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第十四話 泉の追憶(ついおく)①
しおりを挟む(これは誰の記憶? ……そうだった。ボクの記憶だ)
(冷たい泉の底に体が沈む。我ながらロクでもない人生だった。それでも、最後くらいは誰も恨むことなく誰かの幸せを願いたい。本当に、そう思った時だった)
(なんだ? 水面に浮かぶ満月が見える。こっちに何かが近づいてくる。……あの姿は、人? それとも魚? ああ、そうか。人魚だ)
ある満月の夜、銀色の長い髪と金色の瞳の少年が、泉の辺りで歌を口ずさみながら昔を思い出していました。
(あの日から、歳をとらなくなった。水の中で息ができる。急に先の出来事が頭に浮かぶときがある。少しだけ時間を止められる。少しだけ人の記憶を変えられる)
(ええと、あとは。何ができるんだっけ? 自分の力のはずなのに分からないことばかりだな)
少年は歌をやめると、泉の水面に自分の姿を映します。
「黒い髪と黒い瞳だったはずなのに。でも心は、あの頃から変わってない。……まだボクは人間のままなんだろうか?」
そう独り言を言って泉に映る月を見ていると、後ろの方から自分を見つめる誰かの視線を感じました。
(しまった。油断してた。この姿を人間に見られると、いつも厄介なことに……)
そんなことを思いながら後ろを振り向いた少年は、思わず息を呑みます。
そこには、椿の花木があり、その後ろに隠れるようにして、こちらを見ている美しい少女がいたからです。
「……椿の花の妖精?」
「えっ?」
「あっ!」
少女に見惚れて思わず出てしまった言葉に顔を赤くした少年は、泉に慌てて潜ると姿を消しました。
その場に一人残された少女も少年と同じく顔を赤く染めると、水面に浮かぶ満月に向かって静かに問いかけます。
「……あなたは水神様ですか?」
泉の奥底に移動した少年は、胸の高鳴りに戸惑っていました。
(こんな感情は初めてだ。でもボクは、もう百年以上を生きてる化け物なんだ。こんな想いが芽生えたところで……)
(外見だけは同じくらいの歳だな。でも、生まれた時代は違う。元々、相見えない存在なんだ。それに、いずれ彼女も大人になり老いて死ぬ。子どものまま生き続けるボクとは違って……)
言いようのない寂しさに心が苦しくなった少年が、生まれ故郷の海を思い浮かべた時でした。
「えっ!? ここは……」
少年は、いつの間にか砂浜に佇ずんでいました。目の前には海が広がり満月の光が、海面に月の道を作っていました。
「もしかして、一瞬で移動したのか? ……こんな力も持ってたなんて」
少年が思わず笑顔になり、海水に足を浸して遊んでいると、波が何かを運んできました。拾い上げて確認すると竹で作られた細長い筒のような物でした。
「なんだこれ?」
「……笛だよ。篠竹で作った」
「うわっ!」
後ろから急に声が聞こえて、少年が驚いて尻もちをつきます。
「わ、悪い。驚かせるつもりはなかったんだ」
そう言って手を差し伸べた人間は、十代前半ほどの少年でした。
「その笛、オレが落としたんだ。返してくれるか?」
「も、もちろん。……どうぞ」
「ありがとな。じゃあな!」
「まっ、待って!!」
「なんだよ?」
「ボクを見て驚かないの? ほら、暗い中でも分かるだろ。この髪の色とか……」
「はあ? 別に驚かねえよ。オレの母親の髪も生まれつき白くて瞳だって赤かったらしいし、オレの髪だって薄茶だぞ。お前も似たようなもんだろ?」
それを聞いた少年の瞳から、無意識に涙が浮かびました。
「な、何で急に泣くんだ!? 変なヤツ」
「泣いてない。海水が目に入っただけだ」
「本当かよ? メソメソ泣いてるようにしか見えないぞ。オレ、女々しい泣き虫ヤロウは大嫌いだ」
「だから泣いてないって言ってるだろ! ボクもお前みたいに口の悪いヤツは大嫌いだ」
少年が啖呵を切ると、バシャッと顔に海水が飛んできました。
「あはははは。それなら泣いてるってバレないぞ。……ぶわっ! しょっぱ」
「顔が濡れてるぞ。お前も泣いてるのか?」
「このヤロウ、やりやがったな。着物までビショビショになっちまったじゃねえか!」
「先に海水かけたのは、そっちだろうが!」
(そうだ。思い出した。これはモクとの出会いの記憶だ)
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