二十五時の来訪者

木野もくば

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第八話 深夜の約束

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 カヤコは家に帰宅するなり、バタンと倒れ込むようにベッドに横になった。ヒックとしゃっくりをすると、酒にった頭でボンヤリと考える。 

(着替えなきゃ、お風呂にも入らないと……)

 そんなことを思いながら時計を見ると、深夜零時れいじを過ぎていた。

(うそ! もうこんな時間!? )

 のそのそと起き上がると、浴室でシャワーを浴びながら、さっきまでの出来事を頭の中でふり返った。

(昼休みにハギちゃんから色々説明したいと連絡がくる。仕事が終わって帰ったら駐車場でアオキさんとはち合わせする。色々話しているうちにハギちゃんとアオキさんの友達と合流して、それから……)

(二人が迷惑かけたおびにって夕飯をごちそうしてくれる流れになって、私とアオキさんに、どんどんお酒をすすめてきたんだった)

(“アオキ”と“カヤコ”か。偶然ぐうせんにも名前が一緒でまぎらわしいことになって、それで四人ともモヤモヤして……)

 カヤコは浴室から出ると、壁掛かべかけ時計と、その周りにかざってある写真をながめる。その中の一枚を乱暴にはぎ取った。

(今回は勘違かんちがいだったけど、本当に同じ相手を気になってたとしたら、やっぱり関係がこわれたのかな? カヤちゃんともアオキさんとも)

「こんなささいなことで? この人たちみたいに?」

 はぎ取った写真に写る自分と両親に向かってつぶやいた。

(きっかけは、私の勘違かんちがいだった。父の部屋で見つけた一枚の古い写真。母に面影おもかげが似てたから人違いだと気付かなかった)

「お父さんも初恋の人の写真なんか残しておかなければよかったじゃん」

「お母さんも浮気してたわけでもないのに、あんなに怒ってバカみたい」

「一度、亀裂きれつができると、小さなことでも積もり積もっていく」

(けっきょく、一緒に過ごした時間の長さも大切だったはずの思い出も役には立たなかった。一度切れてしまったえんを元通りに結び直すことは果てしなくむずかしい)

 そんなことを思っているうちに気が付けば、涙がほおをつたっていた。 

「とっくの昔に知ってたことで、とっくの昔に割り切ってたことなのに、イヤなこと思い出しちゃったなあ……」


『ホキョキョキョキョホキョキョキョキョ』

 アオキが布団に入って休もうとしているとホトトギスの鳴き声が聞こえてきた。

「そうか、もう二十五時だもんな」

 まだ寝付ねつけない気分のためベランダに出てみた。すると、となりのベランダにカヤコがいた。
 二人は、もうおどろくことはなかった。何となく出会える予感がしていたからだった。

い覚めましたか? アオキさん」

「まだ、ちょっと残ってるかな」

「ビックリしましたね。えっと、友達たちのこと」

「そうですね。気付いてましたか?」

「ぜんぜん」

「俺は少しだけ聞いてはいたんですが、まさかこんなことになるとは……」

「私も……」

「カヤコさん、すみませんでした」

「えっ?」

「昨日、買い物に付き合ってくれたとき、勘違かんちがいしてたとはいえ、あせって空回からまわってて、その……」

「……ぬいぐるみ、ありがとうございました。一緒にお出かけも楽しかったですよ」

「そ、そうですか。……でも本当に、あんなぬいぐるみなんかでよかったんですか?他になんか……」

「ちょ、ちょっと待って下さい! ぬいぐるみで充分ですから。というか、ぬいぐるみをもらったことだけでも申し訳ないというか……」

 しばらく沈黙ちんもくが続いた後、ホトトギスの鳴き声がする山の方を向いていたカヤコがアオキの方を見つめた。
 その瞳には涙が浮かんでいたが、今日は月も星も雲に隠れていて暗かったためかアオキが気付くことはなかった。

「ねえ、アオキさん。……私、何もいらないです」

「えっ?」

「今はただ、あなたとゆっくり話したいだけなんですよ。アオキさんのこと、まだ何も知らないし」

「えっと……」

 まだ、いが完全に覚めてないカヤコの言葉が止まらなかった。

「だってアオキさんが分かりやす過ぎるんですよ。仲良くなったばかりなのに、高い物プレゼントしようとするし、食事もおごろうとするし。私たち、まだ友達なんですよ。見返りを求められても、安々と返せないです」

「見返り? ……あっ!」

 すぐに何のことだかさっしたアオキの様子に、言い出したはずのカヤコの方が赤くなり口ごもる。同じように赤くなったアオキがあわてて言った。

「確かに下心は、ほんの少しだけありました。でも、それが目的じゃないです。カヤコさんの喜ぶ顔が見たかったというか。……たぶん俺、カヤコさんとのえんが切れてしまうのが怖かったんですよ」

「……もしも相手がハギちゃんでも同じこと言ってたんじゃないですか?」

「なんでハギノさん? 言っときますけど俺、女性だったら誰でもいいわけじゃないですよ。じゃあ、カヤコさんもユウスケが相手でも食事や買い物に行ったんですね」

「……無理です」

「……何か、うれしいけど、ユウスケが気の毒になってきました」

「わ、悪気はないんです。なぜか本当にそう思っちゃって」

「今日だって食事して思ったけど、ハギノさんと俺だけだったら一分も会話が続きませんよ。たぶん、たがいに興味がないからです。でも、ユウスケとハギノさんは、ずっと話してましたね」

「そうでしたね。私もアオキさんとばかり話してたし、なんか不思議ですね」

「……あと俺、彼女なんてできたことないし、女性とロクに話したことないはずなのに、カヤコさんとは話しても話しても時間が足りないくらい話せるんですよ。……なぜか」

「………………」

「………………」

『ホキョキョキョキョキョホキョキョ』

 二人の沈黙ちんもくを破るように、ホトトギスのひときわ大きな鳴き声が聞こえた。

「……アオキさん。時間ある時に、今度うちで一緒にゲームしませんか?」

「へっ?」

「私もアオキさんも話したいだけって目的は一緒じゃないですか」

「いや、でも」

「せっかく貴重なゲーム友達ができたのに、おたがい無理してえんが切れるのがイヤなんです」

「…………」

「ダメですか?」

「ダメじゃないですけど、俺、下心があるって言ったじゃないですか……。だから、その」

「でも少しだけで、私の喜ぶ顔が見たかったからとか言ってましたよね?」

「……はい」

「じゃあ、私がいやがること絶対にしないですよね。何か問題でも?」

「……問題ないです」

「よかった。じゃあ、また連絡します。お休みなさい」

「……お休みなさい」

 アオキは、しばらくホトトギスの鳴く方向を見つめて静かに言った。

「がんばろうな。お前も俺も」

『テッペンカケタカ』
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