どうせ堕ちるなら此処が良い

おきたワールド

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本編

逃げ場なんてあると思います?

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スクールバックを片手に、わたし達は目的地に向かって廊下を歩いていく。
処刑待ちの囚人の気分だ。ふと、ギロチン台に首を置く自分の姿を空想した。
死刑執行人は先輩で、ギラギラと輝く刃は冷徹だ。ぶるぶると身体が震えた。
りーちゃんは、そんなわたしの肩をバシバシと豪快に叩く。力が強過ぎて少し痛い。ヒョウ柄が似合う大阪のおばちゃんみたいだ。
「深呼吸しな。あーちゃんってば、ちょっとは落ち着きなよ」
わたしは言われた通りにする。空気を吸い込むと肺が軽くなって、耳の中でどくりどくりと響いていた心臓の音がいくらか収まってくれた。

「りーちゃん、しゅき……」
思わず、涙ぐみそうになって唇を噛みしめる。
りーちゃんは先輩に一言物申さないと気が済まないと言って、わたしと共に先輩に会ってくれるらしい。
本人は乙女の純情を弄ぶ根性が気に食わないと話していた。
りーちゃんは通学路の途中にあるコンビニの買い物のレシートを握りしめている。
ついでに、わたしのメンタルを介護する為に消費されたチョコレート菓子の代金を請求するつもりらしい。
りーちゃんは中々に図太いのだ。
どんぶらこっこと流されやすいわたしとは正反対である。
りーちゃんならおばあさんから貰ったきびだんごでお供を探さなくても、一人で鬼退治を成功させることだろう。

転けないように注意をしながら、階段を一段飛ばしで下りる。こうすると美脚になるとネットの記事で読んだのだ。
りーちゃんは無反応だった。いつものことだ。
昇降口の下駄箱で、上履きから外履きのローファーに履きかえる。
茶色い合成皮革のローファーは高校生って感じがするのから気に入っている。
わたしは中学生の頃は制服にスニーカーの人間だった。
りーちゃんを追いかけて校舎を出る。
校門の方を見ると、チョコレート色の髪が見えた。おそらく、先輩だ。本当にいた。わたしは目が良い方じゃないから、この距離だと顔の判別は難しいけど。
なんだか、纏っているオーラが凡夫とは違う。そんな気がした。
女子生徒が二人ほど隣にいるが、先輩の目には見えていないのか、気にもとめていない様子である。

「で?あーちゃんを誑かした二年生ってどれ?まさかあの女はべらせてるイケメン?顔面宝具?」
「顔面宝具って」
りーちゃんの眉間のシワは刻み込まれたように深かった。
ヤのつく職業の人みたいに厳つい。
りーちゃんは先輩のいる方向に睨みを利かせながら、わたしの腕をがっちり掴むとずんずんと歩いた。
逃す気は無い力強さだ。
今更、逃げるつもりは無いけど、逃げたい気持ちはある。
先輩はわたし達に気づくとばっと顔を上げた。
わたしを見ると、蜂蜜を溶かしたように甘く目を細める。

驚きで肩が揺れた。
先輩は両耳から黄色いイヤホンを外すと、コードを音楽プレーヤーにぐるぐると巻きつけて、いそいそとズボンのポケットに仕舞う。
女子生徒二人は突然現れたわたしとりーちゃんを見て、ぽかんと口を開けている。
「来てくれたんだ。良かった」
間近に見る先輩は人形のように整った顔立ちで、不可侵の気品のようなものが薄っすらと漂っていた。
先輩はわたしより頭一個分くらい背が高くて、自然と見上げる形になる。
びくびくと怯えているわたしに反して、りーちゃんは堂々としていた。
自分より背の高い相手を前にしても、りーちゃんは気圧されるどころか、むしろファイティングポーズを取る勢いだ。

というか、実際取っていた。
腰を低くしたポーズは、いつかイラストで見た中国拳法のようだ。無駄に完璧な蟷螂拳である。
「おい、テメエ、顔面宝具。アタシの親友をからかうなんて良い度胸だな。ちんちんもげちまえ」
「りーちゃん!?」
初っ端からど下ネタだ。早い、早過ぎる。
深夜テンションにはまだまだ早い時間帯だけど、りーちゃんは素面で恥じらうことなく、ペロッと下ネタが言えちゃう系の女の子なのだ。
立ち飲み屋に通い慣れたオッサンもびっくりだろう。
早速、空気と化していた女子生徒二人もドン引きして、わたし達から距離を取った。

先輩は驚いたように瞳を瞬かせながら、りーちゃんのことを見ている。
「けっ、パンパン楽しんでんじゃねえよ。顔が良いからって調子に乗んなよ。お盛んなら他を当たりな!あーちゃんの処女膜はテメエみたいな下半身バカが破れるほど安くねえんだよ!」
「りっ、りーちゃんー!」
恐喝の形相だ。怖い。背後に阿修羅が見えた。そして、わたしの恋愛歴が皆無なことをしれっと暴露するのは勘弁して頂きたい。えっちなのはいけないと思います!
先輩はコテリと首をかしげる。
りーちゃんの飼っている柴犬のジロくんを幻視した。ウッ、良心にクリティカルヒットである。隣を見るとりーちゃんは天を仰いでいた。

ジロくんはりーちゃんがそれはそれは可愛がっているお犬様である。
黒と白の毛並みが大変キュートで、首に巻いている渦巻き柄のスカーフはりーちゃんのお母さんの手縫いらしい。
わたしもジロくんは大好きで、たまにりーちゃんにお願いして日課のお散歩を代わってもらったりする。
わたし達のアイドル犬であるジロくんを彷彿とさせる先輩に、りーちゃんとわたしは不本意ながら白旗を上げるしかない。
某五歳児漫画の豚侍並みの変わり身の早さである。
三人で並ぶように舗装された道路を歩く。

都会とは言えないけど、ど田舎だとも言い切れない。なんの取り柄もない街だ。
ぽつぽつと見受けられる一軒家は見慣れたものだけど、妙に緊張してしまう。
先輩は興味深そうに辺りの景色を眺めている。
かと思えば、目が合うと笑いかけてくるから心臓に悪い。
先輩が普段は通らない道なんだろうか。そんな気はする。
いままで下校時に見たことなかったし。
「で?あーちゃんへの謝罪は?」
「うん?……俺も明日菜(あすな)さんのこと、あーちゃんって呼んで良い?」
「え、……はい?」

いきなり下の名前で呼ばれて、心臓がどきりとした。
わたしは肩にかけたスクールバッグをぎゅっと握る。
先輩は嬉しそうだ。りーちゃんは舌打ちをした。
「チッ、話を聞けよ。おい無視すんな、顔面宝具」
お怒りである。怖い。
「うーん。もしかして、告白のことか?もっとムードがある方が良かったかな。ごめんな、初めてでよくわからなくて」
「カマトトぶんなよヤリチン……」
「うん?」
「あの、とりあえず、名前を教えて欲しいです……」
りーちゃん舌打ちするのやめて。
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