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第一部ヴァルキュリャ編 第一章 ベルゲン
prologue of Asseus
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一面闇だった。
無ってことなんだろうか。
俺も闇の一部になって、かろうじてそこに存在していた。
けれど、このまま溶けて自分は消えてしまうのかもしれない。
そんな気がしていた。
闇の向こうに、うっすら映像が見える。
森だ、フィヨルドの森。
そこにいる、ハイリザードマンと、エルドフィン。
そうか……これが死か。
ごめん、エルドフィン。最後の最期まで、巻き込んでしまった。
そう思った時、声なき声が響いた。
穏やかだけど、自分の中から、身体を震わせて響いてくるような声。
俺、身体があったんだっけ。
『罪の子よ』
『汝が祈りは真か』
『罪の運命と向き合い、清算すると汝の祈りが聞こえた。その覚悟に偽りはないか』
(あぁ、それか……)
波のように、生まれては押し寄せる声に答える。
「分かりません」
身体は感じないのに、自分の声が音で聞こえた。
声が出せる、ということは、考えただけでは伝わらないのか。
『……』
「ごめんなさい……昨日は確かに、そう祈りました。……でも、私にはその覚悟があるのか、本当にそうしたいのかすら、分かりません。いつだって、きちんと考えて、自分を見つめて、本心を探して、最善の判断をしてきたつもりなんです。正しい選択をしてきたつもりだった。でも、違うんです」
微かに感じる「身体」があった名残の中から、重苦しい枷が解かれて消えていく感覚がした。
矛盾している、変な話だ。
ただ、心地好かった。
「時間が経って振り返れば、自分本位で、未熟で、全然自分のことも分かっていなくて、誤った判断ばかりだった。だからもう、自分の判断に自信が持てません……。自分自身すら分かってないのに、何をすべきかなんて、分からないんです。こんな出来損ないの癖に、自分以外の何かを背負おうなんて、おこがましいにも程があるんだ」
(あぁ、これは懺悔の時間なのかもしれない。世界は意外と優しいね。そして、嗤えるくらい激甘だ)
『……人の子よ。見失うなかれ。過去の自分が未熟であって何がおかしい? 森羅万象刻刻と変わり行く、人もまた然り。過去の自分が未熟に見えることは、成長の証でもあろう。卑屈に感じることではない。真実とは一つではない……それ故判断や選択に正解というものもない。あるとしたら、……自身が信じたという事実のみ。それで良いのではないか?』
(だから、それがっっ! )
『改めて問う。汝の望みは何か、罪の運命と向き合う意志はあるか』
「……分かりませんっ。私の今の望みは、一つです。とてつもないエゴです。そのためなら、運命と向き合うことも、無視することもどっちだって選ぶ」
(俺にとって大事なもの、それは……)
・
・
・
「アセウス様」
野太い男の声に呼ばれてアセウスは目を覚ました。
ジトレフの部屋から戻った後、横になったベッドで眠っていたらしい。
すっきりした頭を撫で上げながら、部屋のドアを開けて外へ出ると、いかつい男が恭しく頭を下げて立っていた。
「晩餐の用意が出来たそうです。どうぞ、こちらへ。広間までご案内します」
「ありがとうございます。エルドフィンとジトレフは」
「これから、お部屋へお迎えに……」
二人がそう話しているその時、隣の部屋のドアが開き、甲冑を脱いだジトレフが姿を現した。
「ジトレフ、夕食だって」
「聞こえていた」
いつも通りの無表情&バリトンボイスのジトレフに、アセウスは微笑む。
「エルドフィンもこうだと良いんだけどな。呼んでみて貰えますか? ダメそうなら俺が部屋に入りますから」
アセウスから頼まれたスニィオは、ドアの前まで進みエルドフィンに声をかける。
何度か呼ぶが、部屋の中から反応はない。
ダメです、と伝えようと顔を横へ向けたスニィオは、目の前に来ていたアセウスに後ずさり道をあけた。
「エルドフィン、開けるよ」
大きな声で宣言してから、ドアを開けて中へと入っていく。
書斎机に突っ伏しているエルドフィンの姿が、アセウスの目に入った。
「爆睡してるのかー? エルドフィン。ベッドにも寝ないで、こんな書斎机なんかで」
書斎机まで歩み寄ると、エルドフィンの顔を覗き込みながら声をかける。
「エルドフィン、……エルドフィン、おーい、エルドフィン、起きろ」
呼び掛けに反応がみられた。
エルドフィンの身体がわずかに揺れ動いた。
聞こえたな、とエルドフィンに顔を近づけたアセウスは、もう一つのことに気づく。
エルドフィンの寝顔は、穏やかなものではなかった。
長年のつきあいだから分かる、わずかな違い。
「こんなとこで寝るからだよ、うなされたんじゃねーの? エルドフィンっ!」
ハッとエルドフィンの目が開き、ゆっくりアセウスを見上げるように動いた。
その様子を見守るアセウスもゆっくり微笑みを浮かべる。
「そんなまぢ寝したら夜眠れなくなるぞー? ほら、起きろよ。行こうぜ」
無ってことなんだろうか。
俺も闇の一部になって、かろうじてそこに存在していた。
けれど、このまま溶けて自分は消えてしまうのかもしれない。
そんな気がしていた。
闇の向こうに、うっすら映像が見える。
森だ、フィヨルドの森。
そこにいる、ハイリザードマンと、エルドフィン。
そうか……これが死か。
ごめん、エルドフィン。最後の最期まで、巻き込んでしまった。
そう思った時、声なき声が響いた。
穏やかだけど、自分の中から、身体を震わせて響いてくるような声。
俺、身体があったんだっけ。
『罪の子よ』
『汝が祈りは真か』
『罪の運命と向き合い、清算すると汝の祈りが聞こえた。その覚悟に偽りはないか』
(あぁ、それか……)
波のように、生まれては押し寄せる声に答える。
「分かりません」
身体は感じないのに、自分の声が音で聞こえた。
声が出せる、ということは、考えただけでは伝わらないのか。
『……』
「ごめんなさい……昨日は確かに、そう祈りました。……でも、私にはその覚悟があるのか、本当にそうしたいのかすら、分かりません。いつだって、きちんと考えて、自分を見つめて、本心を探して、最善の判断をしてきたつもりなんです。正しい選択をしてきたつもりだった。でも、違うんです」
微かに感じる「身体」があった名残の中から、重苦しい枷が解かれて消えていく感覚がした。
矛盾している、変な話だ。
ただ、心地好かった。
「時間が経って振り返れば、自分本位で、未熟で、全然自分のことも分かっていなくて、誤った判断ばかりだった。だからもう、自分の判断に自信が持てません……。自分自身すら分かってないのに、何をすべきかなんて、分からないんです。こんな出来損ないの癖に、自分以外の何かを背負おうなんて、おこがましいにも程があるんだ」
(あぁ、これは懺悔の時間なのかもしれない。世界は意外と優しいね。そして、嗤えるくらい激甘だ)
『……人の子よ。見失うなかれ。過去の自分が未熟であって何がおかしい? 森羅万象刻刻と変わり行く、人もまた然り。過去の自分が未熟に見えることは、成長の証でもあろう。卑屈に感じることではない。真実とは一つではない……それ故判断や選択に正解というものもない。あるとしたら、……自身が信じたという事実のみ。それで良いのではないか?』
(だから、それがっっ! )
『改めて問う。汝の望みは何か、罪の運命と向き合う意志はあるか』
「……分かりませんっ。私の今の望みは、一つです。とてつもないエゴです。そのためなら、運命と向き合うことも、無視することもどっちだって選ぶ」
(俺にとって大事なもの、それは……)
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「アセウス様」
野太い男の声に呼ばれてアセウスは目を覚ました。
ジトレフの部屋から戻った後、横になったベッドで眠っていたらしい。
すっきりした頭を撫で上げながら、部屋のドアを開けて外へ出ると、いかつい男が恭しく頭を下げて立っていた。
「晩餐の用意が出来たそうです。どうぞ、こちらへ。広間までご案内します」
「ありがとうございます。エルドフィンとジトレフは」
「これから、お部屋へお迎えに……」
二人がそう話しているその時、隣の部屋のドアが開き、甲冑を脱いだジトレフが姿を現した。
「ジトレフ、夕食だって」
「聞こえていた」
いつも通りの無表情&バリトンボイスのジトレフに、アセウスは微笑む。
「エルドフィンもこうだと良いんだけどな。呼んでみて貰えますか? ダメそうなら俺が部屋に入りますから」
アセウスから頼まれたスニィオは、ドアの前まで進みエルドフィンに声をかける。
何度か呼ぶが、部屋の中から反応はない。
ダメです、と伝えようと顔を横へ向けたスニィオは、目の前に来ていたアセウスに後ずさり道をあけた。
「エルドフィン、開けるよ」
大きな声で宣言してから、ドアを開けて中へと入っていく。
書斎机に突っ伏しているエルドフィンの姿が、アセウスの目に入った。
「爆睡してるのかー? エルドフィン。ベッドにも寝ないで、こんな書斎机なんかで」
書斎机まで歩み寄ると、エルドフィンの顔を覗き込みながら声をかける。
「エルドフィン、……エルドフィン、おーい、エルドフィン、起きろ」
呼び掛けに反応がみられた。
エルドフィンの身体がわずかに揺れ動いた。
聞こえたな、とエルドフィンに顔を近づけたアセウスは、もう一つのことに気づく。
エルドフィンの寝顔は、穏やかなものではなかった。
長年のつきあいだから分かる、わずかな違い。
「こんなとこで寝るからだよ、うなされたんじゃねーの? エルドフィンっ!」
ハッとエルドフィンの目が開き、ゆっくりアセウスを見上げるように動いた。
その様子を見守るアセウスもゆっくり微笑みを浮かべる。
「そんなまぢ寝したら夜眠れなくなるぞー? ほら、起きろよ。行こうぜ」
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