二十五時の来訪者

木野もくば

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第一話 深夜の鳴き声

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『キョッ、キョキョキョキョ。ホッ、キョキョキョキョ』

「うーん。また、この鳴き声?」

 田舎いなか町のアパートで一人暮らしをしているカヤコは、眠たそうに目をこすりながら壁掛かべかけ時計を見た。二十歳の誕生日プレゼントとして祖母から贈られたアンティーク時計は、五年たった今でもチクタクと元気に時をきざみ続けている。

「……まだ、深夜一時。もう勘弁かんべんしてよ~。明日も仕事なのに」

『トッキョキョカキョク』

「特許許可局って聞こえるんだけど。……本当に鳥?」

 声のぬしが気になりだしたカヤコは、起き上がるとベランダに出て外をながめた。
 
 古いアパートの二階から見る景色は、まず大きな山々がつらなっている姿が目にとまる。そして下の方に目を向けると、畑と田んぼの間にポツポツと点在する住宅があるだけで何も無い。

 深夜ともなると、あかりがある建物を見つけることが難しく街灯がいとうだけのさびしい夜景になるのだが、その静けさがカヤコは好きだった。

 そんなわけで、今の安眠できない由々ゆゆしき状況に大きなため息をついた。

「あの山の方から聞こえる。やっぱり鳥の声だよね」
 
 すっかり目が覚めてしまったカヤコは、いったん部屋の中へ戻り、温かいお茶とスマホを持ってベランダのさくに寄りかかった。

「えーと、夜に鳴く鳥と……」

 スマホでポチポチと検索けんさくしていると、ふと外の違和感に気付いた。駐車場から、ぼんやり明かりが見えた。

「あっ! あの車、ルームライトがつけっぱなしだ。たしかおとなりさんの車か……」

 カヤコは、何度か挨拶あいさつしたことがある程度の付き合いでしかない隣の部屋の男性を思い出した。ごくたまに、駐車場で会うこともあったので車のことも知っていた。

(どうしよう? 教えてあげた方がいいのかな。バッテリー上がったら可哀想かわいそうだし。いやでも、今どきオートオフ機能がない車に乗っている方が悪いというか自己責任というか。そもそも深夜一時なわけで、インターホン鳴らすのも非常識な時間だし。親切心が裏目に出る可能性もあるわけだし……)

 長々と悩んだ末に見なかったフリをすることに決めると、残りのお茶を飲みほして布団にもぐり込んで目をつむった。しかし、ジワジワと罪悪ざいあく感のような感情がわきあがる。

「あーもう! 見ちゃったもんは、しょうがない」

 カヤコは、ガバッとね起きるとかみむすんで上着を羽織はおった。

(スッピンだけどいいよね。ハア~、この緊張感がイヤ~。お隣さん、挨拶あいさつの時もニコリとも笑わないし、おかたそうというか、なんか近寄りがたい雰囲気ふいんきなんだよね。年は近そうに見えるけど)

 不安と迷いで気が進まないなか、隣の部屋のインターホンを鳴らした。
 しばらく待っているとドアが開き、カヤコの目の前に自分の好きなゲームキャラクターがドンと現れた。正確には、好きなゲームのキャラTシャツを着た男性が現れたのだが、カヤコの瞳にはゲームキャラしか映っていなかった。

「えっと確か、お隣の……。あの何かご用ですか?」

「あっ! 夜分遅くにすみません。実は……」

 カヤコが事情を説明すると、男性が大慌てで車の方へ裸足はだしけていく。……と思ったら急いで戻ってきて、ペコペコと頭を下げながらサンダルをはくと車のキーを持って走っていった。
 
 カヤコは男性のテンパリ具合に思わず吹き出してしまう。

無愛想ぶあいそうで、おかたい人だと思ってただけに……。ぷくくく、笑っちゃいけないのに」

 動揺どうようしてあせりまくりの男性の姿に、一気に緊張がゆるんだカヤコの体から力が抜けた。

「なんか思ってたよりカワイイ人だったかも。しかも私の好きなゲームのTシャツを着てるとは……」

 しばらくすると男性が恥ずかしそうにうつ向きながら戻ってきたので、気まずさを感じたカヤコが先に声をかけた。

「エンジンかかりました?」

「は、はい。無事にかかりました。いやー、お恥ずかしいミスを……。すごく古い車だし朝まで気付かなかったら、たぶんバッテリー上がってました。本当にありがとうございました。ええと、あの、その今度お礼を……」

「えっ!? いや、お礼なんて大丈夫ですよ。たまたま気付いただけですし」

「で、でも……」

「いえいえ、本当におかまいなく。それでは失礼します」

 カヤコは、なかば逃げるようにして自分の部屋に戻ると、バタンと倒れ込むようにベッドに横になった。

(急いで帰って来ちゃったけど、もう少し話をすればよかったかも。でも、すごい恐縮きょうしゅくしてたみたいだし、いきなりゲームの話題を出すのもな)

「でも、なんか色々とホッとした……」

 そう笑顔でつぶやくと、そのままゆっくりと眠りに落ちていった。

『テッペンカケタカ』

 遠くの山の方から、まだ鳥の鳴き声がひびき続いていた。
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