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第十九話 共に刻む時間④
しおりを挟むほの暗い夜のなか、カヤコはミヤコの陶芸工房の裏山に来ていた。懐中電灯で草むらを照らしながら指輪を何時間も探し続けていた。
雨が降り出していて、服はずぶぬれで体は冷え切っていた。草をかき分ける手は、いつの間にか傷だらけになっていて血がにじんでいた。それに気付いていながらも、黙々と動き続ける自分を止めることが出来なかった。
カヤコは心の中で、自問自答を繰り返していた。心の奥底にいる冷静な自分が言う。
(もう帰らないと。指輪は病院で落としたかもしれない。また別の日の明るい時間に探しに来ればいい。理由を話せばアオキさんも分かってくれる)
その声に反応して手を止めようとしたが、すぐに不安と絶望にとらわれている自分がカヤコの耳元でささやいてくる。
(あの時も、ささいなことから壊れてしまったじゃない。はやく見つけないと。アオキさんが帰ってくる前に……)
(ミヤコさんがケガをしたのだって、私がホトトギスの話をしたからなんじゃないかな……。きっと話さなければ、あの鳥に興味を持つこともなくて探したりしなかったよね)
(私も指輪を落とすことはなかった)
(また間違えたんだ)
そんな思いに心を支配されたカヤコは手を止めると、その場にペタリと座りこんだ。涙があふれて雨と一緒に流れ落ちる。
(お祖母ちゃんとお祖父ちゃんは、もうどこにもいない。お母さんとお父さんは新しい家族がいるから、もう私は必要ない)
(もう嫌だ。あんな思いは、もう嫌だ。はやく指輪を見つけないと。アオキさんも私から去ってしまう)
カヤコが泣きじゃくりながら、再び指輪を探し始めた時だった。遠くの方から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「えっ?」
その声が段々と近付くにつれて、だれの声なのかハッキリと分かったカヤコは、思わず懐中電灯の明かりを消してしまった。
そして、左手の薬指を隠すような姿勢でうずくまる。
やがて、カヤコの名前を必死に呼んでいる声が、再び遠くへ離れていきそうになった時だった。
『テッペンカケタカ』
『ピピピピピピピピピ』
雨音のなかで、かすかにホトトギスの鳴き声が聞こえた気がした。
その鳴き声を聞いたカヤコの脳裏に、なぜか浮かんだ言葉があった。
(水、カエル、牛……)
ミヤコに教えてもらったオマジナイを思い出したカヤコが叫んだ。
「待って、行かないで!! アオキさん!!」
その声に気づいたアオキが、こちらをふり向くと明かりを照らした。光の中で縮こまるカヤコを見つけると、ゆっくりと近付いて優しく抱きしめる。その手は、かすかに震えていた。
「……よかった。本当に無事でよかった」
「アオキさん、どうして? 実家に泊まるはずじゃ……」
「ユウスケから、ミヤコさんの骨折のことで連絡がきてさ……。なぜだか胸騒ぎがして帰って来たんだ。そしたら、やっぱりカヤコさんが部屋にいないし電話にも出ないから、陶芸工房に来てみたんだよ」
「スマホは、車の中に置いてて気付かなくて。心配かけてごめんなさい。……今日は、もうアオキさんから連絡はこないと思ってて」
「それが間違いだったよ。ユウスケから話を聞いた後、すぐに連絡しなかった俺がバカだった」
アオキは、そう言いながらカヤコをさらに強く抱きしめると怒ったような口調で言った。
「こんなに体が冷え切って……。もうすぐ深夜の時間になるんだぞ。しかも雨が降ってる中で何してるんだよ」
「………………」
カヤコは何も答えられず、左手を隠しながら泣いていた。そんな様子を見たアオキは、黙ってカヤコの体を抱き上げようとする。
「……カヤコさん、帰ろう」
「……だめ。アオキさん、はなして。私、指輪を探さないといけないの」
「指輪?」
カヤコの瞳から、また大粒の涙があふれ出すと、やや取り乱しながらアオキに縋りつく。
「ちがうの。捨てたりなんかしてない。左手の薬指に指輪をはめてアオキさんの帰りを待っていたかった……。でも、ないの。見つからないの」
「…………カヤコさん」
「指輪を探さないと……」
「カヤコさん、大丈夫だから」
「ずっとずっと一生、大切にしたいから」
「指輪なんてなくてもいいんだよ」
「もしもアオキさんが私の元からいなくなっても、指輪だけは変わらず思い出と一緒に私の側にいてくれる」
「俺は、いなくならないよ。ずっと一緒にいるよ」
「だから、はやく見つけたい」
「………………」
疲れ切っている様子で、気持ちが壊れそうなほど弱り切っているカヤコは、かたくなにアオキの言葉を受け入れようとはしなかった。
しかし心の奥底では、必死にアオキの言葉を信じようとする自分がいた。
(何で私は、また、こんなことを言ってるの!? すぐにアオキさんに謝らないと。でも怖い。また一人ぼっちになることが怖い。信じてたのに変わってしまう時が一番つらい。それが、もう耐えられない。……だけど)
カヤコがアオキに謝ろうと口を開こうとした時だった。
「……カヤコさん、今は無理に信じようとしなくてもいいんだよ」
「えっ?」
「だってさ、結婚生活が始まってもないのに信じてくれって言っても、そりゃあ難しいよな」
「アオキさん。……どうして?」
「信じたいけど、変わってしまうことが怖いって思ってる? だから、傷つく前に逃げたくなるんだろ?」
「……うん。……何で分かるの?」
「……俺は、カヤコさんの過去のつらさも、未来に対して何を怖がっているのかも完全に理解してあげられない。でも、今のカヤコさんを誰よりも見ているから分かるんだよ」
いつの間にか雨がやんでいたが、カヤコの頬をぬらし続ける雫をアオキが優しくぬぐいながら言った。
「愛してるよ。指輪はカヤコさんの喜ぶ顔が見たくて贈っただけだし、失くなっても関係ない。これからも長い時間をかけて俺の想いを伝え続けるから。カヤコさんが心の底から信じてくれるまで。信じてくれた後もずっと……」
「……アオキさん」
「だから、もう離れないでくれ。証明させてほしいんだ。俺は、ずっと変わらずカヤコさんの側にいるってことを……」
涙が止まらないカヤコは返事ができないまま、アオキの腕に抱かれながら心臓の鼓動を感じていた。
自分の鼓動と合わせるようにドキドキと脈打つ音に、祖父母と一緒に時を刻み続けていた、あの壁掛け時計をなぜか思い出していた。
『トッキョキョカキョクテッペンカケタカ』
『ピピピピピピピピピピピピ』
まるで二人を見守っているかのように、二匹のホトトギスが近くの木の枝に留まって鳴いていた。
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