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第一部ヴァルキュリャ編  第一章 ベルゲン

ハジメテノ朝

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 タクミ邸で迎えた初めての朝、早く目が覚めた俺がゴロゴロしながら足を頭上に上げていると、扉を叩く音がした。
 
 
「エルドフィン。起きてるか?」
 
「おー」
 
 
 アセウスだった。
 起き上がって股関節のストレッチを始める俺の前に座る。
 こんな朝早くからなんじゃい。
 
 なんじゃいと言えば二両編成単線のワンマン電……
 ピンポーンッッ じょーしんでんてつっっっ!!
 ブブーッッ え?!
 エルドフィンさん、不正解! 残念ですがこの問題及び次の問題一回休止となります。
 それでは、他の皆さんで問題の続きをお聞きください。
 なんじゃいと言えば二両編成単線のワンマン電車、上信電鉄の駅として有名ですが、その駅があるのは群馬県の何市でしょう?
 ピンポーンッッ はいっ! ○原良純さん!!
 なっっっ 良純だとぉォッッ
 富岡市!!
 パピパピリンッッ 正解ですっっ
 ぅおーっくっそぉっっ! 良純、鉄としてはTUEEEっ
 
 
「ジトレフのことなんだけど、なんか言ってた?」
 
 
 おっと。
 俺は秘境グンマーから連れ戻される。
 危ねぇ危ねぇ。こんなところにトラップゲートがあるとは。危うく迷いこんで帰ってこれなくなるところだったぜ。
 あぁねぇ~。本人がいると出来ない内緒話か。
 アセウスが抑えた声で話し始めたから、俺も合わせて小声になる。
 
 
「全然」
 
「そっか。タクミさんがああ申し出てくれるとは予想してなくて、俺、うっかりしてた」
 
 
 あぁ、それか。
 
 
「過ぎたことはしょーがねぇよ。けどお前さ、もう少し物言うタイミングとか、場所とかは考えろよ。自分からわざわざ問題増やしてちゃぁしょうがねぇだろ」
 
「……ごめん」
 
「謝んじゃねぇよ。困るのは俺じゃねぇし。タクミさんをオッダの監視に巻き込んでしんどくなるのは自分だろ? タクミさんにも事情……話さなきゃいけないことが増えるだろうし。お前だって全部話すつもりはなかったんだろ?」
 
「……うん。知るってことは、巻き込まれることだから」
 
 
 小声のせいか、なんつーか辛気臭い。
 俺のせいか? でも、言うべきことは言わないとダメだろ。
 藤岡隊長も言っている、厳しい叱責が隊長を戒めたと。
 俺はアセウスの親じゃねぇけどな。
 
 
「わかってんならちゃんとしろよ。ジトレフに知られなければ、タクミさんに拠点をおいても話さなくて済むことはたくさんあったと思う。反省も含めてさ、タクミさんにどこまで話すのか、良く考えろ。あと、もう少し話す相手と内容に慎重になった方がいいと思う。カールローサの件で痛い目みたろ?」
 
 
 まぁた、でっかい身体をちっちゃくすぼめてる。
 俺のせいか? やっぱり俺の言い方のせいなのか?
 凹んでいるアセウスは、俺の精神衛生上良くない。
 
 
「あー。俺が言いたいのはさ、他人ひとは自分の思うようになんて動いてくれないんだよ。てゆー。相手がお前の味方なのか敵なのかとか、お前の考えに賛成なのか反対なのかとか関係なしでさ。別の人間だから。そう悟っておかないと、これからも失敗避けられねぇぞって……」
 
「あぁ、……あれは、俺が失敗しミスった。……俺が全部悪いんだ」
 
「んぁーぁ゛、そ、そーゆーことじゃなくてだなッ」
 
 
 精神衛生も肉体衛生も良くしたいんだよ! 俺は。
 伸ばした筋肉への負荷をぐっと上げる。キターァッ痛きもっっ
 
 
「あのな? ジトレフはあれが最善手だと思って、お前のためにやった。お前もそう思って頼んだ。結果は、まぁ、最善手かは分からんけど、好手だったと思うよ、俺は。ただ、お前の希望とは違った」
 
 
 エルドフィンの肉体からだはいいな。
 ストレッチがダイレクトに響いて、気持ち良さと達成感やりがいが違う。
 
 
「たったそれだけのことだ。でも、起きて当たり前のちょっとしたズレでさ、めっちゃ引きずる思いする訳だろ? 善かれと思って動いた奴しかいないのに。そんなの、バカみたいじゃん。でも、知っちまったら、誰だって考えちゃうだろ? 自分なりの最善手をさ。絶対、少しもそれは悪いことじゃないんだよ。悪い訳がない。行動に移すのなんてむしろすげぇことだと思う」
 
 
 アセウスが興味深そうに俺を見る。
 また、俺、変なこと言ってるかなぁ、しくしく。
 俺的に励ましつつ、学習して貰おうと必死なんですが。
 
 
「だから、えーと、知らせないのもお互いのため、というか。事故防止の良策というか。決して人を信用するなとか、ひねくれ思考を布教しようとしてる訳ではなく、……俺はさ、お前の性善説的な思考ところ、嫌いじゃないよ、危なっかしいなとは思うけど。俺はどっちかっていうと性悪説信者だしさ。でも、善人いいひとばかりだとしても、うまく行かないのが他人ひとだからさ、悪人が混じってればうまく行くわけがないしさ、自己防衛していこうぜって話。…………なんとなく伝わる?」
 
 
 途中からなんの話をしていたのか、何を言いたかったのか分からなくなってしまった。
 会社で良く見かけたうわごと阿保ジジイか、俺は。
 まさかあんな早期痴呆みたいな醜態を晒すとは、自己嫌悪がパねぇ。
 なんちゃって大学受験の時の小論文、も少し真面目にやっとくんだったか。
 
 
「わかった。たぶん、エルドフィンの言いたいこと」
 
 
 身体の動きに合わせて、定まらなかった視線をちらと向ける。
 笑ってはいなかったが、部屋に入ってきた時より、アセウスは柔らかい表情をしていた。
 優しさかもしれないけど、俺はとりあえず、ほっとする。
 慣れないことはするもんじゃねぇな。
 でもまぁ、これで、アセウスが慎重になってくれれば、俺のハラハラゲージも大分大人しくなる。
 え? ハラハラがあった方が異世界転生らしくていいじゃないかって?
 いやいやいやいや、俺は異世界だろーと転生後にかいめだろーと安寧と平穏がいい。
 あ、あとエロ充な。
 
 ストレッチを終わりにして胡座あぐらをかいた俺は後ろ手をついて上体を伸ばしてみる。
 
 
「ん~んんっ! っはぁぁ……」
 
 
 朝のストレッチは思ったより効果がありそうだ。
 しかも、これなら続けられそう!
 昨夜に続き、ご機嫌がわいてきた。鼻唄出ちゃいそうだぜっ。
 
 
「よしっ! まぁ、タクミさんなら、大した迷惑にも感じねぇよ。ジトレフには今日俺から話振ってみる。お前はどうするか教えなくてもいいって言ったけど、俺はそーゆーつもりねぇし。タクミさんにお世話になることの口止めも考えてはいる。いざとなれば奥の手もあるから、ジトレフのことは心配いらねぇよ」
 
 
 ふふんっ! ゴンドゥルを使えば何でも言うこと聞くだろ。
 あの年の男なんて下半身に脳ミソ支配されてるんだ。
 そこ・・を握ってる俺にはチョロいはず。
 
 
「そう言って貰えるのは助かる。これからは俺、発言には気を付けるよ」
 
「だな。その分、俺に話せばいいからさ」
 
「? なにを」
 
「誰かに知っておいて貰いたいこととか、自分以外の人間やつに分かって欲しいこととかさ、あるだろ? こうなって欲しいとか、こうして欲しいとか」
 
「それを、エルドフィンに? 話すのか?」
 
他人ひとに思いを分かって貰うのって至難の技だし、希望通りに動いて貰うなんて無理だけど、一人じゃどうにも出来ないことも、誰かの手を借りたいってこともあんじゃん。他力本願は人生の理想だし。俺に言っといてくれたらさ、俺の出来る範囲にはなるけど、いくらでも動いてやれるし、ズレが生まれないようにいくらでも説明できんだろ? お前の考えてることがわかった方が、俺もやりやすいし」
 
 
 お、うまいこと言ったんじゃねぇ? 俺。
 ヒーローの孤独って少年漫画じゃ鉄板だもんな。一人にゃしねぇぞ、相棒。
 実はたまたまで、本音はアセウスの意向が分からないと俺が迷子になるから、に尽きるんだけど。
 この世界での俺のいる意味、俺自身にはねぇし。
 
 ずっと見せられたしおらしい表情に、もういいだろって思った。
 頼もしい幼馴染み、の顔で(たぶんこんな感じの顔だろ)にっと笑ってみる。
 アセウスの返事は、きっと……
 
 
「考えとく」
 
「はぁーっっ?!?! そこは、わかった、だろ? 俺ならそう言うっ」
 
 
 アセウスは肩透かし食いまくりの俺をケラケラと笑っている。
 つい、また大声を出しちまったし、アセウスの笑い声も結構なもんだし、ジトレフに変に勘ぐられるのも困るぞ、と俺は慌てて扉を開け部屋を出る。
 ジトレフは……と探すと、まだ寝てるみたいで一安心ではあるんだけども、どんな絵だよ、これ。
 虎の毛皮、しかも頭部付きのすげえやつに抱きつくようにして寝てるんですけど。
 
 
「どいつもこいつも、なんなんですか、もぅ」
 
  
 思わず声に出てたのも気にならず呆然としてる俺に、
 
 
「なんて動物なんだろうな、見たことないけどすっげー強そくね? だからなのか、ジトレフ、随分と気に入ったみたいだよ」
 
 
 部屋から戻ってきたアセウスが解説してくれた。
 いや、解説にはなってねぇ。全然なってねぇっっ。
 虎だ、タイガーだ。
 西洋と東洋の違いはあれども、ドラゴンと相ちするくらいの大物だ。
 強いには違いねぇ。ワイルドに吠えるぜ。
 解説し直してやろうかとアセウスを見たら、なんだかすごく楽しそうな顔をしていた。
 
 ま、いいか。
 
 
 
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