだけで放置、はないんじゃない? 友永幸人君」

 いち子が指先にくっつけた薄緑色の養生テープをぴらぴらと閃かせ、ぺたっと幸人の太ももに張り付けた。現場に貼りなおされた養生テープはいち子が施したものである。市の土木環境課が見ればすぐにわかるに違いなかった。
 いち子の指摘に幸人は唇を尖らせる。太ももに張り付いた養生テープをペリットはがして、くしゃくしゃに丸めると、指先でくるくると弄んだ。

「……忙しいんっすよ……」
「わかるけどね。でもああいうのはテープ貼った後、市民の目の前で関係各所に連絡入れといたほうがいいわ。自分のためにも」
「なんで?」
「とりあえず市民という証言者をたてて、責任の所在を自分じゃないところに流しておけば、あとは傍観者でいられるじゃない?」
「市役所からコールバックかかってくるじゃないっすか。報告書も作らなきゃならないし。当事者になるの、苦手なんですよ」
「君が仕事上の電話の取り方がわからなくてぎこちなくなるのも、パソコンのキーボードを指先で五月雨打ちしてA4一枚作るのに一晩かかってるのも、君の不向きと経験不足の問題で、それを克服もしないで苦手だからって逃げる気持ちが職務怠慢を招いてるなら問題じゃないしら。ま、めんどくさいことをしたくないって気持ちはわかるけど」
「わかるんだ?」
「あたし、家に帰ったら足の踏み場もないもの」
「猫飼ってませんでした? 汚部屋は動物虐待で訴えられますよ」
「キャットタワー周辺は綺麗なの」
「どこでも歩き回る猫には関係ないでしょ」

 幸人はにやにやと笑う。
 彼はまだ独身なので警察官舎に住んでいるのだが、同僚に「嫁にしたい」と言わしめる程、家事については自信があった。
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