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第一部ヴァルキュリャ編 第一章 ベルゲン
火炎
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「しばらく一人になりたいから、出来れば夕食まで誰も来ないようにしてくれます?」
俺はスニィオにそう頼むと、部屋のドアをパタンと閉めた。
そのままベッドにダイブすると、くるりと上半身を起こして右手首を顔の前に掲げる。
「エルドフィン ボナ ランドヴィーク」
シュウウウウウッ
ある意味好都合だった。
アセウスはカールローサに付き添って行ったし、ジトレフは部屋に閉じ込めた。
スニィオに不自然さなく足留めを頼めたし、余程のことがなければ邪魔はされまい。
ベッドから少し離れたところ、サクラ色の光の中に、ソグンは現れた。
「……御呼びでしょうか?」
「ウィスー。見てた?」
「何を、でしょうか?」
「ここでの五日間。いろいろあったと思うけど」
「……えぇ」
ソグンは現れた位置に直立したまま浮遊している。
なんだか今日はノリが悪いな。
「どした? どこか具合でも悪いのか?」
彼女は唖然とした顔をする。
それから腕を組むと、
「ヴァルキュリャには具合もなにもありませんよ。二日酔いにもなりません。何が知りたいのですか?」
急かすように言った。
それは皮肉のつもりか。
可愛いのに可愛くないやつ!
「明日ここを発つんだ。やり残しっていうか、他に調べておいた方が良いことってあるかな?」
「……エルドフィン。あなたはどう思うのですか?」
「開かずの部屋? で十分な情報が手に入ったと思うんだよね。『オージンの書』ってやつが見つからないのは残念だけど……、逆に言えば、それを見つければっていう一つの目標が出来たっていうか。ソグンは……どこまで知ってたんだ?」
表情を読み取ろうとジッと見つめる。
知っていて言わなかったとしても、もうそれは仕方ない。
けど、今は知る限り教えて貰いたい。
ソグンはすっと目を伏せた。
「帯がソルベルグ家にあるだろうことは知っていました。あと、盾も。けれど他の物についてはすべて初めて知りました。書物に記されていたことも、私が関わったこと以外は知らないことです」
「そっか。ランドヴィーク家はさ、なんで離脱しちゃったの? ほんとに伝承自体止めちゃったのか?」
年代記の中に記されていたことだ。
ランドヴィーク家は、ヴァルキュリャがヴァルホルに去ってから程無くして、ソルベルグ家を初めとするヴァルキュリャ一族との関係を断った。
一族からヴァルキュリャに選ばれた者が居たこと、ヴァルキュリャ一族として人々を率いて魔物と戦ったこと、その史実すべてを無かったことにしたいと宣言して、伝承も交流も一切止めたというのだ。
見守っていることに気が付かれないとかいうレベルではない。
ソグンの存在自体が消されている。
理由は書かれていなかったし、ホフディも知らないと言っていた。
気になるから聞いたけど、聞いておきながらすっげー気まずい。
「私も……知らないのです。ヴァルホルに行ってからしばらくの間、私は新しい世界のすべてに夢中でした。人間の世界や一族のことをまるで気にかけなかった。シグルドリーヴァ……私はシグルと呼んでいましたが、シグルから知らされてとても驚いて……、その時は既に遅かったのです」
ポツリ、ポツリと話す姿がとても悲しく見えた。
可愛いのに可哀想過ぎて見ていられない……
「そうなんだ。じゃ次の質問。この五日間さ、魔物襲って来なかったじゃん。それはどう思う?」
「……分かりません。オッダでアセウス・エイケンが狙われたこと自体まだ解明出来ていませんから」
「だよなぁ。じゃあラストの質問、というか、頼み? シグルドリーヴァは何処にいるんだ? 会いたいんだけど、呼べる?」
ソグンはハッとした表情で俺を見ると、直ぐにまた目を伏せた。
腕を抱えて縮こまっている。
やっぱり今日はどうも様子がおかしい。
これではいくら可愛くてもエロい目でバックグラウンド処理しにくいではないか。
「ソグン?」
投げ出していた脚を引き寄せて、ソグンの方へ身を乗り出した時だった。
ソグンの姿が激しい火花にかき消された。
あの時見た火花と同じだ。
中庭で風に散った火花と同じ煌めきが、寄り集まった壁となってソグンの前に立ち塞がった。
炎の壁?!
そう見えたのは鮮やかに赤い巻き毛だった。
壁と見間違うほどに長く豊かな髪を一度大きく揺らして、彼女は降り立った。
カールローサ?! いや違う。
もっと激しい。
面影はあったが、カールローサよりも彫りが深く、力強い。
何より目力が、全然違う。
気圧される。
瞳も火炎のようだ。
「この娘をそういう風に使うのは止めなさい。私に会いたければ己れで呼ぶがいい、エルドフィン・ヤール!」
ワーグナーのワルキューレの騎行が高らかに聞こえるようだった。
クレッシェンド! クレッシェンド!! フォルテッシモ!!!
緊張した面持ちのソグンを庇うようにして、シグルドリーヴァはその姿を現した。
シグルドリーヴァ・ソルベルグ、勝利を約束された無敵の盾乙女。
俺はスニィオにそう頼むと、部屋のドアをパタンと閉めた。
そのままベッドにダイブすると、くるりと上半身を起こして右手首を顔の前に掲げる。
「エルドフィン ボナ ランドヴィーク」
シュウウウウウッ
ある意味好都合だった。
アセウスはカールローサに付き添って行ったし、ジトレフは部屋に閉じ込めた。
スニィオに不自然さなく足留めを頼めたし、余程のことがなければ邪魔はされまい。
ベッドから少し離れたところ、サクラ色の光の中に、ソグンは現れた。
「……御呼びでしょうか?」
「ウィスー。見てた?」
「何を、でしょうか?」
「ここでの五日間。いろいろあったと思うけど」
「……えぇ」
ソグンは現れた位置に直立したまま浮遊している。
なんだか今日はノリが悪いな。
「どした? どこか具合でも悪いのか?」
彼女は唖然とした顔をする。
それから腕を組むと、
「ヴァルキュリャには具合もなにもありませんよ。二日酔いにもなりません。何が知りたいのですか?」
急かすように言った。
それは皮肉のつもりか。
可愛いのに可愛くないやつ!
「明日ここを発つんだ。やり残しっていうか、他に調べておいた方が良いことってあるかな?」
「……エルドフィン。あなたはどう思うのですか?」
「開かずの部屋? で十分な情報が手に入ったと思うんだよね。『オージンの書』ってやつが見つからないのは残念だけど……、逆に言えば、それを見つければっていう一つの目標が出来たっていうか。ソグンは……どこまで知ってたんだ?」
表情を読み取ろうとジッと見つめる。
知っていて言わなかったとしても、もうそれは仕方ない。
けど、今は知る限り教えて貰いたい。
ソグンはすっと目を伏せた。
「帯がソルベルグ家にあるだろうことは知っていました。あと、盾も。けれど他の物についてはすべて初めて知りました。書物に記されていたことも、私が関わったこと以外は知らないことです」
「そっか。ランドヴィーク家はさ、なんで離脱しちゃったの? ほんとに伝承自体止めちゃったのか?」
年代記の中に記されていたことだ。
ランドヴィーク家は、ヴァルキュリャがヴァルホルに去ってから程無くして、ソルベルグ家を初めとするヴァルキュリャ一族との関係を断った。
一族からヴァルキュリャに選ばれた者が居たこと、ヴァルキュリャ一族として人々を率いて魔物と戦ったこと、その史実すべてを無かったことにしたいと宣言して、伝承も交流も一切止めたというのだ。
見守っていることに気が付かれないとかいうレベルではない。
ソグンの存在自体が消されている。
理由は書かれていなかったし、ホフディも知らないと言っていた。
気になるから聞いたけど、聞いておきながらすっげー気まずい。
「私も……知らないのです。ヴァルホルに行ってからしばらくの間、私は新しい世界のすべてに夢中でした。人間の世界や一族のことをまるで気にかけなかった。シグルドリーヴァ……私はシグルと呼んでいましたが、シグルから知らされてとても驚いて……、その時は既に遅かったのです」
ポツリ、ポツリと話す姿がとても悲しく見えた。
可愛いのに可哀想過ぎて見ていられない……
「そうなんだ。じゃ次の質問。この五日間さ、魔物襲って来なかったじゃん。それはどう思う?」
「……分かりません。オッダでアセウス・エイケンが狙われたこと自体まだ解明出来ていませんから」
「だよなぁ。じゃあラストの質問、というか、頼み? シグルドリーヴァは何処にいるんだ? 会いたいんだけど、呼べる?」
ソグンはハッとした表情で俺を見ると、直ぐにまた目を伏せた。
腕を抱えて縮こまっている。
やっぱり今日はどうも様子がおかしい。
これではいくら可愛くてもエロい目でバックグラウンド処理しにくいではないか。
「ソグン?」
投げ出していた脚を引き寄せて、ソグンの方へ身を乗り出した時だった。
ソグンの姿が激しい火花にかき消された。
あの時見た火花と同じだ。
中庭で風に散った火花と同じ煌めきが、寄り集まった壁となってソグンの前に立ち塞がった。
炎の壁?!
そう見えたのは鮮やかに赤い巻き毛だった。
壁と見間違うほどに長く豊かな髪を一度大きく揺らして、彼女は降り立った。
カールローサ?! いや違う。
もっと激しい。
面影はあったが、カールローサよりも彫りが深く、力強い。
何より目力が、全然違う。
気圧される。
瞳も火炎のようだ。
「この娘をそういう風に使うのは止めなさい。私に会いたければ己れで呼ぶがいい、エルドフィン・ヤール!」
ワーグナーのワルキューレの騎行が高らかに聞こえるようだった。
クレッシェンド! クレッシェンド!! フォルテッシモ!!!
緊張した面持ちのソグンを庇うようにして、シグルドリーヴァはその姿を現した。
シグルドリーヴァ・ソルベルグ、勝利を約束された無敵の盾乙女。
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