旧校舎の闇子さん

プーヤン

文字の大きさ
7 / 18

第7話 本当の気持ち

しおりを挟む
携帯を初めて見たという冴子さんに使い方を教えているうちに放課後の時間を費やしていた。

冴子さんは初めて触るくせにもう携帯を使いこなしていた。

今も、携帯を弄って「宛先が二件しかない…………可哀想」とか呟いている。

僕は何の気なしに、外を確認する。

冬の空は気づかぬうちに黒くなる。

学校よりも、山を一つ越えたところはまだ灰色の空なのに、学校の空はパレットに黒一色をたらしたように染まり切っていた。

「そっか。最近の機械はハイテクね。写真も撮れるのね。え…………動画も?すごいわね。」

「まあ、みんなこれくらいのものなら持ってるしね。あ、もう暗いね。そろそろ、帰るよ。」

僕はカバンを背負い、教室から出ようとする。

「ねえ。亮介。その顔の傷どうしたの?」

「知ってるのに聞かないでよ。またあいつらだよ。」

「そっか。」

「じゃあ、帰るよ。」

冴子さんはまるで、自分の傷のように僕の顔を深刻な面持ちで見つめる。

そういう顔をされると、僕はどういう顔をしたらいいかわからない。

こんなのいつものことだ。

普通のことだと自分に落とし込んでいたものが間違いで、それは深刻なことなんだと再認識させられるようで、だましだまし生きている自分を恥じらう。

勿論、そんな気持ちで冴子さんは僕を見ているわけではないだろう。それは同情。憐憫。なんでもいいが、僕はそんなことで揺さぶられない。もう最後は近い。

 

 

 

「最近、金が足りないんじゃないか?おい、なめてんのか?」

そういうと、金城は僕の財布を地面にたたきつけた。

そして、また腹をけり上げる。

息が出来なくなり、意識が飛びそうになる。

体が言うことを聞かなくなり、むせ返り、体が捻じ曲がる。

彼らはゲラゲラと笑い合い、僕につばを吐き捨て、去っていった。

これはマシな方だ。

良かったじゃないか。

いつもなら、この後サンドバッグにされて顔まで蹴られることもある。

最近では、冬で寒いためか教師の巡回もなく、彼らにいいように弄ばれることも増えた。

身を刺すような冷たい空気が、傷を撫でていき痛みに表情が歪む。

僕は自分の財布を取り、立ち上がる。

その顔は無表情を装い、なんでもないと自分に言い聞かせる。

僕は、深呼吸を何度かして自分を落ち着かせると、旧校舎に向かった。

「ああ。遅かったわね。はい、これ。」

教室に着くやいなや、冴子さんは僕に携帯を渡してきた。

ああ、この前、忘れて帰っていたのか。

僕は彼女から携帯を受け取る。

「それに、さっきのことが撮ってある。ちゃんと彼らの顔も見えるように撮ってある。それをどうするかは亮介次第。」

「さっきのこと?…………見てたのか?」

「ええ。」

僕は受け取った携帯を握り締める。

耐え難い憤怒の気持ちが全身をめぐる。

自分の中に飛来した怒りはきっと彼女への怒りではない。

それは、八つ当たりに近い感情だ。

分かっている。これは自分への怒りだ。

分かっているのに、苛立ちを隠せない。

そして、少しずつ息を吐き、自分を落ち着かせて、携帯を見る。

やはり僕はこの証拠を消去するだろう。

僕は保存されている動画ファイルと写真をスクロールしながら、奥歯を食いしばる。

そこには、やはり僕の恥がそのまま何の脚色もなくあった。

屈辱だ。恥だ。彼女は僕に生き恥を晒せという。

もう嫌だ。

また、母に心配され、担任教師に呼び出され、意味のない話し合いが行われ、また繰り返しか。

また、あいつらに馬鹿なことをしたなと揶揄されるのか。

「なんだ、やっぱり消去するの?勇気がないのね。」

……………………なんだと?

勇気がない?

勇気とはなんだ?

「見てたけど、貴方、何もしていないじゃない。」

冴子さんは嘲るように、僕を見下し侮辱とも取れるような言葉を並べる。

これ以上、僕に何をしろというのか?

お前に僕の何が分かるのか?

自分の中で何かが切れた気がした。

「だったら。だったら!お前がこっちの立場になってみろ!同じことが言えるのか!?ふざけたことを言うな!」

「それは、貴方も一緒よ。私の立場になってみたら。分かるわ。こんなこと取るに足らないこと。こうなっているのは貴方自身のせいでもある。」

「ふざけたことを。取るに足らない?どこが取るに足らないことだ!僕は。」

「女の子にしか怒れないの?ダサいのね。」

「お前。‥‥‥‥‥‥‥一回黙れ。」

「黙らないわよ。いじめられっ子のくせに沸点は低いのね。ねえ。どうするの?たった一人の友達に怒って。貴方が死ぬのは勝手だけど。こんな形で死に別れしたい?どうなのよ!?言ってみなさい!」

彼女は涙に打ち震えながらも、怒気を帯びた顔つきでこちらを睨む。僕はその覇気にやられて自分が押し黙る。

何故、彼女はこんなに怒っているのだろう。

僕のために怒っているのか。

どうして、僕は彼女に怒りをぶつけているんだ。

バカじゃないのか。

冷静になれ。冷静に。

僕はどうしたいんだ。

どうせ死んだら、全部消え去るんだ。いま、怒っていること自体おかしいじゃないか。どうせ全部終わることなのに。

僕は大きく息を吸い込むと、また吸った分を吐き出し。

冷静を取り繕う。

「………………………………いや。悪かった。でかい声を出した。とりあえず、いったん考えさせてくれ。」

「駄目よ。今決めなさい。どうするか。どうしたいか。」

「それは……………………。まあ、いいじゃないか。とりあえず、冷静になろう。」

「バカなんじゃないの?私は初めて、あの現場を見たわ。あれは、そんな冷静になれる事じゃないでしょ?違う?」

「うん。分かってるから。でも、一回おちついて……………」

「だから、なんで。……………………なんで落ち着いているの?また自分に嘘をつこうとしてるの?ねえ。本当はどうしたいの?」

「本当は…………?何が?とりあえず、この携帯の写真は消して、また日常に戻るんだ。それで、全部消えてなくなる。ちゃんと終われる。」

「終われないわよ。本当は分かっているでしょ?死んでもなにも変わらない。逃げてるだけだって。ねえ。もう一回聞くわ。本当はどうしたいの?」

閑静の崩壊は彼女が招いて、僕が起こしたこと。

僕はただ怒って、その場を終わらしたいだけだ。その場さえ切り抜けたら、また逃げていられる。しかし、彼女は逃さない。

僕はどうしたいのだろう。

いま、本当に願うことはなんだろう。

僕は彼女の未練を探しているが、僕の未練はなんだろう。

僕は本当にどうしたいのだろう。

それは、核心に至る。

僕の弱い自分を映した鏡を直視するようだ。

それは、大事に守ってきた最後の矜持なのかもしれない。

僕は本当は…………。

「僕は…………どうしたいのだろう。でも嫌なんだ。もう嫌なんだ。こんな生き方嫌なんだ。なんで、彼らは僕を殴るんだろう。意味が分からない。やめてほしい。本当に嫌なんだ。」

「うん。嫌だよね。苦しいよね。大丈夫。聞いてる。」

絶えず、流れだす涙は頬を伝って口に入る。

しょっぱくて、恥ずかしくて。嫌になる。

でも、なんでだろう。

彼女が目の前で、これほど僕のために泣いてくれるなら、そんなことどうでもよくなってくる。

「うん。嫌なんだよ。やっと終わると思ってもまだ続いて。どうしたらいいのか分からない。」

「うん。私ね。気づいたときから、なんで亮介はいつも無表情で何も感じてないって顔しているんだろうって考えてた。それは、そうしないと生きていけないからなのかなって。だからこの人は心を閉じちゃったのかなって。」

「だって普通にやめてくれって叫んでももっと殴られるから…………。どうしたらいいかなんて、わからないよ。もう、ただただ嫌なだけなんだ。」

「そうだね。分からないよね。うん。でも、いいんだよ。いいんだ。ちゃんと泣いても。誰も貴方を否定しない。弱くてもいい。泣いてもいい。怒っても。恥でも。生きてさえいればいい。」

「でも、もう嫌なんだ。誰か。誰か助けてほしい。」

それは、本当に今、望んだことだった。

すべてを無にして、今一度、鑑みれば、そこにたどり着いた。

僕はすべての壁を取っ払えば、ただ泣いて、助けを乞う、弱い人間だった。

でも、それでもいいと彼女は言う。

彼女は僕の前で泣いて、怒って、気持ちをちゃんと露わにする。

それが、格好よく思えて、その表情は泣いているのに強い意思を感じる。

この人なら、僕を許してくれるのではないかと思ってしまう。

この人なら、僕を救ってくれるような気がした。

自分が救おうとしていた存在に救いを求めるなんで、本当に格好悪く、ダサい。

でも、その時、彼女は力強く、僕に言った。

「分かった!亮介!任せなさい!あいつらを私がやっつけてやろう!」

それは、まるで幼児向けアニメのヒーローみたいに。

でも、そのヒーローは泣いていて、目は赤くはれていた。

僕は泣きはらした顔で笑ってしまう。

彼女は泣き面に、鼻水をすすると、私を信じなさいと胸を張って言う。

そして、泣いている僕の涙を拭った。

それは、今まで差し伸べられたどの手よりも強く、美しく見えて僕は彼女の手を強く握り締めた。

 

 

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...